第7話 再会

それから幾日か経った、晴天の朝、黒風はとある寺を訪れていた。

 規模は小さいが、精錬された美しさのある寺だった。その寺は山の中腹にあり、麓から長い石段を経て辿り着くのだが、黒風にはそれが俗世から離れるための、浄化の道であるかに思えた。彼は年に数度、この寺を訪れているが、毎度、その道のりを楽しみながら上っている。大きく息を吸い込み、木々や土の匂いを胸いっぱいに吸い込む。耳を澄ませば、鳥の声や風の音、俗世に在れば忘れてしまいそうな、自然の中では当たり前の様々な音がする。それを聞き、高い木々からの木漏れ日を優しく感じながら、上る。その時間が愛おしかった。それは、その道程もさることながら、その先に何が在るかを感じているからでもあるのだ。

 やがて、白衣に腰衣の小坊主の姿が見えてきた。彼は一心に門の辺りを箒で掃いている。その、懸命さが可愛らしくも見え、黒風は頬を緩ませた。そして、足を止めて息を吸い込んだ。

「少啓! 皆、息災か?」

すると小坊主は、はっとして顔を上げた。そして、ぱっと顔を輝かせた。彼は箒を投げ捨て、石段を転げるように駆け降りて来るなり、その勢いで黒風に抱きついた。黒風はあわやというところで段を踏み外しかけたが、何とか踏み留まった。

「与四郎兄様、ご無事で何よりです」

首に腕を回したまま、少啓が言った。それに、黒風は笑いながら答える。

「ここでは皆がそう呼ぶから、与四郎で覚えてしまったな。少啓」

すると、少啓は体を離し、ぷぅっと不満そうに膨れて見せた。

「俗世で何と呼ばれようと、与四郎兄様は与四郎兄様です。今、兄様たちをお呼びしますね」

そう言ってひらりと飛び降りる。小さなその足が地面に付いたと思うや、

「その必要は無いよ。少啓」

涼やかな声が上から響いた。二人が見上げると門の前に美しい僧形の男が二人立っていた。そのうち一人は目を閉じ、観音様のような笑顔を浮かべている。その横にはよく似た顔のもう一人の僧がいる。そちらは目を開き、人懐こそうな笑顔を見せていた。

「無事で何より。怪我はありませんか?与四郎」

先ほどと同じ声が聞こえる。黒風はふっと、静かに笑った。

「瞬啓兄上、澄啓兄上もお変わりなく」

黒風、こと、与四郎の二人の兄が若くして寺に入ったのには訳があった。その当時の黒風は幼く、ただ、周りに流され、周りに従うしかなかった。体に不自由な所を持つ二人の兄もまた、そうであったのだろうと、黒風は胸中に思う。

 その日のことを。そして、その時の傷を抱く、全ての人の想いを。

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