第40話 要のいない日々。

 いってきます!


 旅立ちの日。

 大好きな人に、メッセージを入れた。

 平日なので、今は仕事中。

 返信はない。




 移動は新幹線。

 親に小倉駅まで送ってもらう。

 待ち合わせ場所の北口。

 既に数名の友達が待っていた。

 合流し、ホームに上がり、号車表示付近でしばらくバカ騒ぎしながら待っていると、N700系のぞみが到着。

 乗り込んだ。

 すぐにドアが閉まり、動き出す。

 住み慣れた故郷を離れるということは、もっと寂しいのかと思っていたが、同じ心境の友達が一緒に行くからなのだろうか?そんなに深刻な感じじゃない。

 それどころか、旅行気分でむしろ楽しい。

 ホント、友達には感謝。



 小倉駅を出てしばらくすると着信音。

 ポケットからスマホを取り出し見てみると、送信者は要くん。


 いってらっしゃい。気をつけて頑張っておいで。


 とのこと。

 至って平凡な内容だけど、大好きな人から届いたメッセージ。

 嬉しくて、


 うん!まかせちょき!いい女になって帰ってくるき!


 ソッコー返信した。


 このあとも、大きな都市を通過する度、乗り換えを行う度、現状を送信する。

 仕事中なので、リアルタイムじゃないが、律儀に返信してくれる。

 でったん嬉しい。




 寮に到着。

 管理人さんからカギを受け取り自分の部屋へ。

 明日は入学式なので、再度友達と合流し、会場の確認ついでにキャンパス内を探検することにした。

 想像していたよりも広い。

 探検の最中、別の列車や飛行機で向こうを出発した友達から「今着いたよ!」と連絡が入る。

 その度に、急いで指定してきた場所へと駆けつけ合流。

 ここでも結構な規模の集団となった。


 荷物を部屋へ置きに行き、探検再開。

 粗方見てまわると晩ご飯。

 学外のファミレスで済ませることにした。

 帰りがけ、お菓子や飲み物を調達し、友達の部屋へ押しかけた。

 盛上り過ぎて、既に12時を回っていたことに気付く。

 そろそろ寝ないと明日がヤバイ。

 泣く泣く解散し、部屋へと戻った。

 寝る準備を済ませ、今日の出来事を要くんに報告。しばらくやり取りした後、寝ることに。

 長い一日が終わった。




 翌日。

 緊張のためか、目覚ましよりも早く目が覚めた。

 準備を済ませ、友達と合流し、会場へと向かう。

 会場は、学内でいちばん大きな体育館。

 学科ごとに整列する。

 周りを見渡したとき、その光景に圧倒された。


 男しかおらんやん!


 多分、女子は学部の性質上、一割もいない。

 わかってはいたつもりだったのだが…。

 さらに詳しく見てみると、電気科と機械科には一人もいない。

 ちなみに自分のいる化学科は、工学部の中じゃ多い方。

 とはいえ120人中10人しかいないけど。

 整列する順番は自由なので、当然の如く女子だけであつまる。

 初対面なのに、その場で妙な連帯感が生まれていた。

 式が終わると、誰が号令をかけるでもなく、自然と工学部の女子だけで集まる。

 いきなり全員と友達になれた。


 授業が本格的に始まって分かったことがある。

 科が違えば余所の学校と同じ。

 他の科の人達とは学内で会うことがほとんどないのだ。

 しかし、授業が終わると必ず誰かしらと合流。

 その中には自宅通学の子もいる。

 と、こんな感じで、工学部の女友達は学内でも特別な存在となった。




 学生生活最初の一週間は、選択教科の決定とか、その他諸々の説明会とかで特別忙しかった。

 初めてのことばかりで戸惑うことも多い。

 特に時間割を自分で組む(専門教科のみ)、という行為はマジ大学生。

 が、時間割が決定した頃にはそれも完全に落ち着いた。


 ウチの学校は、一年から専門教科を学ばせる方針らしく、これがまたなかなか内容が濃くて面白い。

 実験も、より実践に近かったりするので大変興味深い。

 環境関連なので、学外に出てサンプリングの実習を行ったりもする。


 全てが新鮮。

 何か習う度、要くんに報告…していたのだが。

 工学部の女子同士のつながりが思っていたよりも強く、どうしても付き合いの方を優先してしまう。まず講義が終わったら、学内にいる工学部女子と連絡を取りあって合流。寮に戻るとさらに合流。それぞれの友達が余所の学部の友達を呼ぶ。その中には文系の女子も多数いる。

 このようにして、どんどん輪が広がってゆくのだ。

 広がってくると、完全に毎日誰かしらの部屋や家に入り浸ることになる。

 これがまた楽しくて、要くんへの連絡がみるみる減っていってしまう。

 ついには全く連絡を取らない日が出てきだし、その間隔が次第に開いていく。

 気付けば一カ月以上連絡を取っていない、という有様。

 いざ連絡しようとすると、今度は話題が見つからない。

 どうやって話していたかさえも忘れかけてしまっている。

 やっちまった感が漂いまくる。


 そんなトコロに追い打ちをかけるようなコトが起こる。

 アルバイト。

 同じ学科で、早い段階から仲が良かった自宅通学の女友達。

 その子の実家は豆腐屋さんで、本人はしょっちゅう手伝いをしているというのだが、夏になると冷奴の出荷が増えるため、人手不足になるらしい。というわけで、つるんでいる友達の何名かが手伝うことになる。

 普段は授業が忙しく、その辺は彼女も分かっているので頼られることはないのだが、夏休みに入るとお願いしてきた、というのが事の成り行き。

 おかげで休みは盆のみ。

 季節が進み、冬休みになると、今度は鍋や湯豆腐のシーズンで、夏よりもさらに忙しい。

 結局休めたのは社会人でいうところの正月休みのみ。

 これが卒業するまで続き、要くんとの距離がますます離れていってしまうことになる。

 さらにやらかした。



 しかも!

 工学部である。

 ほぼ男子校である。

 ということは。

 女子は物凄く大切にしてもらえるわけで、なんとゆーか…とんでもなくモテる。

 人生最大級のモテ期到来なのである。


 入学してすぐ、新歓パーティーなるものが各学科で催される。

 学内に数カ所ある食堂を、営業が終わった時間に貸し切って行われるのだ。

 会場に入った瞬間から先輩同級生問わず、引っ切り無しに話しかけてくる。あからさまに何か期待して話しかけてくる男子に圧倒された。

 ここで。

 先輩に関しては、ほぼこの場限りの接触しかない。学内を歩いていると、たまに見かける程度。

 だが、同級は違う。

 講義を受けるときはいつも一緒。時にはお昼ご飯を一緒に食べたりもする。一晩中、一緒に遊びまわるといったことも珍しくない。


 といった理由で接点は多く、自然と仲が良くなってしまう。


 夏休みも近づきボチボチ前期試験、というタイミングで生まれて初めて告られた。

 勿論大好きな人がいるので返事はNO。

 しかし、これだけで終わるはずがない。

 夏休み前、試験が終わった時点で再び別の人から告られる。

 夏休み明け、しばらくしてまた。

 こんなことがとにかく続く。



 最初の頃は断り続けていたのだが、徐々に遠くなっていく要くんよりも、近くの男子の方がいいのかな?というような気持ちが芽生えだす。

 三年生へ進級した頃には、周りが彼氏と認めるくらいいい感じの存在の人ができてしまっていた。この男子は一年生初期の段階から仲が良く、大好きな人に会えない寂しさを紛らわせてくれる雰囲気を持っていた。えっちするような関係ではなかったものの、実際かなり心を許していたように思う。


 友達以上恋人未満な関係が続いていたある日。

 ドライブに誘われる。

 一日楽しんで、寮に送ってもらった帰り際。

 普段とは空気が違うことに気付いてしまう。

 しばしの沈黙の後、


「前村さん。聞いてほしいことがある。」


 いつになく真剣な表情で切り出された。


「ん?」


 流れでどんな展開が待っているのか分ってしまう。


「あの…オレ…前村さんのコト…好きなんだよね。だから…あの…付き合ってほしい。」


 やっぱし。


 こちらにも気がないワケじゃない。

 というよりも、むしろかなり好きかも。


 断る理由とか無くない?


 そう思ったとき、


 ―――向こうで好きな人できたら、こげなオイサンのコトは忘れていーき、遠慮せんで付き合わんといかんよ?―――


 要くんの言葉が甦る。


 この告白、受け入れるのありかもね。色んな意味で楽やろうし。


 そんなことを考えていると、そっと頬に手を添えられた。

 顔が近付き、目を閉じたとき、要くんの顔を思い出す。

 その瞬間、


 やっぱ違う!この人じゃない!


 本心が叫んだ。

 反射的に横を向き、


「ゴメン…やっぱし無理…ウチ、地元に好きな人が…」


 断ってしまっていた。

 相手には勝算があったのだろう。


「オレじゃダメ?」


 尚も食い下がってくる。

 しかし、どうしてもそれ以上受け入れることができない。


「ゴメン…。」


 再度断った。


「わかった。」


 彼の身体が離れる。

 そのときの寂しそうな表情に猛烈な罪悪感。


 これまでずっとよくしてもらっていたという自覚はある。

 寂しさを紛らわすのにも一役買っていた。

 そのコトを考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 と、同時に今でも要くんのコトが大好きなのだと痛いほど再認識させられた。


 この出来事をきっかけに、男子とは意識して距離を取るようにした。

 それでも卒業するまでに、何度か告白された。

 が、勿論全て断った。


 他の男に靡きかけたことを反省するとともに、要くんとの連絡が疎かになったことを、でったん後悔した。




 四年生。

 ということは、研究室にこもり、卒業研究を進めながら、同時に就職活動も進めていかなくてはならない。

 就職は地元で!と、決めている。

 だから、その方向で進めることにする。


 就活し始めて約半年。

 いくつかの内定をもらったが、微妙に家から遠かったり、内容がイマイチだったりで、今のところ決定には至っていない。

 できれば要くんの会社に就職したい!という気持ちもブレーキを掛ける。

 若干不純な動機だとは思うけど、習ったことを活かした仕事に就きたいというのは本音。

 就職課に相談してみると、要くんの会社が新卒を募集しているとのこと。

 迷わずその場で手続きをした。


 面接の日時が決まる。

 その日のうちに要くんに電話した。

 久しぶりだったため、多少ぎこちなく、会話は弾まなかったものの相変わらず優しい。

 切り際には


「頑張ってね。応援しよくき。」


 と、言ってもらえた。


 何としても採用を勝ち取りたい!


 電話を切った後、気合を入れて履歴書を作成した。



 そして面接当日。

 面接は問題なく終了。

 手ごたえはあったように思う。

 その後、現場を見せてもらうことになった。

 測定業務は自分の研究テーマと極めてよく似ているため、やりがいはありそう。

 社員同士の雰囲気も明るくて、純粋にここで働きたいと思えた。


 要くんに会いたかったけどけど、あいにく大気測定のサンプリング中で不在。

 そのまま家に戻り、外食に出かけたので帰省中は会えなかった。



 後日。

 一週間ほど経った頃、寮に郵便物が届く。

 要くんの会社からだ。

 ということは、返事が出たということ。

 でったんドキドキしながら封を切る。

 結果は………。


 採用!


 飛び上るほどうれしかった。

「天にも昇る」とはこのことだと思った。

 あとは卒業するのみ。

 今まで頑張ってきたという自信はある。卒業研究の単位を取得すれば卒業が決まる。

 卒業できれば春からは、要くんと一緒に仕事ができる!


 もう一度、疎かにしてしまった要くんとの時間を取り戻そう!


 そう心に誓った。


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