第2話 二人のはじまり
妻が出ていった次の日。
一日目にして早速問題発生。
その問題とは幼稚園の行き帰りについてのことだ。
行きは会社に行く途中寄れるから問題無い。
しかし、帰りが大問題だった。
送迎バスが指定の場所に着く時間は14時30分。
巡回してきた時、家の者がいないと子供を降ろせないという決まりがある。いくらその子の家が分かっていてすぐ近くだったとしても、だ。
防犯の面で鍵っ子は絶対に禁止。
というわけで、バスの時間には間に合うはずもなく幼稚園に逆戻り。
この日から、放課後は学童保育を利用することになった。
どんな気持ちで幼稚園に戻ったんだろう?
息子のコトを考えると心が痛む。
更なる問題が待ち構えていた。
学童の終了時間になると、仕事中に電話がかかってきた。
退社時間が全く間に合わない!
どう考えても抜け出せない。というか、たとえ抜け出せたとしても、今からだとかなり遅くなる。
さあどうする?
困った…。
初日から躓いた。
この日は急きょ、親にお迎えを頼んだ。
母親の重要さ、男親のみでの子育ての難しさを同時に痛感することとなった。
ちょっとこれは…。
予想以上に深刻な事態だ。
どんなに頑張ったとしても、誰かに頼らなければ仕事と生活が両立できない。
アパート暮らしは諦め、実家に戻ることが可能かどうかを相談することにした。
結果はOK。
その日のうちに引っ越しの準備を開始する。
荷物の梱包の目処が立ったことを確認し運送屋を手配し、日にちを決める。
大家さんに引っ越しの旨を伝えた。
実家での居場所は独身時いた自分の部屋。
荷物を置く場所は決まっているから、自分のクルマ(ダイハツエッセ)を使い、初日から運べるものは可能な限り運んだ。
ミニバンタイプではないため室内が狭く、すぐにいっぱいになってしまう。
アパートと実家の往復の回数が凄いことになっていた。
趣味のこともあるから広いクルマをもう一台買おうと固く心に誓うのだった。
荷物も粗方片付いた頃、「離婚届を出した」という連絡が入る。
離婚成立だ。
6年間続いた「夫婦」という関係が完全に消滅した瞬間だ。
思いの外、平然としていられた。
ただ、子供に対して申し訳ないという気持ちが尋常じゃない。
陽(「よう」と読む=息子の名前)…ダメなお父さんでごめん。
心の中で深く深く謝った。
引越し当日。
家具類など、軽自動車に載らないものを全て運送屋に運んでもらい、見送った。
大家さんにアパートの鍵を返却。
トラックについて行き、家に到着すると大きなものの下ろす位置を指示。
流石プロ。
瞬く間に終わってしまう。
数日後。
外仕事のついでに役場へ行って転出届を取り、その足で転出先の役場に転入届を出す。
今通っている幼稚園に今年度いっぱいで実家近くの幼稚園に変わる旨を伝える。
来年度から通うことになる町立の幼稚園に転入の旨を伝える。
年明けに体験入園があるとのことだったので活用することにした。
こんな時、外仕事だと本人が直接手続きできるのでありがたい。
結婚していた跡形が確実に消えてゆく。
6年ぶりの実家。
懐かしいと思った。
とはいえ、全く寄りついてなかったわけではない。
畑で採れた野菜を貰いに寄ったり、爺婆の誕生日のお祝いや法事などでちょいちょい顔を出したりしていた。
離れていた間は流石に自分の家という気がしなかったため、そのあたりの心の持ちようで気分的に懐かしいのだ。
とりあえず年内に引越しが全て終わった。
片付けは既に終わっている。
風呂や夕飯を済ませると、何もすることが無くなった。
コタツに足を突っ込み、寝転がると大きくゆっくり深呼吸。
マッタリモードに突入だ。
しばらくダラダラゴロゴロしていると思いつく。
そうだ!アイツに電話してみよう。
早速一番仲のいい幼馴染、克洋(かつひろ)に電話をする。
「もしもし?カツ?帰って来たばい。」
『お~!要(かなめ)!大変やったな。』
「う~ん。まさかこげなことになるっちゃ思わんかったばい。マイッタ。今から家に飲みこん?酒はビールと焼酎あるき手ぶらでいーばい。」
『分かった。すぐ行く。』
電話を切って酒の用意をしているとすぐに着信音。
「なぁ~ん?」
『要ぇ~。サブい。はよ開けてぇ~。』
早!
本当にすぐ来た。
40歳間近だけど一度も結婚していないから身軽なのだ。
ホント、こんなところは小学生のノリ。
「早かったね?っち、でたん何か持ってきちょーやん!そげなことせんでよかったんに。」
ワインを赤白1本ずつと、スルメやカワハギの干物、エイのヒレなどの珍味、柿ピー、カルパス、チーカマ、炒ったそら豆。なんともテキトー感溢れるチョイス。だがそれがいい。「よかったんに」とは言いつつも、有難く受け取る。
「いーくさ。今日はワタクシが直々に愚痴を聞いてあげよう!珍味は余ったらこの部屋に置いちょき。どーせ今度から入浸るっちゃきよかろーが?」
笑いながらこれから先も来る宣言。
打ちのめされた心にこういう幼馴染のバカらしいノリはホントありがたい。
いー感じで癒されてゆく。
部屋に入ると
「カツオイチャンやん!こんばんわ!」
元気よく挨拶。
産まれた時から可愛がってもらっているため、克洋にはかなり懐いている。
「こんばんわ。っち、ダメやんか。子供はもう寝んねの時間やないんか?明日起きれんで幼稚園遅刻するぞ?」
「明日、土曜日ばい?幼稚園お休みやし。」
「あ。そーやったの。でも遅くまで起きちょったら夜更かし癖がつくぞ。」
「オイチャン来たき、ちょっとだけ起きちょく。」
「ちょっとだけやきの?」
「うん!」
こんなふうに仲が良いのだ。
家飲みが始まる。
先ずは缶ビール(ニセモノ)。
陽は牛乳。
「「「かんぱ~い!」」」
近況を報告し合う。
といっても釣りの話し。
何処で釣れたとか、何のルアーで釣ったとか、どれくらいの大きさだったとか、新しい道具買ったとか。
それはもう盛上る。
お互い釣れてない様子。
そうこうしているうちに陽は睡魔に負け、要の横でコロンと横になる。あっというまに深い眠りに落ちていった。
そっと抱え、ベッドへと移す。
スヤスヤと眠る我が子の寝顔。
見ていると、今この一瞬だけ自分の不甲斐なさを忘れ、幸せな気分になれる。
連れて行かれなくてよかったと心から思えた。
しばらくしょーもない話で盛上っていると不意に克洋が、
「ねぇ、要っちゃ。その指環、いつまでしちょくつもりなん?そげなもん、もぉいらんめぇもん。」
左手薬指を指さす。
「あ…ホントやん。外すの忘れちょったね。」
結婚するまでアクセサリーの類は身に着けたことが無かった。
だから最初は違和感がすごかったが、いつの間にか慣れていた。
それ以来、そこにあることが当たり前になっていたため着けていることすら忘れていた。
そっと抜きとりコタツの上に置く。
そう言えば…結婚式以来、初めて外したな。
薬指の根元。
指環のあった部分が凹み、不自然に白い。
身軽になった…気がした。
と、涙。
あ…やっぱオレ…アイツのコト好きやったっちゃが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます