第14話 歳がばれた!

 やっとのことで、ミラクルなハプニングによる恥ずかしさからも立ち直ることができた。

 葉月は要の横にちょこんと座り、大人しく釣りを見ている。


 やったことないので、意味の分からない動作が多く、たま~に「それはなんしよーと?」とか「それは何?」とか聞いてくる。丁寧に解説してくれるので、なんだかできそうな気分になってくる。面白そうなのでやってみたいのだが、いきなしベイトなんか使えるわけもなく断念。だから、


「したいなら、今度葉月ちゃんの分、道具持ってきてやるね。」


 と約束。


 次がある!


 嬉しくなってしまう葉月であった。



 話しが終わるとルアーを投げた方向に注目。

 あるかどうかわからない魚との出会いに備え、糸が水面と接しているところを熱心に観察しているのだ。

 興味を持ったことに対しての集中力。

 これは大気測定の時にも感じた。

 要は思う。


 あ~。こんなところが理系なんやな。


 と。



 しばらく粘ったものの、釣れないので克洋はポイントを見切る。

 大きく移動することにしたようだ。

 要の後ろを通過する際、


「カツ?移動?」


 聞かれ、立ち止まる。


「うん。まったくノーバイト。ギルアタリすらない。」


「オレも。キビシーね。大体人間来過ぎやもん。プレッシャーハンパねぇし。」


「ホントっちゃ。ギルすら食わんっちゃどーゆーこと?」


 毎回の如く、お約束の愚痴大会。

 


 そして、一緒にふり返っている葉月の方に目線を移す。


 うわっ!若っ!


 反射的に口に出してしまいそうになってしまうが、我慢した。

 すぐに要の方へと目線を戻し、ニヤケると、


「何か?何が言いてぇんか?」


 訝しげな表情をして突っかかってくる。

 

「ロリコン。犯罪者。」


 呟くように言うと、


「うるせー。なんちゅーこと言いやがる!」

 

 笑いながら言い返す。

 でも。

 見た目に限定するとこの二人、実年齢の差ほどムンムンとした犯罪臭はない。言い張れば、ギリギリカップルに見えないこともないのだ。

 ただ、克洋が要の歳を知っているから面白がっているだけ。

 しかし葉月は、


 またロリコンっち言われた…やっぱウチ、小学生に見られちょーんかな?

 

 幼い見た目のせいだと思い込んでしまっており、ちょっぴりショックを受けていた。

 

 でも、これはいつものこと!

 

 自らに言い聞かせる。

 そして、要くんの知り合いにも良い印象を持っていただかなくては!と思い、

 

「こんにちわ!」

 

 明るく元気よく挨拶。

 

「はい。こんにちわ。元気いいね!そのハスキーボイスがまたいいね。」


 大成功。

 しかも褒められた!

 なかなかの第一印象だ。

 続いて要に、


「大体お前、なんでこげな若いで可愛らしい子が知り合いなん?どげんやったらJKとかと知り合えるん?羨まし過ぎやんか!その方法オレにもおしえれ!」

 

 絡んでくる。


 え?この人初対面なんに、ウチのコトちゃんと高校生っち分ってくれちょーやん!


 驚くとともに、少し嬉しくなってしまう。


 こんな感じで克洋は鋭い。

 パッと見で分かりにくいことでも気付く。

 

「ん?仕事しよって知り合った。なかなか可愛いやろ?オレらの高校の後輩くんばい。ちゆーかお前、結婚するっちゃき羨ましがるなっちゃ!結唯さん(夏美ママ)にチクるぞ?」


 今、要くん、ウチのコト可愛いっちゆってくれた!


 些細なコトなのにとんでもなく嬉しくて、好きな気持ちがますます大きくなる。

 舞い上がってしまいそうだ。


「バカ!それはやめてくれ。また怒られるやんか。」


「『また』っち、お前…大体、何しよーん?」


 首を傾げ、呆れ顔。


「うるせー!オレのコトはいーんよ!」

 

 克洋は劣勢になりつつあった立場を勢いで誤魔化すと、


「そんなことよりも!そちらのお嬢さんとはどげなカンケーなん?彼女?」


 悪い笑顔と冗談めいた口調で茶化し始めた。

 

「ん~なワケねーやんか!そげなこといーよったら葉月ちゃんに失礼ぞ。まだまだこれからの人なんに。」

 

 笑いつつ即座に否定。


 葉月はというと…

 そうであったら嬉しいと思っていたコトを、初めて会った人にいきなり言われてしまい、

 

「え?いや!その!えっと…」

 

 真っ赤になって、アワアワと狼狽えだす。

 

 先程も述べたように、克洋は結構鋭い。

 このリアクションを見て、

 

 あ…この子、要のこと好きなんやな。

 

 確信してしまう。


 でも…

 これまでの要の対応を見る限り、完全に親とかその類のソレである。

 

 さっき、要くん呼びしよったっちゆーことは…童顔やき、少し年上のお兄さんっち思っとるみたいやな。しかも要、この子に歳のことゆっちょらんな。

 

 たったこれだけのカラミなのに、そんなところまで読み取ってしまっていた。

 



 葉月はこの時、狼狽えながらも克洋と要の関係を考えていた。

 この人は、どう少なく見積もっても30代前半にしか見えない。

 

 とすると、「オレらの高校の」っち言いよったき、先輩とか?

 

 でも、要くんタメ口やったし…先輩とは違うな。


 このタメ口が妙に引っかかる。


 んじゃ、同じ高校に行った親戚のお兄さんとか?


 あまりにも童顔なため、克洋が同級生という認識がどうしてもできないでいた。

 

「要くん?こちらの方は?どんな関係の人?」

 

「ん?同級生。しかも幼馴染。赤ちゃん時からの。」

 

 そういえば…歳のハナシっち今までしたことが無かったな。


 見た目から20代前半だとばかり思っていたのだが…。


 ということは要くん、アラサー?一回りぐらい年上なん?


 徐々に不安が大きくなってゆく。

 確かめずにはいられなくなり


「そーなん?要くんっち何歳なん?」

 

 聞いてみた。

 すると、


「ん?39歳。でも、もーちょいしたら誕生日来るき40歳やね。ガッツリオイサンばい。」

 

 いつもの大好きな笑顔で答えてくれた。

 

 ショックだった。

 二回りも違うとか…。

 微笑み返すことができない。

 アラサーどころの話ではなかった。

 思いっきしアラフォーである。

 眩暈がした…気がした。

 

「…え?」

 

 驚きの声を発したまま固まってしまう。

 

 克洋はその表情を見て、「あちゃー…」と言う顔になる。


 少し年上のお兄さんと思って接していた大好きな人が、実はオイサン。

 しかも相当年が離れている。

 自分の親と同年代といってもさほど違和感のない年齢。


 でったんショックなんやろぉな。


 なんてことを考えていた。

 


 葉月はというと…。

 あり得ない程のショックを受けて混乱の真っ只中。

 自分の親は47歳。

 ということは7歳しか違わない。


 本気で彼女になりたいと思えた人だったから、どう対処すべきか分からなくなってしまっていた。

 

 固まってしまった葉月のコトが心配になって

 

「葉月ちゃん?どげしたん?」

 

 優しく声をかけた。

 ピクッとなって我に返る。

 色々な感情が一気に湧き出してきて、みるみる泣きだしそうな顔に変わってゆく。

 

「…要くんっち…ホントに40歳なん?」

 

 小さい声で震えながら再度聞いてくる。

 

「うん。そーばい。」

 

「ふーん…もっと…若いかっち…思いよった。」

 

 それ以上言葉が出てこない。

 顔をまともに見ることができない。

 泣きそうな声で、

 

「ウチ…帰るね。」


 そう言い残し、去って行ってしまった。

 後ろ姿を見つめながら、

 

「どげんしたんやろ?急に…。」


 呟くと、

 

「バ~カ。お前のこと好いちょーきに決まっちょろーもん。モロ分かりやん。気付かんやったん?」

 

 克洋からズバリ言われてしまう。

 

 だけんかぁ~…。 ←訳:だからか~

 

 考えてみれば、思い当たる節がいくつもある。今日の釣りにしたってそうだ。そんな気持ちが無いのなら、わざわざ釣りなんか見るはずがない。

 

「そーなんか~。いかん…オレ、なんしよっちゃろ?全く気付いてやれんやった。でったん傷つけたやろーね。」


 究極に申し訳ない気分になってゆく。


「そらーねぇ。」

 

「もぉ近寄らんくなるやろーね。オレね…離婚した後ね。あの子にいっぱい元気貰って、でったん救われちょったっちゃ。」


「そーやったんか。」


「うん。でったんいい子やもんね。」

 

「それは見よったらなんとなくわかる。しょーがないよ。言う機会とか無かったっちゃろ?お前、若い子騙してどうこうするような性格やないもんの。」

 

「そらーねぇよ。ただ、結果的には騙したみたいになったき…申し訳ないなっち。」

 

「まーね。もうこれで近寄ってこんくなるやろーき、謝ろうにも謝れんめーばってん。もしまた会う機会あったらゼッテー謝っとけ。」

 

「うん。そうする。あ~あ…申し訳なさハンパない。」

 

「ま、気を落すな。」

 

「うん。ありがと。」

 

 当事者がいなくなってしまい、この場で解決できないため、話しはここで〆て釣り再開。

 

 結局この日は気分が乗らず、ボーズだった。

 

 

 

 葉月はと言うと。

 泣きながらチャリを漕いでいた。

 このまま帰っても、ただ泣くだけで、何も解決しないのは目に見えている。

 誰かに聞いてもらいたい。

 吐き出して楽になりたい。

 というわけで。


 こんな時は晴美!


 落ち込んだときは、お姉ちゃんみたいに優しくしてくれる。

 聞いてもらうことにした。

 

「今から家行っていい?」


 送信すると


「いいよ。どげんした?」


 すぐに返信。


「行って話す。」


「わかった。」


 このまま直行することにした。

 


 到着し、ピンポンを鳴らすとすぐに出てきた。

 

「晴美…。」

 

 涙でグチャグチャになり、見るからに痛々しくなってしまっている。

 

「上がり。」

 

 部屋に招き入れる。

 

「どげんしたん?そげ泣いてから。」


 泣くことなんか滅多にないから、心配そうに聞いてくる。

 

「あの…あのね…要くんがね…。」

 

 しゃくりあげてなかなか言葉が出ない。

 

「何があったん?何かイヤなことでもされた?」

 

「…ううん…そーやないでね…えっと…」

 

 しばらく沈黙。

 少し落ち着いて深呼吸。

 

「あんね…要くんがね…でったん…オイサン…やったん。お父さんとか…お母さんと…あんまし…変わらん…歳やった。」

 

「は?どーゆーこと?」

 

「あんね…要くん…もーすぐ…40歳なんっち。」

 

 恐れていたことが起きてしまっていた。

 

「マジで?そげ?」

 

 晴美の考えは正解だった。

 もしかしたら、かなり年上なんかも、と予想はしていたのだけれど、このようなカタチで実年齢を聞かされると、やはり驚かずにはいられない。

 

 だき、仲良さそうに喋りよった人っち、全員オイサンやらオバサンやったって。

 みんな同級生やったんやん。

 

 これまで見てきた事実と、心に抱いてきた疑問が一気に全部解決する。

 

「うん…さっき…釣り場で会ってね…要くん…幼馴染と釣りしよって…その流れで知ってしまったん。」

 

 「そっかー。あの説明の上手さとか、ケガの時の落ち着いた対処の仕方っち、そーゆーことやったんやね。子ども扱いなのも納得。」

 

「全然知らんやった。一人で盛上って…ウチ…バカみたいやん。」

 

「そーか?別にバカみたいっちゃ思わんばってん。」


「ホント?」

 

「うん。で、どーなん?それ聞いて好かんごとなった?」

 

「ううん…無理。好かんごとやら絶対なりきらん。どげんすりゃいーっち思う?」

 

「ん?好きならそのまんまでいーっちゃない?もっかい頑張ってみれば?」

 

「ウチ、頑張っていーと?」

 

 心配そうに聞いてくる。

 

「っちゆーか頑張らなどげするん?せっかく好きになったのに。」

 

「ホント?頑張っていーと?」

 

「うん。頑張れ!応援しよっちゃーき。」

 

「わかった…ハナシ出来てよかったぁ…少し気が楽になった。ありがとね。」

 

 やっと少し微笑んだ。




 次の大気測定初日。

 設置の時は休み時間が合わなくて、会いに行けなかったので、放課後会うことにする。

 二回目の巡回を晴美と二人で待った。

 7時過ぎ。

 既に真っ暗である。

 ヘッドライトの灯りが校舎の脇から現れた。


「きた!」


 局舎の前に止まると同時に


「笹本さん!」


 駆け寄っていく。


「葉月ちゃん?」


 この前の釣り以来聞く優しい声。

 それだけで涙が出そうになる。


「ちょっとこっち来て?」


 相方がいるため恥ずかしい。

 手を引き局舎の影に来てもらう。


「どげんした?っちゆーか、呼び方変えたって?」


「うん。でったん年上っち分かったき…だき…失礼かなっち。」


「別に今までどおりでいいのに。」


「ホント?でも…。」


「今更変えられても…なんかねぇ。これまでどおり、下の名前で呼んで?」


「うん…分かった。」


 既に涙声。


「で?どげした?」


「あの…この前…逃げたみたいになって…ごめんなさい。」


「いーよ。っちゆーか、こっちこそゴメン。なんか騙すみたいになって。」


「そんなこと…ない…ウチが勝手に…決めつけちょっただけやき…」


 堪えきれずに泣いてしまう。


「ありがと。そげゆってくれて。お願いやき泣かんで?ね?」


「うん…。」


「もう会えんかっち思いよった。謝りたいっち思いよったっちゃ。よかった。話せて。」


「うん…。」


「乗っていくやろ?」


「いーと?」


「いーくさ。もう遅いやん。晴美ちゃんと乗っていき?」


「うん。ありがと。」


 やっと少しだけ微笑むことができた。




 それから一週間。

 毎日測定に顔を出し、なんとか元の状態に戻ることができたのだった。

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