第44話 女子釣り部活動記録

 結成以来、なかなかの頻度で活動している女子釣り部。


 というのも、学校のすぐ近くに複数の釣り場が存在するから活動しやすいのだ。

 ちょっとでも空き時間ができると、すぐ実行に移せる。

 例えば、早い時間に授業が終わる日。例えば、急きょ休講になった時。

 時間が空いたらすぐさまタックルを取りに帰り、釣り場へとダッシュ。

 このような恵まれた環境なので、自然と足を運ぶ回数が増えるというワケ。


 で、気になる釣果はというと…やはりというかなんというか、芳しくない。

 にもかかわらず、脱落者が一人もいない。それどころか、部員は増加傾向にある。

 あるとき、みんなで集まって飲んでいると、部員の一人が、


「この部って脱落者いないよね?っつーか、この頃部員増えたよね?」


 と、改めて口にしたことで気が付いた。


「なんでだろーね?」


 考えてみる。


「おっきい道具揃えたら、あとはあまりお金掛からないからじゃない?」


「そーだね。リールとサオ買ったら、あとはちょっとしたモン…ルアーとか小物カンケー継ぎ足すだけだもんね。」


「そうそう。」


「貧乏なウチらにはちょうどいい趣味ってワケだね。」


 拘れば話は変わってくるが、ホントその通りなのだ。

 実際、新たにタックルを買った友達は、全員が中古。だから、一人当たりの使った額はというと、ルアーまで含めても一万円前後。



 というわけでここからは、女子釣り部結成初期の頃、初心者部員が初めてタックル購入を決めたお話を少し。


 二人のベテランの実釣風景を見ながら、


「面白そうだな。私も道具買ってみよっかな?」


 ボソッと呟く。

 それを聞いた別の部員が、


「私も今、それ考えてた。見るだけでも面白いけど、どーせならやってみたいよね。」


「葉月が釣ったみたいなヤツ、自分の道具で釣りたい!」


 連鎖的に反応した。


「じゃ、明日にでも授業終ったら釣具屋行ってみよっか?中古なら一万円以内で全部揃うよ?」


 ベテラン部員が提案すると、


「「「うん!」」」


 良い返事。

 釣具屋行きが決定する。

 この日を境に、未経験者のタックル購入ラッシュが始まることとなった。



 次の日。

 学校が終わると中古釣具屋へ。

 店内にて。


「ねぇ?どんなの買えばいいの?」


「ん~…まずはスピニングかな。」


「へ~。意外と安いんだ。」


「元が安いヤツとか古いのは安いよ。」


 テンション高めに物色中。

 初心者だし、これから先続けるかどうかも分からないから、懐へのダメージは最小限であることが望ましい。

 ワゴンに転がしてあるヤツと、棚に置いてあって直に触れる手ごろな値段のヤツの中から選ぶ。


「こんなのとか良いよね。」


 ベテラン部員が手に取ったのは、型落ちしたシマノのアルテグラ。

 真ん中付近のグレードで、ベテランでも納得できる性能が備わっている。

 古いから極端に安い値段がついているけど、かなりの美品。恐らく、前オーナーは大切に扱っていたのだろう。滑らかさが全然損なわれてない。


「じゃ、それにする!」


 リールは決まったから次はサオ。

 公共の交通機関を利用することもあるかもなので、持ち運びのコトを考え2ピース。

 7.6フィート、Lアクションでなかなかの品を見つけたから、それを買うことにした。



 さらに見てまわっていると、もう一人の部員が、


「ねぇ。これってどうなの?」


 棚に陳列してあるパールホワイトのベイト、トライフォースZを指さす。


「あんた、いきなりベイトやんの?」


「なんで?おかしい?」


「おかしいってワケじゃないけど、投げんの結構難しいよ?」


「マジで?」


「うん。この手のリールって、投げるとき糸がもつれちゃうんだよ。」


「へ~。でも大丈夫っしょ!あの葉月だって使えてるんだよ?」


「おい!こら!きさん!それ、どーゆー意味か?」


「あははは。」


「まーまーまー。」


「葉月はね~。」


 ここで一つ。

 大学生葉月さんはというと。

 背がかなり伸び(只今150cm台後半。今も尚成長中)、見た目は抜群にオネイサンっぽくなったものの、キャラは昔のまま。初日から人前で派手にコケてみたり、何回も教室を間違えたりしたため、一年生の早い段階でドジっ娘キャラは定着してしまっている(釣りに行く機会が増えて、ズボンを穿くことが多くなったから、パンチラの回数だけはほんの少しだけ減った)。


「冒険者だね。なら、糸は多目に買っといたほうがいーよ。」


「わかった。」


「大丈夫な品かどうか見てみよーね?」


 手に取って、問題無いかどうか確かめる。

 ハンドルを回してみる。

 ゴリ感はない。

 クラッチを切ってスプールを指で弾いてみる。

 しばらく回って停止。

 大丈夫そう。

 これに決めた。

 持ち運ぶのが楽なように&どんな釣り方でもカバーできるように、6.6フィート2ピースMアクションのサオを買うことにした。




 しばらくは予定が合わず、少人数での釣行が続く。

 新たにタックルを買った友達は、どうにかキャストできるようになっていた。



 タックル購入から二週間。

 金曜日の夕食後、久しぶりに釣り部全員がそろった。

 その場で土曜日の釣行が決まる。

 今回選んだフィールドは、近所の小規模野池。


 釣行当日。

 いちばん近いのは学校なので、待ち合わせ場所は寮。

 全員揃うと、歩きで移動。

 途中、スーパーで食料や飲み物、お菓子を調達。


 釣り場に到着。

 グル~っと見渡すと、岸は入り組んでいて立ち枯れもある。

 いかにも、なフィールド…なのだけど。

 かなり人気があるらしく、午前中出発したにもかかわらず、オカッパリできるポイントは、釣り人でほぼ埋め尽くされていた。


「え~…。」


「人、多いね。」


「どこで釣ろう…」


「予想はしてたけど、ここまで多いとは…この人数じゃ、みんなで入れるポイント無いね。」


 茫然とする部員たち。

 歩きなので再度移動する気にもなれない。


「しょーがないね。」


 この池で我慢することにした。

 空いている場所といえば…堰堤くらいか。

 その堰堤も、両端の角と水門付近には釣り人。結局、何もない真ん中辺りを陣取ることしかできなかった。


「何もないから、どこ狙ったらいいか分んない。」


「回遊してくるっしょ。」


「そーだね。」


「粘りよったら誰か一本ぐらい釣れるやろ。」


 あまりにも変化が無くて、テンションダダ下がり。初心者だと、なおさら何を目標に投げればいいか分らないらしい。

 でも。

 堰堤はいい。

 池にもよるけど、護岸と土との境に小さな石で形成されたゴロタ地帯がある。

 そこにエビやヨシノボリなどが住み着いていて、これを狙って魚が回遊してくるから、何も無いように見えても釣れるのだ。

 定番ポイントと比較すると、人気がないためプレッシャーが低く、かえって大釣りできたりすることもある。ということをベテラン組が説明すると、素直に聞き入れた。

 それならば!と、気持ちを切り替え釣り開始。


 この日、釣りをするのは5人。

 只今、女子釣り部は10人。そのうち5人がタックル持ちで、あとは見学組だ。見学組は、タックルを持っている者の隣に座って見学する。


 釣りを開始しておよそ一時間。

 ベテランの友達が、


「ん?ん~??なんだこれ?もしかして食った?」


 異変を察知し呟いた。

 ゴロタ地帯を3.5インチカットテールのネコリグでしつこく攻めていると、サオ先に「モッ…」といった感じの僅かな違和感。さらに引くとサオ先が残る。

 居食いだ。


「マジで?」


 見学組が色めき立つ。

 サオ先を少し上げ、聞いてみると…ゆっくり持っていった。

 一呼吸待って鋭くアワセを入れると、6.6フィートのスピニングロッドが大きく弧を描く。


「よっしゃ!来たーっ!」


「うぉ~!すっげ~!」


 隣で見ていた見学組、大盛り上がり。


 ジ―――――ッ!


 ドラグが悲鳴を上げる。

 池の中心部に向かって突進。

 サオと糸の角度に注意しながら、突っ込みをやり過ごす。


「うお~!結構走ったよ。」


 止まった瞬間、ドラグを滑らせながら巻き取ってゆく。

 水面に向かう気配を感じたらしく、


「ヤバい!飛ぶかも。」


 急いでリールを巻き、テンションを保つ。

 直後、


 バシャバシャ!


 ド派手な水しぶきとともにエラ洗い。


「うっひゃ~…すっげ~!」


「前、葉月が釣ったときも跳ねたよね?」


「うん。あれ、エラ洗いっちゆって、ハリ外そうとしてやるジャンプ。」


「逃げたりしないワケ?」


「まあまあバレるよ?」


「マジで?」


「絶対にあげてみせてね。」


「うん!頑張る!」


 走られると、瞬時に左手でドラグを緩める。

 なかなかのドラグワーク。

 サオを立て、効果的に突っ込みをかわしつつ、なんとか寄せてきた。

 しゃがんで取り込み体勢に入る。

 右手を高く上げると、足元で魚が顔を出す。


「わ~!めっちゃデカいじゃん!」


 大喜びである。

 暴れて走られる前に、左手親指を口にねじ込み、抜き上げた。


 パチパチパチ…


 自然と拍手が起こった。


「いえ~い!」


 サオを持つ手でピース。

 そして、大きさを比較できるよう、お菓子の箱を魚の横に置いて記念撮影。

 メジャーを当て、正確な体長を測定する。


「おぉ~!40ジャスト!」


 丸々と肥えた、傷のないキレイな魚体。

 初めて釣ったときと同じように、交代でバス持ちし、写しまくる。

 気が済んだところでリリース。


「いーなー。私にも来ないかな?」


「それ、自分も釣りたいよ。」


「どんな釣り方で来た?」


 先日マイタックルを買った友達がモーレツに羨ましがっている。


「頑張ろ!また回遊してきたら釣れるかもだよ?」


「おう!頑張るぜ!」


 実釣再開。

 少しでも確率を上げるため、全員同じリグにし、護岸とゴロタの境目付近を重点的に探る。

 それから30分ほど過ぎた頃。

 初心者なのにベイトを買った友達が、バックラッシュを修復し終ったところで、


「あれ?なんか投げた時と、糸の向き違うんだけど…なんで?」


 不思議そうに聞いてくる。

 真正面に投げていたはずなのに、60°程右に移動していたのだ。

 ベテランの友達が、


「それ、魚!アワせて!」


 叫んだ。

 言われるがままに、サオを身体の方へと引き寄せながら、後へとのけ反ると、一気に突っ走る。


「へ?なになに?」


 猛烈な突っ込み。

 完全にテンパってしまっている。


「やったじゃん!巻いて!強引に巻いちゃっていいから!」


「わ、分かった!」


 ゴリ巻き。

 3kgしかない最大ドラグ力。

 突っ込まれると、フルロックなのにジリジリと糸が出る。


「強い…糸、出てる…」


「14ポンドでしょ?何かに巻かれない限り大丈夫。切れたりしないから。」


 震えながらのやり取り。


「ん~…」


 サオを立て、のされそうになるのを必死で耐えている。

 突進が止まると、必死こいて巻く。

 しばらくこんなやり取りが続いたのち、どうにかこうにか前まで寄せてくると、魚体があらわになった。


「なにこれ?バスじゃなくない?」


 灰色っぽくて細長い。


「これ、バスじゃないね。ライギョ?ナマズ?」


 サオを立てると水面から顔が出る。


「ナマズじゃん!」


「デカ!」


「ヒゲ、キモッ!」


「グロ!口からなんか内臓みたいなの出てる。」


 掛かったのは50cm超えのナマズ。

 またもや大騒ぎである。

 そのまま引き摺り上げた。


「気をつけてね。こいつ刺すから。」


「え?マジで?」


「うん。胸ビレに注意して。」


 暴れるナマズを数人がかりで押さえつけ、ペンチを使ってハリを外す。


「うぇ~。ヌルヌル。」


「気持ち悪~い。」


「そぉ?私、ナマズ結構好きだよ?顔見てみて?オメメ可愛いから。」


「ホント!なんか円ら。」


「顔、ア~ップ!」


 押さえつけて、記念撮影しまくりだ。

 満足いくほどに写真を撮ると、解放。

 自分でニョロニョロと身体をくねらせ、水の中へと戻って行った。


「ナマズって、生で見るの初めてかも。」


「おっきかったね~。」


「今度こそバスを釣ってやる!」


 気合を入れ直し、釣り再開。したものの、今日はここまで。

 流石にハイプレッシャーフィールドなだけあって、後が続かない。

 とはいえバス1、ナマズ1。

 厳しい条件だというのに、よく頑張ったと思う。

 そして嬉しかったのが、初心者に釣れたこと。

 この際、ゲストとか本命とかは関係ない。

 魚と出会えたことを素直に喜ぼう。

 帰り道、興奮気味に釣れた時の一部始終を話していた。

 それを聞いた別の初心者も、


「バスじゃなくてもいいから、早くなんか釣りたいよ!」


 羨ましそうだ。

 みんな益々釣りを好きになっていく。




 女子釣り部は、その後どうなったかというと。

 みんな上手くなっていた。

 釣行回数が多いものだから、まだ初日が出てなかった友達も、そう遠くない日に念願の初フィッシュをGETできた。

 大喜びの現場を目の当たりにしたタックルを持ってない部員たちは?

 感化されて、今や全員タックル持ちである。その部員たちも、釣行を重ねていくうち魚と対面することができた。

 新品でタックルを買った者も一人や二人ではない。


 といった感じで部活動は続いている。

 その間にも部員は順調に増えてゆき、次の年には新入生も加わった。

 何時しか公式の部になり、学校紹介のパンフレットにも載ったりしたおかげで、卒業する年には始めた頃の倍以上の規模になっていた。


 こんなにも興味を持ってくれる人がいるなんて!


 まったく嬉しい限りである。

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