第49話 約束

 卒業して帰ってきて、まだ好きやったときは…そん時は、今よりもちゃんと考えてよね。



 これは、関東へと旅立つ前日に交わした約束。

 まぁ、約束というよりは一方的な押しつけみたいなものだったのだが。


 で、あれから約七年。今や社会人三年生。

 その時の気持ちは今現在どうなっているのかというと…簡単に言えば、「生き」。学生時代と比べても、まったく変わっちゃいない。変わっちゃいないどころか、むしろ大きくなっている。それはなぜかというと、社会人になって物理的な距離が近くなったから。

 上司と部下の関係。

 ということは、一日のうちのかなりの部分を一緒に過ごすワケで。当然っちゃ当然なのだ。



 これまでは、仕事に専念するため恋愛を封印し、頑張ってきた…ワケでは決してなく、余裕が無くて気付いたら三年経っていた、というのが正解っぽい。必死こかないと覚えられないし、危険が伴う作業もある。自分の未熟さや注意力不足によって引き起こされるケガや事故、失敗などで大好きな人に迷惑をかけたくはない。どう少なく見積もっても言い訳できない程の立派なドジっ娘だ。普通の人よりも一層用心しないと、やらかしは免れそうにないから、何か一つ行動を起こす度、細心の注意を払ってきた。だから、そんな努力が実を結び、これまで致命的なミスはやらかしちゃいない。ここ最近では余裕も徐々に出てきつつあるように思える。

 だからなのだろう。


 行動に移すなら今でしょ!


 とか、考え始めた次第なのである。




 再会してからこれまでの大好きな人の様子はというと、出会った頃と同じで、ただひたすらに優しい。

 声を荒げて注意することなんか一切ないし、教え方や指示は物凄く丁寧。

 最高の上司なのだ。

 が、しかし。

 このキャラがかなり曲者で…。

 誰に対してもこんなふうに接するからモーレツにタチが悪い。これが原因で、オメメにハートマーク!な女性社員が複数いるのだ。

 それに加え、見た目も問題。

 可愛らしい容姿は今なお健在。出会った頃とほとんど変わっておらず、充分二十代前半で通用してしまう。だからなのだろう。オッサン社員の中では圧倒的な人気を誇る。

 こんなことを日々目の当たりにし、入社後しばらくは既にいい相手がいるのだと勝手に思い込み、落ち込むことも多かった。

 でも。

 再婚に関する心配事だけは、割と早い段階で解決することになる。

 というのも、自ら「見合い相手を紹介されたけど断った」的な話を逐一してくれるからだ。見合いのハナシが出るということは、再婚してないということ。

 独身が確定しただけでも、気持ちは数段楽になる。


 となると、気になってくるのが彼女の存在。

 見方によっちゃ、いるようにもいないようにも見える。

 本人に直接聞いて確かめればソッコー解決するコトなんだけど、いた場合、絶対に立ち直れない自信がある。だから勇気を出せずにいる。

 とりあえず、普段の会話や態度から分かりはしないものかと気にしてみるものの、特にこれと言って得るものは無い。

 プライベートに関しては知る術がなく、完全にお手上げ状態。

 いないことを祈るしかできないのが現状だ。



 手遅れになることだけは何としても避けたい。

「どうにかしたい!」という感情が日に日に育っている。

 停滞した状況を早く打破したい。


 理想を言うのであれば、告白はしてほしい。でも、二回りという年齢差だし、バツがついていることを考慮すると、言いだし辛いのは想像に難くない。

 だからここは、若さにかこつけて突っ走るのが正解だろうから、そのための決心をつけている真っ最中。

 みたいな話を友達と飲む度にしている。

 特に晴美は家がすぐ近くということもあって、週末とか平日関係なく思い立った瞬間連絡。言い出した方の部屋に酒とツマミを持ち寄って、直ちにおっ始められる。

 ちなみに晴美はというと。

 中学校時代から付き合っている彼氏とずっと続いていて、具体的な時期は決まってないものの、そう遠くない未来に結婚するらしい。他にも、幼稚園や小学校時代の幼馴染、中学、高校、大学の友達からボチボチそんな話が聞こえてくる。聞いてしまうと、「結婚」というモノが、身近で起こっている問題なのだと痛感する。そこで、改めて今の状況と照らし合わせることになるのだが、結婚の前に彼女という段階から始めなくちゃならない。というか、そもそも付き合えるのかどうかも分からない。キビシー現実を思いっきし突きつけられるのだ。

 まったく困ったハナシなのである。


 この際、肉体関係にまで発展しても全然OK!というか、むしろ大歓迎。

 妊娠してデキ婚!という展開とかサイコーやん。


 なんて妄想はシッカリとできるくせに、極度の恥ずかしがり屋という性格が邪魔をしまくるから、おかげで未だこの有様なのだ。

 飲む度に、


「お前、何しよぉん?はよせぇっちゃ。たいがいでどげんかせな、他の女に盗られっしまうぞ?」


 とか、


「ヘタレ!ダメ葉月!」


 とか、


「相変わらずお子ちゃまなんやな。」


 とか、


「一生マ●ズリしかないな。」


 とか、容赦ない言葉を遠慮無しに浴びせられ、心を抉られるのがここ最近のお約束。

 言い返したいけど、圧倒的にその通りだから言い返せない。もしここで、反撃なんかしようものなら、致命傷必至の攻撃が待ち構えているのは目に見えている。

 だから、せいぜい


「うるせー!今から大逆転するんたい!」


 と、強がるのが関の山。

 マジで、情けない。

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