第27話 おきゃくさん

 夕暮れ空の下。

 新しく来た『お客さん』が誰なのか、ここからだと光が反射してて、よく見えない。


「ふわぁぁぁ、いらっしゃい! ようこそぉ! 来てくれて嬉しいな。ねぇ、ロッジに助手と、ツチノコがいるんだって! みんなお友達だよぉ!」


 アルパカが嬉しさを隠さずに近づいて、でも、次の瞬間、アルパカが尻もちを着いたわ。


「あいたっ」

「何してるの、アルパカ。大丈夫?」


 続いて、ピッピッと言う、音。


「……え?」


 アルパカが青ざめた顔で、こっちを振り返る。


「あ、あれぇ、こ、これ」


 ……風船が、潰れてる?

 そして、どうやら『お客さん』がアルパカの風船を潰したらしいことが分かって、でも、私はとっさにアルパカまで走って行ってしまって。


「アルパカ!」


 その『お客さん』は、まるで静かに、それでも素早く、私の風船を狙っていて。


「ウッ……!」


 ドスッと言う音。

 でも、私の風船は無事だった。

 私の風船に手が伸びた瞬間、私を引き倒して飛び出したショウジョウトキが、私の代わりに攻撃されていたの。

 ショウジョウトキは地面に体を折りたたんで、立ち上がることができないみたい。

 きっと、体の痛いところを攻撃されたんだと思う。

 と、ショウジョウトキの風船がぐしゃりと足で踏み潰された。

 私の目の前で。


「……暴れないでくれ。手元が狂う。傷つけるつもりはない」


 その声は、聞いたことがあるような、無いような。

 誰? あなたは、誰なの?

 と、その時、沈みかけた太陽が光の形を変えて、その姿が明らかになった。


 キングコブラだった。(21番 有鱗目コブラ科キングコブラ属キングコブラ)


「き、キングコブラ、あなた、どうして」

「私はゲームに乗った。それだけだ」


 私は困惑する。

 歌うことの危険は承知していた。

 でも、実際に目の前に現れたそれは、とても怖くて、身が竦んで……

 そしたら、アルパカの声がしたわ。


「と、トキ! 何してるの……! は、はやぐ、にげて」

「アルパカ……!」


 アルパカはキングコブラの後ろから抱き着いて、足を止めようとしてた。

 彼女は泣きながら、必死な声で言ったの。


「ご、ごめんねぇ、わだしが、歌うの、良い考えなんて、言ったから」


 そこまで聞こえた声は、パンッという音と、煙に遮られた。

 腕時計の作動。

 地面に落ちたアルパカはもう、喋らない。


 続いて、ショウジョウトキの腕時計も作動し、私は二匹の腕時計から噴き出した煙の中で呆然としていたの。


「ど、どうして、こんな。みんな」


 キングコブラも、アルパカの腕時計から出た煙で私の姿が見えないみたい。

 でも、私は息が苦しくて、キングコブラの手の届く距離にいたら終わりだと思って、後ろに振り向いて走ったの。

 涙を流しながら。飛ぶことも忘れて。


 ……嫌。潰されたくない。

 私、アルパカと、ショウジョウトキと一緒に、ロッジに行くの。

 そしたら、ショウジョウトキが言ってたように、助手とツチノコの、モツゴロウと戦う作戦のお手伝いを、私たちでして、モツゴロウと戦うの。


 それで、みんな助かる。みんな、助かるんだから。


「逃げるな」


 私は簡単に追い付かれて、それから地面に引き倒されてしまった。

 その時になって、初めて、恐怖が。


「い、いやぁぁぁァァァァァァァァァァァァ!」


 歌よりも大きな声が出てしまったと思う。

 でも、叫んでも、無駄。

 実にあっけなく、キングコブラは私の風船を潰したわ。

 それから、口をふさがれてしまった。


「お前の声は響きすぎるな。もう喋るな」

「……ッ! ッ!」


 抵抗することも、何も出来なくて、結局、自分が仲間を集めようと歌ったことは、みんなを危険にさらしただけだということが分かって、深い絶望に襲われていたわ。


「遠くにクジャクも見えたが。アイツが来る前に離れなければな。正直、アイツは苦手だ」


 キングコブラはそう言うと、ちらりとアルパカの方を見て、それから言ったの。


「……アルパカは、ロッジと言ったのか。助手と、ツチノコか。手強そうだが、風船の潰し合いなら、例え彼女たちだろうと、容易く倒せるだろう」


 それを聞いて、私は気づいた。


 だめ。

 多分、キングコブラは、さっきのアルパカの言葉しか聞いてない。

 そうよね。

 ショウジョウトキが教えてくれた時、キングコブラはまだいなかったもの。

 この子は、モツゴロウと戦う作戦を助手とツチノコが考え付いていることは、知らないんだ。


 ……伝えなきゃ。

 他の子の風船を潰す必要なんかないんだって。

 だけど、キングコブラは、私の口から手を放してくれない。


 それでも、私は、なんとかして教えなきゃと思って。

 キングコブラの手をギュッと掴んだわ。


「離せ。抵抗する気か?」


 違うと言いたかったけど、やっぱり口をふさがれていて、しゃべれない。

 でも、このままロッジに行かせるわけにはいかない。

 この手だけは、絶対に、どかさないと……!

 伝えないと……!


「無駄だ。お前の風船は潰れている」


 パンッと言う、大きな音がして。

 私の手は力なく下に落ちた。

 もちろん、私の腕時計が作動した音。何かが刺さったような痛みが私の腕に。


 目の前が暗くなって。

 体のどこにも力が入らなくなって。

 口も、舌も、何も動かない。

 伝えたいのに、何もしゃべれないの。

 だんだん、地面の感触も分からなくなって来た。


 その時、キングコブラの声がしたわ。


「……許せ。私も辛いんだ。でも、安心しろ。私が、全てを救うから」


 すべてを救う?

 そんなの、どうやって?

 何か手段があるの?

 それとも、混乱してるだけなの?


 ただ、一瞬だけ、なんとかぼんやりと見えたキングコブラは、涙をボロボロとこぼしていたわ。

 そっか。そうね。

 こんなの、辛いもの。

 楽しいはずが、ないもの。


 でも、もう、何も分からない。

 暗すぎて、何も見えなくなってしまった。


 そして私は、ぐちゃぐちゃになって来た頭の中を整理することが出来ず、ひたすらに、こう思うことしかできなかった。


 アルパカ。ショウジョウトキ。

 ごめんなさい。

 私、ゲームに乗ってしまった子に、何も伝えられなかった。


 ああ、暗いわ。こんなに、何も見えなくなるなんて。


 ……そっか。日が沈んだんだ。

 こんなに暗いってことは、夜が来たのね。


 その思考が最後。

 私の心は、暗い闇の中に沈んで行って、そうして何も考えられなくなった。


――――――――――


 退場フレンズ


 アルパカ・スリ(09番)

 ショウジョウトキ(31番)

 トキ(37番)


 (残り40匹)

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