第16話 対峙
四半刻ほど経っただろうか。
ふたのはは切り立った崖の上で件の男と対峙していた。
「あなた、何者?」
「同じ質問を返そうか。貴様、何者だ」
ふたのははずっと男の後をつけていた。街を出て、森の中へ、そして、この崖の上へ。男は全く振り向かなかった。ふたのはの存在に気付いていないかに思われた。だが、ここへ来て男はふたのはに気付いた。この、誰の目も無い崖の上で。あるいは、最初から気付いていてここまで追わせたのかも知れない。
「昔お城の方に恩を受けた者よ。彼等に何かあれば、許さない」
「何かあったとして、我が何かしたという証拠でもあるのか」
そう返されるとふたのはには言葉が無い。彼が絡んでいるというのはふたのはの直感に過ぎないのだ。捕まえて問い質そうにも相手は男だ。自分一人では難しいだろう。
ふたのはは手のひらに小刀を隠していた。芸に使うものだ。殺傷能力は低い。至近距離であればある程度の傷は負わせられるだろうがそれまでだ。それがふたのはのただひとつの武器だった。力では到底及ばない相手を前に、ふたのはは懸命に真実を知るための策を考えていた。
すると、何を考えたか、男が口を開いた。
「……城主植親は謀反の疑いありとのことで切捨。奥方、嫡男晴親は自害した」
「馬鹿な!」
ふたのはは思わず叫んだ。その言葉に男が敏感に反応した。腰の刀に手がかかっている。
「……植親には側室がいたという噂があるが……」
じりっと男が前に出た。ふたのはが咄嗟に小刀を構えた。男の口端が上がる。そんなもので何ができる、と、無言のままに言っているのだ。
刹那、男はふたのはの懐に入った。早かった。男も事は成ったりと思っただろう。だが、男が振った刀は空を切った。ふたのはは高く飛び、男の背後に回った。同時に男の首に向けて小刀を放った。男はそれを振り向きざま刀で受けた。高い金属音が鳴り、小刀が弾かれて近くの木に刺さった。男はそのままふたのはに向かって刀を振り下ろした。ふたのはは寸での所で躱した。だが、次の一閃、避けきれない太刀筋があった。残っていた小刀で致命傷を免れるのが精一杯だった。
「う……」
ふたのはは胸元に太刀傷を負った。じり、と下がったふらつく足元ががらりと崩れた。
「ふたのは!」
響いた声に男が振り向く。そこには走ってくる男の影が二つあった。
(女の味方か。顔を合わせればまた面倒になりそうだ)
男にとって、最優先事項は既に成った。側室の件はあくまで付随事項に過ぎない。どちらにしろ、その疑いのあった女は助かるまい。今は、余計な面倒事は起こさないのが得策と、そう判断した男は足早にその場から立ち去った。
人影は刃と矢取だった。二人は木に刺さっている小刀を見つけた。ふたのはが意味なくそれを投げるはずはない。誰かと争ったのだ。地面を注意深く見ると、足跡が二つ。そして、崖の先端に崩れた後があった。そこに続いていたのは、女の足跡。ふたのはであろうことは、想像に難くなかった。
「間に、合わなかった……」
矢取は崖の縁に膝を落とした。僅かに下の枝にふたのはの着物の切れ端が破れて引っかかっている。落ちたことは間違いない。
「頭、この崖の下は確か、」
「川だ。そもそもが急流な上に、ここ数日の雨で増水している。つまり、」
「助かる見込みは……」
「……」
刃は答えられなかった。そのことが、矢取に現実を見せた。
「俺がもっと早く来ていれば……っ」
矢取は土に拳を打ちつけた。刃は何も言わず、黙って目を閉じた。
あとにはただ、ごうごうという川の音がするだけだった。
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