第9話 いつの間にか

 入学して数日。


 慌ただしさのピークは過ぎた。

 これから友達作りが始まる。


 楽しい高校生活になればいいな。


 只今絶賛警戒中&探り合い中。

 余所の中学の子達とは距離がある、といった時期。

 まだまだ同中の生徒とのカラミがメイン。

 自分達も例外じゃない。


 そんな午前中。

 授業の合間の休み時間。

 晴美とお喋りしながら外を見ていた時のこと。

 

「ねえねえ。あの小屋っち何やろ?」

 

 今いる校舎とはグラウンドを挟んで反対側にある部活棟。それと山との境界に、気になる建物を発見した。

 金属でできた六畳間程度の大きさの建物で、窓はない。

 高いアンテナが立っており、そのてっぺんでは風向風速計がクルクル回っている。

 壁にはエアコンの室外機が複数取りつけてあり、その中のいくつかは稼働している。

 なんか不思議な光景だ。


「さぁ…何やろね。」

 

 考えてはみるものの、分からず仕舞い。

 



 それからさらに数日後。

 昼休み。

 ボチボチ友達もできつつある。

 とは言え、まだそこまでは仲良くなく、晴美がメイン。

 昼食を終え、外を見ながら駄弁っていると、謎の小屋の横にクルマが止まった。

 

「晴美!見てん見てん!あの小屋。開けよんなぁばい!」 ←訳:開けているよ、的な意味。

 

 指さしておしえる。

 運転していた人が降りてきて、ちょうどその小屋のドアの鍵を開けているところだった。

 

「ホントね。」


 見に行きたい!

 

 好奇心が爆発した。

 

「行ってみよぉや!」

 

「うん。」

 

 晴美と小屋へダッシュ。

 中を覗くと見たこともない機械でいっぱいだ。

 

 なんかすごい!秘密基地みたい!


 作業中の人に


「あの~っ!これ、何やってるんですか?」


 声をかけた。


 色白で華奢な身体つき。

 茶色い髪で襟足を伸ばし、ゴムで纏めて10数cmの尻尾みたいになっている若い男の人だった。

 振り返った瞬間…でったんドキッ!とした。

 男の人に対してこのような反応をするのは恐らく生まれて初めてのことだと思う。

 自分より年上なのに、可愛らしいといった表現がピッタシ。

 歳は21~2くらいじゃないだろうか。


 その人は柔らかい口調で、


「ん?これはね。大気の測定。」


 と答え、同行の社員に説明し出す。

 相方のオトコの人は体育会系で爽やかなイケメン。メモを取りながら一生懸命説明を聞いている様子から、新入社員であることが分る。


 新入社員が大卒で新卒なら22か。んじゃ、もぉちょい上やな。

 高卒やったら18やき、大体見た目どおり。

 ウチよりも6~10歳上かな?

 など、可愛らしいお兄さんの年齢をなんとか割り出そうとしていた。


 ウチ、何でこげなこと考えよるんやろ?


 全く意味不明である。



 尻尾の人は、素人を相手でもすごくわかり安い説明をしてくれる。


 ベテラン。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 んじゃ、もっと年上?30歳に近いかな?


 にしても。


 たまに見せる、はにかんだような笑顔がもぉ!

 

 でったんいい!!


 完全にツボ。


 今日はもう一回ここに来るらしいので、それも見学させてもらうことにする。

 



 放課後。

 長いこと待っているけど来ない。

 既に7時近い。

 6時を過ぎた辺りから母親の電話が凄い。


 心配している。


 そろそろ言い訳も難しくなってきたので帰ろうかと思っていた時、校舎の脇からヘッドライト。

 

 来た!

 

 駆け寄ると、親みたいに心配された。

 作業は流量の記録と再調整だけだったのですぐに終わる。

 帰りは乗せてもらうことになった。

 すごく優しい。

 

 この人、名前何ちゆーっちゃろ?

 

 気になった。

 ベージュ色の作業着。

 左の胸ポケットの上。

 オレンジ色で「笹本」と刺繍が入っていた。

 名前ゲット!

 大収穫だ。

 学校とは別の楽しみができた。

 来月もあるらしいので、また見学させてもらうことにする。

 

 


 あれから毎月見学しているためか、笹本さんともかなり仲良くなれた…と思う。

 そして、飽きない。


 将来この仕事したい!


 具体的なことを考えるようになったのだが、それは仕事への興味だけじゃないような気がする。

 



 7月。

 母親とスーパーへ買い物に行ったとき、駐車場で笹本さんのクルマを発見した(通学時、歩いている自分達に気付き、クラクションを鳴らしてくれたのがきっかけで知った)。

 ワインレッドの可愛らしい軽自動車。

 ダイハツエッセ(ハッチバックの名前見た)。

 キラキラの一円玉みたいなアルミ(スピードスターマークⅠというらしい)と、後ろガラスに貼られた「YABAI BRAND」と書いてあるドクロのステッカーが目印だ。


 早く会いたい!


 店内を必死こいて探し回る。


 まだ帰っていませんよーに!


 心の中で願う。

 カー用品のコーナーでやっと本人発見!

 嬉しくなってダッシュ。

 背中に飛びついた。


「自分…。」


 驚く笹本さん。

 誰かは分かっているのに名前が出てこない。


 そっか。

 名前おしえちょらんやったね。


 背中に引っ付いたまま自己紹介。

 下の名前で呼んでもらいたかったから、強引にそう仕向ける。

 すぐに呼んでくれるようになった。

 カタチはどうであれ嬉しい。


 ここまではよかったのだが。

 考えなしにやった行動で、恥ずかしい思いをしてしまう。

 飛びついた際、胸がガッツリ背中に当たっていたことを指摘されてしまったのだ。

 こんな形で女を意識するとは…なんて残念な私。




 それから数日後。

 夜中の12時過ぎ。

 宿題も終わり、そろそろ寝ようかと思っていた頃。

 隣の家の前にクルマが止まる。

 特に気にしてはいなかったんだけど、


「大丈夫?立てる?」


 窓の外から聞こえてきた声に鼓動が跳ねあがる。


 笹本さん?


 声の方を見ると笹本さんと同じクルマ。

 街灯の下に止めているので、ハッキリと確認できる。

 助手席には隣のお姉ちゃん。

 かなり酔っているみたい。

 そちらへ回ってドアを開け、肩を貸して立たせてあげているその姿。


 やっぱどう見ても笹本さん…よね?


 お姉ちゃんは


「うん…なんとか…すみません。なんかみっともなくて。」


 抱き付くようなカッコで肩を組んでいる。

 すごく仲がよさそうだ。

 そういえば、笹本さんとは同じ職場のはず。


 どんどんブルーな気分になってゆく自分。


「ううん。でも今日はちょい飲み過ぎたね。明日も仕事やし、酒残らんやったらいーね。」


 心配している。


 玄関へと入る際、チャームポイント?の「尻尾」が見えたことにより、


 やっぱ笹本さん!


 確信に変わる。


「送ってもらってありがとうございます。じゃ…おやすみなさい。」


「は~い。おやすみ。」


 手を振ってクルマに乗り込み帰っていった。



 声の調子がすごく優しかった。

 自分以外の女性に向けられる優しさ。


 なんか…イヤ。

 あの優しさを自分だけのモノにしたい!


 強く思った。

 目の前で起こっている出来事を信じたくない自分がいる。

 酷く胸が苦しい。

 モヤモヤする。


 その夜、遅くまで眠ることができなかった。



 次の日。

 昨夜の出来事を晴美に報告すると、「確認したわけやないっちゃき違うかもやろ?」的なことを言ってくれた。

 ほぼ確実に本人だろうけど、その言葉を聞いて少しだけ安心した。


 でも、結局この件は本人に聞く機会が無くて、解決できてないまんま。




 8月分大気測定一日目。

 11時前。

 晴美の家に呼びに行く。

 一回目は11時半から13時の間に学校を回る。

 

「学校行こ?」

 

「は?なんで?」

 

「今日から大気測定。見に行こ?」

 

「え~。せっかく課外終ってゆっくりしよったんに。この暑い中、わざわざ学校やら行かんばい。」


 断られた!

 

「え~!行こうよ?」


 食い下がっては見るものの、

 

「暑いばい。一人で行ってき?」


 突き放される。


「も~。ケチ!いーよーだ。一人で行くし。」

 

 歩いていくことにした。

 送ってもらえることを期待しているのだろうか?

 それはともかく。


 およそ30分。

 汗だくになりつつ学校に到着。

 部活があっているので校門は開いている。

 局舎(謎の小屋の呼び名。笹本さんが言っていたのを聞いて覚えた)へ辿り着くが、測定中の目印であるハイボリはまだ無い。

 ということは。

 笹本さんはまだ到着していない。

 しばらく部活棟の日陰で座って待つ。

 

 うるさく泣いているセミの声。

 たまに吹く風が気持ちいい。

 ブラスバンドの演奏。

 遠くで部活生のかけ声が聞こえる。


 

 12時を過ぎた頃、いつものハイエースが校舎脇から現れ、局舎横に止まる。

 手を振るとこちらに気付き、

 

「今、夏休みやろーもん?」

 

 ビックリされる。

 

「うん。だって見たかったっちゃもん。」

 

「それはそれは。暑かったやろ?日焼けやら大丈夫?」


「大丈夫!ウチ、暑さにも強いし、あんまし焼けんっちゃ!」

 

 ウソをついた。

 ホントは死ぬほど暑いし焼ける。

 でも、今までの対応から考えると、間違いなく心配するからウソをついたのだ。

 

「今日は相方おらんのやね。」

 

「うん。誘い行ったら暑いき行かんっち断られて…一人で来た。」

 

「それが普通よ?オレだって暑いのに。ほら。クルマ、エアコン全開。こげ暑いのに外出てまわりよったら日射病やらなるよ?葉月ちゃんも家でゆっくりしちょかんと。」


 結局、心配される。

 でもこれが結構嬉しかったりする。

 

「うん…でも…見たいっちゃもん。」

 

 帰らせられそうな勢いだったため、強引に手伝いを開始する。

 今までずっと見てきたから何をするか分かっている。

 大きい機材は笹本さんとその同僚が設置する。だから、自分は小さい機材を運び出す。


 設置が終わり、スタートすると、笹本さんから、

 

「昼飯の時間やけどもう食った?」

 

 聞かれる。

 勿論食べてないし、お腹はすいている。

 

「ううん。」

 

 答えると

 

「今から食い行くけど一緒行かんね?」

 

 と誘われる。

 嬉し過ぎて

 

「行く!」

 

 反射的に答えていた。

 近所のラーメン屋さんに連れて行ってもらい、奢ってもらってしまった。

 そのあとジュースまでも。


 申し訳なかったかも。


 ちょっと反省。

 その後、家に送ってもらい


「二回目は遅いき来たらダメよ?」

 

 行くつもりだったのに釘を刺される。

 

「わかった。じゃ、また明日ね。」

 

 これ以上心配させるといけないので渋々いうことを聞いた。

 晴美に報告しに行くことにした。

 


 次の日。

 通常二人で巡回するはずなのに笹本さん一人。

 

「こんにちは!なんで一人?」

 

「相方、夏風邪でダウンした。巡回だけやきオレ一人でもできる。」

 

「ふーん。大変やね。」

 

「まぁ、今日は巡回だけやしね。お昼は食べた?」

 

「今日は起きるの遅かったき、さっき食べたばっか。まだお腹すいてない。」

 

 またウソをついた。

 食べたとはいっても朝8時頃。しかもパン一枚だけ。

 ホントはでったんお腹が減っているし、二人きりでご飯とかデートみたいで憧れる。


 一緒に行きたい!


 けどでも。

 昨日色々してもらったのが申し訳なかったから、必死こいて我慢した。

 

「そっか。んじゃオレ昼飯食い行くき、気を付けて帰らなばい?これからもやけど二回目は絶対来たらダメよ?」

 

「うん。分かった。」


 一緒に行きたかったな…。


 笹本さんは局舎の鍵を閉め、クルマに乗り込んだ。



 前々から知りたかったけど、会う度に聞きたかったけど、恥ずかしくて聞くことができなかったことがある。

 それは笹本さんの下の名前。

 

 …おしえてもらいたいな。

 

 幸いなことに今日は同行者も晴美もいない。


 チャンス!

 聞くなら今しかない!

 

 エンジンをかけ、クルマが動き出そうとしたとき。

 精一杯の勇気を振り絞り、走り寄って運転席のガラスをノック。

 ガラスを下げ

 

「ん?どげした?」

 

 いつもの優しい笑顔で聞いてくる。

 

「あの!名前!笹本さんっち名前何っちゆーと?」

 

「ん?要やけど。なんで?」

 

「上の名前しか知らんかったき。」

 

 全く答えになっていなかったのに、

 

「そっか。」


 微笑んでくれた。


 変に思われたかな?


 そんなことを考えつつも、

 

「ありがと!要くん!じゃーね。」


 早速呼んでみる。

 

「うん。どーいたしまして。気を付けて帰らなばい。」

 

「は~い。」

 

 大収穫partⅡ!


 欲を言えば電話番号も聞きたかったけど、恥ずかしくてできなかった。

 帰って後悔。

 次の日から別の相方がいて、結局聞けず仕舞い。




 そして9月分大気測定初日。

 要の前で、持ち前のそそっかしさが大爆発してしまうことになる。

 はしゃぎまわって走って行くとコケるし、台風の風でスカートがめくれ上がり、パンツ見られるし、制服が透けないのをいいことに暑さに負けてノーブラのトコロ、乳首見られるし。

 数々の失態。


 恥かしすぎる!

 でも。

 身体を張っただけのことはあった。


 おかげで要くんの優しさを思いっきし満喫できた。

 具体的にはコケてケガしたところの消毒。

 すごく温かい気持ちになれた。




 後日。

 昼休み、晴美たちと喋っていると、


「あんたの話し、この頃笹本さんよぉ出てくるよね?」


 そんなことを言ってきた。

 全く気付いていなかった。

 思い返してみると確かにそう…かも?


 なんで?


 考えていると


「好きになったっちゃろ?笹本さんのコト。」


 これ以上に無いくらいシックリくることを言われてしまう。

 なんだか分からなかった感覚。

 一瞬で解決した。


 そっか。

 だき、初めて会った時、ドキッとしたんやね。

 だき、お姉ちゃんに肩貸した時、イヤな気分になったんか。

 お喋りの度に名前出てきよったのっち、そぉゆうコトやったんやね。

 会いたいと思うのも、会えば嬉しくなるのもそういうコトか。


 ウチ、要くんのコトが好きやったんやね。

 っちゆーか。

 初めて会った時から好きやったっちゃが。


 一目惚れなんやん。


 全てが繋がった。

 途端にものすごい勢いで頬が熱を帯びてくる。

 恥かしすぎて、晴美の質問に答えることができず、しばらく俯きっ放しになってしまう。

 それでもなんとか立ち直ったフリをすべく、話題を変えようと試みる。

 ものの…晴美たちの生温い視線といったらもう…。

 何か言いたそうで我慢しているのが見え見えで、妙に居心地悪い。

 それが原因で、テンションはおかしいし、会話は空回りするし。

 完全に調子を崩し、家に帰り着くまで普段通りの自分を取り戻せないままだった。



 部屋で一人になると晴美の言葉が甦る。


 好きになったっちゃろ?


 そうだ。

 最早、疑う余地なんかこれっぽっちもない。

 この人以外のことなんか考えられない。


 いつの間にか。

 とんでもなく、しかもどうしようもなく好きになってしまっている。

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