第19話 隠した言葉
「行きましたか」
黒風が去った後、一人佇む信長に声をかけた男が居た。年の頃は信長よりも十ほど上に見える。
「可成か」
呼ばれて森可成は深々と頭下げた。
「……あれが褒美になれば良いがな。やれ、欲のない人間は扱い難い」
「御屋形様も素直じゃない」
可成の言葉に信長はふんと鼻を鳴らした。
「手柄を投げ出してまで自由を取るのは、分からぬでもない」
「珍しきことではありますな。戦に身を置くならば、誰もが大名家に取り立ててもらいたがるものを」
「功も要らぬ。士官も要らぬ。主も、と、言う事だろう。ただ、自由の身を好むと見える」
「それもまた、生き方、ですかな」
十兵衛の言葉に信長は意味ありげに口元を歪めた。
「もし、本当に奴が景虎殿を弑してきたらどうされまする」
「その時はその時。それで良かろう。己れの手間がひとつ省けるだけの事」
「成ると思われますか」
「思わぬ」
信長は即座にそう言って声高に笑った。
「会うも会えぬも運次第。運が強ければ望む者に会えよう」
「それが褒美、ですか」
「きっかけは作った。後は奴次第」
そう言って空を見上げる信長の頬を、一陣の風が撫でていった。
「風、か」
かの者は縛れぬ、と、言った。
(然り)
そのどこまでも自由な風は、果たして何を残すのか。何を追い、何を手放し、何を得るのか。
(風が、変わる)
時流という名の風も、また、変わろうとしているのを感じていた。信長はもう、うつけではいられない。あの、義元を倒した男として、扱われるだろう。それは、何より、信長が義元から、何か、を、引き継いでいくということだ。
(あの、若き風も、また)
信長は目を閉じた。
思いを馳せる。
今まで奪ってきたもの、そして、これから奪うであろうもの。そこから何を継ぎ、歩いていくのか。その先に、何が在るのか。何を、築いていくのか。
信長は、ふ、と、小さく笑った。
「生きよ」
誰へともなく、そう、呟いた。
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