第17話 洗車

 エッセの洗車をすることになった。



 土曜日の午前中。

 少し遅い朝食を済ませ、やることやってテレビを見ていると、


 着いたよ!


 葉月から連絡。

 海に行った日から、毎日のようにやり取りしている。

 その流れの中で、「洗車手伝いたい!」ということになり、数日前約束をした。


 玄関の戸を開けるとそこには…ミニスカートで武装した、可愛らしいカッコの葉月が立っていた。


 しまった!「天井洗うのに足場登るかも」っち言うの忘れちょった!


 時既に遅し、である。


「おはよ!」


「おはよ。何でミニ?」


 聞くと、


「大丈夫!靴下長いし。これ、温いんばい!」


 気温のことで心配しているのと勘違い。

 得意げに足を見せる。


「そぉやないで。天井洗うときにまたパンツ見えるばい?送ってやるきズボンに穿き替えておいで?」


 まずい理由を説明すると、


「大丈夫!」


 何故か自信に満ち溢れている。


 そっか。見えてもいいヤツ穿いちょーんやな。


 と思い、聞いてみると、


「ううん。絶対見えたらいかんヤツ。」


 この子は…


 これは間違いなく見える展開だ。

 確信した。

 だから


「んじゃダメやん。送ってやるき…」


 クルマに乗ろうとすると、


「ウチが登る時は、絶対下に来んで?」


 言葉を遮り無茶な注文をしてくる。

 なので、


「そんなの無理。穿き替えに帰らんのなら高いトコ禁止。」


 高いところは洗わせないことにした。


「は~い。」


 渋々OKする。


 ミラクルを大量に製造する彼女のことだ。パンツに関わることくらいならまだ笑い話で済むが、転落とかもやらかしそう。そんなことになって顔にケガしたり、もっと酷いことになれば後悔してもしきれない。

 納得させて思う。

 この判断は正解だったと。




 というわけで洗車開始。


 まずは水洗い。


 タイヤハウスの中をブラシで洗う。

 釣行は、晴れた日が多かったので河川敷もぬかるんでなかった。

 キレイなものだ。


 次にアルミホイール。

 平らな部分は洗い易いが、中央にある4本の取り付けナットと、外周に沿って並んだビスに付着した汚れを取るのは結構面倒っちい。

 ブラシで汚れを落とした後、水をぶっかけ、なんとかキレイになった。


 次にボディ。

 ホースで万遍なくボディに水をぶっかけ、スポンジで擦り、汚れを落とす。

 と、そこで。

 何故か不思議なことに、水が飛ぶ方向に必ず葉月がいる。

 ぶっかかる度に、


「うわっ!冷たっ!」


 叫び声を上げる。

 タオルをわたしたのだが…。

 水洗いが終わるまでに、かなりの回数ぶっかかり、風呂上りの髪のようにシットリとなってしまっていた。


 一通り洗い終わると雑巾で水気を拭き取る。

 と、ここで葉月がやらかす。

 背が低いのに無理して高いところに手を伸ばし、ボディに寄りかかって拭いていると、上着の金具が思いっきし擦れ、ガシガシ音を立てている。


「葉月ちゃん!傷、入りよぉ!」


「え?ウソ?」


 寄りかかっていたところを見ると…横方向に10cm程の傷多数。


「ごめんなさい!ホント、ごめんなさい!」


 泣きそうな顔をして猛烈に謝ってくる。

 もう笑うしかない。


「無理して高いトコはせんでいいよ。傷もやけど服濡れるし汚れるよ?」


「うん。分かった。」


 でも…。


 注意したときには遅かった。

 白いダウンの防寒着が既にビショビショ。しかも汚れまくり。


「うわ!おーごとになっちょー!」


 服を見て目が点になる。


「あ~あ。干しちょっていい?」


「いーよ。」


 脱いで物干しざおに掛け、再開。

 葉月はトレーナーになっている。


「寒くない?」


 聞いてみると


「ううん。全然。」


 日が照ってきたのでなんとかなる気温。


 とりあえず、極細目のコンパウンドで傷ついた個所を磨いてみる。

 その作業を申し訳なさそうに、しかし興味深く見つめる葉月。


「傷、消えそう?」


「うん。これくらいなら多分目立たんくなる。」


「よかった~。ホントごめんなさい!」


「いーよいーよ。」


 優しさが痛いのか、ちょっと落ち込んでいた。



 その後も。

 ドアを見ると下半分、ところどころにピッチ(アスファルト)が飛んでいる。ピッチ落しをスプレーし、会社からコソッと頂いてきたキムワイプ(拭くときクズが出ない優れものの超高級ティッシュ)で拭き取る。

 それを見ていた葉月。


「それ、ウチもやりたい!」


 やっぱし興味を持つ。

 これならば大丈夫だろう、と思って貸したのが甘かった。

 噴射口が自分の方を向いていて、押した瞬間、


「うわ!」


 顔面にぶっかかる。


 わざとか?わざとなのか??


「葉月ちゃん?」


「臭ぁ~。灯油の臭いする。顔、洗わせて?」


 洗面所をおしえて顔を洗わせる。


 ホント、この子は…。


 この時点でミラクル何回目よ?


 洗車がこんなにも危険な作業だったとは!


 無事終わる気がしなくなってきた。

 ケガとかしなければいいのだが。


 一作業一やらかし。

 自分の中で何か決め事でもあるのだろうか?

 そんな気にすらなってくる。

 ハッキシ言って、陽に手伝わせるよりも、はるかに危なっかしい。



 ツルツルになったところでワックス開始。

 今回使用するワックスは半ネリ。

 ワックスの中では最もポピュラーなヤツじゃないかな?

 塗布しやすく、コンパウンドも入っているから、汚れもある程度落せて拭き取りも軽い。

 種類によっちゃ長期間ワックス効果が持続する(とはいえバリッと効いているのは一カ月ぐらいだが)モノもある。


 ボンネットから始める。

 ワックスは一缶しかないので、塗っているのを興味深く横から見ている。


 次は天井。

 ウォータースポットを落しながら塗布しているが、自分の身長では少し力が入りにくい。

 足場に頼らない方向で作業を進めていたのだが、


「う~ん…イマイチ力入らん。やっぱ足場欲しいな。」


 諦めた。


 家の裏にプラスチックのビールケースと踏み板(夏前にやったリフォームの時の足場。業者が忘れて帰った。取りに来ないから、ありがたく色んなことに利用させてもらっている)あったはず。

 一時中断し


「裏行って、ビールケースと踏み板持ってこ。」


 足場を用意する。


「ウチも行く!」


 子犬のようについてくる。


「んじゃ、これ2個持って行ってくれる?」


 ビール箱を指さすと


「わかった!」


 嬉しそうに重ねて抱え、歩き出す。

 足元も前も見えないため、段差で躓いて


「うわっ!あっぶね~!」


 コケそうになっていた。

 抱えていた箱が勢いよくブッ飛んでいく。


「大丈夫?」


 踏み板を放り投げ駆け寄る。


「へへへ。コケよった。」


 恥かしそうに笑う。


「気を付けなばい?こげなコトでケガしたらバカらしいよ?」


「は~い。」


 再び抱え直すと…スカートも一緒に捲り上げていた。

 水色のパンツがモロ見えだ。

 そのまま歩き出そうとして


「葉月ちゃん!パンツ!」


 警告。


「へ?」


 全く気付いちゃいなかった。


「スカート捲り上げちょーちゃ!」


「うそ?」


 大赤面して箱を放り投げる。


「ほら~。だき穿き替えに帰ろっちゆったやん。」


「だって…。」


 顔を真っ赤にしつつ反省中。


「ほら。始めるよ。気を付けて持ってね。」


 捲れないように注意しながら抱え、箱の横からちょいちょい顔を出し、前を確認しながら歩いて行った。



 無事クルマに到着。

 横にビール箱を二つ置き、その上に踏み板を載せる。

 足場完成!

 4mの踏み板。

 車体よりも長いため、だいぶはみ出る。

 乗ると多少ブワンブワンするけど、とりあえず問題無し。

 作業再開。


 しばらくワックス作業を見守っていた葉月。


「ウチ、何しよけばいい?」


 間がもたなくなったようだ。


「そーやねー…」


 そうだ!あれをしてもらおう!


「そしたらね。キレイな雑巾でガラス拭いてね、そのあと雨弾くやつ塗って?」


「わかった!やり方おしえて?」


「キレーな水で雑巾濡らして硬く絞る。そしてフロントガラスと運転席と助手席、真後ろのガラスを拭く。その後塗る。塗り残し無いように気を付けてね?塗り忘れたらそこだけ雨が飛ばんき。角度付けてガラス見たら、塗れてないトコ分かるき。塗り終ったらおしえて?」


「分かった!」


 ワックスしている個所(只今助手席側の天井)とは逆側。運転席のガラスからやることにした葉月。

 反対側へ行こうとして


 ボテ!


「うわ!」


 車体からはみ出た踏み板に引っ掛かってコケた。


「葉月ちゃん!」


 急いで起こしに行く。

 地面は土なのでケガはしてないのだが、先程自慢していた靴下や服が汚れてしまっていた。


「へへへ…コケた。」


 頬を少し赤くして、恥ずかしそうに立ち上がると、掌と膝に付いた泥を叩き落とす。


 ホント、何回目のミラクル?

 

 もう、ここまで来たら立派な芸である。



 気を取り直し、作業開始。

 運転席のガラスは問題なく拭き終った。

 フロントガラスを拭きだす。

 が、身体のパーツ全てがミニサイズ。

 真ん中の上の方に手が届かない。


「要く~ん。真ん中まで手が届かん。」


「分かった。」


 一旦ワックスを中断し、雑巾を受け取り、届かない個所を拭く。


「これでよし。」


「ありがと。小っちゃいでごめんね?」


「ううん。助かる。この分やったらだいぶんはよ終れるよ。」


「ホント?」


「うん。終わったらお昼にしよっかね。」


「わーい!」


「何食べる?」


「んっと…ラーメン?」


 夏に連れてってもらった近所のラーメン屋さんがお気に入り。


「んじゃ、そこ行こ。ギョーザもチャーハンも頼んでいーよ。」


 身体が小さい割によく食べるのだ。


「やった!ウチ、頑張るね!」


 テンションMax。


「頼んだ。」


 すぐに拭き終る。

 そして、撥水剤を塗布。

 黄色いボトル。スーパーレインX。元祖撥水剤だ。

 ホントの使い方は、付属のスポンジに垂らして塗っていくんだが、フロントとリアは直でガラスに垂らす。その方が早く終わる…気がする。そのことをおしえ、塗布開始。

 前処理と同じくフロントガラス中央部だけは塗ってあげる。

 天井を塗り終わる頃には、指定した4枚のガラス全て処理が終わる。


「塗り終ったばい?」


「そっか。思ったより早かったね。なら、ついでに後ろのドアのガラスも塗ろっかね?」


「わかった。」


 すぐに終わった。 

 撥水剤は塗布した後、5分ほど放置して拭き取る。

 全てのガラスを塗り終えると、


「最初塗ったトコ拭いていい?」


 聞いてくる。


「いーよ。これ拭くのはさっきガラス拭いた雑巾でいいよ。」


「は~い。」


 黙々と作業。

 覗き込む角度を変え、拭き残しが無いか確認。


「終わったばい!」


 全てのガラスを拭き終える。

 油膜状の拭き残しが一切ない。

 こんなところはとても几帳面。

 流石理系女子だ。


「ありがとね。ワックス塗り終ったら拭き取り手伝ってもらうき、それまでゆっくりしちょっていーよ。」


「手伝わんでいーと?」


「うん。ワックス、缶かん一個しかねぇし。」


「わかった。」


 庭石にちょこんと腰かけ、こちらをじっと見て待っている。

 小っちゃくてホントに可愛らしい。

 なんか小学生みたい。

 言うと多分怒るから言わないけど。


 天井を塗り終った時点で、


「おっしゃ。終わった。葉月ちゃん、出番ば~い。ボンネットから拭いてくれる?」


「は~い!」


 呼ぶと勢いよく立ち上がり、こちらへと駆け寄ってくる。

 拭きとり専用の布をわたし


「これで拭いて?できるだけ拭き残しが無いようにね。」


「は~い。」


 一拭きした瞬間、


「うわ~…キレイ。ワックスしたら、こげピカピカになるんやね。」


 感動しまくりである。


「うん。キレーかろ?」


「スゴイね!次するときも手伝っちゃー!」


「それはありがたいね。んじゃまたラーメン食べ連れてっちゃーね。」


「やった!」


 そんなやり取りをしている間にボンネットが終わる。

 次は天井。


「ここは危ないきせんでいい。」


「え~。ウチ、そんなに危なっかしい?」


「うん。」


「そげなことないけどなー。」


 いえいえ。そんなことあります。大いにね。


「さっき何回やらかした?ケガしたら困るし。」


「………。」


 不満そうな顔してブーたれる。



 少しして、ボディ全体塗り終る。


「んじゃ、左側お願い。」


「は~い。」


 左側を拭き取ってもらっている間に天井を拭く。

 そのままハッチバックに移ると、右側を拭いてきた自分と合流。

 無事、ケガすることなくワックス作業が終了した。

 内装の掃除もあるにはあるが、今回はそんなに汚れてないため次回に持ち越し。

 あとは、タイヤワックスだけ。

 スプレーを4本のタイヤにシュ~っと吹きかける。

 泡が流れ落ちると黒光り。


 いーね!


 これで、今回の洗車は終了。

 なかなかキレイに仕上がった。

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