第45話 四年生。
四年生。
授業は、再履修がなければ卒業研究のみとなる。
三年生の後期試験最終日。
終了後に研究室決めが行われた。
少々長めの昼休みを取った後、指定された教室へと向かう。
出入り口にて、いつものように学生カードを機械に読ませ、出席を取る。
と、ここで。
教室の雰囲気がかなり違うことに気付く。
まず、いちばんに違う点。
普段、ほぼ単品でしか見ることがない教授が勢揃いしていた。
他にも。
黒板の方に目を移すと、教授名及び研究テーマが書いてある。
いつもなら自由である席順も、学籍番号順となっている。
時間になると、改めて直接名前を呼んで出欠の確認(カードの通し方が悪かったり、機械が読み損なったりで、欠席になっていることがちょいちょいある)。全員揃ったのが確認できると、これからの流れについて説明。続いて、いよいよ本日のメインである研究室の決定だ。
教授が一人ずつ前に出て、テーマや研究室の特色について熱く語る。
これが終わると、学籍番号順に希望する研究室の枠の中へと名前を書き込んでゆく。
研究室には定員があるため、オーバーした場合、自分の意思か話し合いかジャンケンで第二希望へと移る、といった方法で決める。
レポート提出時、意地の悪い対応をした教授や、面白くない講義内容の教授、そそらないテーマを研究している教授の研究室は、当然のことながら定員を割る。一人も名前が書かれない研究室もある。
人気具合が学生の前で暴露されてしまうのだ。
教授たちはというと、苦笑いしていたり得意げだったりで、なんかもう…変な人間ドラマを見せつけられ、微妙な気分にさせられた。
で。
どのような研究室を選んだかというと。
この学校を選んだ理由でもある環境分析研究室。
担当教授は講義も分かりやすく、人間的にも良いのだけど、どうにも研究テーマが地味で華がない。興味を持たれず定員割れを起こしていた。がしかし、第二希望として考えていた人は多かったらしく、割と早い段階で定員は満たされた。
メンバーの中には、女子でも特に仲がいい女子釣り部の友達がいた。
「よかったぁ~!なんぼ男子と仲がいいっちゆったっちゃ、女一人じゃやっぱ心細いもんね。」
「それ!あ~…もぉ緊張したぁ~…ホント、葉月いてくれて助かったよ。」
二人して、安心するとともに喜びまくる。
四月。
ついに最後の学年が始まった。
一緒に登校した友達とは掲示板の前で別れ、それぞれの研究室へと向かう。
部屋に到着すると、入り口には行先表示板があり、見ると一目で誰がどこにいるのかがわかるようになっている。だからまず入室の際、「帰宅」から「在室」にマグネットを移動させなくてはならないのだ。「在室」の他には「測定室」「サンプリング」「図書館」「食堂」「就活」「行方不明 私を探さないで!」があり、部屋を離れるとき、行先をおしえるのがルール。研究室が決定した直後、簡単なミーティングがあり、その時に決まった。
仲良しと二人、マグネットを移動させ部屋に入る。
こーゆーの、なんかちょっと…大学生らしいな。
全員揃ったところで、教授からの挨拶及び、一年の流れについて説明。
その後、一人ずつテーマが与えられる。
全員「自然界における有害物質の測定」的意味合いのテーマで、測定対象は大気と雨水。
前にも述べたが、とにかく地味である。他の研究室のように、最先端の技術に携われるわけでもないし、目を見張るような大発見があるワケでもない。ただ黙々と分析して毎月のデータを集めるだけ。でも、ちょっとだけ地域に貢献(データを役所の環境課に提出している)していたりするから、地味とはいえやりがいはある。
で、担当となったのは「雨水」。
ホントのこと言うと、「経験のある大気がやりたい」とかちょっと思ったりもしたけど、できることは多い方がいいに決まっている。しっかり技術を身に着けよう!と心に誓う。
テーマが決まると同時に相方が決定する。
測定項目が多いから、ペアでやるとのことらしい。
ここでも運がいいことに相方は彼女。
工学部である。
圧倒的に少ない女子だから、心細いということも教授は充分分かってくれているので、本当にありがたい。
ここの研究室は性質上、卒業研究以外に廃棄物の処理をやっている。
各研究室や一~三年の実験で出た、直接流すことのできない廃液などを無害化する作業も引き受けているのだ。月に数度、廃棄物がいっぱいになると、学科の方から指示が出る。その時は研究室全員で作業にあたる。
説明が終わると、記念すべき第一日目が始まった。
早速実験に移るわけだが、サンプルが無いと何もできない。
なので、まずはサンプルの回収から。
サンプルは月初め、研究室の備品である軽の箱バン(ボロっちいミニキャブ5MT。学際でも大活躍)を使って回収する。
回収するポイントは全部で5か所。内訳は、校内に1か所、校外に4カ所だ。
校内は工学部校舎の屋上、校外は職員アパートや関連施設の屋上に設置してある。
20リッターのポリ容器の口に1m程のホースがつないであり、その上には直径20cmの漏斗。漏斗はアングルでポリ容器の真上にくるよう固定されている。このセットが一つのポイントに二つずつある。
これを一か月放置して雨水を採取する。
一カ所目は校舎屋上なので徒歩。
屋上のカギと交換するためのポリ容器を持って設置場所へ。
ホースを抜いて容器を交換。
三月は雨が少なかったため、底の方に少したまる程度。蓋を閉め持ち帰る。容器は軽いから、一人一個ずつ持って階段を下りる。
階段を下りながら、
これっち、エレベーター無いけど、梅雨時期とかでったん重いっちゃないと?満タンになっちょったら持ちきらんばい。どげんするっちゃろ?
疑問が湧いてくる。
心配になったので、教授に聞くと、「そんなこともあるよ」らしい。で、その場合は男子が手伝ってくれるとのこと。一安心だ。
幸いなことに校舎以外は高くてもせいぜい3階建てで、階段や通路は比較的広い。足場がいいから、作業性はかなり良い。これまでの経験上、女子がこのテーマを受け持った場合でも、助けが必要になったことは数えるくらいしかないらしい。
二カ所目~五カ所目はクルマで回収。
純水でキレイに洗浄した空のポリ容器を8個、クルマに積み込んで、教授を乗せて(初日なので設置場所がわからないから道案内役)、さあ!出発だ!
久しぶりに運転するクルマ。
ギヤ比が低いので、エンストしにくくて乗りやすい。ちょっと楽しかったりする。
相方はAT限定なので、回収時の運転手は確定してしまった。
初日だし、不慣れということもあり、回収作業はまるっと一日かかった。が、校外に出られるし、ちょっとしたドライブもできるため、新鮮な気分になり結構楽しい。
こんな感じで記念すべき一日目は、特に滞ることもなく無事終了した。
サンプルを持ち帰ると、前処理して測定器にかける。
使用する測定機器は、分光光度計、原子吸光光度計、GC-MS(ガスクロマトグラフィー・マススペクトル)、pHメーターなど。他には滴定とか系統分析っぽいこともやる。JISに則った分析を行う。
最初の一カ月は、分析方法とテクニックを覚えるので精いっぱいだったが、慣れてくるとそれなりに面白くなってくる。
ばらつきを小さくするため、同じサンプルから作った試料を決まった個数用意し、機械にかけるのだが、全て同じような値を示したとき時なんかは無性に嬉しい。
この繰り返しで一年間データを取って考察し、卒業研究とする。
化学科は、どの研究室もテーマが決まり次第、本格的に実験へと移る。と同時に研究内容にもよるが24時間体制になる。何故かというと、反応時間や測定に時間がかかる場合が多いからだ。例えば、有機系の研究だと反応時間が長いため、開始時間によっちゃ徹夜になることもしばしば。だから、寮やアパートに帰れなくなることも珍しくない。こうなってくると、帰れないのを逆手にとって学校に寝泊まりし、光熱費を徹底的に節約する。実験室は冷暖房完備だし、風呂は部活棟に行けばシャワーを自由に使える。思いの外、快適だったりするのだ。
ちなみに環境分析研究室はというと。
ある程度時間調整が可能なので、学校に泊まるようなことは無い。にもかかわらず、別の研究室の友達に付き合わされて、ちょいちょい学校で夜を明かす。
こんな言い方をすれば、いつもバタバタしているように取られがちだが、実際はそこまで忙しいというわけでもない。
一旦仕込んでスタートしてしまうと放置するコトも多いため、ヒマになる。
そんな時は、勿論釣りに行く。
他には。
駐車場に行く。
そこには、やはり反応待ちでクルマいじりをしている男友達が誰かしらいる。それを見物したり手伝ったりする。大掛かりになってくると、駐車場にチェーンブロックまで持ち込んで、エンジンの積み替えなんかもしたりする。
雨の夜限定で駐車場ではドリフト大会が開かれる。それをギャラリーとして見物したりもする。
深夜、ラーメン屋やファミレスなんかに誘われることもある。
研究室内での飲み食いがこれまた楽しい。
各研究室では飲み物や食べ物がかなり充実している。フツーにコーヒーや紅茶、お茶はある。他には、好みで梅昆布茶やジュースなんかもあったりする。
お菓子も豊富にある。
こういったモノは、教授にお願いするとお金をくれるので、その都度買い出しに行く。
余所の研究室に用事や遊びでおじゃましたりすると、必ずおもてなしを受ける。
火や水が自由に使えるから、かなり本格的な調理もできたりする。
いくつかの研究室で集まって、鍋や焼肉をしたりすることもある。こんな時は当然酒も出る(常備されている。実験の最中飲まなければ&飲酒運転しなければ自由に飲んでいいことになっている)。
このような飲み食いは、月一以上のペースでやっている。
夏休みに入る前、一~三年の前期試験が終わったタイミングで、「卒業研究の中間発表」なるイベントが、三日間にわたり行われる。
視聴覚教室を使って前に出て、一人ずつ研究テーマの現状を発表するのだ。しかしこのイベント、正直な話、内容が専門的過ぎるから、他人の研究なんか聞いてもサッパリ意味が分からないのである。にもかかわらず、発表が終ると質疑応答の時間まで用意されている。誰もが意味不明。だから、質問は的外れなものばかり。かなりの確率で答えることができなかったりする。
最先端の研究をしている者は「ここから先は特許に関わってくるので」と、担当教授から発表が打ち切られ、質疑応答も制限される。実質殆ど発表しない者もいる。「特許を出願する前に内容を人前でしゃべってはならない」的な決まりごとがあるとはいえ、他の研究室の者にすれば、どうにも不公平と感じるからブーイングの嵐。
とはいえお祭り騒ぎ。
かなり緩い雰囲気で進んでゆく。
最終日には発表が終わると、食堂を貸し切って化学科全体での打ち上げ。
卒業研究に入ると、研究室によっちゃ別の学校と同じくらいに縁遠くなる。だから、こんなことを理由に、どうにか学科内で集まろうとする。
年が明けるといよいよ卒業研究も仕上げ。
データを整理し、数十枚にも及ぶレポートを作り上げる。
考察し、教授に見せて添削してもらい、再度提出といった作業を繰り返しながら、仕上げてゆく。
そして、二月。
一~三年の後期試験が終了したタイミングで、卒業研究発表会がある。
進め方や雰囲気は、中間発表と全く同じ。違うところといえば、各自研究が進んでいることぐらい。相変わらず他人の研究は何が何やら、だ。
発表が終わると、夕方から学校の近所にある大人数収容できる店でお別れパーティーが開かれる。120人で集まる最後の飲み会。この中にはもう一生会わない人だっている。そう考えたら、妙に感慨深かったりする。一次会が終わると、仲がいい者たちで集まり二次会。遅くまで飲み明かし、最後のひと時を楽しむ。
これが終わると、あとは卒業式を残すのみ。
今が二月中旬で、卒業式は三月初め。
二週間程だし、それまではこちらにいることにする。
豆腐屋のバイトをしようかとも思ったけど、最後の最後で怪我なんかしたら大変ということになり、完全にヒマになった。
とゆーワケで、暇つぶしといえば釣り。
ほぼ毎日釣行なのだ。
暖かい日も増えつつあり、徐々に水が温み始める。
春爆。Xデーはいつ?
期待しまくり釣り場に通う。
がしかし、そんなにうまくいくはずもなく…
ボーズの日々は続く。
結局、卒業式前日まで通い続けたものの、誰一人として魚の顔を拝むことはできなかった。
でも。
釣果は二の次。
仲が良いもの同士、釣り場に繰り出すことが楽しいのだ。
明日は卒業式。
式の後は、帰郷することになっているから、釣り場ともお別れ。
「さよなら。いつかまたここで釣る機会あったら、そん時は魚と会わせてね!」
卒業生全員で、楽しませてもらった釣り場に別れを告げた。
卒業式当日。
寮にて。
荷物を持ち、今一度部屋を見渡す。
カーテンが取り外された窓からは、爽やかな朝の日差し。
四年間、ありがと。
思い出の詰まった部屋に心の中で礼を言って、カギを閉めると少しずつ卒業の実感が湧いてくる。
管理人さんにカギを返し、お別れの挨拶。
「四年間、ありがとうございました。」
「はい。元気でね。卒業おめでとう。」
ちょっと泣きそうになった。
友達数名と合流し、会場へと向かう。
会場は入学式があった体育館。
時間となり、式が始まる。
学科ごとに並んで、学長の言葉を聞く。
式が終わった後は学科ごとに教室へと入り、卒業証書の授与。
学科長から名前を呼ばれ、卒業証書をもらうと、続いて教員免許の配布。
仲の良い友達数名が、教職課程を取っていた。
入学当初、視野が狭かったため思いつかなかった選択肢。二年になった辺りから「取っておけばよかった」と思うようになっていた。が、時すでに遅し。専門教科が多く、とてもじゃないが再履修できるような余裕がない。
諦めざるを得なかった。
免許証を手にした友達を見て
自分も取っちょけばよかったな。
心からそう思った。
大学で取得した単位はずっと生きている。教員免許取得には年齢制限があるらしいから、間に合う時期に思い立つことができれば、改めて取得することにしよう。
そんなことを考えているうちにいよいよ最後。
祝いの言葉が終わったら解散となる。
研究室メンバーや仲良しと写真を撮りまくり、それも落ち着いたらいよいよお別れ。
再会の約束をして、同じ便で帰る友達や幼馴染との待ち合わせ場所へと向かう。
無事合流し空港へ。
さよなら関東。
そして。
四月一日からは社会人だ!
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