第4話 出会い

 春。

 

 新年度も始まり慌ただしい。

 会社では新入社員の研修が行われている。


 この日の業務内容は大気測定。

 月一で行われる、町の環境課からの依頼。

 大気中の重金属と有機物のモニタリングだ。

 うちの会社の担当は重金属。

 サンプリングと分析、データ提出までがセットだ。

 業務は局舎と呼ばれる観測施設にて行われる。

 局舎は学校や小高い丘などに設置してあることが多い。


 というわけで、新人を助手席に乗せ、局舎を回りながら業務内容を覚えてもらっている真っ最中。




 これは、現場にて作業していた時の出来事。


 現場に到着。

 ここは母校である高校だ。

 新人を連れて外来者受付へ。

 名前と会社名を書いて学校側の担当へ挨拶。新人の紹介をしたら作業に取り掛かる。


「場所はココね。」


 局舎の場所をおしえる。


「はい。」


 ヤル気がみなぎった返事。

 目力が強いから、それがまた「できる男」感を醸しだす。

 ガッシリとした体格で、体育会系を思わせる爽やかな好青年。

 物覚えもよさそうで、なかなか頼もしい新人君だ。

 自分とは大違い。

 で、どう違うのかというと、具体的には…。

 身長は170cm程度で超童顔。肌も白く身体も華奢で先輩としての威厳なんかまるで無い。何とも頼りないのである。


 見た目がしょぼい話はさておき。

 機材が下ろしやすい位置に仕事の相棒である200系ハイエースⅢ型ロングバンDXを止める。



 局舎のカギを開けて中に入り、機器の説明をしている時のコト。

 バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。

 その足音が局舎の前で止まり、


「あの~っ!これ、何やってるんですか?」


 声をかけられた。

 元気な声。

 たまにしか声にならない程かすれたハスキーボイス。

 ふり返ると、二人の女の子が息を切らせながら局舎の中を興味深げに覗き込んでいた。


 片方は、茶色がかった短い髪をスーパーハードの整髪料でビシビシにぶっ立てていて、クリッとした目が印象的。背が小さく活発な雰囲気が漂っていて、なんとなく小型犬っぽい。顔はかなり幼くて、小学校高学年といっても充分通用しそう。声の主はこちら。

 もう片方は、これぞ理系女子!というような、黒髪ロングを三つ編みにしたメガネっ子。とはいえ根暗な感じはしない。相方よりかなり背が高く、大人びて見える。


「ん?これはね。大気の測定。」


「わ~!この小屋の中っちこげなっちょったんやね~。すっげ~。秘密基地みたい!」


 二人して中に入り、興味深げに設置してある風向風速計などを見ている。


「なんか?自分ら理科好きなんか?」


 聞いてみると


「「うん!」」


 二人とも頷く。

 そして小さい方が、


「大好き!将来実験室で働きたいっち思いよぉ!」


 ハスキーな声で元気に応える。

 ちなみに連れの三つ編みメガネの子の方が若干大人しい。


 しかしまぁ…高校生のうちからこれほどまでに将来のビジョンをハッキリと他人に伝えきるとは。

 しかも理系志望。

 理系離れが進んでいる世の中である。

 驚くとともに感心してしまう。


 自分ら高校生の時っちこんなに熱心じゃなかったよな。


 負けた気がした。


 何気なく襟についている学年組章を見てみると「Ⅰ-1」。

 ということは新入生。

 今はまだ4月。

 こんなにも早くから将来のコトを考えているとは。

 改めて驚いた。


 機材を設置していると


「コレ何?」


 興味深げに聞いてくる。


「これはハイボリ。ハイボリュームエアサンプラー。空気をいっぱい吸い込んでこの濾紙で重金属を捕まえる。」


 新人に教えつつ、女の子達にも説明すると、


「ふーん。重金属は何?」


 目をキラキラさせ、新人に負けない程食いついてくる。


「そーやね。カドミウムとかヒ素とか鉛とか。有害なヤツ全部。」


「ふ~ん。」


「こうやってセットする。」


 ホルダーの蝶ネジを外し、ディスポーザブル手袋を着用してエタノールで吸気口のメッシュを拭き上げ濾紙をセットする。

 新人はメモを取り、スマホで写真を撮りながら手順を覚え中。

 女の子たちは邪魔にならない距離からその様子を見ている。

 ハイボリはセットし終わったのでスタート。

 流量を決められた数値にセットすると、次の機器を用意する。


「次はこれ。ローボリ。ローボリュームエアサンプラー。」


 新人に説明していると、


「これは何?」


 またもや女の子が聞いてくる。


「さっきのヤツのチッコイ版。水銀を捕まえる。」


「水銀は別なん?」


「うん。気体やき濾紙じゃ捕まらん。これに吸収させる。金チップ。金に水銀を吸収させる。砂金を取るときと同じやね。」


「あ!聞いたことある!どっか外国の川でそれしよぉっち言いよったもん。」


 イチイチ無邪気で小動物的なリアクションがとても可愛らしい。

 機械を設置し、スタートさせたところでチャイム。


「あ~あ。もぉ昼休み終わった。オニイサン達また来るん?」


「うん。夕方もう一回見回りに来る。」


「わかった。んじゃそん時また見に来るね!バイバイ!」


 手を振って元気よく走り去っていった。

 まるで嵐のようだった。


 就職してボチボチ20年。

 この業務にも長いこと携わってきた。

 作業中、小学生に質問されることは割とよくあるが、高校生がここまでガッツリ食いついてきたのは初めてだった。

 こんな自分たちの姿を見て理系の仕事に興味を持ち、進路を決めるうえで役立てたのなら嬉しいことだと思えた。



 そして作業の確認をしながらしみじみと思う。


 オニイサン…ねぇ。

 オレ、オイサンなんやけど。

 ちょいはよ結婚した友達とか、さっきの子ぐらいデカい子供おるもんね。


 なんというか…実年齢のことを改めて考えさせられた。




 機械のスタートも無事終わったため昼食。

 あと2カ所設置したら終る。

 そのあとは、ちゃんと動いているかを確認するため、再度全部の局舎を回る。



 昼食&昼休みも終わり、午後からの部開始。

 設置も無事終わり、スタートできた。

 最初に行った局舎から順番に見てまわる。

 流量を記録した後、再度規定の流量に合わせる。

 作業はこれの繰り返しで一週間(5日間)行う。




 帰社ルートの都合上、母校が最後の現場。

 既にだいぶ暗くなっている。


「ここ終わったら帰れるき、とっとと終わらせよ。」


「はい!」


 そんな話を新人としながら受付に挨拶。

 局舎に着くと


「あ!やっと来た!」


 先程の元気な一年生二人組が駆け寄ってくる。


「なんか?自分らまだ帰ってなかったんか?」


「うん!もっかい来るっちいーよったき待っちょった!」


 どんだけ興味あるん?

 ホント感心してしまった。

 と同時に心配になってくる。


「もう暗いよ?親から怒られん?」


 聞いてみると


「う~ん…分からん。でも見たかったんちゃ!」


 ビミョーな返事。

 母校の下校時間は確か4時過ぎだったはず。それから3時間近く経っている。課外授業があったとしても1時間以上は経つ。

 今、ここにいるということは恐らく部活生ではない。

 普段は家でくつろいでいる時間じゃないのか?

 興味があるのは結構なコトだが女の子だ。

 帰り道、危ないのでは?

 子供のいる身である。

 余所の子とか関係なく心配だ。

 ついつい親心が出てしまう。


「そっか。家は近いんか?」


「ううん。30分はヨユーでかかる。」


「は?でたん遠いやんか。交通手段は?」


「歩き。歩くの好きなんちゃ!」


 よかった。

 歩きで30分なら会社と反対方向でもそんなに遠くない。

 安心すると同時に、そんな距離を毎日徒歩で通学していると思うと感心せずにはいられない。

 幸いなことに相棒ハイエースの荷室はからっぽ。

 シートを起こせば乗せられる。

 送ってあげることにした。


「暗いし危ないき送って行ってやる。家はどこか?」


 聞いてみると


「マジ?送ってくれるん?やった!家はね~…あっこのバス停のトコ。」


 親からの説教が気になっていたのだろう。嬉しそうに答える。

 自宅や会社と同じ方向。自分が利用するバス停より二つ先だった。

 ルート的には会社への帰り道だから、ついでに送ることができる。

 なるべく早く作業を終わらせ


「よし!本日の業務はこれにて終了!帰るよ。乗って。」


「「は~い。」」


 後部座席に乗せる。

 空荷なのでそれはもう撥ねる。凸凹を拾う度に「ぅえ!」っと声が出る。

 乗り心地の悪さに大ウケ。

 それはもう賑やかだった。

 10分ほどでバス停に到着。


「ほら。着いた。」


「やっぱクルマは早いね!」


「うん。」


 大喜びである。


「「ありがとうございました!」」


 二人とも礼儀正しくていい子だ。

 今時の子にしては珍しくスレてない。

 このまま純粋に育ってほしい、と思った。


 可愛らしい来訪者様に癒された一日だった。

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