第48話 新年度

 秋。


 採用試験が終わり一週間ほど過ぎた頃。

 分析の準備をしていると、


「要ぇ~。ちょっといい?」


 技術部の部長に呼ばれる。


「はい?なんすか?」


「この人採用するごとしたき(=この人採用するようにしたから)。んで、お前の相棒にするき。」


 履歴書をわたされた。


 …葉月ちゃんやん。


 名前を見て思わず嬉しくなってしまう。

 が、しかし。

 写真に目を移すと、


 え…コレ、誰?


 クールな美人。

 もう一度名前を見直したが、間違っちゃいない。


 同姓同名の違う人?


 住所の欄を確認するけど、やっぱし間違っていない。

 混乱してくる。

 こういった証明写真は不細工に写るのがお約束なんだけど、それを差し引いても美人オーラが猛烈に漂っている。どうにかして記憶の中の彼女と結び付けようとしていると、


「要?あ~。でったん美人やき嬉しいっちゃろ?オレ、実際に面接したけど、かなり可愛かったぞ。その写真、あんまあてにならんばい。そして、乳、デカいし。」


 エロい目で見ていると思われた。

 だから、


「そっすか。なら、入社したらすぐヤりたいっすね。」


 冗談で返す。


「やっぱしか!このスケベ!食ったらつまらんきの。」


「自分、独身やき問題無くないっすか?」


「ま、そーやけど、若いんぞ?オイサンなんやき、相手にされるわけないやんか。」


「ははは。そっすね。」


 今の段階で知り合いと思われるのは、なんか良くないような気がしたので、話を合わせ誤魔化した。




 四月一日。

 今日から新年度。

 ということは、新入社員が入ってくるわけで。


 今年度の新入社員は5人。

 自分が入社してから二十数年になるけど、この人数がまとまって入社することは数えるほどしかなかった。まあ、時代の流れということもあって、業務は年々増えている。今後も確実に増えていくのは目に見えているから、先を見込んでの募集だったのだろう。


 といった会社の事情はさておき。


 葉月がこの会社を選んだことで、「まだ自分のコトを…」とか、期待してしまったワケだが、履歴書の写真を見たとき、終わったと思った。

 あの見た目じゃ、男達はほっとかないはず。彼氏がいて当然だし、納得もできる。


 やっぱ、あん時引き留めちょった方がよかったんかな?


 そんな考えが頭の中を廻ったりもしたが…引き留めてどうにかなったのか?と問われると、全くもって自信がない。近くの大学に通ったとしても、選ぶ学科は工学部だから周りは男だらけ。状況は大して変わらない。

 ただ、距離のことを考慮すると、もっと会えただろうから、今より少しマシだったのかも知れない。

 まぁ、こんなことを考えてみても、既に手遅れなのだけれど。

 学校を決めた日や、上京する前日のやり取りが思い出され、「後の祭り」という言葉が脳内でリピートしまくっている。

 マジで後悔しかない。

 でも、こうなってしまったのは、あの時ヘタレた自分が明らかに悪い。

 自業自得だ。

 だから、気持ちは封印することにした。




 出社すると、見慣れないクルマが5台、駐車場の端っこに遠慮がちに並んでいる。恐らく新入社員のモノだろう。

 その中の一台に、ものすごく見覚えがあるクルマが。

 葉月のミラバンだ。


 今日から同じ仕事場。っちゆーか、オレの部下かー。


 改めて、その事実を嚙締めた。




 始業時間となった。

 これから、年度初めの全体朝礼を兼ねた入社式。

 久しぶりの対面、ということになる。


 まずは新年度仕様のちょい長挨拶。

 続いて新入社員の紹介。

 進行役が前に出るよう促す。

 緊張した面持ちで前に立つ新入社員たち。

 

 この中に葉月ちゃんがおる。


 順に見ていくのだが…


 え?おらん?


 5人しかいないにもかかわらず、見つけられなかった。


 もしかして入社辞退したとか?


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。


 でも、さっきクルマあったよね?


 いないはずはない。

 再度見直すと、


 え~! あれ、葉月ちゃん?四年でここまで変わるか?


 大発見!

 履歴書の写真とはかなり雰囲気が違う。

 具体的には数段可愛い。

 写真は純粋にキレイ系だったが、実物はかなりキレイ系にフッた可愛い系だ。

 それにしても身長が!


 あげん大きくなっちょーと?


 見つけられなかった直接の原因はこれ。

 モーレツにビックリした。

 こんなの反則だ。

 記憶の中の彼女は、たしかに伸び始めていたものの、高いというほどじゃなかった。

 前に立つ彼女はというと、隣にいる事務の子とは頭一つ分違うように見える。しかも、出るトコロはかなり出ていて(部長が言っていたほどの巨乳ではない。形の良い美乳)、スタイルもいい。

 最後に見た時、肩に届くか届かないかぐらいの長さだった髪は、背中まである。キューティクルバリバリの茶髪ロング。どこかの御嬢様のようだ。

 出会ったころの小学生みたいな幼い可愛らしさは程よく抜け、丸っこかった輪郭もシュッとして、整った顔立ちをしている。ちなみに履歴書の写真よりも面影はある。

 こんなの、モテないワケがない。高嶺の花にも程がある。


 完全に終わった…これ、他の男が目ぇつけんワケないやろ。オレやら相手にされるわけがないやん。


 諦めたつもりだった。にもかかわらず、茫然とした。



 前に立った彼女は、誰かを探している様子。端から端まで見渡して、こちらを見ると、僅かに微笑んだ…ように見えた。


 うっ…可愛い!もしかして、オレに微笑んでくれたとか?でも…こげん美人になっとるんじゃ、釣り合うワケないよ。


 最早、肯定的に捉えることなんかできない。できるはずがない。

 期待するだけ虚しいと判断し、タダの知り合いに対する単なる挨拶的な何かだと理解することにした。




 朝礼が終わると新人は配属された部署へ。

 そして、もう一度挨拶がある。

 少し遅れて入ってきた二人の新入社員。一人は今時のイケメン男子。背も高く、二人並ぶと絵になる。葉月は、その男子と比べると低いけど、マジで高い。


 背、自分と同じくらいやない?


 そんなことを考え、絶望に浸っていると、挨拶が始まる。


「前村葉月です。早く一人前になれるよう、頑張ります。よろしくお願いします!」


 元気な挨拶。

 早速白衣をわたし、着替えさせる。

 髪は邪魔にならないよう、後で一纏め。防護メガネをかけさせると、なかなか様になっている。

 測定室で一通り分析機器の紹介。

 使ったことがある機械らしく、おしえる方としては、これだけでずいぶん楽になった。

 設備や施設の説明をしながら連れまわっていると、すぐに10時休み。

 休憩スペースの自販機コーナーへと連れていく。


 昔の癖が抜けなくて、敬語に苦労している。いちいち言い直すのが可愛らしくて仕方ない。いっそ「会社内でも今までどおりの喋り方でいいよ」とでも言ってあげたいのだが、他の社員の手前、しょーもない誤解を生じさせるのはよくない。

 だから、


「誰も見てなかったら敬語やないでいーよ。」


 ということにした。

 ま、彼女的にはそういう訳にもいかないらしく、結局はどうにか敬語を定着させたのだけど、少しでも身近であってほしいと願う者としてはちょっと寂しかったりする。



 翌日からは実践。

 溶出試験をやってもらう。

 大学時代はちゃんとまじめにやっていたっぽい。操作にその片鱗が垣間見える。おしえる方としては楽ちんでいい。記憶の中にある彼女はかなりのドジッ娘なので、最初ちょっとだけ心配して、やらかしそうなポイントでは構えていたのだけど、いらんことだった。というか、なんでも器用にこなす。

 ここでも大人になったんだなと感心するとともに、ますます遠い存在になってしまったと実感する。




 が、しかし!


 業務に於いてはほぼ完璧な彼女なのだが、歓迎会で盛大にやらかした。

 何をやらかしたかというと、それは…


 パンチラ。


 彼女のド定番ともいえる得意技。

 高校時代、スカートを穿いているときは、ことあるごとに見えていた。

 あれから四年。

 大人っぽくなり、落ち着いた雰囲気の女性になっていたから、そんなこと思い出すはずもない。

 一度も一緒に飲んだことがなかったから知る由もなかったのだが、まさかここまで足癖が悪いとは。


 それは、お偉いさんにビールを注ぎ終わり、隣に戻ってきた頃から徐々に発現しだす。

 掘り炬燵式の居酒屋である。最初はちゃんと行儀よく座り、飲み食いしていたのだが、酔ってくると板張りに足を上げ、お姉さん座りに進化する。

 次の段階に進むと、座椅子の背もたれに上半身を預けだす。

 さらに進むと座り方が浅くなる。で、立膝。

 最終段階になるとM字開脚し、スカートを太腿まで捲り上げる。

 これじゃ見えないワケがない。というか、わざと?とさえ思ってしまう。そのくせ見られると猛烈に恥ずかしがる。こんなところは出会った頃と全然変わっちゃいない。彼女の可愛らしい部分ではあるのだけど、見た目はいい大人だ。気を付けてもらわないと、他人の目が心配でしょうがない。

 幸いなことに、自分の横から離れようとしないため、気付く度引っ張って隠させる。それでも、こちらがトイレに立ったり、何か食べ物を取る際、目を離した隙にやらかすから、全部は防ぎきれない。そんな時に限って先輩社員や同期から目撃され、大笑いされて、発狂していた。




 こんな感じで、再会できてからは基本楽しい毎日だ。

 プライベートで釣りや食事に行く機会も増えていたりする。

 そんな中、「まだ好きでいてくれている」と思えることが、彼女の言葉や態度の中に目立ってきだした。

 あの時の気持ちを確かめたい衝動に駆られまくる。

 しかし、今の関係が壊れることがたまらなく怖いから、実行にも移すことができず、モヤモヤした日々を送っている。

 どうにかしたい気はあるのだけど、あの時からヘタレは全然治っていないようで…。


 困ったオイサンである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る