第15話 子持ちがバレた!

 近所のスーパー兼ホームセンターに、陽を連れて買い物に行った時のこと。


「お父さん?オモチャ見てくるね。」


「わかった。んじゃ、クルマの部品のトコで待っちょく。」


「はーい。」


 毎回こんな感じで、陽は着くとすぐオモチャのコーナーに行ってしまう。

 気が済むと次はお菓子のコーナーだ。

 このパターンが定着しつつある。

 近頃、店内のどこに何があるかを覚え、ある程度一人で行動するようになった。

 だから、迷子にならないよう、カー用品のコーナーで待つことに決めたのだ。




 カー用品のコーナーでワックスを見ていると、背後に誰か着く気配。

 次の瞬間、


「要くん!」


 お馴染みの元気なハスキーボイス。

 葉月だ。


 10月分大気測定の時に、会って逃げ帰ったことを謝り、なんとか以前のように接することができるようになった。

 呼び方も一時は「笹本さん」に戻していたのだが、「今更戻されてもなんか変」的なコトを言われ、要くん呼びを再開した。

 ぎこちなさも業務中になんとか消し去ることができた。


「おっ!葉月ちゃん。今日は買い物?」


「うん。お母さんについてきた。」


「そーなんて。」


「うん。要くんは?クルマのなんか買いよん?」


「そ。涼しくなったきワックスでもしよっかねっち思って。」


「ふーん。んじゃ、するときはウチも手伝っちゃーね!」


 ヤル気満々だ。


「そらぁ有難いね。そん時は昼飯食い行こう。」


「やった!楽しみ!またラーメン行く?」


「いーよ。」


 楽しく会話しているトコロに、


「お父さん!これ買っていい?」


 陽がオマケつきのお菓子を持って戻ってきた。


「いーぞ。カゴの中入れちょけ。」


「はーい。もっかいオモチャ見てくる!カッキープラモあったんちゃ。」


「プラモは見るだけぞ。お菓子買うっちゃろーが?」


 一回の買い物につき、欲しいもの一個。

 要と陽の間で決めたルール。


「分っちょーちゃ!行ってくる!」


「おぅ。」


 元気に走り去る。



 陽とのやり取りも終わり、視線を戻すと、またもや葉月の様子がおかしい。

 先程の明るさが完全に消えていた。


「…お父さん?」


 そう言ったきり固まってしまう。

 すぐさまその意味を理解した。


 しまった!子供がおるっち一言もゆってなかったやんか…この前、年齢のことで散々傷つけたばっかりなのに…オレ、何しよるんやか。


 この前以上に激しい罪悪感。

 同時に、そこまで考えが至らなかった自分に呆れ果てた。

 とは言え、バツイチ子持ちなんて口に出して回るようなコトではない。こういった機会でもない限り、知ってもらうことができないのだ。友達とも彼女とも違うビミョーな関係なのだからなおさらだ。

 とりあえず、


「うん。アイツ…オレの子供。陽っち名前。」


 紹介する。


「へ~…。」


 反応が薄い。

 そして、みるみる涙を浮かべだす。

 心配になり


「葉月ちゃん?」


 呼びかけると、


「要くん…結婚…しちょったんやね。」


 悲しみと絶望に満ち溢れた顔でつぶやいた。


 親とあまり変わらない歳ということについては、どうにか納得した。

 そんなトコロに追い討ちをかけるような事態発生。

 まさか子供がいるとは。

 ということは、当然奥さんもいるというワケで。

 全く考えてなかった。

 しかし、あり得ない話ではない。

 年齢が年齢だし、むしろそっちの方が自然だ。

 そこまで考えが至らなかった自分に心底ガッカリした。


 終わった…家族持ちやったんやん。


 こうありたい!と思っていたビジョンがことごとく崩れ去る。

 ホントの歳が分かった時以上に苦しい。

 今まさに、涙が頬を伝おうとしたとき、


「うん。ちょっと前までね。」


 思ってもみない答えが返ってきた。


「え?どーゆーこと?」


 驚いた表情に変わる。


「ん?去年の12月ぐらいかな?離婚した。んで、子供引き取った。」


「…ふーん。」


 独身なのは分かった。

 そのことについては少しホッとしたのだけれど、これから先、関係を発展させることなんかできるのだろうか?


 二回りも離れているうえに子持ち。


 付き合うとなったら…親、猛反対やろーな。


 容易に想像できてしまい、悲しくなってくる。

 俯いてしまったところに、


「葉月~。行くよ~。」


 母親から呼ばれ


「は~い。」


 寂しげな表情をしたまま、バイバイも言わず去って行ってしまう。

 なんとも後味の悪いカタチで葉月の「好き」の大きさを確信してしまった。


 どーしたもんかな…バツイチ子持ちとか、ゆってまわるようなもんでもないしなー…。


 心の中で言い訳。




 買い物から帰宅した葉月。


 来れる?


 すぐ晴美にメッセージを送る。


 うん。なんかあった?


 来てから話す。



 やり取り後、少しして晴美がやってきた。

 玄関の戸を開けるなり、


「今度は何?」


 あからさまに曇った表情の葉月を見て、心配そうな顔で問いかける。


「…部屋いこ?」


「わかった。」


 部屋に入るなり


「あんね…要くんっちね…」


 口を開く。

 既に涙声。決壊寸前だ。


「うん。」


「…子持ちなん。」


「マジで?」


 年齢の件同様、有り得るハナシだけど驚かされる。

 以前スーパーで見た光景が甦る。


 あれ、奥さんと子供やったんやな。


 これまで見てきたこと全てにおいて納得がいった。


「うん…さっき買い物行ったら会って…小っちゃい男の子やった。」


「んじゃ、あんとき見たのっちそうやったんやね~。」


「なん?晴美、見たことあるん?」


「うん。何回かスーパーで一緒のトコ見たよ。」


「それなら、なんでゆってくれんやったん?」


 責めるものの、


「ん?だって、そーとー前のことばい?あんたまだ笹本さんのコト好きとか知らんやった時のことやき。それに、今あんたの話聞いて思い出したっちゃき。」


 これじゃ完全に筋違いだ。

 黙り込んでしまう。


「それよりもあんた、子供おるんなら奥さんおるっちゆーことやろ?付き合ったりできんやん。」


「いや…そうじゃないでね…バツイチなんっち。子供は引き取ったらしー。」


「は?そーなん?そっか~…キビシー条件やな。付き合おうっち思ったっちゃ親が許さんよね~。」


「うん…ウチもそー思う…」


「あんた、厄介な人好きになってしまったね。」


「………。」


 完全に俯いてしまい、ついには泣き出してしまう。


「で?どげするん?今度こそ諦める?」


 尋ねると、


「無理…でも…どげして…接していいか…分からんくなった。」


 力なく答える。


「そやな。ま、いっとき考えてみたらいいっちゃない?なんか思うことあれば相談乗るし。」


「うん…そげする。」


 しばらく泣いた。

 流石に次の月の大気測定は、ショックを受けた直後だったため顔を出せなかった。

 


 悩む日々は続く。

 子持ちと分かって以来、ずっと落ち込んでいる。

 何をするにしても、これまでの元気がない。

 毎日のように友達から心配されている。




 後味の悪い出来事から二週間ほど過ぎたある日。

 いつものスーパー兼ホームセンターにて。

 買い物中、不意に


「笹本さん?」


 聞き覚えのある声。

 晴美である。


「おー!晴美ちゃん。元気しちょー?」


「はい。」


「葉月ちゃんは?」


 すぐさま一番気になっていたことを質問すると、


「アイツ、この頃ずっと落ち込んどってから…。」


 やっぱし。


「そっか。それっちやっぱ…オレのコト…よね?」


「はい。どげして接したらいいか分からんごとなってしまっちょーみたいです。」


「オレについてどげなこと聞いた?」


「えっと…親と同じくらいの年っちゆーことと、子持ちっちゆーことはそれとなく。」


「なんか…騙すみたいなカタチになってしまって…ホント申し訳ないっちゃ。謝りたいけど会わんきどげしようもできん。毎日会うんやろ?謝りよったっち伝えてくれる?」


「はい。分かりました。」


「そしたらまた。」


「はい…あ!ちょっと!」


 別れ際、もしかしたらいい案かもしれないことを思いつき、呼び止める。


「ん?」


「電話番号!電話番号おしえてください!」


「いーけど、どげするん?」


「葉月におしえます。だき、かけてやってください。」


「いいけど、本人嫌がらん?」


「大丈夫です。寂しがってましたから。笹本さんの声聞いたら元気出すと思います。」


「わかった。なら、かけてみるよ。」


「んじゃ、まず自分にワン切りしてください。」


「了解。」


「じゃ、アイツのおしえますね。笹本さんの番号、おしえた時点で連絡します。」


 なんとも頼もしい友達だ。


「わかった。色々とありがとね。」


「いえいえ。それよりも必ずしてやってくださいね。それじゃ、お願いします!」


「うん。分かった。」


 いつもとは違う、深刻な表情で託された。

 電話番号をおしえると、急いでその場を去っていく。




 買い物を済ませ、家に帰る。


 これで、いつもの元気な葉月ちゃんに戻ってくれればいいな。


 心からそう思い、晴美からの連絡を待った。

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