第3話 同い年

 陽が泣いている。

 ここ数日、何度かこういう事があった。

 

「どげしたんか?」

 

 聞いてみるけど、

 

「なんでもない…。」

 

 理由を言わない。

 でも分かっている。

 母親がいなくて寂しいのだ。

 自分を心配させないよう、気を遣っているのが見え見えで心が痛む。

 子供に気を遣わせる親…最低だ。

 優しく抱きしめた。

 

 

 

 実家に出戻って一カ月。

 いろんな人に心配されていた。

 幼馴染の克洋もその一人。

 

 週末。

 風呂を済ませ、夕飯も終わり、ボーっとしていると電話。

 打ちのめされた心を癒すべく、

 

『よし!今日は飲みに行こう!キレーなオネイサンのおる店知っちょーっちゃ!』

 

 夜の町へと繰り出すことになった。

 そういった場は実に久しぶり。恐らく結婚する前に行ったきりだと思う。

 

「そやね。行ってみよっかね。」

 

 OKする。

 

『んじゃ~もぉちょいしてそっち行く。』

 

「わかった。」

 

 しばらくして電話。

 

『要ぇ~。今からそっち行くき。』

 

 困ったコトになっていた。

 今日に限って陽が寝ない。

 これから出てゆく雰囲気を察知していた。

 恐らく捨てられるとでも思っているのだろう。切ない気分になる。

 

「ゴメン。まだ陽寝ちょらん。」

 

『そーなん?ま、いーや。とりあえずそっち行く。』

 

「ん。分かった。」

 

 電話を切った後、必死で寝かそうとするも目を閉じない。

 

「寝んねせんのか?」

 

「眠たくない。」

 

 絶対ウソである。

 気を利かせて少し待ってくれたのだろう。

 10分程して、

 

『要ぇ~。来たぞ~。』

 

 克洋からの電話。

 

「ゴメン!陽がまだ寝てない。」

 

『とりあえず入れて~。』

 

 勝手口を開ける。

 部屋に入るなり、

 

「陽。お前も一緒行くか?」

 

 トンデモなことを言ってくる克洋。


「は?」

 

 子供をスナックに連れて行く?それはちょっと早過ぎるやろ!勘弁してくれ。


 がしかし、

 

「うん!」

 

 躊躇なく答える。

 既に一緒に行くモード。

 

「ほら~。離れたむないんよ。諦めて連れてっちゃれ。」

 

 そう言ってニヤッと笑う。

 連れて行くことが決まってしまった。

 

 タクシーを呼び、いざ隣町へ。

 

 

 

 店のドアを開けると

 

「いらっしゃいませ~!こちらへどーぞ。」

 

 明るく出迎えられ、ボックス席へ。陽、5歳にしてめでたく?スナックデビュー。

 

「あら!可愛らしいお客様!ボクは何が飲みたいですか?」

 

 慣れた感じで喋りかけてくれる。

 

「みかんジュース!」

 

 元気よく答える陽。

 オレンジジュースを飲みながらオネイサンと楽しげに喋っている。

 味を覚えてしまったのか?

 この年でこんなんじゃ…先が思いやられる。

 

 流石に夜も遅く、呆気なく睡魔に負ける陽。置いて行かれないと分かり安心したのだろう。30分もしないうち、太ももを枕に寝てしまった。

 

「可愛いですね。お子さんですか?」

 

「うん。離婚したきね。寂しがるんよ。だき連れてきた。」

 

「そらぁ大変ですね。」

 

「はぁ…まぁ。」

 

「てゆーか、お客さん若いですよね?幾つなんですか?」

 

 そう。

 オレはかなりの童顔なのだ。40歳も目前というのに言い張らなくても20代前半で通用する。

 

「もうすぐ40。コイツとはタメ。幼馴染。」

 

 猛烈にビックリされていた。

 克洋の後輩か何かだと思われていたみたい。

 コイツもそれなりに若く見えるのだが、オレはそれ以上に若く見える。

 顔のパーツは勿論のコト、髪型がまた醸しだしている。地毛が茶色で襟足がかなり長いオオカミカット。ゴムで結べば10数cmの尻尾ができる。まるで中学生ヤンキーのような頭が更に童顔を加速させるのだ。ちなみにヤンキーであったという過去は一切ない。

 

「マジで?同級生…ですか?」

 

 自分と克洋を見比べながら聞いてくる。

 

「そぉばい。」

 

「へ~…カツさんも若いけど…ねぇ。お客さん絶対40前には見えんよ?可愛いし!」

 

 明らかに年下のオネイサンから「可愛い」頂きました!

 若く見られるのは結構なのだが、可愛いはちょっと。

 男の心情としてはカッコよく見られたい。


 ちなみに克洋はカッコイイ。

 同性として羨ましく思えるレベルだ。

 

 子供を寝かせたまま会話は弾む。

 考えていたよりも精神衛生上よろしいみたい。

 笑顔になっているのが自分でも分かる。

 

 結局午前3時。

 閉店の時間まで居座った挙句、「オレが誘ったっちゃき」という理由でスナックのお金まで払ってもらってしまった。

 タクシーに乗る前、ラーメンを食べようという話になり、またもや奢ってくれそうな雰囲気になったため、無理矢理伝票をむしり取り、払った。


 なんか…克洋にはこれから先ずっと頭が上がらない気がした。




 あれから数度、この店には連れて行ってもらった。

 次からは陽も流石に捨てられることはないと理解したらしく、出るときは爺婆と一緒に寝るようになった。




 というわけで。

 またもやあの店へ。

 かなりのオネイサンから顔を覚えてもらっており、常連さんの仲間入り?な感じ。

 こちらも覚えた。

 全員覚えているつもりだったが、今回ついてくれたのは初めての人。シフトがことごとく違っていたようだ。

 特に華があるわけではないのだが、なんとなく安心できるタイプ。


「初めまして。夏美です。」


 隣に座られた瞬間、同い年センサーが鋭敏に反応した。

 だから何?と言われても困るのだが。

 ただ、社会人としての付き合いの中で、同い年の人に出会う機会というものが意外と少ない。だから、無性に嬉しくなるのだ。


 名刺を差し出され受け取る。

 お若いですね。何歳ですか?な話題となり、年齢をおしえるとやはり同い年だった。

 しかも同じ地区にあるもう一つの中学校出身で、バツイチ子持ち。陽と同い年の女の子がいるそうだ。

 似た境遇で強い親近感が湧く。

 会話のテクニックがツボを得ていて心地よい。

 これまでになく癒される。

 酒もいー感じで進み、結構な酔いっぷり。

 夏美さんは店に来てからずっとついてくれている。

 なんか嬉しくなり、その日会ったばかりだというのに調子こいて肩を抱き寄せ、


「ねぇ…チューしようや。」


 唐突にバカなお願いをしてしまう。

 

 何言いよぉっちゃろか、オレ…。


 自分の中に僅かに残っている素面の自分が呆れ果ている。

 軽くあしらわれると思ってした注文なのに、何のためらいもなく


 チュッ!


 微笑んだ。

 全く予期してなかっただけに焦りまくる。

 先程まで華がないと思っていたけど、この時ばかりは超絶色っぽい。

 あまりにも心地よくて、


「もっかい!」


 お願いすると、首に腕を回され


 チュッ!


 今度は舌を入れられた。

 クチュクチュとエロい音がする。


 とろけてしまいそ…。


 思わずハッとなり克洋の方を見ると…似たようなことをしていて安心してしまう。

 さらに調子こいて抱きあった挙句、服の中に手を入れ、胸を弄る。乳首まで到達しているのに嫌がりもしない。好きなだけ触らせてくれる。

 久しぶりの柔らかさ。

 なんか…夏美さんのコト好きになってしまいそう。


 男っちアホやなぁ。


 アルコールでなんとなく意識が遠い中、そんなことを考えつつ、その日は閉店まで夏美さんを独占。


 同い年。

 なんかいいな。


 それからは、行く度についてくれるようになった。




 時は過ぎ、幼稚園は新学期。

 陽にとっては新しい幼稚園生活の始まりである。


 少し前に催された、転入してくる子対象の体験入園。

 陽はいきなり友達を作っていた。だから、元居た幼稚園を離れる際も、思ったより寂しい顔はしなかった。


 新しい幼稚園には既に友達がいる。朝から嬉しさ丸出しだった。幼稚園に着くなりその子と再会。ま、一クラスしかないから当たり前のことなんだけど。

 遊んでいると他の園児も混じってきてすぐに打ち解けたらしい。初日というのにたくさんの友達の名前を聞くことができ、親としてはひとまず安心といったトコロだ。


 ここの幼稚園は送迎バスが無い。行きは保護者が送り、帰りは地区ごとの集団で帰る。

 ただ、ここもやはり防犯の意味を込めて鍵っ子は禁止。出迎えがいないと幼稚園に逆戻り。学童へ、ということになってしまう。父親はあと数年で定年。未だ現役なワケで、昼間は家にいないのだけれど、幸いなことに母親が専業主婦なので、常に家にいる。その点では非常に助かっている。


 順調な幼稚園生活を送りだした陽。

 毎日が楽しくて仕方ないみたい。

 どうやら近所にお友達がいるらしく、幼稚園から帰ると遊びに行ったり、その子が来たりということになっているらしい。一緒に風呂に入るとき陽から聞いたし、母親も言っていた。


 ゴールデンウィークが明け、慌ただしさも落ち着いた頃、授業参観についての手紙を持って帰って来た。勿論参加する。こんな時、有給がとりやすい会社でよかったと心から思う。


 参観日当日。

 恐る恐る教室に入る。

 流石に平日ということもあって、来ているのはお母さんばかり。お父さんは2~3人といったところか?

 相当目立つ。

 教室の後ろの方。

 我が子の見えるところに落ち着くと、隣にいた奥さんから軽く会釈された。

 こちらも頭を下げ、何気なく顔を見ると


 げっ!


 思わず声に出そうになった。


 「夏美」さんじゃないですか!


 少子化で小中学校や幼稚園が統合され、隣の校区の子供達も同じトコロに通うようになっていた。

 向こうも気付かないで挨拶したみたいで、自分があの時の客だと分かるとやはり、


 げっ!


 という顔をした。

 エライ気まずい。

 酔ってやってしまったことを全て思い出してしまう。


 気まずいまま授業は進む。


 先生が園児に質問。


「はい!これ分かる人!」


「「「は~い!」」」


 元気よく手を挙げる園児たち。

 そして、先生が、


「はい。じゃあ…夏美ちゃん。」


 「夏美」さんが「あちゃー」という顔をしている。


「はい!」


 元気よく立ち上がり、発表している女の子の顔はかなり似ていて、すぐに親子だと分かる。


 うわ~…店での名前、子供の名前やんか。


 といった小さな大事件がありましたとさ。




 それからあの店に行くことはなくなったかというと…そんなことはなくて、夏美ちゃんママとは仲良くしている。

 チューしたり乳揉んだりは気まず過ぎてしてないけど。

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