第37話 『ふぁん』と『ふあん』と
「ああ。あれは……どう見ても、普通じゃなかった」
タイリクオオカミは目を潤ませて、言葉を続けた。
「あれじゃ、いつ潰し合いに乗ってしまってもおかしく無いように思えたよ。もし、会っていたのが私じゃなかったら、どうなっていたことか」
「アミメキリンが、何でそんなことに? そんなことする子じゃないよね?」
タイリクオオカミはうなずく。
「そう。その通りさ。でも、アミメキリンはこの状況で、ずっと一人で逃げ回って隠れている内に、心が壊れてしまったんだと思う。今も、寝ててよかったと思うよ。起きてたら、君にも襲い掛かろうとしてたかも」
「……アミメキリンが? 私に?」
そんな馬鹿なと思う。
「あはは、タイリクオオカミ。それは無いよー。だって、アミメキリンが私に勝てるわけないし」
おかしなこと言うなーって思った。
お腹がすきすぎて、それでこんなこと言ってるのかなーって。
毛皮の中に在る、ヘラジカの分のジャパリまんも渡した方が良いのかもしれない。
帰りに、あの小屋にまた寄れば良いし。
でも、私の笑いにタイリクオオカミは寂しげな顔で答えた。
「そう、勝てないからさ。君が強いから、怖くて、潰されたくなくて、がむしゃらに向かってしまうと思う。この子は、私を置いて逃げるって言う選択肢は選ばないと思うから」
タイリクオオカミは顔を伏せて言う。
「ライオン。私は思うんだ。フレンズと一言で言っても、いろんなフレンズがいる。元になった『けもの』次第で、臆病だったり、怒りっぽかったり、弱かったり……もちろん、誰だってこんな潰し合いゲームなんかしたくない。潰すのも潰されるのも、誰だって避けたいはずさ。でも、このゲームで風船を潰してしまった子は、自分の風船が潰されたらって思うと怖くて、それでゲームに乗ってしまったんじゃないかって、そう思うんだよ。仲間を疑いたくないのに……この子みたいに臆病だったりするとね。みんながみんな、私たちみたいに強くないから」
タイリクオオカミが言うのも、もっともだと思う。
だけど、友達同士が警戒しあって、風船を潰しあうなんて。
私は、それはとても悲しいことだなと思った。
でも、私たちはこうして話し合えた。
こんな状況だったとしても分かり合えた。信じ合えたんだ。
「ねぇ、タイリクオオカミ。一緒に来ない? ヘラジカは、かざんの方にいるんだ。そんなに離れてないと思うんだけど、もし良かったら私たちと一緒にいようよ」
タイリクオオカミは、申し訳なさそうに言った。
「誘ってくれたのはすごい嬉しいよ。でも、悪いんだけど、私達は一緒には行けない」
「え? なんで?」
「アミメキリンのことさ。もう少し落ち着かせないと」
「一緒に来たらダメなの?」
私は、声を大きくさせかけて、慌てて小さくしながら、言った。
タイリクオオカミは、いったい、何を考えているのだろう。
「ねぇ、タイリクオオカミ。今は、少しでも信頼できるフレンズが集まった方が良いよ。だって、こんな状況なんだからさ。せっかくこうして話し合えたのに。アミメキリンだって、私たちと一緒にいれば……」
「ライオンは実際に見てないからそう言う事が言えるんだ。私は不安なんだよ。もし、アミメキリンが錯乱して君やヘラジカの風船を潰そうとしたらって。……そうだ。それより、セルリアンハンターのヒグマやキンシコウが、遊園地の近くで隙を伺っているんだ。アミメキリンが落ち着いたら合流するつもりでいたけど、ライオン達は一足先に合流したらどうだい?」
「ええ? それ、ほんと? すごい情報だよ!」
私は、身を乗り出して、タイリクオオカミの次の言葉を待つ。
そして。その時、私は気づかなかった。
タイリクオオカミの話に気を取られていたと言う事はある。
潰し合いゲームの中で、信頼できる仲間が見つかったと言う、安心感もあった。
油断していた。
だから、気がつかなかったんだ。
私の背後で、目を覚ましたアミメキリンが息を殺して、私の腰に付けた風船めがけて体当たりを仕掛けて来るのを。
「うわあッ!」
転がる私。と、アミメキリン。
アミメキリンは、とっさに立ち上がって逃げようとした私の腕をがっちりと捕まえると、叫んだ。
「逃がさないわよ、犯人! 先生に、何をするつもりなんですか!」
「な、何って?」
「アミメキリン! よすんだ! ライオンは……!」
「う、うああああああ! 逃げてください! 先生―ッ!」
叫びながら私の風船を潰そうと振り回し始めたアミメキリンの右腕が、私の体をかすめる。
腰に付けた風船が、僅かに揺れた。
「……ッ!」
危ない。
私は、振り下ろされたアミメキリンの腕を掴むと、グッと力を込める。
そして、驚いた。
ヘラジカほどじゃないけど、かなり強い力だ!
手加減なんて出来そうもないぞ?
顔を見ると、アミメキリンは顔を歪めながら笑って、涙を流していた。
暗闇の中でもそれが分かるほどの、異様なプレッシャー。
「ひ、ひひ、ひひひひ」
「アミメキリン……!」
「つ、潰す! 潰される前に、風船、潰すぅ!」
怖いと、そう思った。
うかうかしていると、こっちが危ない。
「離れろ! それ以上来るなら……容赦しないぞ!」
「や、やめてくれ、ライオン! アミメキリンを潰さないでくれ!」
タイリクオオカミの必死な叫びが聞こえたけれど、私は力任せにアミメキリンを引きはがして、近くの茂みに放り投げた。
「ひぃぃぃぃぃ!」
アミメキリンが、叫びながら闇の中に消える。
私は、アミメキリンを追った。
でも、どうする?
とてもじゃないけど、大人しくしてくれるようには見えない。
話し合いが出来るようにも見えない。
「や、やめろ! やめてくれ! ライオン!」
タイリクオオカミの必死な叫び声が、後ろから追いかけてきた。
そして、その声に気を取られた私は、再び飛び掛かって来たアミメキリンを避けられない。
「う、うああああああああ!」
ドンっとぶつかった体。とっさに距離を取った私。
その瞬間、私の風船がアミメキリンの暴れている脚にぶつかりそうになって、冷や汗がたれた。
アミメキリンは、また暗闇に隠れて、姿が見えなくなる。
……どこだ?
私はグッと腰を落として、相手の殺気に対応しようと構えた。
しかしその瞬間、背後から、突進してくる影。
今度はタイリクオオカミが、私の足に必死にすがりついていた。
「た、タイリクオオカミ! 離せ!」
「ライオン! 頼む! 見逃してくれ! 本当はあんな子じゃないんだ! 混乱しているだけなんだよ! 落ち着けば、アミメキリンは」
「そ、そうしたいけど! こんなんじゃ!」
暗闇の中で、ひっひひ、と言う、笑う声が響いた。
いや、泣いているのか?
やはり、殺気のようなものを感じる。
アミメキリンは、完全に私の風船を潰す気だ。
私は心の底から怖くなって、野生を解放した。
アミメキリンは、もう、放ってはおけない。
このままだと、他のフレンズにも被害が……へいげんちほーのうちの子たちも、危なくなる。
ふと、その時、思い立った。
まさか、ツキノワグマやアフリカタテガミヤマアラシを潰したのは、アミメキリンなんじゃ……!
「だとしたら、やっぱり許せない!」
足を振り上げて、タイリクオオカミを振りほどく。
「タイリクオオカミ、悪いけど、アミメキリンが落ち着いたらなんて甘いことを言ってられる場合じゃない! 誰かが犠牲になる前に、ここで倒す!」
「ら、ライオン。そんな、やめて、やめてくれ!」
タイリクオオカミの声はもう、聞けない。
私はアミメキリンの気配を探して駆けた。
同時に、アミメキリンもこちらに向かってくると言う感覚。
「うわあああああああ!」
「うおおおおお!」
「やめて……! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
すれ違いざまに、勝負は決まる。
私は野生解放で手を光らせながら振り上げ、地面を蹴って前へ向かった。
……しかし、予期せぬアクシデントが私を襲う。
飛び掛かろうとしたその瞬間、私はタイリクオオカミが張った『ばりけーど』のツルに引っかかってしまったのだ。
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