第30話

 かたの道は既にない。残っているのは、ふたりの退路を断つように、にやにやと含み笑いを向けてくる黒錆色のふたつ影のみである。

「予想以上の間抜けづらだ。」

「……何だと?」

 呆然とするふたりへ向けられた嘲弄に、即座にノーティが反応した。

「間抜け面を間抜け面といって何が悪い?」

「拍子抜けしたんだよ! 大体よぉ、あんな御大層な壁や扉で散々勿体ぶられりゃ、どんなスゲェ仕掛けだか装置だかあンのかって、期待するってもんだろ!」

 振り返り、フェレスを睨みつけ言い返す。が、結局はこれも、指摘のとおり半ば虚勢の言葉でしかない。

 実際、間抜け顔を晒していた自覚はある。けれど、図星というのは、刺されれば刺さるほど腹が立つものなのだ。

「ほぅ? つまり、気負った出鼻をくじかれて憤慨した、と? 憤慨というよりは、迷子にでもなったような顔だった気がしたが。まぁ其処は触れないでおいてやるか。」

「もうひとりに比べ、こちらはどうにも行動が幼稚なようだ。素直といえば聞こえはいいが、要するに、短慮ゆえ自制が利かない。」

 そんな内心を見透かしたように、白々しい鷹揚さでフェレスが嗤った。その尻馬に乗るような調子で、フォレスも呆れたように肩をすくめる。忠告のような体裁をとりつつも、彼等が向ける態度には感情を逆撫でる皮肉の色があからさまだ。

「……幼稚、だァ?」 

「そういう考えなしの行動が、いずれ自滅を招きかねない……いや、むしろ既に自滅しかかったからこそ、此処に連れてこられた。違うかね?」

「それはっ……」

「確かに、お前等の期待する特別とやらは此処にある。が、此処まで見る限り、それを使う甲斐があるかどうか、こっちとしてはいささか疑問でな。」

「やっぱあるんじゃねぇかよ……時間がねェんだ! 勿体ぶらずにさっさと出しやがれ!」

「そうやって無軌道に怒り散らし、無用な会話を重ねることで、更に貴重な時間を無駄にするのではないかね?」

「無駄にしてンのはテメェらが……」

「……ノーティ、ちょっと抑えて!」

「此処までコケにされて黙ってられッかよ!」

「ノーティ!!」

 必死にノーティを抑えていたフィニットが、強く鋭く制止を叫んだ。その気迫に圧されて、一瞬、ノーティがぎょっとたじろぐ。 

だよ。彼等は、僕たちを挑発して反応を楽しんでる。相手に乗せられたらダメなんだ。」

 まっすぐに見据える視線で、冷静に、確信と力のこもる言葉で落ち着かせるように、フィニットが言った。ノーティよりも一歩引いた視点で見ていたからこそ、そのことに気付いたのだろう。

「ほぅ? ……そっちのヒョロいのは、多少周りが見えるようだ。頭の回るオトモダチがいてよかったじゃないか。」

「上出来とはとても言い難いが、何とか及第にはあるようだ。ならば、御期待には沿っておくとしよう。此処は、〝サ・レァンソ・ン〟。我々の星の言葉で、〝枷重き獄〟を意味する。」

 ふたりのやりとりを眺めていたフォレスが、ややの間をおいてから大仰に告げた。小馬鹿にしたような口調は変わらないが、ふたりを煽りつけるような調子はひとまず薄まったようだ。

 我々の星。その言葉から察するに、彼等が同種族であると考えたフィニットの推測は、おそらく当たっているのだろう。

「枷とか獄とか……えらく大仰に持って回った名前じゃねぇの……」

「つまり、罪人が投獄される場所ってこと……かな……? そういう星があるってのは聞いたことがあるし、この場所のだって、そのための場所だと考えれば納得はいくよ。」

 ひそめた声で交わされるふたりの会話。それを聞きつけ、フェレスがじろりとふたりをめ降ろす。

「確かに、不帰の流刑地だの、脱出不可能の牢獄だの言われる場所だったが、それも俺たちが脱獄するまでの話だ。」

「以降は新たな収監者もない。もっともそれも、我々が此処を少しばかり弄ったことで、それまでの管理者どもの手では送り込めなくなったというだけの話だがね。」

 フンと鼻白んだようなフェレスに、相槌あいづつような態でフォレスが続いた。

「ま、活動員を名乗るくらいなら、その程度は推測できて当然だろう。」

 じろじろと見比べるように、フィニットとノーティの間をフェレスの視線が視線が流れる。

 表情を険しくしたのは、やはりノーティだった。

 ただ馬鹿にされたというだけでない。明らかに、自分へ向けた当てこすりだと知れる態度に、此処までに膨れ上がった憤懣が一気に顔に出た。

 歯を剥くように、口をひん曲げる。眉間には、くっきりと深い縦の溝。

 こういうとき、火のついた導火線は短いものだと、相場は決まっている。

「……オレの頭が悪いとでも……」

「違うとでも言いたそうな顔だな?」

「……テっメェ……!」

 売り言葉に買い言葉。険悪を通り越した一触即発と、そのあとに起こり得る「最悪の事態」に思い及んだフィニットは、せめてノーティだけでも止めるべく、いつでもを使えるように身構えた。

「吠えるな、ガキが。」

 だが、続けて其処に聞こえてきたのは、思いの外に平坦な声だった。フィニットの懸念に反し、フェレスの反応は極めて平らかでである。

 ただし、其処にものは、静けさとはほど遠い。

 フェレスの口角が、ニヤリとつり上げる。兇獣が牙を剥く様にも似たその形には、歴然とした軽侮と底這う悪辣が、これ以上なく見て取れる。

「……れ合いはその程度にしておけ。まったく、これだから合理的な頭のない奴は困る。我々にも余計な時間はない。無駄がかさめば、せしめられるものもせしめられなくなる。」

 そのフェレスを、フォレスが横からたしなめた。もっとも、たしなめというよりは、わざとらしく粘ついた嫌味を投げつけるような、そんな気配を含んでいたが。

「言われるまでもない。だがな、貴様の方こそ長い御託は大概にしろ。それこそ時間の無駄だ。どうしても垂れ流したいなら、やることを済ませてからやれ。」

 鬱陶しげに、忌々しいものに唾吐く如き冷淡な口調で、フェレスが反駁する。

 反りが合わないのか、はたまた仲違いでもしているのか。

 仔細はわからないにせよ、どうやら彼等は互いをあまり快くは思っていないらしいことが、このやりとりから何となく察せられる。

「……では本題に入るとしよう。」

 ふたりを見やり、フォレスが仕切り直すように告げた。

 忌々しげに互いをめ合う彼等ではあるが、しかし、己等の為すべきを忘れるようなことはなかったらしい。

 強さの程どころか、素性も得体も知れない相手である。ぬぐい去れない不審と不信もいまだ渦巻きはするものの、事此処に至っては、もう胆をくくって構えるしかない。

「それで、僕たちは何をしたらいいんですか?」

 フィニットが、先んじて尋ねた。相手に呑まれてしまわないよう、彼等の思惑の先にあるものを探り、推し量り、できるだけ気を落ち着かせながら。

 この状況下での、あり得る選択肢の幾つか、そのうちの確率の高そうなものを脳裏に浮かべ──

「今から俺たちと戦う。とりあえずはそれだけだ。」

 こちらのそんな思考などおかまいなしに、あっさりとフェレスが言った。これといって表情を変えるでもなく、あっさりと。

 え。

 間抜けた声を洩らしたのは、ふたりとも。

 その答えが予測になかったわけではなかった。だが、これから特訓を始めるというのに、疲弊や負傷のリスクを選ぶことは合理的ではない。ならばその選択肢の優先度は低いはずだ、と予測していた。

 それが、いとも容易く覆された。フィニットは大いに困惑したが、ノーティは少し違う受け取り方をしたようだ。

「おうおうおう……そうだよ、そうこなくちゃな……!」

 呟くように、けれど腹底からうめくように出る声は、砂の上の静謐も相俟って、やけに大きく響く。

「そんなやけっぱちみたいに……!」

「乗りかかった船どころか、とっくに目的地に着いちまってンだ。やるしかねぇ。」

 ふてぶてしく口を引き結び、目の前のふたつ影を見据える。

 あぁもう君ときたら! お膳立てが揃ってしまった以上、どうあってもやらかす気だ。呆れとわずかな腹立ちで、フィニットはつい口を尖らせる。

 それでも、何でもすぐに思考のふるいにかけてしまう自分の性質に比べ、こんな状況の中ですら、良くも悪くもノーティが、内心、少し、羨ましくもあった。

 でも、そうだよね。

 だから、今はフィニットも、腹を括ることにした。いくら考えたところで、結局行動しなければ、真に得られる答えなどないのだろう。

「で、何したら俺たちの勝ちなんだ? 俺たちを試すってンなら、何かあんだろ、そういう判定とか条件みたいなのが。」

 片目をつり上げ、口をむっとし結んだ顔で、ノーティが問う。

「勝ちの条件、だ? ……これはまた大きく出たな。生意気も其処までいけばひとつの芸か。」

「言ってやるな。分別ない子供の張る威勢だ、目くじらを立てることもあるまい。ただ、無謀と勇敢の区別がつかないというのならば、大人としてじっくり教えてやるのもやぶさかでないがね。」

 フォレスの視線が、ねとりとふたりをなめた。くつくつと喉の奥に笑いを隠して肩を揺らす。

「貴様の悪趣味なんぞ知るか。おい、いいかガキども。こっちが知りたいのは、お前等がどれくらい持ちこたえられるか、それで俺たちがどれだけ楽しめるかってことだ。」

 それを半ば無視する態で、フェレスがふたりに向き直った。牙を剥くように口端を歪め、威圧の表情を浮かべる。

 結局のところ、彼等の言はどちらも「ふたりの都合など知ったことではない」というもの以上ではなかった。よしんば意味があったとして、それもせいぜい、「格下が何かほざいている」程度のことだろう。

「……好き放題言いやがって……!」

 ノーティが、ぶちりと呟いた。安値踏みされたことへの怒りが、歯軋る声にも、声の奥に膨れ上がる感情かたちにも、ありありと現れている。

 そして今度こそ、フィニットの制止は振り切られた。

 ノーティの身体が、弾けるように跳ぶ。拳を握り締め、文字どおりの一足飛びで、並ぶふたつの黒錆色に向かっていく。

 怒りという感情は、間違いなく力になる。けれど同時に、見るべき視野を狭窄させる要因にもなる。

「……ぐ、あっ……!」

 衝撃がノーティを見舞う。直後、短い叫び。

 分厚い壁に真正面から激突したような衝撃だった。目の前は勿論、進む先にすら、そんなものなどなかった、のに。

 元いた位置から更に後方まで一息に吹っ飛んだ。疑問を浮かべることができたのは、吹っ飛んで落ちた場所で、砂にしこたま埋まったあとである。

 何だ今の。これじゃまるで、アンティアヴィラタ戦あンときの──真っ向からの強烈な一撃が、ノーティの脳裏に、嫌な記憶を呼び水する。

 埋もれた砂からざりざりと這い出すように腰を上げたとき、自分のものではない別の叫びが、ノーティの聴覚に届いた。

「……フィニット!」

 反射的に降り仰ぎ、声を上げる。痛打の感覚はまだ当然残っているが、何が起こったかをすぐに察し、強く呼びかける。

 大丈夫。でも、一体何が? 

 返る思念は、フィニットの無事を告げた。けれど、それに続いた思考もまた、ノーティ同様に、状況を把握しきれない疑問符にまみれている。

「おいおい、呆気なさすぎだろう。」

「たかが程度でこのていたらくとは。いやはや、本当に活動員なのかね、君たちは?」

 砂ざらしの中から起き上がるふたりを眺めながら、フェレスとフォレスが投げ寄越すように発した声。落胆気味な、幾らかの懐疑の混じるそれは、何処までも優越者のそれだった。

「今の……テメェらか!」

 片膝をついた格好で身体を起こしたノーティが、たやすく吹き飛ばされた悔しさから、吠えつくように叫ぶ。

 問いの形こそしているが、彼等の仕業であることは明白だ。当然、返るだろう答えも、ほぼ予想がついている。だから今のは、それを確かめる為だけに叫んだようなものだ。

 かぶった砂を掻き退け、小さくうめきながら、フィニットも上体を起こす。はっと慌てた表情を浮かべて自分の身体を検分するのは、先の襲撃での瑕と痛みを思い出したからだろう。

「……だったらどうだと?」

 フォレスが、嗤笑含みに問い返した。ふたりが地に這う様を見やりながら、そのままぞんざいに肘先を上げる仕種をした。

 再び見舞われる、見えない殴打。さっきよりもはるかに重い衝撃が、ふたりを打つ。

 立ち上がりかけていたところを再び弾き飛ばされ、一度目より大量に砂を巻き上げ、かぶり、うずもれる。

 一度目よりはまだマシな受け身が取れたものの、咄嗟にできたのはそれだけだ。弾き飛ばされる勢いは全く殺せていない。

 だが、今のフォレスの挙動を見て、ふたりにもわかったことがある。

 この「攻撃」は、「念動」を使ったものだ。

 念動や思念を物理干渉に使う種は、広大な宇宙の中で見れば、然程に珍しいものでもない。そもそも、自分たちナマートリュとて、恒常的に強力な念動を使う種である。

 その上で、今ふたりが喰らったそれは、ナマートリュの使うそれに勝るとも劣らない威力を感じさせた。

 つまり彼等は、そんな念動を行使できる能力を持っている、ということだ。

 だが、仕掛けタネさえわかれば、自分たちにも対処の仕方はある。

 巡らせる。どんな細かなことも見逃さないように、捉えられるように。感覚だけではない、意識もまた、届くふちの隅々まで張り巡らせ、研ぎ澄ませ、備えて身構える。

 だが、ふたりは再び、悔いを噛む。

 次の仕手は、フォレスではなくフェレス。だが、今度は念動によらない、フェレス自身の「実体」によるものだった。

 ノーティの最初の動きを写し取ったかのような挙動で、踏み込み、跳び、真正面に飛ぶ。だが、其処にある鋭さも速度も、ノーティのそれを数段上回るものだった。

 飛来の勢いのまま、フェレスの肩が大きく振りかぶるのが見える。繰り出す攻め手の行方が、その動きで定まった。

 狙いの的は、ノーティ。ふたりは瞬時に思念を揃えた。

 フィニットの思考がノーティの動きとなり、ノーティの直感がフィニットの思考となる。ふたりがコンビを組む最大のメリットは、互い特化をそれぞれが組み合わせて使えること、それによって対応できる範囲の広さと手数にこそある。

 思念の網を緻密に拡げたフィニットが、網の中で対象の挙動を捕捉し、把握する。あらゆる感覚を駆使して分析する。

 相手の飛行の速度、強度の計算。接敵してぶつかり合った場合に予想される、衝撃の強さ。

 結論。避けるには、既に間合いが狭すぎる。

 喰らうか、受け流すか。フィニットの感覚と情報に同期したノーティは、迷わず「喰らう」を選択した。

 確かに、受け流す方がダメージは少ないだろう。だが、問題は相手の速度だった。

 受け流した後にこちらが反撃に転じるためには、相手の速度に追いつかねばならない。だが、こちらが追う間に体勢を整えられてしまえば、一方的に叩かれて終わる。

 ならば。

 此処で狙うべきは、即時反撃カウンターだ。

 最初に来るインパクトを可能な限り減じ、持ちこたえられさえすれば反撃は可能、とノーティは判断した。なら何より自信がある。

 では、その判断を成功させるには何が必要か。

 フィニットは、なおも間断なく思考した。こちらが即時に有利をとれなければ、この一連は全くの丸損になる。

 だから、正確を期し、緻密を重ねた。迎え撃つ「位置」を、攻撃に耐えて踏み留まれる「足場」を、反撃への「タイミング」を。

 須臾をも切る時間の内に交わすやりとりに、互いを補うための最適値と最適解を求め、はじき出す。

 フェレスに対して、真っ向から正対する。あえての真正面、これにも理由は勿論あった。喰らうことを前提にするならば、こちらも相手の狙いを見定めやすくなる。

 動く。反撃のポイントを「此処」と定める。

 予測どおりに過たず。衝撃波。寸時遅れて音。予想よりも重い。受けるダメージ値を上方修正。

 リカバリ。喰らう力に逆らいすぎて砕けないよう、喰らう位置をすんでのところで芯から外す。

 振り降ろすように叩き込まれるフェレスの拳の先をかすめ、懐に潜り込む。

 瞬間小さく縮めた身体。ノーティはぎりぎりまで溜め込んだ力を拳に集中させ、同時に、より低く腰を落としてねじ込むように突き上げ、叩き込む。

 両者の体格差がそのままリーチの差になるリスクを、如何に抑えるか。最も大きな力を叩き込める間合い、距離に、どうやって近づくか。

 その答えが、この挙動だった。

 めきり。肉を叩く音がした。確実に叩きつけた手応えもある。

 フェレスの顔が、わずかに引くように動いた。眉を上げ、眇めた目で注視するような視線が、鋭くノーティに向く。

 意図が当たった! ふたりが、そう思った瞬間だった。

 ヴ、と周囲の空気が揺れる。捉えていたはずの輪郭線がぶれるような錯覚──錯覚?

 では、ない。

 確かにぶれていた。だが、そのは、対象ゆえのものではなかった。

 ぶれたのは、自分たちの視界。そうと気付いたのは、そのさらに一瞬後だった。

 フェレスの拳が、横薙ぎにノーティを打つ。かすめて躱した側ではなく、残るもうひとつの拳の方だ。

 懐に入っていたノーティの側頭を殴りつけて吹っ飛ばし、其処に生じた衝撃波諸共、遙か後方にいるはずのフィニットをも巻き込んで炸裂する。

 カウンターへのカウンター。痛打の衝撃は、ふたりの予想を軽々と超えていた。

「ノーティ!」

 転がり倒れたフィニットの横に、宙を舞ったノーティの身体が、どうっと落ちた。砂塵が舞い上がり、しばしの間、白くけぶり立つ。

 ノーティが拳を打ち込んだ箇所は、フェレスの胸部わずか下。巨躯を覆う暗彩色の披風マントが、其処から振るった腕の肩辺りまで、燃え焦げたような痕跡でぐるりと大穴を開けている。

「気に入っちゃいたんだがな、こんな襤褸でも。」

 襤褸の真中に開いた大穴に目を向けながら、しかし全く余裕の顔で、言うほど惜しんでいるようには到底思えなかった。

 煤けて張り付く残布を、邪魔だといわんばかりに引き破って払い落とす。

 其処には、彼等の髪色と同じ黒錆色の「肉体」があった。鎧や甲冑を彷彿とさせる外殻めいた鋼の膚面はだえが、前喉部から顔の頬まで張り付くように身体を覆い、色を同じくしている。

「返しのタイミングは悪くなかったが……やはり、所詮はガキか。単純な予測もできない、相手をブチ抜くにも足りてない、ときた。」

 鼻先であしらう物言いで、砂塵にまみれるふたりを、フェレスが居丈高に見下ろした。自分の拳ならばそうではない、とでも言いたげに見せつけ、ギシリと鳴らす拳もまた黒錆色である。

 その色が、形が視界に入ったとき、フィニットはハッと虚を衝かれる心地になった。

「……お、もい出した……」

 洩らしたのは、口の動きだけで紡がれる無声の呟き。

 悪逆の徒、流刑の星、軽甲冑の如き黒錆色の外殻膚、高い知能、念動を使う特性──多くはない項目ではあるが、フィニットが記憶から該当するものを引っ張り出すには、それでも十分だった。

「彼等は、〝アモンメレスの追放者〟だ……!」

 フェレスとフォレス、両者の動きがその一瞬だけ止まったことで、フィニットは確信する。

 アモンメレスは、とある外宇宙にある星の名だ。善良で高い知性をもった種族が永らくの繁栄を維持しているが、時折、「強い悪性」を備えた個体が生まれることがあるという。

 だが、善良ゆえにその個体を殺すことができない彼等は、苦肉の策として、その個体を「死ぬまで逃れることができない地」に放逐することにした。つまり、此処は、彼等は──

「感心感心。成程、確かに君の方は、なかなか勉強熱心らしい。」

 フォレスが、はたはたと拍手を送る。だが、その表情は今までにないほどに冷淡だった。

「へッ……追放者だか何だか知ンねぇけど、これでこっちも張り合いが出るってもんだ……!」

 この星と彼等の関係に合点がいったフィニットの横、ノーティがぼそりと呟く。こちらはむしろ、聞こえよがしに意気を上げる呟きだった。

 半分は負け惜しみ、もう半分は自分を奮い立たせるための鼓舞。それでも間違いなく、ノーティの偽らざる心境そのものの吐露でもある。

 まったく相変わらずだと思う。けれどその「相変わらず」が、ふたりの思考を見直すところに立ち戻らせた。

 立ち戻って、改めて悔しさを噛みしめる。

 先ほどのフェレスの挙動、あれはつまり、自分たちの考えと「同じこと」を、「たったひとり」の相手に「もっと上のレベルで」やり返されたということだ。

「確かに、彼も力だけなら十分に強いのだろうが、肝心の所で君の頭に頼りすぎ、為すべき判断が甘くなっている。同様に、君も彼の力に頼るあまり、無難にこなせる範囲でしか思考を展開せず、却って彼の動きの枷になっているようだ。結果、補い合いに馴れきった君たちは、個々の力を発揮することを怠り、漫然と動くようになってしまった。成程、これでは君たちの上役も、さぞかし頭を抱えていたことだろう。」

 ふたりの抱えた心理を裏打ちする形で、フォレスが告げた。嫌味含みの辛辣な言葉ではあるが、紛れもない事実でもある。

「こいつらの程度はまぁわかった。が、そうなると、今度は俺達はどのくらいやる必要があるか、改めて考えんとな。」

 鼻で嗤う顔で、白々しくすました顔で、彼等が言う。悔しさにうつむくフィニットと、うめいて起きあがりながら彼等をにらむノーティを、代わる代わるに眺める態度には、いっそ哀れむような雰囲気さえあった。

「求められているものが高すぎるわけではない。単に、君たちがあまりにも足りていないという、それだけのこと。……さて、ではお待ちかねの〝特別〟を始めるとしよう。」

 整然と仕切り直すように、フォレスが口を開いた。

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