第55話 乱戦

 先ほどまでの静寂が嘘のように、いっぺんにそこは戦場と化した。

 差し交す槍の音、矢が空気を切る音、人々の声。黒風も目の前の敵を倒すことが精いっぱいという状況だった。

 ふいに飛んできた矢を小刀で落とす。その隙を突かれて近くにいた足軽が槍で突きかかってきた。その槍を躱すと、今度は柄で薙ぎ払いに来る。ひらりと飛んでそれを避け、足軽の背後へ飛んだ。頭の後ろを過ぎる時、先刻折った矢の先端を投げた。それが延髄にあたり、足軽はぐっと小さく悲鳴を上げて倒れた。

 一つを躱せばすぐに次が来る。どこを向いても殺し合いだ。一瞬、誰も相手にしていなくても、すぐに誰かが自分の命を取りに来る。それをまた躱す。そんな風にして、もうどれだけの時間を戦ってきたのか、黒風にも分からなくなっていた。

(ひどいな)

黒風は思った。いくつもの戦で戦ってきたが、これほどの乱戦はなかった。

 隣で切られた敵兵の血が黒風にかかった。

 慌てて向き直り、構えると、目の前に味方の雑兵が立っていた。その姿に黒風はぞっとした。彼もまたぼろぼろだった。腹巻は片方の紐でかろうじて繋がっているが、ほとんど用を為していない。下の着物もぼろぼろに破けて腹も胸もあらわになっていた。そこにいくつもの刀傷がついている。

 声をかけようとした刹那、彼の胸から槍が生えた。黒風に再び血潮が舞った。斃れて来る味方にそのまま流されて共に倒れる。死体の下から見えたのは敵の鎧武者だった。身に着けているものから察するに、ある程度上の身分に見えた。それを確認すると目を閉じ、息を殺して黒風は死んだふりをしていた。

 やがて武者は槍の穂先から乱暴に血糊を払うと、去っていった。黒風はその足音を聞くとそっと目を開けた。辺りを見回し、それから死体の下から這い出した。


その時だった。

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