第23話
今この状況だけを見れば、両者の動きは一進一退に見える。
だが、その「進」と「退」すら、力量差によって一方的に構築された状況であったとしたら、これほど屈辱的なことはない。
そして今、ノーティは、まさにその「屈辱」を感じている。
幾度も、アンティアヴィラタに接敵しようと試みた。だが、そのたびに自分の動きを邪魔するものが飛来する。
それは、見えない銃弾、あるいはその大きさ的には、「砲弾」と呼ぶ方が相応しいだろうか。
アンティアヴィラタは、それをあらゆる方向から自在に撃ち出すことができるらしかった。
しかも、その狙いの精度も極めて高い。一気に間を詰めようと動いたノーティの鼻先を、剛速の砲弾がかすめるように飛んでいったのも、一度や二度ではなかった。
今のところ、どれも間一髪で躱し仰せているものの、その狙いの正確性には、ともすれば心胆寒からしむる心地になる。
だいたい、忘れようはずがない。ミディアルベでの襲撃を受けた際、あの改造生物の命を奪ったものが、この見えない銃弾だった。
いくら急所を撃たれたとはいえ、あの大きさの生物の頭部を、ただ一発で砕き、絶命させたその威力。如何に頑強な身体を持つナマートリュとはいえ、被弾すればそれなりのダメージを受けるだろうことは、容易に想像できる。
「もうちょっと面白く遊べるかと思ってたんだが、ちょっと根性足りてないんじゃないかな、新人其ノ一クン?」
「……ッるっせぇ!」
今以て悠然と中空に立つアンティアヴィラタが、肩をすくめて両の手を開く。がっかりしたよ。言外に、しかし雄弁にそう示す仕種は、手をこまねくノーティを、大いに嘲弄して煽るものだった。
思わず声を上げて反論したものの、事実、アンティアヴィラタに近付けない現状に、ノーティは苛立ちを募らせて、ギリギリと歯噛みする羽目になる。
足下に力を集中し、
ノーティのインファイト寄りな戦闘スタイルは、接敵してこそ最大の効果を発揮できる。翻せば、近付かねば意味がない、ということだ。
ガァン、と腹底まで響くような「銃声」が鳴った。音はそのとき、確かに、遙か上空にあった──が。
アンティアヴィラタが、パキンと指を鳴らす。
「ちきしょう! またかよ……!!」
口走るより早く、砲弾が、ノーティの跳躍を下から遮る軌道で現れた。とっさの制動をかけ、前傾姿勢にあった上半身を引き戻す。
ヂリリと微かな音が聴覚をなぶった。紙一重に引き戻し損なった銀糸の髪先の幾らかが、虚空に散り舞った。
そのままいけばノーティの腹を撃ち抜いただろう位置を
当然、ノーティの突進の速度はすっかり
アンティアヴィラタの指が、再び鳴った。
消えた砲弾が、今度は背後から。察知はできたが、それを振り返る暇はない。身体を、半ば逆さに落下するような格好で垂直軸に反転させ、落下と同時にやり過ごす。
見上げる足下をすり抜けた砲弾を、今度は何とか視認した。落下の速度を利用し、再び自身の位置を変えながら、手のひらに光球を作り出し、ぶち当てる。
「多少動けはするようだけどさ、こう、ちょこまか逃げるだけじゃあ、芸がないよね。せっかくだし、こっちももう少しグレードアップするとしようか。」
「グレードアップだぁ……?」
砲弾の消滅を確認。だが、アンティアヴィラタはそれを見てなお、退屈さすら含んだ余裕を表情に窺わせている。
実際、それは明らかな図星だった。忌々しいが、ノーティ自身も芸がないと思っている。思っているからこそ、よけいにムカっ腹が立つ。
この砲弾の厄介なところは、弾速を殺すか止めるかするまで、何度でも追ってくるところだ。
しかも、方向の予測ができないときた。アンティアヴィラタが指を鳴らすたびに、思わぬ方向から飛んでくる。
「ほらほら、何だかずいぶん動きが鈍ってないかい? まだまだ動けるだろう?」
砲弾を避けることに必死なノーティを、やたらと
背後からの銃声、左方からの砲弾、回避すれば上空から飛来。試みた接敵は阻止され、再度現れる砲弾は真正面。半身を翻し、捉えた弾道に拳から放った光波をぶつける。
だが。
「……って、消えねぇ……?!」
今度は、さっきのような破壊は叶わなかった。
真正面に飛び来る弾を、その弾道と水平になるような角度で、緊急避難的にすり抜ける。
「あぁ、今飛んでるヤツはちょっと特別製でね。さっきのとは違って、キミたちの使う飛び道具じゃ消せないのさ。」
あわやのことで肝を冷やしたノーティに、ニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべたアンティアヴィラタが、言いながら再び、指を鳴らした。鳴るたびに、消えぬ砲弾がノーティを追い立てる。
生命鉱石の生み出すエネルギーはほぼ潤沢だ。よほどのことがない限り、アンティアヴィラタが言うような、動きの鈍りなどあろうはずもない。
だが、それはあくまで身体的なものでの話である。
ひっきりなしの回避を強いられる緊張と、目の前にいるのに接敵できない焦燥で積み上がる、精神面の鈍りについては、全くその限りではない。
既に何十度目にも達する、砲弾との繰り返し。「またか」と身体を翻し、躱し、もう一度アンティアヴィラタ目指して跳ぼうとした、その瞬間。
左の肘上あたりに、熱塊を押し当てられたような感触がした。と同時に、それがそっくりそのまま、激烈な痛覚に置き換わる。
ノーティの口から、ぐぁ、と濁った声が出た。
顔をしかめながら其処に目をやれば、二の腕外側、腕の径の半分ほどの領域が、ごっそり削り取られたようになくなっている。
削れた断面から、青白い光が
「うーん、惜しい。もうちょっとで腕一本逝けたのにな。」
アンティアヴィラタの声が聞こえた。的を外したことを残念がりながらも、下卑た楽しみに湧いているような気配がある。
何でだ。ノーティは、痛みの中で考える。
銃声はあった。だが、あのタイミングなら、当たるはずがない。これまで、何度も避けた、躱した、できていた──なのに!
「テ……メェ……!」
「いやいや、ボクは別に何もしてないよ。ただね、キミのその全く芸のない行動パターンが、ね……?」
ぎっと睨みつけるノーティの視線に、アンティアヴィラタは両の手を肩まで上げ、大仰に首を横に振った。にやにやと含み笑いし、あからさまに馬鹿にする物言いで。
行動パターン。痛みに顔を歪ませながら、ノーティはその言葉にはっとした。
もしかして、この砲弾と弾道は、ただ闇雲に撃ち出されていたものではなく、全て、自分の動きと対応を観察するためのものだったのではないか。
とんだ失態だ! とノーティは歯噛みした。
蓄積した精神の鈍りは、自分自身が意識していないうちに
いくら徹底した戦闘訓練を受けたとはいえ、やはりそれぞれ、得意な動きというものがある。逆に言えば、無意識下で行いがちな行動、真っ先に動く利き足や利き手も自ずと決まってくる、ということだ。
「多少の種明かしはしてあげたんだ、もっと上手に踊ってくれると、ボクとしては嬉しいんだけどね。」
喜々とした顔で、アンティアヴィラタが言う。その声に、銃声が重なる。
だったら逆だ! 単純な確率として、二分の一の選択。トレースできる限り自身の挙動を反転することで、命中精度を下げれば――
左の足先が、砕けた。自重を乗せる先が不安定になり、瞬間的に、次の踏み込みができなくなる。たたらを踏む。転げて倒れるような真似はかろうじて踏み留まれたが、即時に次の行動へ移ることはできなかった。
とっさに、身体を後ろに退く。見るまでもない、痛みの箇所は増えている。
自分の動きと弾道の軌跡を反復する。わかったのは、もう半歩先に足をおいていれば、腿から先が砕けていた可能性があるということだった。
紙一重の幸運。だが、それでこの状況の何が好転するでもない。
むしろ「当たってしまった」という事実こそが、ノーティの中に大きな衝撃を与えている。
自分が動いているのではなく、相手に動かされている。自分の心理すら利用され、みすみす当たりに行くように誘導された。
対応を迫られれば迫られるほど、打開策を練る余裕すら奪われていく。
それすら、アンティアヴィラタの手の内なのだろう。
そして、またしても「銃声」が鳴った。
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