第24話 しょうきにもどって

 風が走り抜けます。

 でも、私は真っ直ぐに飛ぶことができず、また、高度も上手く維持ができません。


「負けない……! もっと、高く、速く!」


 私は自分に言い聞かせると、ひたすらに飛びました。

 それでも、途中で一休みをしなければなりません。

 どこかに降りて、少しだけ休憩しないと……


 下を見て、降りれる場所を探し、降り立つと、息を整えながら、少しだけ歩きました。

 ジッとはしていられません。

 今も、誰かがこちらを見ている気がするのです。

 ジェーンさんが示唆してくれた危険は、常に私の頭をちらついていました。


「飛ばないと……! 頑張らないと!」


 私は再び上昇し、それから歌の聞こえる方に向かいました。

 そして、遠く、高台になっているところに、トキさんらしきシルエットを見つけます。

 すでに誰かが駆けつけているのか、トキさん以外にももう一匹フレンズさんの姿が見えました。

 あれは、誰でしょうか。


 そして、私とさして離れていない場所に、赤い羽根を持った空を飛ぶフレンズさんの姿も。


「あれは……ショウジョウトキさん?」


 どうやらそのようです。

 トキさんの歌を聴いて、駆け付けているフレンズ。

 そして、トキさんと仲のいい友達なので、きっと仲間になってくれるでしょう。

 私は嬉しくなって、彼女の後を追おうとしまいた。


 でも、空を飛ぶ能力に、決定的な差が出ています。

 ショウジョウトキさんは、速度をグングンと上げて、私を置いて行ってしまいました。


「……だめだ、私。もう一回、どこかで休憩しないと」


 朝、半島まで飛べたのは、本当に奇跡だったのでしょう。


「早く、行かないと。ジェーンさんのためにも。みんなの、ためにも」


 頑張って飛びました。

 でも、どれだけ頑張ろうとしても、体力の限界は近づいてきます。

 また、どこかで一休みしないと……!

 私は落ちるようにしてなんとか着地しましたが、膝をついてしまい、すぐに立ち上がることができません。

 必死に息を整えます。

 と、そこに、フレンズさんが現れました。


「や、やっと、追いついたぁぁ!」

「ッ!」


 突然、飛びかかってきた彼女をなんとか避けて、私は力を振り絞って空に逃げました。

 これも、火事場の馬鹿力と言うやつなのでしょう。

 でも、それでも、長くは飛んでいられないことは、全身に感じる悲鳴のような痛みや疲労が物語っていました。

 私は空に飛んだまま、襲ってきたフレンズさんを確認します。


「あなたは、マーゲイ、さん?」


 心を落ち着かせようとしました。

 ジェーンさんの言葉を、必死に思い出そうとしていたのです。


『えっと、まず間違いなく信頼できるのは、PPPの他のメンバーです。アイドルは潰し合いなんて、そんなことしませんから。それから、マーゲイさんも』


 その言葉の通りなら、なにも怖がる必要はありません。

 でも、怖がるなというのは、無理でした。

 彼女の攻撃の意思は明確で、確実に私の風船を潰そうとしていたのです。


「ど、どうして?」


 何故なのでしょうか。

 マーゲイさんは、見るからに普通じゃありませんでした。

 口からよだれをたらし、涙を流しながら笑っています。


「お、降りて、来なさいよぉぉ! そんなに目立つのに、追いかけたら逃げるなんて、卑怯です!」

「ま、マーゲイさん、止めてください! 私は、敵じゃありません! ジェーンさんが私といますから、一緒に、仲間に」

「……ジェーン、さん、と?」


 マーゲイさんは奇妙な声で笑いました。


「あひゃ、あひゃひゃは、ジェーンさんなら、ずっと私といたじゃないですか……! この、嘘つきぃ!」

「えっ?」

「じぇ、ジェーンさん、あのフレンズ、嘘、ついてますよぉ! ってことは、悪い奴ですよねぇ?」


 マーゲイさんは、誰もいない場所に向かって問いかけました。


「ええ。私はマーゲイさんとずっと一緒にいましたよ。今聞いた言葉は、嘘です。嘘をつくってことは、悪いフレンズです。マーゲイさんの風船を狙ってますよ。負けないで、マーゲイさん」


 ジェーンさんの声が聞こえました。


 ……いえ、喋ったのはマーゲイさんです。

 今のは、マーゲイさんがジェーンさんの声色を真似て、彼女そっくりの話し方で発した声なのです。


「ほ、ほらぁ! ジェーンさんだって、こう、言ってるじゃないですかぁ! この嘘つきぃ!」

「マーゲイさん、貴女……!」


 ああ、なんと言うことでしょうか。

 彼女は、心を病んでしまったに違いありません。

 このひどいゲームの中で、心が壊れてしまったのでしょう。

 私は、彼女の狂ってしまった様子を見て、気分が悪くなって。

 ふらふらと地面に落ちてしまいました。


 完全なる落下です。

 気づいていても、止めようがありません。

 体力の限界。そして、心に襲ってきた、絶望。


「わ、私の風船を潰しに、降りて来たの、ですか!」

「マーゲイさん……ッ!」

「つ、潰される前に、潰すからぁ!」


 マーゲイさんは、私に飛びかかり、私の風船を潰します。

 私は、彼女の攻撃の隙をついて、マーゲイさんにギュッと抱きつきました。


「なっ……」


 驚くマーゲイさん。

 マーゲイさんは暴れようともがきましたが、私は力を入れて離しません。


 そして鳴り始めた私の腕時計。

 時間がもう、無いようです。私は、マーゲイさんに語り掛けました。


「マーゲイさん、どうか、正気に戻ってください。ジェーンさんとフルルさんが、ロッジの方にいます。どうか、彼女たちを守ってください」

「……?」

「怖かったんですよね? たった独りで、誰も仲間がいなくて。でも、もう、大丈夫ですから。貴女は、独りぼっちじゃない。どうか、彼女たちの、力、に……」


 私は、力を抜いて、彼女を優しく抱きしめます。

 でも、決して離しません。


 彼女は、このゲームのせいで心が壊れてしまった。

 孤独で、恐ろしくて、そんな状況の中で自分を守るために、狂ってしまった。

 私は、そんな彼女を思うと、胸が痛いのです。

 流れる涙は止められず、また、作動した腕時計も止められませんでした。


「ぁ……」


 パンッという大きな音。それから吹き上がった煙。

 腕に走った痛みと、遠のいて行く意識の中で、私はぐらりと暗転する世界を感じます。

 これが、このゲームの敗北を意味しているのならば、私はここで終わりなのでしょう。


「だ、だまされないっ、からっ! あなた! こんなことしたって!」


 私を振りほどき、地面に叩きつけたマーゲイさんの怯えた声が聞こえて……私はどんどん暗い底に沈んでいく意識のなかで、思いました。


 マーゲイさん、泣かないで。

 貴女は、もう、独りじゃないんですよ?

 すぐ近くに、貴女のことを信頼している二匹の仲間がいるのです。

 だから、お願いします。どうか、正気に戻ってください。


 ……ジェーンさん、フルルさん、後は頼みます。

 トキさんを連れてこれなくて、ごめんなさい。

 どうか、ご無事で。


 ……マーゲイさん、お願いします、から、どうか、正気に戻って、ください。

 貴女は、優しくて、良い方のはず、です。

 あのジェーンさんや、フルルさん、と、お友達、なの、ですから。

 だから、どうか……どう、か……


 ……


――――――――――


 退場フレンズ


 クジャク(24番)


(残り43匹)

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