第9話 過去

 時は更に十年を遡る。


 刃率いる旅芸人の一座は同じ城下町に逗留の折、その町を収める城の城主に呼ばれた。伏しがちな北の方を慰めるべく、舞を披露して欲しいというのが、城主植親の依頼だった。小さな町とはいえ、城主に呼ばれるというのは名誉なこと

であり、また、事情が事情であっただけに、一座の者は皆、快く引き受けた。

 だが、事件はその舞の最中に起こった。

 舞を披露していたのは一座の中でも一番の舞手であるふたのはであった。しかし、正にその演目が最高潮に達しようとしたその瞬間、彼女の手から舞扇が離れた。そして、その扇より先に彼女の身体が床に崩れ落ちた。

「ふたのは!」

他の舞手達や楽師たちが駆け寄り、ふたのはの様子を見ると、高い熱があり、息も荒くなっていた。今急に出た病ではない。恐らくは登城の前から何らかの兆候があったはずだ。それに気づかず、城の中に入れてしまった。

 一座の者の、頭である刃への叱責、罰は避けられないものと、皆が思った。ただでさえ流浪の身。訪れる町の人々も、全てが温かく彼らを受け入れてくれるわけでは無かった。流れの者が、病を連れてくることを、彼らは恐れていたのだ。それは、やんごとなき身分の者が住み、国の守りの要と成る城であれば尚更。

 もしこれが流行り病だとすれば一座の者全て、ここで切り捨てられても文句は言えない。一同が、冷たい汗を感じていた。その中に在って、刃は、年若いながら一座の主である責任を感じ、そのような宣告が下された時は、自分の命一つで何とか償えるようにと、思いを巡らせていた。一人、他の部屋に移されてしまったふたのはの安否も気がかりであった。

 翌朝、使いの者を通じて植親が直々に刃と話がしたいと言ってきた。使いに続いて部屋を出ようとした時、他の者が一斉に刃を呼んだ。

「頭!」

振り返ると、皆の目に一様に不安の色が浮かんでいた。

「案ずるな。いざとなったらお前たちだけでも帰してもらえるように願い出る」

「そのような事が言いたいのではありませぬ!」

そう言ったのは、ふたのはの舞の師、ひのとせであった。彼女は今度、笛を担当する楽師として来ていた。ひのとせは刃の着物の袖を取り、強く言った。

「逆にござりまする。我らの方を犠牲にしてでも頭を返さねばなりますまい。頭失くして、城下に残した仲間にどう申し開きできましょうぞ!」

そう言われて刃は、大きく息を吐いた。

「馬鹿を申すな。我らは武士ではない。儂に忠義などいらぬ。己らが生き延びる事を考えろ」

そう言って笑った。

「皆の気持ち、有り難く思う。それに応えるためにも、何としても皆で帰れるように尽力しよう。もちろん、ふたのはもな」

もしかしたら、すでにふたのはは処分されてしまったかもしれない。それは、他の皆の不安でもあった。その想いを振り払うように刃は、殊更にはっきりとそう言った。ひのとせはそれを聞くと、するりと刃の袖を離し、床に手をついて深く頭を下げた。

「何卒……」

「うむ」

刃はそう答えて、静かに部屋を後にした。

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