第22話 お返し

 一カ月後。

 ホワイトデー。



 そう言えば…。


 考えてみたら、というか考えるまでもなく、好みも趣味も何も知らない。

「歳の差」「バツイチ」「子持ち」を理由に、あえて知ろうとはしなかった。

 その結果がこれだ。


 いつもいつも良くしてもらい、たくさん元気をもらっているくせに、こちらからは何一つ満足に返せていない。


 これっち、年長者として如何なモノなん?


 離婚の恐怖が先に立ち、何のカタチも出せないでいる臆病者。


 ホント、困ったものだ。





 前日。

 隣町のショッピングモールへお返しを買いに行った。

 正面出入り口、入ってすぐのところにホワイトデーコーナーができている。

 かなりの人出だ。

 しばし、彷徨ってみることに。


 彷徨うこと数分。

 好みを知ってないと、種類があり過ぎて全く選ぶことができない。

 それでもなんとかしたいという気持ちはあるので、見てまわるのだが…。

 どうにもならない、というコトだけがわかった。


 妹がいると言っていたので、一緒に食べることができるよう、それなりの値段する有名店のお菓子詰め合わせを買うことにした。


 適当に選んだ感満載だ。

 見れば見るほど心のこもってないプレゼントに思えてくる。


 こんな選択しかできない自分って一体…。


 申し訳なさと物足りなさがハンパない。


 何か付け加えよう。


 ショッピングモール内を見てまわることにした。




 まず思い浮かんだのは宝石とか貴金属関係。

 でも…。

 彼女ではない。友達とも違う。

 イマイチ適切な言葉が見つからない、そんな中途半端な関係の人にプレゼントするには少々重過ぎる気がした。

 却下だ。



 更にウロウロしながら考える。



 パワーストーンの店。

 葉月と同年代の子がたむろしていた。

 これではどうか?

 誕生日は八月と言っていた。ならば誕生石でブレスレットでも…。

 考えてはみたものの、そういったものが好きかどうかも分からない。

 そして、これもなんだか宝石や貴金属類と同じような性質に思えた。

 却下。


 んじゃ、服は?

 好みを知らないので分るわけがない。

 却下。


 雑貨は?

 ビレッジバンガードを覘いてみる。

 これこそホントに好みの問題でしかなかった。


 困った…。


 たかがプレゼント選び。

 されどプレゼント選び。


 あまりの捗らなさに心が折れてくる。

 元嫁から別れの時言われた「何の面白味もない」という言葉が甦る。先程からその言葉が頭の中をグルグルと回っている。


 なるほど!と思えた。


 あ~…こげなトコロがそうなんか。

 だき、捨てられたんか。

 だき、好きになれんやったんやな。


 妙に納得してしまう。




 途方に暮れて自販機コーナーのベンチに座り、コーヒーを飲みながらしばらく考える。


 マジで、何がいいかな?


 コーヒーも飲み終え、完全にすることが無くなった。


 否。


 することはある。


 プレゼント選ばないと。


 何かヒントが見つかるのではないかと期待し、本屋へと向かった。

 雑誌を立ち読み。

 それらしき本を片っ端から流し読みするのだが、やはりというかなんというか…解決しない。

 応用ができないのだ。

 つくづく女性を楽しますことに関してセンスが無いと思い知る。


 いつの間にか別の雑誌を見てみたり、漫画のコーナーをうろついたりしていた。


 これじゃいかんな。


 我に返り、再度その手の雑誌コーナーへと戻っていると、偶然釣り雑誌が目に入る。


 !


 一気に靄が晴れるような感覚に陥る。


 また釣りに連れてって!っち何回も言われよったやんか。

 それなら、サオとリールプレゼントすればいーやん!


 LINEのやり取りの中で、何回も釣りの話が出てきていたのだ。

 生きた魚を見て、触って、純粋に感動したと言っていた。


 ならば!


 ショッピングモールを出て、釣具屋へと向かうことにする。

 目的地は、隣町のちょっと規模の大きい中古釣具店。

 釣具なら最悪喜ばれなくて、受け取ってもらえなくても自分で使えばいい。

 あまり良い考えとは言えないけれど、これならば自分らしさが出せそうだ。




 店へ到着。

 バスコーナーへ。

 まずはサオ。

 自分でも欲しくなってしまうのを堪えながら見てまわる。

 と、ひときわ目立つ赤のブランクス。


 あ…ギャレット。


 手に取ってみてみる。

 ギャレットディツアーエディションGDES-622L。

 自分が使っているのと同じサオだ。しかも、ものすごく安い。


 この値段は有り得んやろ。なんで?


 タグには「修復歴有」と書いてある。


 何処を修理してある?


 まずはロッドティップ(サオ先)を見てみる。

 細いので折ってしまいがち。修復する確率が一番高い個所だ。折れると短くなって、少しばかり調子が硬くなる。中古価格が最も下がる項目ではあるが、気にならない人はこの修復歴のあるサオを好んで買ってゆく。


 といった話はさておき。


 ロッドティップではなかった。

 ここが大丈夫なら、このサオはほぼ元の性能を維持できている。


 んじゃ…あとは…ガイド?


 見てみると…


 あ~。なるほどね。


 トップガイド(サオ先のガイド)から二つ目に修復痕あり。

 同じガイドだが、スレッド(ガイドを固定するために巻く糸)を巻き直した形跡がある。

 修理の腕前を見てみるが、なかなか上手い具合に仕上がっている。

 使う分には全く問題ないため、買うことにした。



 次はリール。

 

 リールは尖ったモデル(使い道が限定されているモデル)じゃない限り、上位機種になればなるほど軽くて高性能で使いやすい。

 古くて高いグレードの品を探すことにした。

 棚に置いてあるボロイヤツは端から却下。

 ショーウィンドーの中のモノから選ぶ。

 幸いなことに今日は品数が多い。

 が、しかし。

 イグジストやステラばかり。

 たしかに元の値段を考えると安い。

 とはいえ、どちらも最上位機種なので、相対的に高い。

 新品の、しかも上の中程度の品が買えそうな値段だ。

 その下の機種であるツインパワーやセルテートも思ったより高い。


 これならダイワやったらカルディアかフリームス、シマノやったらバイオマスターかアルテグラ辺りが新品で買えるよね。


 少々がっかり。


 サオはGETできたし。

 リールは新品で買うかな。


 そう思って立ち上がり、レジに向かおうと歩き始めた時、ショーケース上に展示してあるリールが目に入る。


 これ、いーっちゃないと?


 型落ちし、売れ残った新品のフリームスKIX2506だ。

 処分特価となっており、表示価格の50%OFFという札が付けてある。


 フリームスKIX。

 価格的には中の下程度の機種。

 とはいえ、性能自体は決して悪くない。ベテランがメインで使っても満足できるドラグ性能や、回転性能が備わっている。

 リアルフォーという、多彩なオプションの設定あり。


 これに決定する。



 すぐに釣りができるよう、ルアーも付け加えることにした。

 とりあえず、基本は押さえる。

 ゲーリーの4インチグラブとカットテールは必須。数種類の色違いを買うことにする。

 それに、3インチヤマセンコー、3.5インチドライブスティックを追加した。

 あとはそれに伴う小物類。

 具体的にはハリや、オモリ。

 テキサスリグと、スプリットショットリグ、ネコリグ、ジグヘッドワッキーができればほぼ完璧だ。


 全部あわせても1万円以下。

 ハッキリ言って安いので、プレゼントにはどうかと思った。

 中古だから、どうしても「ついで」とか「適当に」買った感が拭い去れないのだ。

 それでも精一杯の自分らしさは出せたと思う。


 あとは。


 喜んで受け取ってくれたらいいな。




 その日の夜。


 プレゼント用のリールに糸を巻きながら、初めて釣りに行った日のコトを思い出していた。


 とんでもないドジっ娘だけど、根はクソが付くほど真面目だから、とにかく真剣に覚えようとする。

 向上心がものすごく強いのだ。

 だから、すぐに上手に扱えるようになった。

 教えていて楽しいと感じた。

 これを機に、マジでハマってほしいと思った。





 ホワイトデー当日。


 普段、こちらからはほとんど連絡することはないから、恐る恐るメッセージを送る。

 と、すぐに返信。

 帰宅後、会うことになった。


 仕事も無事終わり、定時である五時半には会社を出ることができた。

 クルマの中から連絡すると、ちょっとだけどっか連れてって、ということになった。

 バス停で待っているとのこと。

 クルマを走らせると…。

 いた。

 ピックアップし、どこに行きたいかのかを聞く。

 すると、チョコを貰ったこの町のショボイ夜景が見えるバイパス脇の広場がいいと言う。

 飲み物を買って出発。


 すぐに到着。

 クルマを止めて、


「葉月ちゃん。これ。バレンタインの時はありがとね。」


 まずはお菓子をわたすと、


「うわ!でっか~!しかもコレ、高いお菓子屋さんのやん!貰っていーと?」


 流石に知っていて、目を真ん丸にして驚いている。


「勿論。妹くんと仲良く食べてね?」


「うん!わかった!ありがと!」


 大切そうに抱え、猛烈に大喜びである。


「それと…あと、これは葉月ちゃん専用。いらんかったらいらんっちゆってね?」


 後を向き、シートとシートの間に身体を突っ込む。


「え?まだなんかあると?」


「うんまあ。中古で悪いとは思ったっちゃけど、これ。」


 後部シートからサオ袋を取り出すと、


「何これ?」


 開けて中身を取り出す。


「わっ!サオ?」


「うん。この前面白そうに釣りしよったきね。だき。それと、コレも。」


 袋に入ったリールとその他諸々をさしだす。


「リールも?ルアーもいっぱいあるやん!こんな高いの、ウチ貰えんよ?」


 本格的な道具一式にビックリしている。


「実はこれ…申し訳ないけど…そげ高いモンやないっちゃ。だき、イヤじゃないなら貰ってほしい。んで、また一緒行こ?」


 俯いて考えること数秒。

 そして。


「うん!また連れてってね!ウチ、今度こそ絶対釣るき!」


 とびっきりの笑顔で頷いた。

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