第33話 わたしのたいみんぐ

 オーロックスとアラビアオリックス。


 そう言えば、合戦をやっていた頃から、この二匹は立ち回りが上手かったのを思い出す。

 さらに悪いことに、シロサイは肩で息をしていて、もう、戦っているのでやっとな状態だった。。


 ……危ない!


「……シロサイ! 下からくる! その次に横からも!」

「く、来るなら! 一匹ずつ弾き飛ばして、距離をとりますわ……! サイサイサイサーイッ!」


 シロサイは、この夜の中では目があまり良く見えないようで、二匹の動きに目がついて行ってない。

 でも、それでも相手の攻撃を防ごうと、自分の槍を大きく振り回してる。


「ッ!」

「オラぁ!」

「……くッ!」


 一手、防ぐ行動が遅れた。

 シロサイの攻撃とオーロックスの攻撃がぶつかり合い、シロサイはバランスを崩してしまう。

 そして、アラビアオリックスはその隙を突いて、シロサイの風船めがけて、槍を……


「あ……」


 グシャっと言う、酷く、悲しい音がして、それからすぐ、ピッピッピッと言う、聞きなれない音が響く。


 腕時計の音。

 シロサイの、腕時計の音。


「アラビアオリックス! 腕時計が作動するまで油断するな! 最後に暴れられたら危ないぞ! シロサイは力持ちだからな!」


 シロサイは、私に振り返る。

 その顔は、グッと唇を噛んでいて、目からボロボロと涙を流していて。


 それから、槍をその場に落とし、二匹に向かって頭を下げると、言うのです。


「……お、お願いします。私は、もう、どうなっても構いませんわ。でも、こ、この子だけは。ハシビロコウだけは、見逃してください。約束した場所に、ヘラジカ様と、ライオン様が待っていますの。だから、おふた方も、正気に、戻って。私たちの、友達に戻ってください! お願いします……! お願いしま」


 腕時計が作動したのはその瞬間。

 パンっという音。

 暗闇の中でもわかる、煙。

 シロサイが地面に倒れる音。


「やだ! やだよ、シロサイ……!」


 私は、必死にシロサイに手を伸ばす。


 だけど、それすらも、二匹は敵対行動に見えたらしく、私に槍を突きつけて来た。


「みょ、妙な真似をするな!」

「あ、あとはお前だけだぞ、ハシビロコウ! 観念しろ!」

「なんで……」


 なんでこんなことするの?

 私は、口を開く。

 泣きながら、必死に言葉を投げていた。


「何で、潰し合いなんかするの? あなた達には、シロサイの言葉は響かなかったの?」

「て、敵の言葉なんかに、惑わされないぞ!」

「そうだ! 大将がヘラジカと一緒にいるって言うんなら、人質にでも取ったつもりでいるんだろ? ヘラジカも倒して! 大将を助ける!」

「違う……! 違うよ……! 私たちは、本当に……! ねぇ、私たち、友達でしょ? 何があったの? 何か、あったんだよね? 何でも言ってよ。私、聞くから。困ったことがあるんなら、何でも言って。そしたら。全部話したら、こんな、酷いこと」


 二匹が顔を見合わせる。

 それはまるで、自分たちに自信を無くしたかのような、どこか不安げな表情で。

 だから、私は言ったの。

 言葉は、自然とすらすら出てきた。


「こ、怖かったんだよね? 二匹とも。潰し合いが、いろんなところで始まって、だから、怖くて、みんなを疑っちゃったんだよね?」


 でも、私の言葉を聞いた瞬間、また怒りながら言ってくる。


「ち、違う! 俺たちは……! こうなったのも、最初にこっちを攻撃してきたのが、お前らヘラジカの仲間だからだ! ツキノワグマの風船を、ヤマアラシが潰したからだ! だから、俺たちは!」


 あの二匹がモツゴロウの放送で名前を呼ばれた経緯は、それでなんとなく分かったけど。

 だけど、私には、悲しい事故が起きたとしか思えなかった。


「詳しくは分からないけど、多分、事故だよ! ツキノワグマ、優しいから、怖がって隠れてたヤマアラシを助けようとしたんだよね? それで、ヤマアラシは、怖がりすぎていて、それで……事故が起きて」

「そ、そんなこと……! 嘘だ!」


 なおも怒る二匹を必死に遮って、私は言う。


「ううん。私、分かるよ。だって、私、いつもみんなのこと見てた。ツキノワグマはいつもほがらかで、とっても好奇心があって、とっても優しい子。ヤマアラシは、こっそり自分に自信があって、隠れてみんなが楽しく過ごせるように気を使ってて。でも、自分の針が誰かを傷つけたらって、いつも怖がって前に出たがらなかった。でも、自分の針が強いこと、誰よりも知ってるから、この潰し合いゲームみたいに追い詰められたら、戦っちゃうような子なんだ」


 普段、しゃべらない私だけど、だけど、言葉はすらすらと出てきた。

 黙ってるのは機を伺ってるから、なんて言ったことはあるけど、きっと今こそが、私の喋るべき機会。


 いつも思ってたこと。

 いつも、言いたかったこと。


 今が、私のタイミングなんだ。


「二匹のことだって見てたよ? オーロックスは力持ちで、いつも自信満々で、何事にも全力で頑張れる、とっても強い子。正義感がいっぱいで、間違ったことが嫌いで、いつも前を向いてられる。アラビアオリックスも、オーロックスのことをしっかり信頼してる、ちゃんと、友達のことを想って体を動かせる、とっても素敵な子。みんな、私の大切な友達なんだ」


 二匹はもう、怒ってない。

 戸惑いながら、ジッと、こっちを見つめている。


「ねぇ、ヤマアラシは、怖がってなかった? 事故だって、言ってなかった?」

「う……」

「お願い。信じて。私たちは、お友達だよ。仲間、だから。何が起きても、ずっと、変わらずに、お友達だから。だからね。私、あなたたちを、許すから。シロサイも、みんなも絶対に許してくれるよ。だから一緒に、ヘラジカ様とライオンのところに、行こう? 一緒に、モツゴロウをやっつけよ?」


 私はにこりと笑う。


 怖い、なんて言われることもしょっちゅうだから、自信ないけど。

 でも、敵意なんて、私にはないから。

 私は精一杯の笑顔を二匹に向けたの。


 そしたら二匹は顔を見合わせて、それから武器を地面に落とした。

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