第42話 それは、まぎれもなく

「何だ……ッ! 誰だ! 誰が……!」


 言葉が上手く出ない。

 今の腕時計の音はあまりにも突然で、信頼できる仲間を見つけたと言う安心の隙を突いた、残酷さそのものだったからだ。


 落ち着け。

 落ち着いて、考えろ。


 誰が潰したんだ? 誰が、潰されたんだ?

 いや、そんなことはどうでも良い。

 早く、落ち着かなくては……!

 問題なのは――今、一番注意しなくてはならないのは、腕時計の音がロッジのすぐ近くで鳴ったって事なんだ。


「ツチノコさん……!」

「く、くそっ、お前ら、ここにいろ!」

「ど、どこに行くんですか? 逃げるなら、一緒に」


 引き留めようとするジェーン。


「オレだけで逃げるわけないだろ……! 様子を見て来ると言っているんだ!」

「な、なら、私も行きます」


 そして、そう言ったジェーンの手をぎゅっと握って無言で歩き出すフルル。


「お、お前ら……!」


 まったく、面倒な奴らだ!

 フルルも、足が震えているじゃないか。

 だいいち、お前らが見てどうするって言うんだ?

 何が出来るって言うんだ?


 ……ちっ、今は、問答している時間がない。


「勝手にしろ。だけど、邪魔だけはするなよ。絶対に、こっそりだ。やる気になってる奴に、こっちの場所を知らせるなよ。絶対にだぞ」


 オレは気配を消しながら、静かに、それでも素早く歩いた。

 後ろのペンギン二匹も、同じように歩いている。


「良し。ここから、覗く」


 ドアから、チラリと外を見た。

 いつの間にか、薄い霧のようなものがかかっていて、ただでさえ真っ暗な夜は、ますます視界が悪くなっている。


「……あれか」


 それでも、見えた。

 遠くに、影。複数だ。

 走って、こっちに向かってくる。


 その影たちは、息を切らして、派手な足音を立てて近づきつつあった。

 遠い会話が聞こえてきたが、声の主が誰なのか、まったく分からない。


「と、トムソンガゼルさんは?」

「だめ! 私たちを逃がすためにって。だから、ここまで来れなかった!」

「そんな……! じゃあ、さっきの音って」


 さっき鳴った腕時計がトムソンガゼル(38番 偶蹄目ウシ科ガゼル属トムソンガゼル)の物だったと聞こえた。


 目を凝らすと、だんだんと、影の形と色が見えてきた。

 大きいのが一つ、俺たちくらいの大きさのものが一つ。

 それとは別に、白いのが一つ。


 ……白?

 なんだ、あれは? フレンズなのか?


 ……いや、フレンズだ。

 白い色が目立つから、形があいまいになっているんだ。


「マレーバクさん!」


 ジェーンが、声を殺して言った。


「あれ、マレーバクさん(49番 ウマ目バク科バク属マレーバク)です、多分」

「マレーバク? 分かるのか?」

「一度、お会いしたことがあります。夜になると白い色が際立って、輪郭線があいまいになるって」

「な、なるほど」


 納得している場合ではない。

 マレーバク達はどんどん近づいて来たが、その後ろから彼女たちに追い付きつつある、もう一つの影。


「う、うわああああ!」


 気配を感じて振り向いたマレーバク達は、叫んだ。


「く、来るなーっ! た、タスマニアデビルだぞっ?」

「知っている」


 素早い動きだった。

 威嚇のように対峙したタスマニアデビル(35番 フクロネコ目フクロネコ科タスマニアデビル属)と名乗ったフレンズの、風船めがけて、一閃。


「あ、あ……」

「ッ!」


 流れるように動いた影は、身動きの取れずに怖気づいていたマレーバクの風船も潰し、さらに、残った大きなフレンズへと走った。


「こ、来ないで! 来たら、暴れるよっ! 私、暴れたら、怖いよ!」


 大きな体が誰なのか、その時に分かった。

 インドゾウ(11番 ゾウ目ゾウ科アジアゾウ属インドゾウ)だ。


「あ……ッ!」


 インドゾウも、なすすべもなく潰されてしまった。


「な、なんで」


 タスマニアデビルが、悲痛な声の色で叫んだ。


「なんでだよー! 何で! 同じ、じゃんぐるちほーの、友達じゃないか! なんで、こんな……!」


 風船が潰された後の、ピッピッピッと言う音が鳴る。


「私も心苦しいが、全てを救うためだ。許せ」

「救うって、なんなんだよー!」

「すまない」


 冷静な声だった。


 その後すぐ、腕時計が作動した。

 パンッ、パンッ、パンッと、三度。

 白い煙、破裂音。


 倒れ込んだ三匹のフレンズは、そこから動かない。


「く、くそ、やられた。みんな、やられた……!」

「い、インドゾウさんも、あんな簡単に。あんなに、大きなフレンズを倒せるなんて。誰なんです、あんな、酷い」


 涙をボロボロと流しているジェーンの、音を殺した必死の声を後ろに、オレはその影を見た。

 見極めなくてはならない。アイツが、誰なのか。


 夜のもやの中、その、孤独なシルエットは動き出す。

 ……そして、一瞬だけ月の光がその影を照らした。


「き、キングコブラ(22番有鱗目コブラ科キングコブラ属キングコブラ)……!」


 紛れもなく、奴だった。

 そして気づいた瞬間、その影がどちらに向けて動いているのか、それが分かった。


「不味いぞ。あいつ、こっちに来る……!」


 ひっ、と怯えたジェーンとフルルの近くまで回り込み、オレは囁いた。

 こうなったら、やるしかない。


「お前ら、ここは任せろ」

「任せる?」


 フンッと、俺は言う。


「一瞬、焦ったが、あいつはピット器官を持って無い。……無いはずだ。だったら、夜である今なら、オレの方が上だ。勝機はある。お前らを逃がすことぐらいは」

「あ、あの、何をするつもりですか?」

「囮になってやるって言ってるんだ。お前らは逃げろ。さっき言いかけたことだが、かばんと助手が、温泉に向かっている。合流する手はずになってるんだ。お前らも、そこへ向かえ。かばんと助手は、モツゴロウと戦うために動いている。ツチノコに話を聞いたって言えば、信用してもらえるはずだ。だから」

「嫌です」

「な、なに?」


 ジェーンは言った。

 必死だった。


「ツチノコさん、そんな、やめてください! クジャクさんは、大丈夫だって言って、帰って来なかったんです。だから、ツチノコさんまで、そんな」

「お前ら、今は、そんなことを言い合っている時間は無いってのが、分からないのか?」


 まさにその通りだった。

 キングコブラは、どんどんロッジに接近している。

 もうすぐ、敷地に入って来るだろう。

 オレ達は、会話もそこそこに裏の出入り口に向かって動き出す。


 静かに、それでも急いだ。


「良いか。オレだって、やられるつもりはない。同じことを言って、助手達と別行動をとったけど、オレはやられなかった。トキを救えはしなかったが、オレは潰されてない。だから、大丈夫だよ。やられたりするもんか」

「でも」


 未だ反論するジェーンに向けて、オレは叫びだしたくなる気持ちをグッと抑えて、歯を噛みしめた。


「良いから、言うことを聞くんだよ! 三匹で動いてたら、アイツに追い付かれる可能性だってあるだろ? お前らがいたら、足手まといなんだ!」


 言ってから、すこし後悔した。

 少し、言い方がきつかったかもしれない。


「ああー、くそっ! と、とにかく、任せろ。だから、早く行け。温泉でまた会おう」

 

 ジェーンはグッと涙をためて、それから言った。


「分かりました。絶対に、温泉で、また」

「ああ、頼んだぞ。そっちの、フルルと一緒にな」


 会話を終えようとしたけれど、一瞬、考え込む。


「そうだ。それから、スナネコの奴をもし見つけたら」


 言いかけて、それで、止めた。

 もう、キングコブラは反対の入り口にいる。

 すぐ動かなければならない。


「いや、良い。時間がない。もう、良いから行け。気を付けろよ」


 闇の中に消えた二匹を確認した後、オレは、スッと息を吸い込んだ。


「まったく、面倒な事ばかりだぜ。このクソゲームは」


 だが、やってやる。

 最後まで、あがいてやる。 


 来いよ、キングコブラ。


 オレは二匹が消えた方角とは違う、別の闇の中へと走り出した。

 足音を大きく響かせながら。

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けものロワイアル 秋田川緑 @Midoriakitagawa

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