第5話 意識
4月分の大気測定も最終日。
待ちに待った週末でもある。
彼女たちは毎日やってきた。
一回目の巡回は休み時間と被らない場合があるので来たり来なかったりなのだが、二回目の巡回は放課後なので必ずいる。局舎の前で待っている。そして、業務の様子を興味深げに見ていった。
母校にある局舎は会社から最も近いので巡回は最後。結構な時間になっており、既に暗い。そのため四日間全て家の近所のバス停まで送り届けることとなった。
熱心な理系女子。
ホントに理科が好きらしく、作業中に色んなことを質問してくる。可能な範囲で説明してあげるとキラキラした眼差しで聞いている。その一生懸命さが妙に心地よく、新入社員並みに教え甲斐がある。今時の女子高生のようにおバカなノリもするが、基本素直。
こんな素直な子供だったら女の子もいいな。
そんなふうに思えた要だった。
測定最終日。
濾紙と金チップを回収し、機材を片付ける。
全ての局舎を回り、相棒ハイエースの荷室は満載。
今日は送れないと言ってあったのに、
「笹本さ~ん!」 ←要の苗字。作業着の胸ポケット上の刺繍から知った。
クルマの方へ手を振りながら駆け寄ってくる。
ホント、毎回思うけど子犬のようだ。
「自分ら今日は荷物一杯やき送って帰れんっちゆったやん。」
というと、
「大丈夫!バス賃ある!」
元気に応える。
それならばいいかと思い、撤去に取り掛かる。
「今日は片付けだけばい?こげな作業見て面白い?」
素朴な疑問を投げかけると、
「うん!最後まで見たかったき。」
という答えが返ってくる。
つくづく感心した。
撤去も滞りなく終わり、
「よし。終わり。じゃーね。気を付けて帰らなばい?」
「うん!今度は来月?」
「そうなるね。来月も見に来ると?」
「勿論!」
来月の見学?の予約をされた。
このまま社員にしてもよさそうなほどやる気満々だ。
「じゃーね!バイバイ。」
大げさに手を振り、何度も振り返りながら去って行った。
慌ただしくて騒がしい。でも、ちょっと楽しく感じることのできた今月分の大気測定だった。
それにしてもあのため口。
オレのコト、絶対20代前半っち思っちょーよね?
苦笑してしまっていた。
帰り道。
学校前にあるバス停を通過すると、こちらに気付き手を振っている。
パッパッ!
クラクションを鳴らすと更にはしゃぐ。
新入社員が
「いい子たちでしたね。」
しみじみと言った。
「そやね。あのまんま素直に育ってほしいよね。」
「はい。」
会社に到着し、機材と採取したサンプルを片付け、今月分の大気測定のサンプリング業務は無事終了することとなった。
週明けからは分析だ。
あれから3カ月とちょっと。
彼女たちは飽きることなく毎月見に来た。
おかげでかなり仲良くなった。
もうひと頑張りで夏休みという7月半ば。
今日は土曜日で、仕事は休み。
陽は近所の友達の家に遊びに行ってしまった。
この頃しょっちゅうだ。
寂しいけど、人間関係が上手くいっているという証拠。友達と楽しく遊んでいる姿を見るとホッとできる。こちらでの生活にもすっかり馴染んだようだ。
話し相手がいない。
ヒマだ。
釣りビジョンを見ながら庭に目を移すと、梅雨の雨で小汚くなってしまった愛車エッセが目に止まる。
ワインレッドなので汚れがかなり目立つ。
洗車でもするか!
思い立つも洗車用品が無かった。前回洗車した時、ワックスもガラスコーティングも使い果たしていた。
というわけで、近所のスーパー兼ホームセンターへ買い物に行くコトに。
カー用品コーナーにてワックス効果のあるシャンプー(既に夏の日差し。ワックスは諦めた)を見ていると、パタパタと走ってくるサンダルの音。
直後、
ドカッ!
背中に衝撃。
「ぅわっ!」
誰かに飛び乗られた。
おんぶした状態になっている。
「こんにちわ!」
聞き覚えのあるハスキーボイス。
ビックリして振り向くと
「自分…。」
大気測定の時の後輩君女子高生だ。
「自分じゃない!葉月!前村葉月!覚えちょってね!」
おんぶのままニコニコしながら自己紹介。
そういえば、毎月熱心に作業を見ていたのに名前すら知らなかった。
しかしまぁ…見た目や精神年齢が幼いせいもあるのだろうか?躊躇いもせず、惜しげもなく当ててくる。
人懐こいのはいいことなのだろうが女子高生である。
出るとことはちゃんと出ていて(決して大きくはない)優しい圧力を思いっきし背中で感じているからイヤでも意識してしまう。
どんなご褒美?
と思えるような心の余裕なんかあるわけもなく、店の中でなおかつ人目もあるから嬉しさよりも恥ずかしさが先に立つ。
「わかった!わかったき下りよう?ね?」
と促すと、
「は~い。」
仕方なく降りる。
首にしがみ付いていた腕の力を緩め、スタッ!と着地。
改めて葉月の方に向き直る。
休日なので、いつもぶっ立てている髪も今日は寝ている。そして私服。短パンにTシャツだから少年のようだ。制服の時とはえらいイメージが違う。
困った笑顔で
「自分、女の子ばい?男にそげなことせんと。」
注意するが、
「は~い。だって、姿が見えたっちゃき。」
全く反省しちゃいない。
出会った嬉しさを隠しもせずニコニコしまくっている。
誰にでもこんな形でコミュニケーションをとっているのだろうか?
少し心配になってくる。
「それでもダメよ。今、胸が思いっきし当たっちょったよ?」
小声で事実を報告すると、
「うそ?」
突然大赤面。
よかった。その辺の意味、全く知らないわけではなさそうだ。
「ウソじゃないよ。当たっちょった。女の子なんやきもうチョイ気にせな。もう今度から誰にでも胸やら当てたらダメよ?わかった?」
バリバリの親心で教育的指導。
「わかった。気を付ける。」
今度は分かってくれた様子。
赤面が治まらない。
異性として見られるとは思ってもいなかっただけに、この指摘は相当堪えた。
俯いて完全に大人しくなってしまっていた。
女であることを意識した瞬間だった。
顔を真っ赤にして俯いてしまっているのがおかしいやら可愛いやら。
思わず笑ってしまいそうになる。
と同時にあまりの変わり様である。
ちょっと悪いことしたかな?といった気分になってしまい、立ち直らせるために話題を変える。
「で?今日は何しに?」
聞いてみると、
「ん?お母さんについてきた。買い物。」
まだほんのりと頬が赤いが、だいぶ立ち直った…のか?
普段通りの調子で答えた。
「ふーん。いつもの背の高い子とは一緒やなかったって?」
「うん。晴美は彼氏とデート。」
「そっか。自分はおらんの?」
「自分じゃない!葉月!」
イチイチ名前呼びを強制してくる。
「わかったわかった。葉月ちゃん彼氏は?」
「おらんよ。羨ましいとは思うけど。」
と、返事をしたところで、
「葉月~。行くばい。」
母親に呼ばれ、
「お母さん来た。じゃーね!」
「うん。また。」
手を振りながら走って行った。
相変わらず元気な子。
見ていて面白い。
離婚のコトで打ちのめされて半年とちょっと。
元気を貰えたことで、また少し癒された。
葉月ちゃんに感謝。
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