第06話
朝食は、栄養と嗜好のバランスを考え、ビュッフェスタイルが採られていた。
新人組が説明してくれたところによれば、滞在中に用意される料理の全てが、地球産の食材だという。
しかも、できるだけ
蝦名はといえば、食事の席でも相変わらず仏頂面だった。
朝からそんな顔してるのもどうなのよ、と思わなくもないが、食事自体は結構な量を食べていたようだ。
リテラ謹製の料理の味は、蝦名の舌にも適ったようである。
「ナマートリュには食事の必要はないと聞いているが。」
「はい。身体活動に必要なエネルギーの確保という目的なら必要ありませんが、ナマートリュも地球人と同じように味覚がありますから、こうして食事を楽しむことができるんです。」
食事中、同席しているふたりに、蝦名からそんな質問が飛んだ。
フィニットがそつなく答える横で、ノーティが闊達喜々として食事をしている。
蝦名からの質問は、その後も続いた。
いわく、君たちはいったいどのくらい強いのか、各々の特性はどんなものか、等等。
なかなか根堀り葉堀り尋ねていたところを見る限り、どうやら蝦名は、このふたりの力量に対して懐疑的であるらしい。
彼等との会話はちゃんと進んでいるし、交流すること自体を完全に否定するつもりはないのだろうが、無駄にトゲっぽい態度はほどほどにしてほしいと思う。
ひかりは、メインに選んだフレンチトーストを頬張りながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
質問には、ひかりもいろいろ便乗した。
たとえばリテラの環境について。月が四つあるという話。たとえば、ナマートリュという種は、個々が持っている能力によって「係累」と呼ばれる分類がされているという話。
聞けば聞くほどおもしろそうな話ばかりだったが、食事中ということもあって、あまり詳しくは聞けなかった。残念だったが、これはまた時と場を改めて聞くことにしよう。
愛想のない蝦名の態度はともかくとして、総じてみれば、間違いなく楽しい食事時間だった。
ただ、楽しい会話を交わしながらも、ひかりはずっと、朝のことが思考の片隅に引っかかっていた。
だから、だろう。
「なぁ、何かあったのか?」
朝食を終えて部屋に戻る途中、ノーティがひかりを呼び止め、尋ねてきた。
横のフィニットも、心配そうな表情を浮かべている。
どうやら、ひかりの食事中の
「あー、うん……実は……」
尋ねられ、話を切り出そうと口を開いたものの、其処で、ひかりは、もごもごと口ごもった。
ふたりに話を聞いてもらえば、もしかして何かいい考えが出るかもしれない。そんな期待はある。
けれど、さすがにこんな場所で言い出せる話ではない。
考えた末、此処ではちょっと話しにくいから、一緒に部屋まで来てほしい、と、ふたりに告げた。
何だか難しい顔をしているひかりに、何だろう、という怪訝の表情で顔を見合わせるフィニットとノーティだったが、勿論、断るつもりはないだろう。
うん、と互いに頷く動作で、ひかりについて部屋へと向かった。
「……で、聞いて欲しいことって?」
そして改めて、ひかりの部屋である。
なお、昨日悶着した部屋の片づけについては、夜のうちに一応済ませたから大丈夫、のはずだ。
ひかりに尋ねながら、ノーティが、部屋の真ん中ですとんと腰を下ろした。
あぐらで。
一見粗野で荒っぽい態度、でもちゃんと様になるのが、微妙に腹立たしい。
ノーティにならうように、フィニットもその隣に座る。
正座で。
美少女然とした見目でのそれは、いっそ違和感の「い」の字すら感じさせない、たおやかで完璧な所作だった。
とまれ、そんなふたりの、あまりに似合いすぎる様相については、ひとまず横に置いておく。
「えっと、どっから話せば……そうだあのね、とりあえず、ひとつ教えてほしいんだけど。」
「うん。」
「シンさんのことなんだけど、地球にいたときに何か問題起こしたとか、そういうことあったりした?」
何処から話を切り出せばいいのか、今になってもまだまとまらない。ひかりはそれをまとめるために、疑問をひとつ、ふたりに尋ねた。
まずは其処だ。シンが、地球で何をしたのか。それが知りたい。
「えっ、アイツ? うーん、オレは聞いたことねぇなぁ……?」
「うん、僕たちが知る限りでは、そういう話は聞いたことがないね。」
「つか、そんなん起こしてたら、地球人にレジェンドとか呼ばれたりしてねぇだろ。」
「しょっちゅう問題起こしてるノーティじゃあるまいし、あのひとみたいな
「……今しれっと何か言ったなオマエ?!」
流れるようにさらっと混ぜ込まれた
ふたりの、他愛なくてくだらないやりとりのおかげで、「話さなければ」みたいなプレッシャーは和らいだ。気持ちがちょっと楽になる。
とはいえ、疑問に対して答えが出たわけではない。どうやらこのふたりでは、情報源としてはいまいち弱いようだ。
「というか、どうして突然そんなことを?」
やいやいと詰め寄るノーティをこともなげにいなしつつ、フィニットがひかりに尋ねる。
その疑問はもっともだと思う。自分でも、ちょっと唐突すぎる切り出し方だったと思っているし。
「実はね、今日の朝……」
今朝方、シンと交わした会話を、ひかりはふたりにかいつまんで説明した。
聞き終えたふたりは、これもやはり、今朝のひかりと同じように、驚愕と困惑をない交ぜたような表情を浮かべている。
そうだよね、と、ひかりは思う。
ナマートリュが、その献身的で利他的な精神性から、はるか
かつてのあの「災厄」の日、永きに渡って秘匿を貫いてきた自分たちの存在を、地球人類の目に露見してしまうことになるにもかかわらず、文字どおり身を挺して地球を守ってくれたこと。
そんな彼等の精神性を考えれば、地球人を害したりするなどとは、到底思えない。
だが、しかしシンは確かに言ったのだ。「わたしがひかりの祖父を殺した」のだと。
ナマートリュにとっては、常ならあり得ないはずのこと。だからこそ、今朝のひかりと同じように、目の前のふたりも、思うものを言葉にしあぐねているのだ。
「……まぁ確かにちょっと、秘密主義みたいなトコあるしなぁ、アイツ……」
無言の時間がどれくらいあったろう。ノーティが、ようやく声を発した。
「あのひとくらいになれば、複雑な仕事を任されることも多いんじゃないかな。だとすれば、いろいろ秘密も多くなる、とは思うけど……」
「あーうん、いや、そういうのじゃねぇンだよなぁ……何つーか、こう、内に閉じるっつか、いろいろ溜まる腹づもりを表に出そうとしないっつか……」
「何かあっても笑顔で覆い隠しちゃうみたいな?」
「そーそー! そういう感じな!」
疑問に首をひねりつつも、あれやこれやと交わされるふたりの会話の中で、ひかりは、とあることに気が付いた。
「……っていうか……ねぇ、こないだからちょっと思ってたんだけど、ノーティって、もしかしてシンさんと親しいの?」
「いや別にそんなに親しいってほどでも……」
「だって、あいつとか呼んでるし。」
「それはオヤジが! オレのオヤジが古馴染みなんだよ、アイツと!」
ほんのり浮かんだその疑問をノーティに向けてみる。即座に否定が返ってきたことには少しだけ肩を落としたが、それでも、ひかりは其処でひらめいた。
「ねぇ、古い知り合いってことなら、あなたのお父さん、何かその辺りの事情を知ってるとか、ありえそうじゃない?」
「あー……まぁ確かにオヤジなら可能性ありそう……ではあるけどよぉ……」
我ながら良い案が浮かんだことに、ひかりが表情を明るくする。しかし、当のノーティはそれとは対照的に、ひどく渋りきった顔で言葉を濁すばかり。
「そっか、そういえば、そうだったね。」
その様子を見ていたフィニットが、何かを察した顔で口を開く。
何のこと? ひかりが言葉の先を促せば、うんうん、と深々頷きながら教えてくれた。
「あのね、実はね、ノーティ最近、お父さんとちょっと上手くいってないんだ。」
その言葉に驚く顔、ふたつ。
ただし、それぞれ違う種類の驚きが浮かんでいる。
「フィニット……オマエまたよけいなこと……!」
「え、何? ノーティってお父さんと仲悪いの? ケンカでもしてるの?」
ひかりがノーティを振り見る。その視線にうぐっと声を詰まらせつつ、ノーティがフィニットに詰め寄った。
半ば掴みかかるほどの勢いを見るに、どうやらあまり触れて欲しくない話らしいと察せられる。
「どうせ遅かれ早かれわかっちゃうことでしょ。だったら今話したって同じだよ。大体さ、元はといえば君が自分で話題に出したんだし。」
「アレは話の流れで……!」
「だったら、話の流れでこうなるのも、仕方ないんじゃない?」
フィニットが真面目な顔でしれっと返す。見た目はこんな美少女顔だが、意外と言うときは言うタイプらしい。
本意と不本意がごっちゃになった表情で、ノーティは何とか反論しようと口をあわあわさせていた。が、結局、上手く反論できないまま、盛大に溜息をつくような仕種で、がっくりとうなだれるに終わった。
「わかった、ちゃんと聞いとく……って言ってもまぁ……顔合わすことあったらだけどよ……」
もしかして、よそ様の家の微妙な事情に触れてしまったのだろうか。
ノーティの様子に多少心配にはなったものの、ひかりもひかりで、自分の目的を果たしたくて必死なことに違いはない。
なので、この際、ノーティにはあえて苦難の道を行ってもらうことにした。
その午後。
ひかりは、広い広いひたすら広い、
今日は本来、特に予定のない日のはずなのだが、先日の「予定外」の余波を受けて幾らかの「予定外」が突っ込まれた──らしい。
ドームの中は、とにかく広い。あくまでも自分の体感ではあるが、多分、いわゆる野球場のドームくらいは優にあると思う。
内部の光景は、想像以上に雑多だ。敷地の片端に岩がある。別の片端には、地球の街のような建造物も見える。全体的に統一された印象は薄く、たとえていうなら、適当に
その光景を眺め見てから、横に立っている蝦名へ、ちらっと視線を向けた。隣に立っているゾハールと、何やら会話している声が聞こえてくる。
「屋内型の訓練施設の中では、此処が一番大きな施設になります。」
「この建物内でナマートリュの能力を使った場合、破壊の危険などはどの程度考慮されているのですか。」
「基本的に堅固ではありますが、あくまでも訓練施設ですので、被破壊も前提に建造されています。破壊してはならないということと、破壊せねばならないということの違いを理解するためにも、こういったものは破壊できるように作られているのです。」
「破壊するかどうかの判断まで含めての訓練、と?」
「そうなります。」
「能力的なものだけではなく、それを行使する者の心理面を考慮に入れた上で作られている、と。もっとも、それもナマートリュの高い技術あってのこと。防衛の観点も含め、いずれ改めて、その辺りについても御説明の機会を頂きたい。」
「我々の文化水準及び技術については、滞在中の協議にも既に織り込まれています。後日、実際の建築物など御覧頂きながら、御説明することになるでしょう。」
丁寧に対応するゾハールの言葉に、ふむ、と考え込む顔で蝦名が頷く。此処ぞとばかりに、要求の度合いも加速しているようだ。
横から洩れ聞こえてくるものに、今日もめんどくさそうな話をしてる、などと、ひかりはぼんやり考える。
そもそも、今のこの状況も、今朝の食事のときに蝦名がやたらとふたりに尋ねていたことに大いに関係していた。
護衛についた
「……ナマートリュに対しての当たりが強いのはまぁ、見てわかるけれど、そんなとこまで疑り深いとかどうなのよ。」
蝦名には聞こえないように、小さく小さくぼやき呟く。どうしてもナマートリュ側に肩入れしてしまうひかりとしては、蝦名に対しての態度こそ厳しくなってしまいそうだ。
「蝦名さんの立場を考えれば、そういう懸念を持つのも仕方ないでしょう。だからこそ、我々としても、できるだけ応じたいと思っています。それに、まぁ何より当の本人たちが、自分の力を披露できる良い機会だと、歓迎しているようですから。」
ひかりの呟きに反応したのは、いつの間にか背後に立っていたシンだった。こちらもひそりと抑えた声で、内緒話を交わすようなささやき声である。
披露できる機会、かぁ。確かに、先日の「襲撃」の際には、ふたりも事態収拾に出ていた、というのはひかりも聞いていた。
でも、実際に見たわけではない。だから、ふたりがどんなふうに動いて活躍するのかは、ひかりとしても大いに興味がある。
今いる場所、方形状の半透明なバリアに囲まれた、八畳間くらいの箱部屋のようなスペースが、ひかりと蝦名に用意された「見学所」だった。
その中央に、膝をちょっと越えるくらいの高さで、長さが二〇〇センチくらい、幅は五〇センチくらいの、細長い長方形が生えている。
木や草でもないのに「生えている」というのは、おかしな表現かもしれない。けれど、木の根を連想させるような下広の形をした床との継ぎ目や、四方の角のほんのり丸みを帯びた感じを見ると、やっぱり「生えている」という言葉がしっくりくるのだ。
ゾハールがそれを手で指し示した。
どうぞ腰を掛けてください、と勧めるので、つまり、これが
言われるままにそっと腰を下ろしてみれば、背もたれこそないものの、腰掛けた感触は柔らかすぎず固すぎず、ほどよい座り心地だった。
窓のようなものはないが、座った目の前の壁面は、他の壁面よりもきっちりと平らかでくっきりと透明で、まるで大きなガラスのスクリーンのようでもある。
あ、つまり、球場の
思い当たったものに膝打つ心地で、ひかりは納得した。こうなると、いよいよ本格的に野球場に来たみたいな気分である。
わざわざ現場を映し出す仕様は、おそらくこれも蝦名が要求したのだろう。こんな無茶な要求までするのかとちょっぴり眉を顰めはしたが、それはそれとして、ひかりとしても単純にふたりの活躍を見たいとは思うので、ありがたい設備であることは間違いないのだが。
あとはこれに、コーラとポップコーンでもあれば、完璧かもしれない。
映るのは、主役のフィニットとノーティ。ひかりたちのいる場所から、目視で五、六〇メートルほど離れた場所に、ふたり並んで立っている。
大写しになったふたりの表情は、余裕綽々といった態で、ずいぶんと楽しそうだ。
「ほんとに喜んでるんだ……」
さっきのシンのささやきを思い出し、呆れと苦笑が混じった呟きをひかりが洩らす。
横の蝦名が、何がだ、という顔でひかりを見た。
「えーと、もし蝦名さんが、おじいちゃんから実力発揮できる場がもらえたら、すっごい喜んじゃうんだろうなー、って話でーす。」
したり顔でふふんと言って返せば、何を言っているのか、とでも言いたげな渋り顔が返る。それからほんの少しの間をおいて、ふん、と短く鼻息を洩らすのが聞こえた。
何だかんだ言いつつも、蝦名の態度に否定の気配はなかった、と思う。多分。
「そろそろか。」
やがて、ゾハールがおもむろに告げた。それを受けて軽く頷いたシンが、ひかりと蝦名を促すように、緩やかに目の前の壁面へ視線を流す。
今回のこれは、「模擬戦の見学」という名目になっている。ただ、内容については知らされていない。
何が始まるのか、ひかりだけではなく、おそらくは蝦名も興味津々のはずだ。
画面に映る光景が、遠景を含めたものに切り替わる。
ふたりのいる場所を含めた広範囲を、上空から一気に眺めるような視点。その周囲に、突如人影が現れる。
それも、ひとつやふたつどころではない。ぱっと見、二〇人くらいはいるんじゃないだろうか。
「彼等は、リテラの主要施設を護る警護員です。活動員のように星外に出ることはありませんが、能力的には活動員に比肩するものも少なくありません。」
ひかりが驚いている中、ゾハールが説明をしてくれた。
警護員。そういえば、ひかりたちの滞在施設の周りにも彼等が配備されているというのは、ノーティやフィニットからも聞いている。
「警護員というのは、リテラの防衛組織に所属するもの、ということですか。」
「地球のように軍備として整えられたものではありませんが、そのように認識して頂いてよいかと。」
「軍備として整えずとも、リテラは十分に平和が保たれている、と。……ナマートリュの能力を考えれば、確かにそれで事足りるのだろうが。」
感心めいた中に、ちくりと刺すように紛れる蝦名の嫌味のようなニュアンス。まーたそんなこと言ってるぅ、と、横で聞くひかりは内心でしかめっ面をした。
もっとも、言われた当人はこのときも全く鷹揚で、いささかも気にした様子はないのだが。
何ていうか、いろいろ格が違うっぽい。
泰然自若としたゾハールと、何かにつけてつっかかる蝦名。比較するつもりはないのだが、両者の態度を見ていると、どうしてもそういう差のある印象になってしまうのは、否定できない。
ふぅ、と、小さな吐息を洩らして肩をすくめながら、ひかりは壁面映像に視線を戻す。
映し出されている警護員たちの表情は、どれも凛々しく精悍だ。ナマートリュ特有の造作の良さとも相俟って、この光景はひかりの目に非常に眼福である。
此処にも美形がいっぱい! 喜々として呟いてしまったのはもう、ひかりだから仕方がない。
「普段こういった状況はあまりないですし、彼等もなかなか張り切っているようです。まぁ、ある種の対抗戦のようなものでしょうか。張り合いながら切磋琢磨できる、いい機会です。」
ひかりと一緒に壁面を見ながら、微笑ましいものを見るときのような気配をにじませる口調で、シンが言った。
勿論、監督者としての顔ではあるけれど、今この場に限っては、まるで我が子の成長を見守るような顔にも見える、ような気がする。
「味方ふたりに対し、相手が多人数、というのはどういう想定で?」
「たとえば、先日の襲撃における敵と同等の戦闘力を持つ敵が現れたとして、それを相手取る場合、あの巨獣のように標的としてわかりやすいものより、攪乱や乱戦を容易に行えるサイズ、狙い難く小さなものの方が、難易度を高く設定できます。」
「……そういえば、あのときは巨獣一体に対し、二人ないし三人であたって無力化したと聞いているが、つまり、今回の仮想敵はそれを基準に設定された人数であると?」
「デモンストレーションということなら、見ている側にも実感できるものを基準にする方が、より御理解に早いでしょう。」
「確かに。」
隣で進む会話を真面目に聞いていたわけではないが、なるほどと思う程度には理解できる話だったので、ひかりも蝦名にならって納得顔をしておいた。
そんなひかりに、ゾハールが頷くように笑いかける。
イケメンに笑いかけられて、気分が悪いはずもなかった。思わぬリアクションを向けられた照れから、ひかりはいそいそと観戦画面に目を戻す。
それでも、浮かれた心地でうふうふと表情が緩んでくるのは、どうしたって仕方ないことだった。
「身内以外の観客アリで手合わせするなんて、滅多にない機会だしな。腕が鳴るぜ!」
「あんまり張り切りすぎないでよね。特に此処、屋内なんだから。」
軽い腕組みのまま仁王立つような格好で、ノーティが言った。
横から、呆れと溜息にぼやくような声を洩らしつつ、フィニットがさっくりと釘を刺す。
「わかってるって、心配すんなよ!」
「だから、そう言ってるときが一番心配なんだってば……。」
軽い言葉で遣り合いながら、ノーティは胸を張るように背を反り返らせ、フィニットはまっすぐに背を正しながら周囲を見回した。
今日この場で対する警護員たちは、その殆どがふたりの顔見知りである。要するに、既にある程度手の内を知っている相手ということだ。
無論それは、相手のとっての自分たちもまた、同様である。
そもそも、これが何についての「デモンストレーション」なのかを考えれば、無様を見せるわけにはいかない。そんなことになれば、今回の護衛の任、ひいては、今後の活動員としての地球行きすら危うくなりかねないのだ。
基本的な条件は、五分と五分。不利があるとすれば人数の差だろうが、ふたりとも、それをあしらえる自信こそあれ、慢心はない。
「安心しな。地球人の懸念は解消されるだろうぜ。見たまんま、頼りない奴等だったってな。」
意気上がるふたりを、軽口を叩くような、鼻であしらうようなふてぶてしい調子の声が出迎える。
「はぁ? 相変わらず煽りだけは達者だなぁ、試験落ちのストーム君よぉ。」
声がした方に目をやる──よりも先に、ノーティが口を開いた。まるで、悪態には悪態で返すのが礼儀であるかのような、こちらも負けじとふてぶてしさにみなぎる声だった。
ストーム。ノーティがそう呼んだ、息巻くように逆立つ紫がかった黒髪に、明るい琥珀色の眼の青年。整った顔立ちながら、先に発した言葉そのままに、何処かシニカルな表情の印象が先に立つ。
「やめなよノーティ、いくら本当のことだからって、そういう言い方は良くないよ。」
たしなめるように言うフィニット。もっとも、その言葉もノーティの態度に歯止めをかけているようで、逆にしっかり加速させているのだが。
ストームが、むっと口を曲げてふたりを睨んだ。
訓練生時代、ふたりとちょっとした因縁を持ったことがきっかけで、以来、顔を合わせれば概ねいつもこんな感じで絡んでくる。
仲が悪いのではない、が、絶対的にそりが合わない──互いにそんな印象を持っている相手だった。
「まぁまぁ、どっちも全力で当たれば、勝手に結果は出るんですから。」
丁寧な語調が、其処に割って入る。無理矢理に邪魔するような空気ではなく、むしろ当たりのやわらかな、和ませるような雰囲気のそれは。
「ソーエンも久し振り。そうか、君もいるなら、なおさら頑張らなくちゃね。」
フィニットが明るく笑いかけた、赤みの強い金の髪に、虹色を帯びた赤銅色の瞳をした、おっとりとした雰囲気の青年。フィニットが浮かべたのと同じように、明るくふたりに笑いかけている。
このソーエンもふたりとはほぼ同期であるが、実は同世代の中ではかなり優秀だ。本人の適性から警護員を選択したものの、活動員としても十分に通用する実力がある、と上からの評価もすこぶる高かった。
律儀な性格と丁寧な物腰が特徴で、同じく丁寧でおとなしい傾向のあるフィニットとは仲が良い。その律義さから、ノーティとコンビを組むことになった際、いろいろとアドバイスしてくれたりもした。
だからこそ、礼を失したくはない。相手に手を抜くなんて、できるわけがない。
今回の模擬戦は、それぞれにとってそれぞれの意味で、観覧されていることと同じくらいに大事な、「意地の張りどころ」でもあるのだ。
「じゃ、始めようか。」
誰かが、いよいよと声を発する。
誰の声だったろう。けれどこのとき、それはもう、誰であっても構わなかった。
タン、と小気味よい軽い音。同時に、踏みしめる足が弾むように地を離れる。巻き立つ
彼等のみならず、その場の全てが、伸びやかに跳ね、けざやかに身を躍らせた。
我々はリテラに滞在中、行動履歴の記録とレポートを記すことを義務づけられている。
交流要員として選出されるにあたっての規定事項であるため、一応きちんと提出できるよう、「主賓」の彼女にも申し渡しはしてある。だが、組織の人間として来ている私はともかく、単なる一般学生である彼女に、資料価値の高い有益なレポートを求めるのは無理な話だろう。
今回の訪星にあたっては、私物のノートパソコンを持ち込んでいる。慣れたものを使う方が能率が上がるからだ。もっとも、リテラにはネット環境など存在しないため、当然ローカルでの使用に限られる。
電源については、我々の滞在施設には簡易な発電システムが設置されており、これによって、一部の生活用品に使用する必要最低限の電力が確保できるようだ。主賓の彼女がわざわざ充電の必要なデジタルカメラを持参できたのも、これを受けてのことであろう。
本日の協議の席では、今回受けた襲撃について、ゾハール氏より説明を受けた。
曰く、「襲撃者」は太陽系外の惑星に生息する原生生物であり、襲撃個体の全てが、何者かによって改造され、操られていたということだった。収容した原生生物は、リテラに4つある衛星のうちのひとつに移送されており、改造部位を取り除く処置と治療を施し、その後、状態の良くなったものから適宜、原生生物の本来の星へ戻すという。
正直、この過程を聞いただけで、めまいがしそうな気分だ。
極力殺さず「処理」をする――言葉で言うのは簡単だが、あの襲撃に遭遇し、実際にあの現場を見れば、それが如何にとんでもないことか、よくよく理解できる。
戦車やミサイルレベルの攻撃力を有する脅威に対し、それをあっさりと処理できる戦闘能力。しかも、それを個体レベルで持つことが可能な種族なのだ、ナマートリュは。
親善交流の相手として選抜されたふたりについても、それは当てはまる。
ゾハール氏の説明によれば、彼等、というか「彼等の世代」は、ナマートリュの中でも新しい傾向を持っているという。
いわく、長命種であるナマートリュは、それがゆえに種としての繁殖力が極めて低い。更に、ナマートリュには係累と呼ばれる、「能力別の区分」のようなものがあるが、異なる係累間での交配が難しいこともあって、過去には人口維持すら危ぶまれた時代もあったという。
だが、様々な研究と努力によって技術的な交配方法を獲得したことにより、異なる係累間の交配が以前よりも容易となった。以降、緩やかではあるが、人口増加に転じたらしい。
そして、この「異なる係累間での交配」には、人口についてだけでなく、彼等の持つ能力を引き上げるという、予期せぬ「恩恵」があったという。
彼等はつまり、その恩恵を受けて生まれた新しい子供、いわばナマートリュにとってすら「新人類」といえる世代なのだ。
急遽依頼した
安心できるとは言わないまでも、ある程度信頼に足るレベルには達している、と判断していいだろう。
だが、それとはまた別の問題として、ナマートリュの「強さ」そのものが、私の持つ懸念を、更に底上げするものでもある。
彼等の強さが、特殊な訓練を受けているがゆえのものであるとしても、そもそもナマートリュという種族が持つ突出した「超能力」自体が、地球にとっての脅威にすらなり得る可能性があるのだ。
今回の襲撃の対象が「
これほどの超常の力を持つ彼等を相手取り、戦闘行動を仕掛けることが可能な存在がいる――それは、ナマートリュと懇意になることで、そういったものとの敵対もありうる、ということも示している。
そもそも、地球に対してナマートリュが好意的であるという前提も、あくまで彼等が我々に語ったものにすぎない。
無論、かつての「災厄」における「献身的な活躍と態度」を、その根拠とすることはできるだろう。だがはたして、我々は、それが何処まで真であるのかを図る基準も保証も得てはいないのだ。
長らく地球を見守ってきたという彼等の言すら、或いはもしや、侵略のための機を狙っていただけに過ぎないのでは、と疑うこともできてしまう。
だからこそ、本来ならば組織のトップである総監御自身が直にリテラへ訪星し、判断と決定をなさるはずだったのだ。
総監は、過去遭遇した何らかの経緯から、「ナマートリュに対して全幅の信をおいている」と仰っている。だが、それと同時に、「ひとつの思想に偏り過ぎることなく、地球人として努力し、より良い判断をすることが必要である」という俯瞰したお考えもまた、お持ちである。
この交流に関し、懐疑的心境にある私をあえて自らの代理として御指名下さったのは、それゆえだ。
総監の提唱される崇高な理念、私はその理解と実現を目指す者として、私がナマートリュに対して持っている「地球人類の敵になり得る可能性を持っているのではないか」という疑問を、自らの耳目によって問い、判じねばならない。
彼等が、地球人類にとって本当に味方であるのか。協調を持つべき相手たりうるのか。それを、正しく見極めるために。
無論、私はあくまでも代理という立場である。だが、任せて下さった総監の御信頼に応えるためにも、この大任を全力で全うせねばならないのだ。
だが、――そう、だからこそ、「だが」と首を傾げざるを得ない。
あれほど確固たる思想と理念をお持ちの方が、何故、彼女を、御自身のもうひとりの代理として選ばれたのか、ということに。
個人的なメッセンジャーとしての仕事を頼んだ、と総監は仰った。しかし、単にそれだけならば、私であっても可能のはずだ。何故あえて、ただの一般人である、しかも、地球の未来に対して何の思慮も持たないような者を選出なさったのか?
無論、それが単なる
とはいえ。
これは私の任務からは外れる話であり、考えても仕方のないことだろう。
任務はまだ始まったばかりで、滞在中にこなさなければならない協議や視察の予定は、それこそ山のように詰まっている。些事に思考リソースを割く余裕など、今の私にはないのだ。
そろそろ就寝予定時間になる。最近、この時間になってから空腹感を覚えることが増えた。食事は十分に摂っているはずだが、おそらく滞在中の任務をこなすにあたって、消費するエネルギー量が増えたということだろう。無論、今までどおりの節制を心がけ、余分な摂食などしはしないが。
実際、此処へ来てから立て続けに遭遇した様々な未知の事象を対処するにあたり、強いられる緊張や疲労は予想以上のものがあった。それでも、滞在中は十分に規則正しく健康的な生活を送れるよう、スケジュールは組んでいる。自己管理に問題はなく、リカバリも十分に可能だ。
そもそも、たかがこの程度のことで弱音を吐くなどあっては、将来あの方の右腕として働くことすら適わなくなる。あの方の傍でお役に立つこと、それこそが私の切願であり、生存理由だ。
ともかく、私は私に与えられた任務を全うすることに、全力を傾けねばならない。であれば、自ら要らぬ気疲れをするような真似は、しないに限る。
つまり、彼女については、私の仕事に差し支えるようなことさえしないでくれれば、いてもいなくても大差ないということだ。
全く、脳の疲労は睡眠による休息でしか回復できないのだ。瑣末な問題に頭を悩ませて貴重な睡眠時間を削られるなど、本末転倒も甚だしい。
――そうとも。だが、覚えておくがいい。眠りとは、時に眠りならぬものすら与えるのだということを。
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