第19話 ぎしんあんき

 よたよたと言う、力のない足音。

 鳴り続けるピッピッと言う、腕時計の音。


「ヤマアラシ、なんで? 私、ヤマアラシの風船を潰そうだなんて、そんな」

「え? え?」


 パンッと腕時計の動作した音がしました。

 床に、相手が持っていた武器が落ちて、煙が噴き出て、でも、噴き出る一瞬の間に、確かに見ました。

 風船が潰れて倒れたのは、ライオンの仲間……私の友達でもある、ニホンツキノワグマ(39番 ネコ目クマ科クマ属ニホンツキノワグマ)だったんですぅ。


「な、ななな、な、なんで、ですぅ?」


 意味が分かりませんでした。

 でも、だんだんと、理解が追い付いて来ます。


「風船を、潰すつもりなかったって、じゃあ、もしかして、迷ってた私を、探しに」


 と、その時。『たてもの』の外からドカドカと足音を立てて、フレンズが入ってきました。


「ヤマアラシ、お前……」


 憎々しげに私を見る、アラビアオリックス(07番 クジラ偶蹄目ウシ科オリックス属アラビアオリックス)と、オーロックス(14番 クジラ偶蹄目ウシ科ウシ属オーロックス)の、二匹が。


「ち、違うですぅ!」

「何が違うんだ!」

「こいつ……! 逃がすな、捕まえろ!」


 私は、あっという間に壁まで追い込まれて、武器を突き付けられて動けなくされてしまいました。


「どういうことだ? ツキノワグマの風船が潰れてるじゃないか! お前がやったのか! なんてことを……!」

「どういうつもり? まさか、私たちの風船も潰そうとしているの?」

「だ、だから、違うんですぅ、これは」


 私の風船に、オーロックスの大きな武器の先が突き付けられます。


「何が違うんだ?」


 武器の先が、ツンっと風船に触れました。

 私は、何も喋れません。

 苦しくて、口だけがパクパクと動いて、呼吸の仕方も忘れてしまったみたいで、涙だけがダラダラとこぼれ続けました。

 ギッっと睨みつけているオーロックスが言います。


「ヘラジカ達、まさか、この機会に大将の……ライオン様の風船を潰すつもりか?」

「ありえる。合戦みたいに、勝ち負けにこだわって、ここで勝負をつけるつもりなのかもしれないぞ?」


 ありえない。

 なんで、そんな考えに。

 私は、カヒュッと息を僅かに吸って、それから咳き込みそうになりながらも、必死に言いました。


「そ、そんな、そんなわけない、ですぅ。手を取り合って、みんなと、モツゴロウをやっつける、ですぅ」

「信じられると思うか!」

「な、なんでですぅ?」

「お前がツキノワグマの風船を潰したからじゃないか! あいつは怯えている困ったフレンズがいそうだって、いたら助けてあげようって、この『たてもの』に入ったんだぞ? なんで潰したんだよ!」


 視線の先に、倒れて動かないツキノワグマがあって、私は何も喋れなくなりました。

 でも、黙ってしまった私の態度が、余計に二匹の怒りに火に油を注ぐ形になったみたいです。


「何も答えないのは、やっぱり怪しいぞ! やっぱり、他のフレンズの風船を潰すつもりなのか、ヘラジカは!」

「怪しいな。どうする? オーロックス」

「ここで倒すべきか?」


 オーロックスが、私の目を見てきました。

 もう、耐えられませんでした。


「や、やめて欲しいですぅ。答えるですぅ! こ、怖かっただけなんですぅ! だから」

「怖くて、どうして風船を潰すんだ? やっぱり怪しいぞ」

「だ、だって、私……」


 私の顔は涙でぐしゃぐしゃになって、それでも、アラビアオリックスは私を睨みつけたまま、こう言います。


「怪しい。ヘラジカ達、怪しい」

「ヘラジカ達がそのつもりなら、こっちにも考えがある!」

「そうだな。モツゴロウと戦う前に、潰されたらかなわない。こうなれば戦うまでだ!」

「よし、そうと決まれば潰そう」


 オーロックスが、グイッと、武器を。


 ……私の風船は、あっけなく、潰れました。

 少し経って、ピッピッと言う腕時計のなる音。

 もちろん、私の、腕時計です。


 私は、へなへなと座り込んで、言いました。


「な、なんで、こんなことに、なったん、ですぅ」


 パンっと音がしました、ですぅ。

 腕時計の下に痛みが走って、私の意識はグラッと傾いて、地面に横向きに倒れ込みました。


「もう、油断はできない。ヘラジカ達を見つけ次第、風船を潰そう」

「ああ、ライオン様を守らないと」


 二匹は、こちらに目もくれずに部屋を出て行きます。

 私は、それでも、謝りたかった。

 こんなの、違うと、叫びたかった。

 でも、声が出せなくて、舌がしびれて。


「で、す……ぅ」


 二匹の後ろ姿は、どんどん遠ざかって。

 私は床に顔をぶつけた痛みも消えていくのが怖くなって。

 それでも何とか目を動かして、二匹の後ろを目で追いました。


 でも、もう、見えません。

 ギリギリ、倒れているツキノワグマの手がちらりと目に映って、それから、だんだんと周りが暗くなってきました。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。ツキノワグマ。


 私は待つべきだったのです。

 潰される前に潰すだなんて思わないで、部屋の外にいる誰かを確認していれば。


 それに、待つといえば、オオアルマジロも。

 ゆうえんちの入り口でオオアルマジロが出てくるのを私が待っていれば、誰かに風船を潰されることも無かったかもしれない。

 

 そして……

 ごめんなさい、オーロックス。

 ごめんなさい、アラビアオリックス。


 ねぇ、このゲームが終わって、もし、また会えたら、いつも通り仲良くしてくれますか?

 ねぇ、お願いします。


 私たち、合戦とか、いろいろあった、けど、いっしょに、あそぶの、たのしかった。

 わたし、たち、とも、だ……ち……


 ……


――――――――――


 退場フレンズ


 ニホンツキノワグマ(29番)

 アフリカタテガミヤマアラシ(03番)


(残り44匹)

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