第20話 釣り(実釣編)

 今日選んだポイントは、この辺では有名な越冬場。

 パッと見は護岸だけの単調な景色。

 しかし水深があり、底は変化に富んでいて、魚のストック量はかなり多い。

 具体的にはどんな変化かというと。

 大きな岩や消波ブロックが沈んでいたり、杭があったり、川岸には矢板が打ってあり急深だったりする。

 川の真ん中よりも少し向こう寄りには旧河川跡もある。




 ポイントに到着。

 幸いなことに先行者はいない。


 まずは投げ方をおしえる。

 やってみせることにした。

 熱心に操作を見ている。


 そして実践。


 手取り足取りやるのは、後ろから抱きしめたみたいなカッコになるので流石に生々しい。

 おしえる側に照れが出てしまう。


 だからサオをわたす。

 初めて触る本格的なタックル。

 少し緊張気味の葉月。


「家でおしえたごと、右手でリールのトコ握って。」


「こぉよね?」


 中指と薬指の間にリールフットを挟んで握る。


「そうそう。んで、ロッドエンド(サオのグリップの端)に左手を添えて。ホントはこれ、片手で投げるっちゃけど、最初は左手をロッドエンドに添えた方がやりやすいと思う。」


「ふ~ん。こぉ?」


「うん。で、ここからここまで真っ直ぐサオ振ってみて。」


 サオを振る角度は肘を中心として時計の時刻で表す。

 具体的には10時から2時。

 そのことを説明すると、


「こぉ?」


 言われた通りに実行。


「うん。上手上手。」


 大したことしてないのに褒めてくれるのがまた…かなり嬉しい。

 次の段階へ。


「そしたらね。人差し指に糸を掛けて。これベイル(巻き取るとき、糸が掛かって回転する部分)っちゆーっちゃけどね。これをこーやって起こす。そして、さっきみたいに振ってみてん?」


「こぉ?」


 糸を人差指にかけたまま、サオを振らせる。


「そうそう。ちょうど真上辺りぐらいが一番指に力かかるやろ?」


「あ~。うんうん。」


「そこで指を離したら飛んでいく。力入れんでゆっくり振ってみてん?」


 キャスティング動作に移る。

 言われた通り、恐る恐るバックスイングを取って、軽~くサオを振り、指を離す。

 リールから放出される糸が螺旋を描きながら10メートルほど飛んだ。


「ほぉ!」


 キラキラしながら飛んで行った先を見ている。


「なかなか上手やん。あとは力加減と方向だけやき。投げるのはそれでいーとして、後は引き方。」


 横に付き、同じスピニングでやってみせる。


「このルアーは底を取る。糸、見よってね。」


 ルアーが着水し、糸が小さな波を立てて水中に引き込まれだす。


「糸、動きよるね。」


「うん。それが沈んでいきよる証拠。」


 15秒ほどすると底に着いたらしく、波がなくなった。サオ先から垂れた糸の弛みが大きくなる。


「これが着底。」


「結構わかり安いね。」


「ホント?今ので分かったん?」


 初めて目にする人には分かりにくいと思ったが…。


「うん。」


 相変わらずスゴイ集中力。


 次に引き方。

 これもやってみせる。


 サオを立て、舞い上がらせるイメージ。

 直後、サオを寝かせ、リールを巻き、弛みを適当な量回収。

 再度着底を待つ。

 これの繰り返し。


 以上のコトを説明すると、


「わかった!できそうな気がする!」


 元気に応える。


「あとは、魚が食ったときの動きをおしえるね。」


「うん。」


「例えば…沈みよるとき食った場合は、糸の沈む速さやら向きが変わる。止まることもある。最初は分かりにくいけどね。あと、サオ先にコツンっちくるときもある。」


「わかった。あとは?」


「巻いてくるとき。動かした瞬間とか、止まった瞬間に食ってくることが多い。特にその動きの前後はサオ先に集中。コツン!っちくることが多いかな?他にはプン!っち糸が弾かれたり、ゴリゴリきたり、動かした瞬間重さが乗っちょったり。そげな感じ。なんか魚っぽい動きするき、大体分かると思う。」


「分かると思うっち…んじゃ分らん場合もあるっちゆーこと?」


「うん。そん時は飲まれる。エラとかに掛かったら出血して死んでしまうことが多いき、なるべくアタリ取りきって、ちゃんとアワセて口に掛けてやらんといかん。アワセは大きくサオをあおる。こんな感じ。葉月ちゃんのは手が逆やけど、やり方は一緒。」


 投げたままで、アワセの見本。

 サオを右手で鋭く上げながら、自分の身体に引き寄せる感じ。


「そげん強くしていいと?サオ折れん?」


「うん。大丈夫。口が硬いきこれぐらいせんと掛らん。」


「わかった。」


 やることは分かったのだが…。


「結構いっぱいせないかんことあるね。大丈夫やか?」


 これまで結構なんやかんや詰め込んだから、若干消化不良気味。


「その都度おしえるき心配せんでいーよ。アタリっぽいの出たら、とにかく一呼吸おいてアワセること。そしたら魚死なす確率はぐっと低くなる。それでも飲まれたらしょーがない。オレみたいにずっとしよる人間でも年に何回かは飲まれるもん。」


「そーなん?責任重大やね。」


「ま、そん時はそん時。とりあえず釣り始めよ?」


「うん。」


「はい、これ。」


「ありがと。」


 フィッシンググローブをわたし、ハメさせる。

 そして実釣が始まった。



 繰り返し投げているうちにちゃんと飛ぶようになり、なんとか様になってきた。


 とりあえずしばらくは心配いらんかな?



 二人、黙々と釣っている。

 それにしても寒い。

 時折川面を吹く風が身を切るよう。

 底冷えがして、靴下二枚重ねにもかかわらず、つま先がジンジンする。

 手の指に至っては、親指と人差し指と中指が出ているグローブをしているため、とっくの昔に感覚が無い。というのは大げさだが、悴んでしまっていて細かな作業は難しそうだ。

 根掛かって切れないことを祈りつつ、キャストを繰り返している。


 葉月はというと…。


 は~…。


 鼻を赤くして、指に息を吐きかけながら、ポケットのカイロで温めて頑張っていた。

 思っていたよりも我慢強い。


「寒いやろ?」


「うん。でも、大丈夫。」


「釣れんき、面白くないやろ?」


「ううん。そんなことない。」


 スピニングリールで行う細かい操作。

 聞いている要の方が集中力の限界で、心折れそうになっていたりする。


 どっちでもいいき、はよ釣れんかな?


 そんなことを考えながら、シャッドシェイプを躍らせる。



 2時間ほど過ぎた頃。

 ついにその時が訪れる。

 ちょうど、水温が最高になったと思われる時間帯。


 沈ませて底を取り、ゆっくりした間隔でサオを上下して、小さなハゼ類をイメージしながら寄せてきていた時のこと。

 流心よりも少しこちら寄りに、ゴリゴリとした感触のポイントがある。ちょいちょい根掛りを起こすトコロだ。恐らくゴロタか何かが沈んでいるはず。

 引っ掛けないよう、着底と同時にサオを小さくあおりながら引いてくると、「モッ」という感じで重くなる。更に引くとその重さがサオに残る。


 ん?居食い?


 一呼吸おいて鋭くサオをあおり、アワセた!


 瞬間、


 ジ―――――ッ!


 ドラグが思いっきり引き出される。

 少し離れて釣っていた葉月がその音を聞いて要の方を向く。


「食ったよ!」


 その言葉を聞き、サオを置いて駆け寄ってくる。

 大きく弧を描くサオを見て、


「わぁ!スゴイ!」


 目を真ん丸にして感動している。


「強い!」


 流心の深場へと突進。

 そちらの方に障害物は多分ない。

 サオを立て、ドラグを滑らせながら巻き続ける。

 徐々に走る方向が変わり出す。

 フワッと軽くなる感触。


 飛ぶ!


 急いで巻き取り、テンションを一定に保つ。

 次の瞬間、


 ガバガバッ!


 水柱が上がる。

 ド派手なエラ洗い。

 魚体が見えた。

 デカい!


「うわ!跳ねた!でったんおっきいやん!」


「うん。この時期のはお腹に卵持っとるきね。」


 首を振りながら、またもや突進。


「く~…痺れる!」


 巻くのを止め、サオと糸の角度に注意しながらドラグを滑らせて耐える。

 突進が終わると、すかさず巻き始める。

 ドラグが滑りながらも徐々に寄ってきた。

 その間も、深場へと断続的に突進を繰り返す。

 やっと足下。

 垂直に切り立った矢板の足場。水深がかなりあるので真下へと潜りこむ。

 一気に浮いてきて、目の前でエラ洗い。


「うわー!スゴイね!」


 感動の眼差しで魚を見ている。

 一旦潜った後、サオを立てると水面へと顔を出す。

 右手を上げるとそのまま足元へ寄ってくる。

 しゃがみ込んで、右手を更に高く上げ、ランディングの体勢。

 左手を下ろし、開いている魚の口に親指をねじ込み、しっかりと下アゴを掴む。

 このときばかりは、凍りそうに冷たい水でも躊躇なく手を突っ込める。


「おっしゃ!取れた!」


 抜き上げて、安全なトコロへと持っていく。

 左手で持った魚を改めて眺める。

 いい魚だ。

 上アゴのど真ん中。いいところに掛かっている。

 恐らく1キロは楽に超えているであろうメスの魚。勿論40UP。

 卵を抱えているから、お腹がボッテリと膨らんでいて、ものすごい重量感。

 メジャーを出して口閉め尻尾開きのカッコで測ると45cm。

 冬ならではのサイズ。

 これだから冬バスはやめられないのだ。


 ハリを外し、スマホのカメラを起動させ、サオと並べて記念撮影。

 葉月もスマホを取り出して写真を撮っている。

 そして、


「要くん。魚、持って?写すき。」


「わかった。」


 魚を両手で抱え、前へと付きだす。


 カシャッ!


 知り合って10カ月。

 初めて撮った大好きな人の写真。


 恥かしくて「撮らせて」の一言が言えなかった。

 かなり嬉しい。

 これだけで、満足してしまいそうになる。


「魚、持ってん?」


 要からの提案。


「え?ウチ釣ってないけど。」


「いーくさ。予行演習。同じげな感じで持ってみてん?」


「あ…うん。」


 撮ってもらえる!

 思いもしなかった展開に少し照れる。


 手渡しで持たせようかとも思ったが、暴れて落しでもしたら可哀そう。

 一旦地面に置く。

 魚の前に座り心配そうに要の顔を見る。


「あ。もしかして魚持つのイヤやったとか?」


「ううん!そんなことない!ちょっと待ってね。噛まん?痛くない?」


「噛む力はそんなにない。歯もただザラザラしちょーだけやきガッツリ握っても大丈夫ばい。」


「わかった。」


 魚の口に恐る恐る指を突っ込もうとすると、


 バタバタバタ!


 跳ねまくる。


「うっ…ちょっと大人しくして!」


 魚を両手で押え付け、再度口の中に右手親指を入れ、しっかりと掴み、左手で尻尾辺りを支え、持ち上げる。

 要の方を見て微笑むと


「はいチーズ。ほら。こんな感じ。」


 見せてもらう。


「今度は葉月ちゃんが釣った魚写すき頑張って。」


「わかった。」


「じゃ、そいつ逃がしてやって?そっと水に浸けてやったら勝手に自分で泳いでいくはずやき。」


「はーい。」


 言われた通り、尻尾から水に浸け、頭まで沈めてやる。

 そっと指の力を抜き、解放してやると一瞬フワッと漂った後、ゆっくりと深場へ戻っていった。


「バイバイ!次はウチに来てね。」


 泳いでいく魚に手を振った。



 ヒットルアーがなんとなくわかった。

 でも、初心者が扱うにはあまりにも軽過ぎるリグ。恐らく何をしているのか分からないだろう。そんな想像がついたので、ルアーを交換するのはやめた。

 タックルそのものを交換しての実釣。

 すると案の定、


「要く~ん。糸が風に流される。どげな動きしよぉか全然分から~ん。」


 数投しただけでギブアップ。

 再度タックルを交換し、頑張ることにした。



 このあと二時間ほど頑張ってはみたものの、流石冬。

 そう何本も魚の顔は拝めるはずもなく、日も落ちて冷えてきだしたので撤収することにした。


 ビギナーズラックを期待していたのだが…空気読めよ!魚!!


 冬の釣りの厳しさを、これでもかというくらい実感した葉月なのだった。


 ま、それでも。

 生きた魚を見ることはできた。

 そして何よりも。

 要の写真を撮ることができた!

 写真を撮ってもらえた。

 恐れていたドジも発動せずに済んだ。

 トータルとしては、バッチシプラスの一日だった。


 これにて葉月にとっての第一回冬の釣りは、無事終了となったのだった。

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