第33話 魂込めるぞ!

 ベイトタックルを買って結構経つのだが…。

 未だ、魚とは出会えていない。

 大問題である。


 一番の原因は、釣り場にとんでもなく釣り人が多いこと。

 いちばん近くの釣り場は激熱スポットと化してしまっており、入りたいポイントに入れないのだ。

 ここは広いけど、食ってくる場所は限られる。

 その場所以外でも、釣れないワケではないのだが、確率はあからさまに低下する。それが分かっているから、入れないとテンションも下がる。

 下がると気持ちがルアーにのらなくなる。

 気持ちがのらないと、知らず知らずのうちに操作が雑になってしまう。

 雑だと、ニセモノであることを見破られ、なかなか食ってこない。


 悪循環が成り立ってしまっていた。


 これを繰り返しているうちに、春休みが終わってしまったというワケだ。




 タックルに魂がこもることなく、新学期を迎えることとなった。


 一応、進学校である。

 分ってはいたが、お勉強が超盛り沢山。

 二日目からは6時限目+課外。


 課外はほぼ毎日。

 平日は朝7時半から始まり、終わりは6時。

 帰宅するのが6時半前後になってしまう。


 土曜には模試。

 5教科受けなくてはならないので、課外が終わる時間と同じ。

 結構な頻度で実施される。


 勉強三昧の日々。

 釣りに行く暇なんかありゃしない。

 こんなんじゃ、魂注入はいつになるか見当もつかない。

 焦る。

 春休みに注入出来なかったことが、ヒジョーに悔やまれる。




 時は過ぎ、只今ゴールデンウィーク真最中。

 近所のポイントに、何度か足を運んでみたのだが…。

 行くたびに壮絶な光景。


「何じゃこりゃ?」


 思わず口に出てしまうほど、人口密度が高いのだ。

 そして、止めてあるクルマのナンバーを見てビックリ。

 県内は勿論のこと、県外ナンバーがかなりの台数いる。しかも、九州内や中国地方ではなく、かなり遠い県の初めて見るナンバー。

 具体的には関西から向こうだ。



 そんな中、釣り開始。

 まだまだ初心者レベルの腕前である。

 他人に迷惑はかけたくないので、人混みからずっと離れたところに場所を取る。

 そこで、黙々と釣ることにしたのだが。


 しばらくすると、釣り人(♂)がやってきては、声をかけてくるようになる。

 一番端っこなので、これより先にはポイントが無い。

 というコトは、喋るのが目的なのだ。

 帰るまでの間、結構な数の男に話しかけられた。


 要のコトを好きだと自覚してから伸ばしはじめた髪。

 今では耳が隠れるほどになっている。

 おかげで少年っぽさが完全に無くなった。

 逆に、女の子らしさは猛烈にアップ。

 かなり可愛い方の部類だったりするから、このようなことが起こる。


 しかし、ただひたすらに要のコトが好きなので、そんな男に靡くわけもなく「こげなん、殆どナンパやん…イヤやなー」と思いながら、愛想笑いで軽く受け流す。




 釣りの方はというと。

 これまで完全に無反応。

 ブルーギルの悪戯さえない。

 生命感が感じられないと、いよいよ面白くなくなってくる。


 大体、この中で釣った人やらおるんかな?


 素朴な疑問が生まれる。

 グル~っと周囲を見渡すが、全く釣れた風ではない。


 今日は釣れん日なんやな。


 そう結論付けた。


 相変わらず人も多い。

 入れ替わり立ち替わり入ってくる車にもウンザリ。

 流石に心が折れた。


 もぉ、帰ろ。


 片付けて帰ることにした。




 帰り着いてすぐ、今日のコトを要に報告。

 すると、


『マジで?よぉこげな人の多いときに行ったね。』


 多いコトは知っていたようだ。


『なし、あげ多かったっちゃろ?』


 聞いてみると、


『休み前に、遠賀川水系のオカッパリ番組放映されよったもんね。あっこも出ちょったっちゃ。』


 とのコトらしく、かなりデカいのがボコボコに釣れていたという。

 番組が終わる前、〆の言葉でプロが、


「遠賀、サイコー!これがオンエアされるゴールデンウィーク頃には、もっと季節が進んで状況も良くなっていることと思います。皆さんも来てみてはいかがですか?今日釣ったようなデカバスが、歓迎してくれるはずですよ!では!」


 的なことを言っていたらしい。


 だけんか~。だき、あげ人間多かったっちゃね~。


 それにしても、テレビに出るほど有名な川だったとは!


 全く知らなかった。

 謎が解けた。

 そして、普段から釣り人が多いワケも分かってしまったのだった。




 連休明け。

 たまたま課外が無くて、五時前に帰れた。

 早速用意して、いつもの釣り場へと足を運ぶと、何故か釣り人が一人もいない。

 何の苦労も無く、入りたかったポイントをゲットできた。


 今日こそ釣るぞ!


 気合を入れて、ルアーをセット。

 選んだのは4インチヤマセンコーで、カラーはグリーンパンプキンシード。

 狙うのは、底に何か障害物が沈んでいて、根掛かりの多いポイント。

 何本か釣ったことがある実績場だ。

 ワクワクしながら一投目。


 カチッ!


 ヴ――――ン…ポチャ。


 障害物の少し向こうへ着水。

 ほぼ狙い通り。


 ツ…ツィ―――…


 糸が一定の速さで沈んでゆく。

 そして、


 フワッ


 弛む。

 着底。

 数秒放置し、アタリを待つのだが…異常無し。

 サオを小さくあおり、ルアーを舞い上げる。


 ツ…ツィ―――…


 フワッ

 着底し、再度サオをあおると、


 ブチブチブチ


 何かが引っ掛かる感触がして、その後「スポッ」と軽くなった。

 そのままアピールするものの、ルアーの動きがなんか変。

 回っているような感触だったので、一旦回収。

 見てみると、ワームがずれていた。

 埋めて、隠してあったフックポイント(針先)が露出して、ボディにはカッターで切ったみたいな傷が入っている。


 これ、魚じゃないな。何かな?


 セットし直し、同じポイントにもう一度投げ込むと、今度は完全に引っかかって、


 プチッ。


 あ~あ。切れた。


 ハリを結び直し、もう一度同じ場所へキャスト。

 すると…。


 また、ガッツリと引っ掛かったものの、


 ガクッ!


 ひときわ大きな衝撃が手元に伝わり、重いものがゆっくりと寄ってくる。


 何やか?


 さらに巻くと、得体の知れない何かが浮上する。

 足元まで寄せると、それは枯れ枝に絡んだ糸の塊だった。


 これやったんか~。


 抜き上げてルアーを外す。

 糸の塊には、先程無くしたヤマセンコーが引っ掛かっていた。

 そして、


 何これ?


 真っ黒い楕円形と棒状の何かが複数、その糸に絡まっている。


 ん~?


 しゃがみ込んで、じっと凝視。


 これっち、もしかしてプラグやないん?


「何か」に思い当たった瞬間、爆発的に上がるテンション。

 草をむしり、黒い物体を拭いてみると、蛍光の黄色が顔を出す。


 やった!やっぱプラグやん!儲け儲け!


 絡んだ糸をハサミで切って、全て回収し、タックルボックスへ。

 糸は、その辺に捨ててあったレジ袋に放り込む。


 要の家で一緒に見たバーニング帝国で、ユッティーが言っていたみたいに、心の中で「回収!」と叫んだ。


 ゴミ持って帰ったら釣れるかな?いいコトすれば釣れるっち言いよったもんな。


 ちょっと期待したのだが、現実ではそんなコトもなく、結局ボーズ。

 でも収穫あり!



 帰ると、早速台所にあったメラミンスポンジで擦ってみる。

 先程の黄色を確認したのは、ブルーバックチャートのワイルドハンチ。


 モリゾウの使いよったヤツやん。


 長いのは…擦ってみるとワカサギカラーが顔を出す。


 なんやか?


 背中の文字を読んでみると


 フラッシュミノー


 初めて見るな。色がリアル。これ釣れそう!


 次は、ちっこい丸いの…黒金。名前は?


 カブア


 これも初めて見る。


 あとは10cmくらいの細長い…これも黒金。


 ロングA


 外国の有名なヤツ。


 最後のこれは…ホットタイガーの…ピーナッツⅡ


 戦力が大幅にアップ。

 大喜びである。

 当然、要に報告。

 勿論、写真も送る。

 羨ましがられた。

 長いこと水没していたため、どれもフックが錆びてダメになっており、交換しなくては使い物にならない。そのことを伝えたら、次回釣具屋に行くとき選んでくれるという。

 楽しみだ。




 それからしばらくして。

 今日は課外が無くて、天気も良い。

 帰るとタックルを準備。


 今日こそゼッテー釣る!魂込めるぞ!


 意気込んで、ソッコー釣り場へ。


 選んだ場所は、この前プラグをいっぱい釣りあげた場所。

 今日も人はいない。

 草の茂り具合から見ても、かなり前から人は入っていないようだ。

 大量に根掛かった糸のせいで、魚が全く寄らなくなり、見捨てられていた。

 が、しかし。

 この前、引っ掛けて回収したことで、魚が寄るようになっていたのだ。


 そんなことは知る由もないのだが、ポイントの状況を見て、


 釣れるかも。


 何故か、そう思えた。



 最初はワーム。

 3インチファットヤマセンコーの黒。

 ハリのシャンクに板オモリを巻いて、手返しをよくしている。

 しばらく狙うけど、異常無し。


 ワームがダメならプラグ。巻きで釣れたらいいよね!


 選んだのはカブア。

 クオンのクランクベイト。

 小っちゃいけど、なんとかベイトで飛ばすことのできるカバークランク(普通のクランクベイトよりも若干障害物に強い)。

 カラーは黒金。

 ちょっと前、ここで糸の塊と共に釣れたヤツ。釣具屋デート(と、葉月は勝手に思っている)した時、トレブルフックを買って、無事社会復帰した。


 ワームを外してスナップを結び、接続。

 そしてキャスト。

 リトリーブはゆっくり目。

 障害物に当たったら、巻くのをやめて浮かせるように!と、要から教わっている。

 そのことを忠実に守りつつ、キャスト回数を増やしてゆく。


 感動の瞬間は突然やってくる。

 同じトコロに投げ過ぎないよう意識して、小移動を繰り返しながら扇形に投げていた。

 糸の塊を釣った障害物にルアーが当たり、バランスを崩してヒラを打った直後、激しくひったくられた。


「ぅわ!」


 タックルごと持っていかれそうになったため、思わず声が出る。

 反射的にアワセていた。

 同時に、サオがバット部分(真ん中辺り)から力強く絞り込まれる。

 流心方向へと走る魚。

 ド派手なエラ洗い。


 うっひゃ~!コエ~!


 必死に耐え、リールを巻く。

 尚も突っ込んだり、横に走ったりして、思うように寄ってこない。

 それでも、どうにかやり過ごし、巻き続ける。

 すると、徐々に寄ってきた。

 もう、殆ど目前。

 またもやエラ洗い。

 今度はクッキリと見えた。

 上下のアゴに掛かっているため、口が開いていない。


 とゆーコトは。

 強引に巻いてもいいとゆーコト!


 用心のため、力ずくで巻き取ることはしなかったが、今のでバラさないと確信できた。

 力を入れ、リールを巻く。

 さらにサオを立てると、浮いてきた。


 デカい!


 口が開いていないから、ハンドランディングできない。

 サオの力を信じ、せーので抜き上げた。

 地上にあげられ、バタバタと跳ねている。


 やった!一人で釣りきった!


 急いで押え付け、震えながらバッグからペンチを取り出し、掛かったフックを外す。

 測ってみると…45cm!

 記録更新!!

 改めて、口に指を突っ込み持ってみると、重い!


 マイベイトタックルでの初フィッシュが40UP!

 しかも、初めて巻きで釣った!


 こんな嬉しいことはない。

 スマホのカメラを起動して、写真を撮りまくる。

 そして、すぐに愛しのあの人へ送信!

 しばらくすると、


「やったやん!おめでとう!」


 と、返信。


 これが、いちばん嬉しいかも!




 長かった。

 が、やっとのことで魂がこもった

 今回は誰の手助けも無く、純粋に一人で釣ることができた。

 だからこそ感動も一入。

 嬉しさは100倍増しだ。

 またさらに、釣りが好きになった。



 安心することができたから、受験勉強も捗る…かもね。

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