第8話 昔語り
それはもう十年も昔に遡る。
与四郎こと黒風の母、ふたのはは、その日、幼い与四郎を連れてとある城下町に居た。そのその町にはその時、旅芸人の一座が逗留しており、その一座は彼女の古巣であった。彼らが仮住まいにしている小屋で、その一座の頭である男、刃と向き合っていた。頭と言ってもまだ若く、年の頃は三十路の半ばほどと見えた。
「刀の稽古を?」
「はい」
刃の怪訝そうな声に、ふたのははきっぱりと答えた。
「与四郎は身軽な性質でしたから私から教えられる身のこなしはある程度。もちろん、草の者、と、までは行きませんが」
そう言って建物の外に目線をやると、与四郎が一座の軽業師に混じって稽古をしていた。とはいえ、既に軽業や舞の名手であった母から習った身である。他の軽業師に引けを取らない身のこなしで軽々と空を舞っていた。
「頭は、刀の扱いに長けておりましたら、是非、扱いだけでもと」
「実戦向きではないが」
「実戦向きの技も覚えがござりましょう」
ふたのはにそう言われ、刃は一瞬、言葉を詰めた。何故その事を彼女が知っているのか分からない。あるいはカマをかけているのかもしれない。確かに刃は、芸人として刀を使う技を得手としていた。だが、人前で見せていたものはあくまでも芸としてであって、人を殺めるような技ではない。だが、刃の身体には、確かに、古く刻まれた人を殺すための技もある。
「……古いものだ」
「構いませぬ」
「下手に身に着ければ、与四郎自身の身も危うくなるかもしれぬのだぞ」
「承知の上」
ふたのはは、強い目で刃を見た。決意は変わらないようだった。彼女はすっと視線を外へ向けた。与四郎は、相変わらず外で他の芸人と戯れている。その姿はどこにでもいる子供の姿そのものであった。母から軽業を習ったとはいえ、それはあくまでも遊びの範疇を出ていないのだろう。それは、与四郎の姿を見ればわかることだった。今、彼が会得している技は、全てが遊びだ。それでもいつかは、学ばなければならない。己を守る術を。それを害する誰かを、飽止める術を。
ふたのはは、与四郎に目線を向けたままで口を開いた。
「……北の方様は嫡男晴親様の守りになる男子を望まれ、私は与四郎を産みました」
「晴親様の弟君、弥次郎様弥三郎様はお体が不自由であらせられる。北の方はその時の産褥が祟り、今尚伏しがちと聞く。この先も子は望めまい」
「はい。ですからなんとしても与四郎には若君の守りになってもらわねば」
「あの時の恩、というわけか。ふたのは」
「返さねばなりますまい」
「そうだな」
刃は、更に昔へと思いを馳せた。
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