SHINING of DUAL
神代 恭子
第01話
銀河系宇宙の太陽系第三惑星といえば、地球である。
だが実は、その第三惑星がもうひとつ存在していた――などという驚愕の事実を地球人類が知ったのは、つい五〇年ほど前のこと。それも、ごく一部の限られた者だけが知る、秘された事実であった。
その星が存在するのは、地球の公転軌道上L3ポイント。すなわち、「太陽を挟む向こう側」。
地球から死角になるこの地点、地球の天文理論では、長らく「此処に星が存在することは不可能である」とされてきた場所である。
それが、近年の宇宙観測技術の進歩と様々な要因によって、「有り得ないはずの星」が発見されるに到った。
もっとも、それに至る経緯については、長くなるので此処では割愛する。
とまれ、この星についての概要は、ひとまずそんなところであろう。
もうひとつの第三惑星、その星の名は『リテラ』。
そして今日、そのリテラに、初めて地球人が訪れることになっていた。
カシャ、と、手のひらの中でシャッター音が鳴る。
女子高生の手にもすっぽり収まる、シャイニーピンクのコンパクトカメラは、この春から始めたアイスクリーム屋のバイトの初給料で買ったもの。
「右向いても左向いてもイケメンしかいないなんて、天国かな……?」
カメラの持ち主、
此処に来てよかった。ファインダーに入る「イケメン」たちを撮影しながら、しみじみと噛みしめるように考える。
その横で、無表情にも近いしかめっ面の青年がじろりとひかりを睨んだが、浮かれるひかりは気付く様子もない。
手の中では、なおも連続するシャッター音。
あちらのイケメンこちらのイケメン、と、被写体を追ってせわしなく動き回るカメラに、やがて青年の顔が写り込んだ。此処でようやく、自分に向けられるしかめっ面に気付いたひかりは、アハハと気まずい笑いを浮かべつつ、一旦カメラの操作を止めて青年を見上げた。
「……いったい君は、自分の置かれている立場をどれだけ理解しているんだ?」
青年の口から出たのは、明らかに、ひかりの行動を咎める口調。視線も、その口調と同じく厳しい。
「あー、それはその……えっと、すみません……。あっ、でも安心してください! ちゃんと
「そういうことを言っているんじゃない……!」
的外れな返事は、蝦名と呼ばれた青年の機嫌を、より急斜角に傾けたようだ。ひかりを睨む蝦名の目は、いっそざっくり突き刺さりそうなほど険しくなっている。
「君は今回の
もっとも、いくらそんな顔をされようと、ひかりのテンションは下がらない。
ひかりから見れば、蝦名も十分に美形の範疇に入っている。まぁちょっと小言のうるさい人だけど、とは思っているが。
ただ、そんなふうに考えているのを知られたら、もっとうるさくなる気しかしないので、わざわざ言わないでいるけれど。
不機嫌極まりない様子の蝦名に、はーいと軽く返事をして頭を下げつつも、懲りることなく再びカメラを構える。
そのファインダーを、不意に横切る人影。
んん? とカメラから視線を外して目をやれば、其処にいたのもこれまた「イケメン」だった。
しかも、おそらく群を抜いてと言えるレベルの。
オールバックに整えられた銀めく黒の短髪と、切れ長な目許に輝く金帯びる黒の瞳。
貴金属の輝きにも似た、地球人にはありえない色に彩られる怜悧な顔貌。精緻な彫刻に稀有な貴石を象嵌したような造形は、もはやある種の完璧ささえ感じさせる。
浮世離れしているのは顔ばかりではない。
すらりと高い長身、優雅さすら漂う身ごなしにまとう、長い身頃の黒いローブ。よくよく見れば襟や肩の一部に、金彩のような瀟洒な装飾が施されている。
喩えるならば、中世の修道士とか、ファンタジーな映画に出てくる高貴な魔法使い――そんなイメージが近いだろうか。
実際、他のイケメンたちと比べても、衣装の装飾が少し多い気がする。もしかすると、本当に何か特殊な立場にあるのかもしれない。
「これは失礼。撮影のお邪魔をしてしまいましたか。」
「い、いいえ! 全然邪魔じゃないです! ……というか、その、むしろ是非撮らせて下さい……!」
やや低めの、深く響く落ち着いたトーン。
イケメンは、声までイケメンだった。心地よく響くその声に、夢見心地で舞い上がったひかりは、思わず、うわずり気味な声で返事をしてしまった。
それでもちゃっかりカメラを構えることを忘れない辺り、ひかりのイケメン好きも割と堂に入っているのだが。
オールバックのイケメンは、そんなひかりの行動を特段気にする様子もなく、どうぞ、と、気安く返してくれた。
すかさずその姿をカメラに収めるひかりの横で、蝦名が更に深く眉間の皺を刻んでいるが、今はとりあえず、見なかったふりをしておく。
ホント人間離れしたイケメンよね。
シャッターを押しながら、ひかりは此処に来てからもう何度目になるかわからない感慨を呟いた。
人間離れ――実際、これは全く比喩などではなく、明らかな事実である。
何せ此処は、「地球ではない」のだから。
「こちらの不躾な主賓に対して寛大に御対応頂き、誠に感謝致します。……ところで、ゾハール
ひかりの態度を釘刺しながら、蝦名が口を開いた。愛想も何もない、きわめて事務的な口調である。
このイケメン、どうやらゾハールという名前らしい。
リテラの関係者については、このあと行われることになっている〝式典〟で紹介される予定だったが、蝦名が肩書き付きで名前を呼んだのを聞く限り、やはり何か相応の立場にあるようだ。
蝦名の問いに、ゾハールが幾分神妙な面持ちで頷く。問いに対する是の回答と、それに伴う謝罪の意を、半々にしたような表情である。
「お待たせして申し訳ありません。実はつい先刻、少々予定外の状況が報告されました。その確認のために式典の開始を少々遅らせております。何事もなければ、ほどなく開始となると思いますので、どうぞ、今しばらくの御猶予を。」
「両星間における最初の公的行事でトラブルとは、感心できません。ナマートリュの方々は危機管理の意識が足りていないのではないですか。」
「厳しい御諫言はごもっとも。此処は拝してお叱りを受けましょう。」
険しい表情と棘しい口調を向ける蝦名に、ゾハールの方は動じた様子もなく、穏やかに慇懃に返す。
蝦名の言った「ナマートリュ」とは、リテラの主生存種族であり、このゾハールを始め、ひかりがカメラに収めまくっていた「イケメン」たちのことである。
鉱物を起源とする生命体である彼等は、強靱な身体と桁違いの長命という鉱物そのものとも言える特性を持っている。
更に、その進化の過程で獲得した特殊な力――たとえば、空を飛び、念動を操り、光や熱といったエネルギーを駆使して物理事象に干渉する等の、要するに「超能力」と呼ばれるたぐいの能力を、自在に使う種なのだ。
そしてどういうわけだか、彼等は地球人の美的感覚で言うところの「美形」ばかりの種族でもある。
ひかりは、イケメンが好きだ。
正直、それが地球人か宇宙人かなんてのは二の次である。そんなことより、「この星には大勢のイケメンがいる」ということの方が、ひかりにとってはよっぽど重要なのだ。
それに、見目がよいというのは、一般的にも印象良く受け取られるものだと思う。
けれど、さっきの態度もそうだったが、ひかりの同行者である蝦名は、どうも、ナマートリュのことをあまり快く思っていないらしい。
確かに、蝦名の置かれる立場を考えれば、いろいろ思うところがあるのかもしれないとは思う。それでも、気に入らない相手を、つまらない理由でいじめているみたいなあの物言いは、ひかりとしては何となく気分がよくない。
こんなことでいざこざなんて、せっかくのイケメン的景観が台無しになっちゃうじゃない。
「ちゃんと知らせてくれたんだから、蝦名さんもそんなイヤミな言い方しなくてもいいじゃないですか。地球人だって予想外のトラブルとか別に珍しくないんだし。」
思わず声を上げたのは、蝦名に対する、そんな腹立たしさがあったのもある。ゾハールの腰の低さに、もっと言い返してもいいのに、と思ったのもある。
ただ、思ったより大きな声が出てしまったのは、ちょっと失敗だったかもしれない。
自分の予想以上の大きさで響いた声に、瞬間、蝦名が呆気にとられたような顔をした。
直後。
――うわ、今日見た中で最高レベルに怖い顔してる。
蝦名の不機嫌が最高に詰まった視線が、ひかりに向けられる。
此処はさすがに空気を読んでおくべきだろうか。ごまかすように曖昧に笑って返しながら、手にしていたカメラをさりげなく、ウェストポーチにしまい込む。
「お気遣いに感謝致します。ともあれ、式典開始の際には改めて御案内をしますので、どうかこちらでこのまま待機していて下さい。」
そんな気まずい空気も、ゾハールが一声かけたところで、ゆるやかに流れ去っていった。
金を帯びた黒い眼が、ひかりの目の高さに合わせて降りてくる。屈み込むような姿勢で、顔の間近で一礼を落とすと、微笑みながら謝意を述べる。
近い近い近い! 顔が近い!
ひかりの心拍数が一気に跳ね上がる。こんなとんでもなく高いレベルのイケメンに、とんでもなくイイ笑顔で、骨の髄まで浸透するような美声で囁かれるなんて、普遍的な乙女の精神構造なら、ときめかないはずがなかった。
まばたきも忘れて見惚れながら、再びすっかり元の浮かれ心地に舞い戻ったひかりに、隣の蝦名は完全に苦りきった顔をしていた。
苦った視線は当然、ゾハールに向けられる。
「……ずいぶんと、人心掌握に長けておられるようですね。」
「お褒めの言葉ありがとうございます。まがりなりにも長と名のつく役職にありますので、職責上、或いはそういうものも身についたのかもしれません。」
蝦名の露骨な皮肉含みの言葉に対し、ゾハールは何処までも悠々と穏やかに返した。その態度を見る限り、
両者の間に、それ以上の会話の進展はなかった。ゾハールの余裕に対し、蝦名の方がのまれてしまって、それ以上言い返せなかったのだ。
あるいはこれが、経験で踏んだ場数の違いというものなのかもしれない。
会話の途切れた僅かな
そのとき、突然、辺りに轟音が響き渡った。
ひかりと蝦名が、思わず手で耳を塞ぐ。
ふたりを轟音から庇うように、ゾハールが腕をかざすと、僅かに遅れて届いた爆風の衝撃と地鳴りの音が、たちまち遠のいた。
身体を縮こまらせたまま薄目を開けば、其処には、人の背丈の倍くらいはあろうかという光の壁が、半球状に展開されていた。
それが爆風をさえぎって、ひかりと蝦名を守っている。
「すっごーい……! バリアってやつでしょこれ!」
何が起こったのかはわからない。わからないが、自分たちに影響がなかった安心感もあって、ひかりは興奮気味に声を弾ませた。
「この非常事態に何をのんきなことを言っているんだ君は!」
「だって実際すごいじゃないですか! テレビでなら見たことあったけど、ホントに見ることになるなんて思わなかったし!」
「それがのんきな発言だと……いや、確かに来て早々にこんな状況になるとは思わなかったが……」
蝦名が、呆れを通り越して苛々と叫ぶようにたしなめる。が、その蝦名も自分たちを守った光の壁を、驚いた目で食い入るように見ていた。
その様子から察するに、興味はあるのだろう。素直じゃないなこの人。ひかりは内心こっそり思った。
光の壁の向こう側は、爆風の勢いと衝撃が収まった後も、
ゾハールが、何処かへ向けて何言か鋭く叫んだ。応じる「声」はなかったが、呼応するようにざっと動く何かの「気配」があったことは、ひかりにもわかった。
「お怪我はありませんか?」
「ないです!」
「ありません。」
「どうやら、懸念が当たってしまったようです。ともあれ今はあなた方の安全を最優先に……」
説明するゾハールの声をさえぎるように、二度目の爆音と衝撃。その発生源は、先ほどよりもなお近い。
ひかりは再び、ぎゅっと耳を塞いだ。
立て続けに、三度、四度。直接被害が及ぶわけではないにしろ、更に増えゆくそれを、数える手間ももう惜しい。地面がびりびりと震える感覚が、覚束なく立っている足裏に感じられる。
ひかりは身体を縮こまらせたまま、きょろきょろと辺りを窺ってみた。
衝撃と一緒に、不規則な光やら噴煙のようなものがひっきりなしに起こっている。どうやら、ひかりたちを守っているバリアに向けて、間断なく何かが撃ち込まれているようだ。
「えっ……もしかして、狙われてるのって私たち……?」
「どう見てもそうとしか思えないだろう!」
ひかりが思わず呟いた言葉を聞き付け、蝦名が短く叱咤するように叫んだ。叫んだ端から響く振動に、ふたりともまた頭を低くして伏せる。
これが平時なら、危機意識が低いとか何とか、棘のある言葉のひとつでも返ってくると思うが、さすがに今の状況ではそんな余裕すらないようだ。
あれ、ゾハールさんは? 心配になってちらりと見上げたが、先刻までの場所にその姿はない。
見回せば、ひかりたちを背に、身体全体でふたりを庇うようにバリアを張り続けている。
そのバリアも、最初こそ片手で出していたものの、今は両の手を使って展開されていた。
表情も、余裕を感じさせていたときとは違う、鋭い眼光と厳しい気配を帯びている。
どうやら、今受けている「攻撃」はかなり激しいものらしい。見ているだけのひかりでも、そのことは容易に理解できた。
それと同時に不安が増す。落ち着かない心地になってくる。
引きを切らずに続く爆音の中、その音すら押しのけるようなひときわ大きな轟音が聞こえてきた。
はっと目をやれば、それまでよりも確実に大きな火の玉が、こちらに向かって飛んできている。
ゾハールの展開する光の壁が、更に大きく広げられた。
光壁に当たった火の玉の、巨大さそのままの、とてつもない破裂音。破裂は強い爆風を生み、辺りの煙や粉塵を巻き込んで、視界から周囲の景色を隠し閉ざす。
その最中、不意にゾハールが背後を振り返った。其処にある表情には険しい色が乗っている。
何? と、つられるようにひかりも同じ方向を振り返る。
そして、見た。
今しがた破裂したものと同じくらい巨大な火の玉が、既に目と鼻の先まで迫っているのを。
何が起こっているのか把握できず、声を上げることも忘れた。ただただ「ぶつかる!」というそれだけが思考を占めて、思わず目をぎゅっと閉じる。
閉じると同時に、爆音と振動が鼓膜と身体を揺らす。
が、体感したのは、それからどれだけ待っても、その爆音と振動だけだった。
目を閉じていたのは、多分そんなに長い時間ではないと思う。暫くの間、耳の中にぼぉーんと低い耳鳴りが残っていったが、熱さや痛みは全くなかった。
おそるおそる目を開けて自分の手や身体を見てみる。身体の何処かを怪我したような様子は、ひとまず、ない。
今の何だったの? 状況把握ができないまま、ひかりは頭を上げた。隣の蝦名も同様に頭を上げている。
ふたりとも、疑問符をまき散らすような顔で、互いに首を傾げていると、ゾハールが、ふたりを振り向いた姿勢のまま、浮かべる表情を安堵帯びたものに変えていた。
その表情の意味を確認するように、ひかりもゾハールの視線の先へ顔を向ける。
其処には、もうひとつの光の壁。
「どうしたんですか、ゾハール。内務ばかりで戦闘の勘が鈍りましたか。」
光壁越しに聞こえた声は、ゾハールに向いていた。声質は柔らかいが、何処か、ちくりと棘っぽく投げ遣るような、いささかぞんざいさを感じる物言いである。
「有能な部下がいるおかげで、こちらは安心して手を抜けるという話だ。」
もっとも、それに対してゾハールが返した言葉も、それはそれで相当
透輝する光壁の向こう側には、やわらかな黒をまとった人が、立っている。
こちらの視線が自分に向いていることに気付いてか、その人は、微笑むような糸縒りの細目で、まるで安心させるように、ふんわりと笑った。
あの人、知ってる。
その人の顔に、ひかりは見覚えがあった。
「〝レジェンド〟……? 彼……いや、彼等は今、地球にいるはずでは……?」
横で、蝦名がうめくように
「シン……さん、だよね?」
緊張の糸端が僅かにほどけたひかりも、また、ぼそりと呟いた。
黒をまとうその人は、確かに、ひかりの記憶の中にある人物だった。
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