第7話 はなしをきいて

 待ち伏せしての奇襲? なぜ?

 考えている暇はない。私は身を低く構えて、臨戦態勢を取った。


「……本当にアクシスジカが、シマウマの風船を? なんで、こんなことを?」

「だ、だって、私なんだ、みんな、最初に私を狙うに決まってるんだ!」


 自分を狙うに決まっている? だから、他のフレンズの風船を潰す?

 私は理解した。

 アクシスジカは潰し合いのゲームに乗った。乗ってしまったのだ。


 アクシスジカはじりりと近づいてくる。が、私は動けない。

 距離をとりたいのだけれど、後ろにしか道は無く、そしてそっちには戻れないのだ。

 モツゴロウは、出発した後にゆうえんちに戻ると腕時計が作動すると言っていたではないか。


「わ、私が、腕時計を、どれすこーどがどうのこうのって言って、つけさせたから、きっと、みんなが私を恨んでるんだ! だから、こうするしか!」

「ち、違うよ、アクシスジカ、誰もそんなこと……!」


 言いながら思う。

 ……誰もアクシスジカを恨んでなんかいない?

 本当にそうだろうか。

 アクシスジカのせいで腕時計をつけてしまったと思い込んでしまったフレンズは、もしかしたらいるのかもしれない。


 腕時計をつけてなければ、博士は眠ってしまうことも無かったし、私達がモツゴロウの言いなりになるはずもない。

 だったら、モツゴロウの手助けをしたと思われても不思議ではないのか?

 こうなったのが、アクシスジカのせいだと、そう思ったフレンズがいるのかもしれないのだ。

 いや、それどころか、アクシスジカがモツゴロウの仲間だなんて思ってしまったフレンズもいるのかもしれない。


 でも、私は違う。私は違うんだ。そんなこと思っていないんだよ!


「アクシスジカ、話を聞いて!」

「な、何よ!」


 私は無防備に立ち上がって、手を広げた。

 戦う気なんて無い。戦う気なんて、ないんだよ。


「え……」

「怖いもんね。アクシスジカも、怖がってただけなんだよね? 分かるよ。私だって、怖くて、仕方が無いんだ。こんな状況なんだもん、仕方が無いよ。でも、大丈夫。私は潰し合いなんかしないよ。アクシスジカのこと、モツゴロウの仲間だなんて思ってないから。みんなもそうだよ。誰もそんなこと思ったりしないから、安心して」


 アクシスジカは目に涙を貯めて、それからそれを振り払った。


「……誰からも、狙われない?」

「大丈夫だよ」

「良いの? 私、潰し合い、しなくて良いの?」


 私はにっこり笑って、手を差し伸べた


「アクシスジカ。こっちに来て。私の手を取ってよ。一緒に、モツゴロウの奴をやっつけよう!」


 涙を止めて、僅かに笑顔を見せるアクシスジカ。

 しかし、彼女は……私のすぐ近くで眠っているシマウマを見て、「あっ」と声を出すと、また泣き出した。


「だ、だめだ! やっぱりだめだよ! 私、今、シマウマの風船、潰しちゃった! もうダメだよ! ダメなんだよ! こんなことしたから、私、誰からも仲間だなんて言ってもらえない! 信頼してもらえない! それで、結局、私の風船は潰されちゃうんだ! みんなに、狙われて、風船、潰されちゃう!」

「あ、アクシスジカ! 落ち着いて!」

「いや! いやぁぁぁぁぁ! 潰される前に! 潰しに行くんだ! 潰すしかないんだ! お前の風船も、潰すしかないんだぁ!」


 アクシスジカは私の風船目掛けてがむしゃらに走って来た。

 両手の武器が、私の風船に伸びる。

 私はその強烈な攻撃に驚き、腕を振り回した。


「あっ……」


 運が悪かった。

 アクシスジカが胸に着けていた風船が、私の手に激しくぶつかって、音を立てて潰れた。

 ぐしゃっと。

 その感触が私の手に残って、それからアクシスジカは私の止めようの無い、不可抗力の腕力で後方に吹っ飛ばされた。


「アクシスジカ! そんな!」

「う、うぁぁ……やだぁぁぁ……いやだあぁぁぁああ!」


 彼女の腕時計がパンッと大きな音を立てて煙を吐き出したのは、すぐだった。

 そして、間の悪いことに、すぐ後ろから声が聞こえて、私は振り返る。


「え、え?」


 ジェーン(30番 ペンギン目ペンギン科アデリーペンギン属ジェンツーペンギン)だった。

 PPPの、人一倍、真面目で、頑張り屋で、それでもおっちょこちょいで危なっかしい、ジェンツーペンギンのジェーンだ。


「じ、ジェーン、ち、ちがうんだ、これは」

「い、いやああああああ!」


 叫び声は、悲痛で、恐怖に満ちていた。


「ジェーン! 話を聞いて!」


 ペンギンの足は遅い。

 だけれど、この時のジェーンは、私の横をすり抜けると、信じられないスピードで走っていた。

 何で? いや、そんなの決まってる。

 私から逃げるためだ!


「ジェーン!」


 速い。

 でも、もしかすると、そう感じるのは、私が、事故とは言え他のフレンズの風船を潰してしまったことを重荷に感じて、体が上手く動かせないからなのかもしれない。


「待って! ジェーン! 違うんだ! 話を聞いて! ジェーン!」


 声ももう、届かない。

 私は、ジェーンに追いつけなかった。


―――――――――――――――


 退場フレンズ


 サバンナシマウマ(28番 哺乳網目ウマ科ウマ属サバンナシマウマ)

 アクシスジカ(01番 偶蹄目シカ科アクシスジカ属アクシスジカ)


(残り50匹)

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