第30話 葉月と陽。

 帰り道。

 晴美と二人、小学校の前を通りかかると、


「葉月ちゃ~ん!」


 元気な声で呼ばれる。


「ん?今の声…」


「陽くんやない?」


 ふり返ると、手を振りながら、こちらに向かって猛ダッシュ。


 姿を確認すると、必ず大声で呼ばれ、合流。

 エッセを洗車した日以来、ガッツリと懐かれていて、もはやお約束となっている。

 ちょっと歳の離れた弟ができたみたいで、とても可愛い。


 普段は、数人のお友達を引き連れて合流するのだが、この日は一人。


「あれ?今日、お友達は?」


 聞いてみると、


「ん?みんな習い事とか用事。お母さん迎え来ちょったき、僕一人ばい。」


 そんな答えが返ってくる。


「そっか。」


 お母さん、というワード。

 リアクションに困る。


 寂しくないんかな?


 が、しかし、本人は全く気にしてない様子。

 すぐさま別の話題へと移行する。

 テンション高め。

 マシンガンの如く喋りまくる。


 ウチ、考え過ぎやったかな?



 三人で楽しくお喋りしながら歩いていると、休み時間に食べていたアメがカバンの中にあることを思い出す。


「そーだ!陽くん、アメ食べる?」


 聞いてみると、


「うん。」


 頷いて、嬉しそうに微笑む。


 ホントのコトを言うと、小学校は帰り食い禁止。

 見つかると、帰りの会や代表委員会で話し合いのネタになった挙句、担任の先生に怒られてしまうのだ。

 なので、他の下校中の子達に見つからないよう包装を破くと、ソッコー口の中へ放り込む。

 自分達が小学生の時もやっていた。

 あの頃のドキドキを思い出し、懐かしい気分になる。


 空っぽになった包装は、すぐにポケットの中。

 お父さんが環境の仕事をしているので、ゴミをポイ捨てすると怒られる。

 なかなか教育が行き届いていたりする。


 こんなやり取りもありつつ、お喋りしながら歩いているうちに、家が近付いてくる。

 ボチボチお別れだ。


 家の門までくると、


「じゃーね!バイバイ!」


「うん。バイバイ。」


 手を振って、元気に走り去る。

 毎回のことだが、別れるときちょっとだけ寂しい気分。



 陽との日常は、だいたいこんな感じ。





 釣りをおしえてもらってからは、学校の行き帰り以外にも会うようになった。

 部屋で釣り具を準備している際に会うし、一緒に釣りしたりもする。

 釣りの他、洗車や焼肉、鍋をするときなどにも呼んでもらえる。

 イベントが増えるに従い、絆も深まってゆく。



 一層、絆も深まったと思えるようになったある日。

 要を好き、という感情の他に、別の感情が生まれていることに気付く。


 陽くんのお母さんになりたいかも。


 たった10歳しか離れてないにもかかわらず、母性みたいなものが目覚めていた。

 しかも結構マジっぽい。

 この先、進学とか就職といった大きなイベントが待ち構えている。

 それらによって、自分の心の持ちようがどのように変化するかは分からない。


 けどでも。


 今は、この気持ちを大切にしたいと思った。




 そんな気持ちを自覚して、しばらく経った頃の出来事。

 この日は要と陽とで釣り。

 準備していた時のこと。

 要が部屋から出て行ったタイミングでボソッと一言。


「葉月ちゃん、ウチの人になればいーのに。」


 目を見ながら言ってくる。

 お父さんのお嫁さんになってほしい、と言われたような気分。


 そんなふうになれたらいいな。


 ずっと思っていたし、今も思っている。

 心を読まれたようで、物凄くドキッとした。


「どげしたん?急に。」


 動揺をフルパワーでねじ伏せつつ聞いてみると、


「ん?僕のうち、お母さんおらんやん?葉月ちゃんおったら、僕楽しいき。」


 ちょっと真面目な顔で答えた。


 あー…やっぱお母さんおらんき、寂しいんやん。


 心の内が分かってしまう。


「ホントに?楽しいとか思ってくれるん?」


 確認すると、


「うん!」


 躊躇することなく、笑顔で返事。



 小さな子供の言葉である。

 その場の思い付きだけで言ったのかもしれない。

 これまでの付き合いの、ある部分だけを見て何かを感じ、そう言っただけなのかもしれない。

 全面的に本気にするのは如何なものかとも思う。


 それでも。


 認めてもらえたようで、なんだか嬉しくなってしまう。




 この日を境に、葉月と陽の絆はさらに深く、強いものとなってゆく。

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