第36話 こんなときだから
一瞬、雲間から月の光がサッと降って来て、タイリクオオカミと名乗った影を一瞬だけ照らした。
すぐに暗闇の中に隠れたそれは、オレンジ色と水色の、左右で違う目がきらりと光って、それでタイリクオオカミと名乗った彼女が本人だと言う事がそれで分かった。
タイリクオオカミ。
確か、ロッジでマンガを描いているフレンズだ。
やる気はないと言っていたが、信じて良いのだろうか。
……いや、相手が誰であろうと油断はできない。
今のこの状況では、ちょっとした隙が命取りになりかねないのだから。
「ライオン。他のフレンズはどうしていないんだい? 匂いがしないみたいだけど、へいげんちほーの仲間はいなのか?」
タイリクオオカミの声が、ざわざわと騒ぐ風の中に紛れて聞こえてきた。
うっそうとした木々に囲まれた場所。
月が隠れて、相手がどこにいるか分からない。
声も、他の音に混ざって、どこから聞こえているのか。
私は努めて冷静に、威厳を保つようにして言った。
「私だけだとしたら、どうする?」
「別に、どうもしないよ。ただ、教えて欲しいんだ」
相手の思考が読めない。
高まって来る緊張感。
私はいつでも動けるようにと、周囲に気を配らせていた。
「ライオン。君は風船を潰して回っているのか?」
「違う。私はゲームに乗る気はない」
「そうか。でも、それ……証明、出来るかい?」
証明?
そんなの、どうやって?
でも、それならタイリクオオカミだって同じだ。
「タイリクオオカミ、お前はどうなんだ? さっき、潰し合いをする気は無いって言ったが、そっちがやる気じゃないって、証明は出来るのか?」
「出来るよ。アミメキリンが一緒だ。仲間がいるんだ。他のフレンズが一緒にいるって、それじゃ、潰し合いをしていない証拠にはならないか?」
一緒に行動している仲間がいる?
それだけで、タイリクオオカミを信頼して良いのだろうか。
……分からない。
潰し合いゲームは今も確実に進行していて、他の子の風船を潰しているフレンズは確実にいる。
もし、タイリクオオカミが、潰し合いゲームに乗っていたとしたら?
第一、アミメキリンがいるってこと自体が、嘘だとしたら?
うかつに信用して、近づくのは危険な気がする。
もし、隙を突かれて、腕時計が作動して眠ってしまえば、私は抵抗することも出来ない。
……だけど。
私は言った。
「信じるよ。私もヘラジカと一緒だ。今は別行動を取ってるけど」
信じなければ、何も始まらない。
こんな時だからこそ、信じ合わないと。
「そうか。ライオンはヘラジカとは一緒にいたんだね。私もライオンを信じるよ」
「……ありがとう」
フーっと、緊張感が解ける雰囲気を感じた。
多分、タイリクオオカミも臨戦態勢を取っていて、それを解いたのだろう。
私も肩の力を抜いた。
「はぁー、疲れた疲れたぁ。緊張したなぁ」
なんて、体を伸ばした私を見たのか、タイリクオオカミのクスクスとした笑い声が聞こえる。
「こちらこそお礼を言うよ。ライオン、信じてくれてありがとう。ところで、へいげんちほーのフレンズは、てっきりどこかで集まっていると思っていたけど、ヘラジカ以外のフレンズは一緒じゃないのかい?」
「うんとね。はぐれちゃって探しているんだ。ヘラジカは集合場所で待っているんだ。……そうだ、お腹空いてない? ジャパリまん持ってるよ」
「へぇ、それはありがたいな。実はおなかペコペコなんだ。でも、その前に」
タイリクオオカミが近づいて来た。
一瞬、体をビクつかせてしまったけど、タイリクオオカミは私を素通りして進み、何やらしゃがみこむ。
「な、何をしてるの? タイリクオオカミ?」
「ちょっと待っててくれ、ツルをもう一回張るから」
タイリクオオカミはそう言うと、私が先ほど引っかかったツルを探して、ピンッと張らせながら移動し、離れた距離に結んである、掴みごたえのありそうな木の破片を立たせた。
「それは?」
「ぐるりと回りに張ったツルに誰かが引っかかったら、木の破片が落ちるようになってる。ちょっとした『ばりけーど』って奴さ。まぁ、私は臭いを嗅げば大体わかるけど、風の向きとかで分からないこともあるからね。何より、これならアミメキリンでも誰か来たか分かるからさ。ライオンが来たのも、それで分かったんだ」
「へぇ、すごいねぇ!」
「フフッ、私は作家だからね。知識だけは、まぁ、いろいろあるよ。これも、昔『ギロギロ』で書いた事があるトリックだし。まぁ、ツルを結ぶにはすごく苦労したけどね。知識はあっても、ギロギロや、かばんみたいに器用じゃないから」
かばんかー。今、どうしてるのかな。
きっと、また頭の良いこと考えてくれてると思うんだけど、何か思いついてくれないかなぁ。
放送で名前も呼ばれてないし、あの子なら、きっと……
でも、タイリクオオカミが本当に潰し合う気がないみたいで、ホッとしたなぁ。
「それから、さ、ライオン」
タイリクオオカミはそう言うと、口元に指をあてて、言葉を続けた。
「言うのが遅くなったけど、あんまりうるさくしないで。疲れて寝ているから」
その言葉の後、目を凝らしたら、すぐ近くで座ったまま寝息を立てているアミメキリン(05番 クジラ偶蹄目キリン科キリン属アミメキリン)が見えた。
風船は……潰れていない。
「ホントに一緒にいたんだ」
「ん? 私は嘘なんかつかないよ?」
私はにっこり微笑んだ。
「いやぁ、疑って悪かったねぇ」
「……良いさ。こんな状況だもの。私も冗談を言うのは好きだけど、流石に今は自重しないとって思うから」
タイリクオオカミは寂しげに笑うと、思い出したかのように言った。
「はぐれた仲間って言ってたけど、探してるのは誰?」
「オーロックスと、アラビアオリックス、それから二匹を探しに行った、シロサイとハシビロコウ、パンサーカメレオン」
「多いな。お昼の放送で、へいげんちほーのフレンズが名前を呼ばれてたから、心配はしてたんけど。あんまり上手く行ってないんだね」
「まぁ、うん、そうなんだ」
タイリクオオカミは考え込む。
「……オーロックスとアラビアオリックスなら私、見たな」
「え? いつ? どこで?」
「夕方くらいだよ。トキの歌が聞こえただろ? あの時、近くの様子を見て警戒してたら、ここのすぐ近くにいたんだ」
「すぐ近くに?」
ここまで来れてた?
だったら、何で集合場所に来なかったんだろ。
ヘラジカ止まってる待ち合わせ場所まで、もう、すぐなのに。
「だったら、引き留めてくれたら良かったのに」
私のその言葉に、タイリクオオカミは首を振って答えた。
「無茶言わないでくれ。誰が信用できるかも分からないんだ。簡単に声をかけることなんて、とても出来ないよ。私だけならともかく、アミメキリンもいたし」
それもそうかと思う。
私だって、へいげんちほー以外のフレンズを見つけたとして、気軽に声をかけることが出来るかどうか……
でも、オーロックスたちも二匹でいたんでしょ?
一緒に行動している仲間がいるって分かったんなら、何で?
私が質問するより早く、タイリクオオカミは私が知りたかった答えを話し始めた。
「あの二匹。最初はトキのところまで行くか、何やら話し合ってたみたいだったけど、でも、そうこうしている内にトキが風船を潰されて、それで、やっぱり誰も信用できないって殺気立っててね。ちょっと、危険な感じだったんだよ。それで、声をかけるのを止めてしまったんだ。隠れて、向こうが離れるのを待つしか出来なかった」
「……そっか」
アラビアオリックスと、オーロックス。
私たちのことも信用できないって思ってたんだろうか。
いや、そうは思いたくないけれど。
私は、ただただ、仲良しの二匹が怖がられていたことが、少しだけ悲しかった。
と、疑問が浮かぶ。
「ねぇ、タイリクオオカミ。アミメキリンはいつから一緒なの?」
「お昼の放送の、ちょっと後くらいかな。酷く怯えていてね。錯乱状態だったから、力づくでおとなしくさせたんだ。……でも、そのタイミングで会えて良かったよ。会えてなかったら、他のフレンズに襲い掛かってたかもしれない。そう言う様子に見えた」
「他のフレンズを、襲うって?」
意味が良く、分からない。
タイリクオオカミは神妙な顔で、話を続けた。
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