第38話 わたしのらいばるへ

 ツルは、遠くでタイリクオオカミが結んでいた木の破片を落としながら私のバランスを崩して、弛みながら地面に落ちた。


「覚悟しろ、犯人ッ!」

「ッ……!」


 アミメキリンの蹴りが迫る。

 私はすんでのところで体を捻り、風船を守った。

 が、かわし切れず、彼女の脚が風船に触れて、僅かに弾む。


 それを見てぎくりとした。

 風船はこれまでにも何度も何度も攻撃がかすめていたらしく、傷だらけで、へこんでいる場所がところどころにあったのだ。


『風船は一定以上の衝撃が加えられないと潰れない仕組みになってますので』


 モツゴロウの声がよみがえった瞬間、風船が僅かにしぼんだように見えた。

 ……このままではまずい。

 早く、勝負を決めなければ。


 私は焦り、野生を解放させると地を蹴る。

 蹴りを当てられなかったアミメキリンは、そのままの勢いで前のめりに倒れたようだ。


 いける!

 私は一気にアミメキリンとの距離を詰めて、手を振り上げた。


「これで終わりにする! アミメキリン!」

「ひ、ひぃ!」


 だが、振り降ろした私の攻撃は、アミメキリンの向こう側からやって来た攻撃で相殺されることになった。

 暗がりの中でサンドスターが弾けて、周囲を仄かに照らす。


「……あくまでアミメキリンの風船を潰そうと言うのなら、私は戦うぞ! ライオン!」

「た、タイリクオオカミ」

「ツァッ!」


 先ほどまで叫ぶばかりだったタイリクオオカミは、目をギラリと光らせると、大ぶりの攻撃を繰り出してきた。

 私の体は弾き返されて、後方へ戻される。


 私は着地した。

 見ればアミメキリンも体勢を立て直し、立ち上がってこちらを見ていた。

 タイリクオオカミは身を低くして私を睨みつけている。


 完全に2対1。

 

 正直、タイリクオオカミの強さが分からない。

 いや、強い『けもの』であることは知っているけれど、でも、風船の潰し合いになった時、彼女と私では、どれくらいの差があるのだろうか。


 負けはしないと思いたい。

 だが、それよりもアミメキリンが厄介だ。

 二対一では、どう考えてもこちらが不利なのだ。


 そもそも、私の風船は潰れる寸前で、このまま戦えば、例え風船に攻撃が直撃しないとしても危険だ。

 戦って、勝てたとしても、きっと私は無事ではないだろう


 ならば……!


 私は身をひるがえし、元来た方角へ向けて走った。


 これ以外に道は無い。

 チラリと腰に目をやると、風船がじわじわと小さくなって行く。

 もしかすると、さっきのタイリクオオカミの攻撃が、風船にトドメを刺したのかもしれない。


 泣きそうになった。

 もしかすると、私はもう……腕時計はまだ鳴ってないけど、もう……


「に、逃げるの? にが、逃がさないから!」


 アミメキリンの声が追いかけて来る。

 だけど、私は風船を気づかいながらも、全力で走っていた。


 僅かに進行方向をずらし、私の行方を隠してやる。

 この暗い夜の中で、そう簡単に私に追い付けるものか。

 と、タイリクオオカミとアミメキリンの言い合う声が聞こえた。


「アミメキリン! もうよすんだ!」

「なんでですか! 逃げるってことは、犯人だったからですよ! 私の推理は、間違ってないんですッ! 先生は、私が守りますからッ!」

「アミメキリン!」


 私は、上手く走ることが出来ない。

 風船に気を遣わなければならないこともそうだけど、それよりも、体中にドッと疲労感のようなものが溜まっていた。


 それでも私は、振り返らずに全力で逃げた。

 気づかれないように。風船が潰れないように。必死で。


――――――――――


 それから、どれくらい走っただろうか。


 木々を抜け、道を走り、今。

 私はどこにいるのかもわからずに、岩の木陰で座り込んでしまっていた。


 風船はドンドンしぼんで来ている。

 こんな様子じゃあ、いつ、腕時計が音を鳴らすのか分からない。


 ……ああ、疲れた。


 ひどく、疲れた。

 精神的にも、肉体的にも。

 体のどこにも力が入らなくて、もう、今にも眠ってしまいそうで。


 でも、まだ寝てしまうわけにはいかない。

 私は気力を奮い起こすと、目を開けて立ち上がろうとした。


 でも、やっぱり体は上手く動いてくれなくて。

 前のめりに地面に手を突いて、そのまま起き上がれなかった。


「う、うう……」


 もう、無理なのかな?

 モツゴロウとも戦えないで、へいげんちほーの仲間も見つけられないで、このままここで、私は潰れてしまうのかな。


 でも、このまま何も出来ないなんて、悔しすぎるなぁ。


 私は、気がつくと大切な友達の名前を想っていた。

 一番頼りになって、私が強さを認めている、一番の友達。

 私の、大切なライバル。


「ヘラジカ」


 その名前を口に出しながら、毛皮の中に隠してあるジャパリまんを思った。

 例え、潰れてしまうとしても。でも、その前に、せめてこれだけは渡したい。

 何も食べてないんだから、かわいそうだよ。

 早く、あの待ち合わせ場所に帰らないと。


「ヘラジカ……私、ヘラジカに……」


 渡さないと。

 伝えないと。


「どうした? ライオン」


 幻聴だろうか。

 ヘラジカの声が聞こえた気がして、私は顔を上げた。


「ライオン? 大丈夫か?」


 幻かと思った。

 でも、目の前にヘラジカがいて、私の顔を覗き込んでいる。


「へ、ヘラジカ? ほんとに、ヘラジカなの? なんで、ここに?」

「悪いとは思ったけど、ジッとしていられなかったんだ。嫌な予感がして、つい、私も探しに……ライオン? お前、風船が……!」

「は、ははは、ドジやっちゃった」

「誰にやられたんだ!」


 誰にやられたか?

 アミメキリンとも言えるし、タイリクオオカミに、とも言える気がする。

 いや、誰にやられたかなんて、誰が犯人かなんて、そんなことはどうでも良いんだ。

 時間が無い。


 私は、毛皮の中からジャパリまんを取り出すとヘラジカに差し出した。


「ね、ねぇ、ヘラジカ。これ。お腹、空いてたでしょ?」


 その瞬間、私の腕時計がピッピッと音を鳴らし始めた。


 ゾッとする気配。私の、終わりの気配。

 この音は、ついに私の風船が潰れてしまったと言うことを意味している。

 ああ、やっぱり、ダメだったんだなぁって。


 怖くなって、手が震えた。

 そのせいで、ジャパリまんが地面に落ちちゃった。


 でも、ヘラジカは落ちたジャパリまんには目もくれず、私の手を取ると大きく目を見開いて、涙をぼたぼたと地面にこぼし始めた。


「な、なんだ、珍しく泣き虫だねぇ、ヘラジカ」


 ヘラジカが、ギュッと、手を握り締めて来る。


「ライオン! ダメだ! こんなところでお前がいなくなってどうするんだ! 私とお前が力を合わせれば、どんな敵だって倒せるのに! 最強なのに!」


 最強。

 そうだね、多分、誰にだって負けない。

 私は、『がっせん』のこと、それからパークの危機で一緒にかばんを助けるために戦ったことを、少しだけ懐かしく思いだす。


 でも、違うんだ、ヘラジカ。このゲームは。


「へ、ヘラジカ、強いも弱いもこのゲームでは関係ないみたいだよ。酷いゲームなんだ。みんな怖くて、疑心暗鬼になってる。友達を信じるってことが、すごい難しいことになちゃってる。私も、どうすれば正解だったのかわからないんだ」


 私は多分、間違えてしまった。

 何を間違えてしまったかもはっきりしないけれど、大失敗をしてしまったんだ。


 それはタイリクオオカミを信じて近づいた事?

 時間が経てば落ち着くって言葉を信じられなくて、錯乱したアミメキリンの風船を潰そうとしたこと?


 ……分からない。

 分からないよ、ヘラジカ。

 どうすれば良かったかなんて、分からないよ。


 私の目からも涙が出てる。

 でも、ここで黙るわけにはいかない。

 いろいろ失敗したかもしれないけど、でも、こうなったからこそ、ヘラジカに伝えられる。


 私は、ヘラジカの手を握り返した。


「ねぇ、ヘラジカ。みんなを守って。へいげんちほーの仲間も、他のフレンズも、みんな。私は、もう、ダメみたいだから、さ。遊園地の近くで、セルリアンハンター達が集まってるって、だから」

「ライオン……!」


 ピッピッと言う音の間隔が早まっている。

 もう、腕時計がいつ爆発するか分からない。

 でも、その前に。

 どうか、もう一つだけ。


「ヘラジカ、犯人探しなんてやめてね。みんなのために、モツゴロウと戦って。みんなと一緒に、モツゴロウを、必ず、た」


 パンッと言う、すごい音がした。

 手首に鋭い痛みと、ものすごい煙。

 話している途中だったのに何にも喋れなくなって、目の前が、薄暗くなっていく。


「ら、ライオン! ライオンッ!」


 ヘラジカの声が遠くなっていく。

 手首の痛みも、もう、何も感じない。


 ああ、私は、とことん疲れていたんだと思う。


 思えば、アミメキリンの力を異常に強く感じたのも、私が疲れていたからだと思う。

 朝からずっと緊張しっぱなしで、夜中まで何も食べないで、いつもたっぷりとっている昼寝も出来ないでいたせいで、疲れてしまっていたからなんだ。


 ふと、ぼたぼたと、私の顔に雨が降って来た。

 不思議と、あったかい雨。

 でも、寂しい雨。


 ……ヘラジカの、声を上げて泣いている声が遠くに聞こえた気がした。

 私を抱きしめて、叫びながら泣いてるヘラジカの声が。


 ああ、ほんとに珍しいなぁ。ヘラジカがこんな風に泣くなんて。

 慰めてあげたいけど、でも、なんだか、起きてられないや。


 あぁ、疲れた、疲れた。


 ヘラジカ。

 そんなわけでさ。まぁ、後は、頼むよー。


 ……


 その思考を最後に、私は意識を手放した。


 ――――――――――


退場フレンズ


 ライオン(51番 ネコ目ネコ科ヒョウ属ライオン)


 (残り35匹)

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