第18話 紹介
タイヤワックスが終了したタイミングで、表の門の方からバタバタと騒がしい足音が近付いてきた。
「お父さん、ただいま!でったんお腹すいた!!」
元気な声。
「おぅ。おかえり。」
遊びに行っていた陽が昼ご飯を食べるために帰ってきた。
そういえば要くんっち子供おったんやった…完全に忘れちょった。
実は少し前、スーパーで一回会ったことあるのだが、ほんの僅かな時間だった。おそらく30秒とかそのくらい。
要と出会って一番のショックな出来事だったので、顔を覚えるような余裕はなかった。
陽はといえば。
オモチャのことで頭がいっぱいだったため、父親のすぐ隣にいたにもかかわらず、顔なんか見ちゃいない。
互いに覚えちゃいなかったのだ。
というわけで、初対面。
葉月を見るなり、
「お父さん。お姉ちゃん、誰?」
聞いてくる。
「ん?お友達。ほら。名前おしえてあげんと。」
葉月の方を向いて、
「笹本陽!」
自己紹介。
「あ…うん。」
あまりの元気良さ。
呆気にとられてしまっている。
でも。
「私は前村葉月。」
なんとか自己紹介。
「わかった!葉月ちゃんね!」
「うん。」
いきなり名前を呼んでくれた。
ホントは嬉しいことなのだろうが、素直に喜べないでいた。
何故かと言うと…。
顔を見ると、要にはよく似ているものの、そっくりではない。
と、言う事は。
違うトコロは別れた奥さん似なんやな。
ついついいらんことを考え、嫉妬する。
そして、疎外感。
親子の会話から距離を感じてしまい、少し寂しくなる。
またもやいつかのスーパーみたいに落ち込みそうになったとき、
「葉月ちゃんもお昼ご飯一緒に食べよ?」
陽の方からキラキラ笑顔で声をかけてきた。
「え?あ…うん。」
思いもしなかった展開に少々焦る。
中途半端な返事をしてしまったのに、
「やった!お父さん、いいよね?」
物凄く喜んでくれている。
暗くなりかけていた心。
今のやり取りで、ちょっとだけ持ち直した気がした。
「もう、一緒に食べるごとしちょーんぞ?お前帰ってくんの待っちょったっちゃが。」
「え?そーなん?」
「そーばい。今からラーメン屋さん行くっちゃき。」
「やった!一緒座ろうね!」
ホントに嬉しそう。
初対面なのに、ここまで喜んでくれるとは。
ボーっと突っ立っていたら、手をつながれた。
葉月よりもずっと小さな手で右手の小指と薬指をしっかりと握ってくる。
キュッと握り返すと一層力を入れ、視線を合わせニコッと笑う。
この感覚が何なのか分からないけど、
初めての気持ちだけど、心地よい。
「行こ?クルマ乗ろ?」
「あ…うん。」
手を引かれ、戸惑いながらもクルマへと向かう。
そのまま後部座席に乗り込んだ。
ラーメン屋さんにて。
座敷が空いていたので上がることにする。
ごく自然に葉月の隣に座り、
「葉月ちゃん、何食べる?」
身体を寄せてメニューを開き、テンション高めに聞いてくる。
「ん~っと…何にしよっかな。」
「ボクね、一人で全部食べきるんばい!コショーも紅生姜も辛い高菜も入れるんばい!」
聞いてもいないことを、実に得意げに話しかけてくる。
会話が成立してないところが子供らしくて可愛い。
「ホント?スゴイね。」
「スゴイやろ?」
「うん。お友達は?食べれんの?」
「うん!みんなカレーは甘口。お寿司とか刺身のワサビもダメ。でもボクは食べきる。」
話しているうち陽のペースにドップリとハマり、気付くと先程よりもさらに持ち直していることに気付く。
店員さんが注文を取りに来る。
「チャーハンとギョーザのセット頼もうか?」
要が提案する。
「うん。」
「チャーハンギョーザセット二つと…陽は?」
「ラーメン!」
「麺の硬さはどうしますか?」
「オレは普通。」
「ボク硬いの!」
「ウチは…普通にしよっかな。」
「ではご注文繰り返します。チャーハンギョーザセット二つと…。」
注文完了。
お喋りしながら待っていると、
「葉月ちゃん、風邪?」
心配そうな顔をして聞いてくる。
初対面の人からは結構な確率で聞かれる声についての質問。
「ん?なんで?」
「声が風邪の声。」
「これはね、違うんよ。赤ちゃんときからずっとこの声。」
「ふーん。喉痛くないん?」
不思議そうな顔をして聞いてくる。
「全然。」
「なんかスゲーね!」
純粋に感心していた。というか、納得したといった感じ。
コンプレックスとまではいかないが、女の子らしい声に憧れがないワケじゃない。
聞かれ方によっちゃ、イヤな思いをしかねない内容の話題なのだが、全くそんな風にはならない。
優しい口調と気遣いが、そうしているのだと思った。
こんなところは要くん似なんかな?
頼んでいたモノが運ばれてくる。
まずはラーメンが3つ。
陽は先程言った通り、紅ショウガを入れ、コショーをふり、辛い高菜を入れて、ふうふうしながら一生懸命ラーメンをすすっている。
と、突然
「葉月ちゃん、はい!」
チャーシューを一枚、箸で挟んで口の辺りへ。
「へ?」
驚いていると、
「一個やる!はい!あ~ん。」
「あ…うん。」
あーんして入れてもらう。
そんなことをしている間にギョーザとチャーハンがやってくる。
「陽くん、食べていーよ。」
チャーシューのお礼。
「ホント?じゃ、ギョーザ一個もらうね。」
ニコニコしながらタレにつけて半分齧る。
熱いので、ハフハフしながら食べているのが可愛らしい。
「チャーハンもいる?」
聞くと、
「んじゃ、ちょっとだけ。」
要のスプーンを手に取り、すくって口へと運ぶ。
ふ~…ふ~…パクッ!
美味しそうにモグモグしている。
「好きなだけ食べていいよ?」
言うと、
「なら、もうちょっとだけもらうね。」
もう一口食べたトコロで、
「こら。葉月ちゃんの無くなる。お父さんの食べれ。」
注意される。
すると、
「これで終わり。まだ食べよったらラーメン残す。」
満腹が近いらしく、ラーメンに集中しだす。
このあとも、色んなことを聞いてきたり、幼稚園やお友達のことを話したり。
それはもうマシンガンのように話しかけてくる。でも、それが全くウザくない。むしろ楽しいのだ。
ほぼ初対面にもかかわらず、ここまで懐かれたのが純粋に嬉しいと思えた。
いつの間にか、除け者にされたような寂しい感覚は消えていた。
今日、昼食を共にして気付いたことがある。
この親子の中にいても、何故か居心地が悪くならない。
いくら仲の良い友達でも、その家族の中に混じると何かしら違和感があるものだ。親戚とでも同じことが言える。
なのに、この二人に限ってはそれが無い。
自然体でいられる。
まるで自分の家族と一緒にいるような、とは言い過ぎかもだが、ホッとした気持ちになれるのだ。
不思議な感覚。
今日一番の収穫だ。
勝手に決めつけて落ち込んでいた自分。
でも正面から向き合うと、それはとても心地いいもので。
少し前のスーパーでの出来事を思い出し、反省する葉月だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます