第3話 雨上がり

「やれ、ひどい雨でしたな」

近習の一人が義元に話しかけた。義元は静かに頷いた。

「だが、止まぬ雨も無い」

先刻までの雨は止み、雲間から光が差し込んでいた。まるで、光の梯子が空から降りているような、何とも神々しく、美しい光景であった。

「ふむ。雅なものだ」

義元はそう言って、鎧の胸元から扇を出し、パチンと鳴らした。金色の扇には、美しい色とりどりの花や鳥が描かれている。戦場に生を置く、武将の持ち物としては少々華美にも見えた。

 それは、義元本人にも言える事であった。やや色白の肌に、薄く、僅かな髭。そして細面な所は良くも思い、悪くも思った。

(武者としては脆弱と言えようが、儂の目指す京においては珍しくもあるまい)

絵物語に見える貴族たちは、男であっても色白であった。凡そ濃いひげなどとも無縁に見える。京に縁ありと思えば、自分の形も悪くは思わずにいられた。まして、戦を制しての上洛であれば、誰も自分を馬鹿にはすまいと思った。義元にとって、上洛は多くの意味を持っていた。

「なればこそ、この尾張を、無事に、そして迅速に抜けねばなるまいよ」

そう言うと、扇を掲げ、陽光にひらひらと泳がせた。光が扇に当たってその輝きを増し、まるで、光が手の内にあるようだった。光を集める。それは、天が味方してくれているようにすら感じられた。

(夢、よな)

現は何とも得難き夢だ。と、心の中で呟く。そこに価値はあれ、その価値を見出すものは、どれほどのものであろうかと思うのだ。ましてこの戦乱の世であれば、そこに苦しみ、悲しみが先行する。

 義元は目を閉じた。もう一度、自分の望みを思い描く。駿河の内乱を収め、甲斐の武田、相模の北条との同盟も成った。後顧の憂いを断ち、京を目指す。そうだ、この乱世の終わりをこそ。京の絵物語に在るような穏やかな現をと、

 そう、思った時だった。

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