第23話 心の内

翌、永禄四年、春。


 冬の間、宿で聞いた噂話が現実のものとなり、長尾景虎は、関東管領上杉憲政よりその職を受け継ぐこととなり、その就任式を鎌倉の鶴岡八幡宮で執り行うという。その話を聞き、黒風は鎌倉に向かった。

(春という季節は何とも心が浮き立つものだなぁ)

黒風は山中で今だ雪が残りつつも、暖かさを帯びる風を心地よく感じていた。気の早い花が咲いているのだろう。仄かに良い香りもしている。すっかり旅人気分に浸っていた。

 黒風は鎌倉に向かいつつも、そこで事を起こそうなどとは思っていない。そもそも、その依頼を達成しようという気持ちも薄れていた。信長には悪いとは思いつつ、あの態度を見る限り、期待はしていないだろうと思えた。支度金すらもらっていない。監視役もいない。これではただただ自分を野っ原へ解き放ったに過ぎない。そのこと自体が、その依頼自体が、何かの口実に過ぎないようにも思えてくる。その口実が何であるのかは、自分には考えの及ばないことだった。

 では、何故、鎌倉へ向かっているのか。黒風は自分に問うた。今までの自分に何ら目的があったわけではない。金欲しさに戦のあるところ、ありそうなところへ向かっていただけだ。信長の依頼が何の邪魔をしているわけではない。それに従っている、というほどのことでもない。

 それでは、何故。

 興味があるのだ、と、思う。

 意図せず、冬の宿りで武田信玄と出会い、長尾景虎の片鱗に触れた。信玄が会わずとも分かる、というその人となりが、果たしてどのようなものなのか。そうして、言葉を交わすことも、視線を交わすことも無く、ただ、剣を交えて来た相手への印象が、果たして合うものなのか。そこにあるものは、何なのか。

「何故、彼らは」

自分に生きよというのだろう。

 黒風は、天を仰いだ。誰の差配で、彼らと出会い、自分は何をしようとしているのか。何を為せばよいのか。果たして。


自分は何を望んでいるのか。

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