第39話

「えええええええ!」

「ノーティ、そんな大声出さなくても……」

 大きく響き渡る素っ頓狂な声と、それをたしなめる声。

 ひとりずつでの特訓が始まって以降、特訓の合間に定期的に差し挟まれる「休憩」時間。ふたりはこの時間を利用して、お互いの「進捗」を報告し合っていた。

 もっとも、この時間を必要とするのは、「特訓をしている側」の方だ。

 曰く、「俺たちは、食事や睡眠が必要な、イキモノなんでな」「君たちのように生命活動を自己完結できる種ではないのだよ」。

 嫌味か揶揄のように告げられたその言葉どおり、ナマートリュは生命鉱石から生じる光流エネルギーによって、身体活動のほぼ全てをまかなうことができる。生命維持のための食事や睡眠、呼吸すら必要とせず、それどころか体内に巡る膨大な力を外部へ出力し、自在に使うことすらできる種だ。

 しかし、そんなナマートリュを「平然と」相手にできる彼等の力量、この場所の「地の利」を差し引いてなお余りある「強さ」は、既にふたりとも骨身に染みて思い知っている。

 だからこそ、その「強さ」の下で特訓するふたりが、置かれる状況とその「差」を気にするのも、あるいは自然な流れだった。

「そンなん声も出るって! だってオマエ、あのデカブツの腕ブッちぎったんだろ? オレでも苦労しそうな芸当を、そんなあっさりやってくれちゃうとかよォ……」

「全然あっさりじゃないよ! あれだけの大口叩いてやっと二の腕の先一本で、それでこっちは右肩から全部落とされた上に左も大罅だよ? 全然収支が釣り合ってないよ!」

 ノーティのぶすくれた物言いに、フィニットがむくれ顔で反論する。

 バラトシャーデと戦闘したときを思えば、確かにこの程度の損耗はまだ軽微な内だ。けれど、たとえそうだとしても、ノーティの言うような「あっさり」などでは決してなかった。

 それどころか、命が保証されている状況で、じっくりと考える余裕があって、試行錯誤の動きを試す機会があってすら、「まだそれだけ」でしかない。フィニットとしては、全然納得できていないし、大いに不満と反省を抱くところでもある。

「でももう出てンじゃん! オレなんて、フォレスのヤロウに脳筋だの力馬鹿だのさんざん嫌味言われて、それでもまだあのムカつくツラに一発入れるトコまでいってねェんだぞ……!」

 フィニットの主張の強さに対抗するように、ノーティもいっそう口を尖らせる。自身の現状に不満があるという点では、こちらも変わらない。

 むしろ、目に見える成果があるだけ、フィニットの方がマシだと思っている。

 あのフェレスむかつくヤロウの顔に一発入れてやる、というのは、特訓の一番初めに持った「目標」だ。そもそも最初の遭遇の時点で、コイツとは絶対に反りが合わないだろうと思っていた。

 その予想は、全く正しかった。

 嫌味な態度や物言いは勿論だが、何より合わないのはフォレス個人の「流儀スタイル」である。

 しらじらしい慇懃無礼に、他者を徹底的に見下す姿勢。自惚れめいた不遜を隠しもせず、しかしそれに見合って余りある実力。文句のつけようがない明らかな「強さ」を前にして、未だそれを覆せないでいる自分が、何より腹立たしい。

 ふたりがふたりとも、自分と自分の「成果」についての不満がある。

 それでも、こんな過酷に身を晒してでも強くなりたい理由は、ただひとつ。

 自分たちの手で「囚われのひかりを助ける」、そのために。全ては其処に帰結する。

「まぁあのふたりも、それなりの意図で僕たちを特訓してるのはわかったし……ノーティも今に何か実感できることが、きっと出てくるはずだよ、うん。多分。」

「他人事だと思いやがってよォ……!」

「とはいえ僕もこれで随分軽くなっちゃった。もう少しやり方を考えないと、帰るまでに身体がなくなりかねないなぁ……」

 収まる気配のないノーティの愚痴に、フィニットが肩を竦めて苦笑する。

 何でコイツはいつもオレより先を行きやがるんだ。肩を並べているようで、微妙に並べていない状況を目の当たりにして、内心に悔しさと羨ましさが入り混じる。

 自分でも不甲斐ない話だと思いはしつつも、ついつい湧いてくる感情が、ジト目になって顔に出る。その顔で、ノーティは横に立つフィニットをちらっと見下ろした。

 あれ?

 自分の横、神妙な顔でぽそぽそと自分の改善点を考えているフィニット。ノーティは、その光景に何故か違和感を覚える。

 あッれ?

 二度三度と首を傾げてみるも、やはり覚える違和感。繰り返し、今度はよくよくフィニットを観察するように見下ろして── 

「……あ、わかったあああああ!」

「え、な、何? 何が?」

 だしぬけに叫んだノーティを、驚いたフィニットがまるい目を更にまるくして見上げてくる。其処にずいっと顔を近付け、見上げてくる目に負けないくらい見開いた目で、ノーティはまじまじとフィニットを凝視した。

 違和感の理由が、やっとわかった。

 自分がフィニットをいる、フィニットが自分をいる。

 これだ。ノーティとフィニットは、体格の差こそあれ、身長はほぼ同じ。だから、本来なら目線も同じ高さにあるはずなのだ。

 それが今、「頭ひとつ分低い位置」に見えている。

「さっきからやけに小っさく見えるなって思ってたンだけどよ、そうだよフィニット、オマエ随分小っせぇ……って、あ、もしかして〝再構成〟かそれ!」

「正解。って、まぁちょっとなやつだけど……欠損したままだとバランスとれないしね。」

「バランス?」

重力場ここでは、身体バランスの悪さは動きの悪さに直結する……のはわかるよね?」

「あー、確かに此処じゃ腕一本欠けるだけで大きな不利になるよなァ……だったら全体の質量が落ちてもな方が都合がいいってことで……あー、ナルホド……あれ、でもよォ?」

 納得にぐりぐりと頷きつつ、しかしまたもや不思議顔を浮かべたノーティが、うなるような声で問いかけるように呟く。

 通常、戦闘などで欠損した部位は、生命鉱石のエネルギーを用いて、ある程度「再生」することが可能だ。ノーティがアンティアヴィラタとの戦闘中、動きに必要不可欠な軸足を即時補修したのもそれである。

 ただし、質量を大きく欠くなどした場合、完全に「再生」するには相応の時間が必要となる。そのため、短時間の猶予しかないような場合は、機能を最優先したな整形で間に合わせることがほとんどだ。

 だが今回フィニットがとったのは、身体の残る部分から組成を、身体全体を構成し直す、「再構成」の方法である。

 応急処置的な再生とは違い、再構成はより多くの時間と緻密な処置を要するため、ある程度の余裕があるときでなければできない──はずなのだが。

「実はね、僕の特性だと、できるんだ。」

「え、でもオマエの特性って……」

 特性という言葉で真っ先に浮かぶのは、フィニットの身体の「脆さ」のこと。とはいえそれに関しては、特性というより弱点という印象の方が、どうしても強い。

 だから、それが今の会話とどう関連してくるのか、まるで想像がつかなかった。

 いったいどんな方法を、と疑問と興味で発しかけた言葉は、けれど全てを問いきる前に遮られる。

「おいガキども。」

 唐突に響き渡ったのは、フェレスの声。

 ふたりしてギョッと上空を振り仰げば、はたして予想どおり、自分たちを見下ろす位置に悠然と立つ、黒錆色のふたつ影があった。

「……やけに早ェじゃねぇかよ?」

 これまでどおりなら、「休憩時間」はもう少しあったはずだ。彼等のいささか早い戻りに、ノーティは言外に怪訝を含めて問いかける。

「君たちにを頼まれたのでね、少々早く切り上げてきたのだよ。」

 問いに対し、特に面白いことがあるわけではない、という顔でフォレスが答えた。

 言伝て? 予想外の返事に、なおの怪訝を目配せし合うふたりの上から、フェレスが腕を軽く振り下ろすような仕種で何かを投げ寄越す。

 咄嗟に受け止めたのは、ノーティだった。

「……こいつは……!」

「〝思念粒しねんりゅう〟……だよね?」

 受け止めたものをふたりして覗き込む。白く光る、小さく、丸い──ふたりから洩れた言葉は、それが何か理解し、理解したからこそのものだった。

 掌中にすっぽり握り込める大きさの光の球体。波動であり粒子であるところの「光」を能く使うナマートリュが、遠隔的状況において連絡を必要とする場合に、自身のエネルギーである光を物質化し、記憶や情報を伝達するために使う物理的オブジェクト。

 簡単に言えば、思念を映し込んだ情報カプセルのようなもの、である。

「君たちの上司からだ。危急の案件を連絡したい、とね。」

 ふたりの疑問を察したのかそうでないのかはわからないが、フォレスの言葉はその疑問に帰結をつけるものだった。

 そうだ、今この星にいるのは自分たちだけではない。ふたりの「監督者」も一緒に来ている。

 だが、何故これを?

 言伝てを頼まれた、とフォレスは言った。危急の案件とも言った。

 単なる「伝言」ではなく、あえて思念粒これを寄越したということは、ほぼ間違いなく「重要な内容」なのだろう。

 不安にも似た落ち着かない感覚が、ふたりの間に共有される。

 ともあれ、中身をみなければ始まらない。

 淡く明滅するそれを、ふたりは自分たちの手のひらを重ねるようにして包み込む。重ねた内側、光の雫の輪郭がじわりと溶けるように崩れていく感覚と共に、其処にこめられた「言伝て」が、染み出すように伝わってきた。

 光に変換された思念、その情報素子。其処にあるものを読み取ったふたりの表情に、これ以上ないほどの愕然と動揺が浮かぶ。

「早まったって……どうして……!」

 ふたり同時に思わず上がったのは、叫びにも似た悲痛の声。

 すぐに戻らなければ。知らされた情報に沿うならば、最早一刻の猶予もない。

 だが、全く同じ思いで頷き合うふたりに対し、けれどふたりを見下ろす黒錆色は、ただ薄笑いを浮かべながら無情の声を告げた。

「言っとくが、お前たちのはこれまでどおり続行だ。」

「我々はただそれを渡すよう、君たちの監督者に頼まれただけだ。更に言うなら、その監督者も〝自らの任を放棄してはならない〟と君たちのに厳命されていたがね。」

 其処に吐かれる言葉には、いっそ悦の気配すら窺える。自分たちの苦境を楽しんでいるかのような彼等の態度に、ふたりはにがしく険しいゆがみの線を口許に描いた。

「緊急時でも我関せずかよ……!」

 憤懣も露わに、ぶちりとノーティが吐き出す。

 だが、確かにそうだ。彼等は自分の目的さえ達成されるならそれでいいのだと、最初から言っていたではないか。たとえどんな切迫した状況にあろうが、こちらを斟酌する道理など彼等にはない。

「……だったら、僕たちのやることもひとつだね。」

「おうよ。こっちはこっちの都合で動いてやるまでだ」

 フィニットが、かそけくひそめた声を発した。ノーティが、低くひそやかな声を返した。

 その声のかぼそさは、しかしだからこそ、明徴な決意のさやけさと静かな覚悟の響きのこもる、ふたりの意志の声でもあった。

 ギンと睨み据える強い視線で、頭上の黒錆色を見上げる。

 フィニットもノーティも、互いが何を言わんとしているのか、どう応えるのか、既に思考を読み合うまでもなくわかっている。

 つまり、ふたりはこのとき、既に同じ「答え」を導き出していた。

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