第24話 旧友
「与四郎……?」
就任式を前に、多くの人が鎌倉を訪れていた。その人波を歩く黒風に、聞き覚えのある声が届いた。懐かしいその名を呼ぶのは、そう多くはない。その中でも、その声には特別な思いがある。与四郎、こと、黒風は、静かに振り向いた。その目が、相手を捉えるよりも先に、身体に衝撃を感じた。
「与四郎!やっぱり与四郎だ!」
「あやね……」
「覚えててくれたんだ」
あやね、と、呼ばれた女は、抱き着いた手は離さず、顔だけ上げて、笑った。
「あやね、何して……」
少し離れたところで、今度は別の男があやねの名を呼んだ。そして、
「……お前、与四郎か?」
「早手」
そう言うと、あやねはぱっと黒風から離れた。早手は、少し複雑そうな顔で、それでも無理に作ったような笑顔で黒風を見た。
「……久しぶり」
「ああ……この町で興行か?」
黒風も少し困ったように笑う。
「そうだ。人の集まるところに行くのが定石だろ。その方が身入りが良い。祝い事であるなら尚更だ。同業者も集まってる」
「稼ぎ時か」
「そういうことだ」
「与四郎にも、混ざってもらおうよ。腕は、衰えていないんだろ?」
あやねが無邪気にそう言う。確かに、芸ができる人間が大いに越したことは無い。黒風にしても、少しでも稼げるならその方がいい。いつまでも路銀があるわけではないのだから。それに、
「お頭にも会っていきたいしな。元気か?」
「もちろん。きっとお頭も喜ぶ」
そう言うあやねに手を引かれ、黒風は歩き始めた。道中、飛来するのは、自分が一座に籍を置いていた時の想いだった。
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