第03話
その後のことを簡単に言えば、「後は滞りなく進められた」となる。
くだんの〝襲撃者〟は、無力化の上で全て対処・捕獲されたとのことで、開始の遅れていた式典も無事取り行われた。
式典終了後、ひかりと蝦名のふたりは、会場だった屋外から移動し、屋内へと案内された。此処で改めて、リテラに滞在するための詳しい説明を受けることになっている。
滞在。そう、リテラに、だ。
期間は二週間。主賓であるひかりの都合を最優先し、長期休暇である夏休みを利用してのそれは、「ナマートリュとの親善交流を主旨とする」とされていた。
とはいえ何故、地球の歴史上初の宇宙人との交流に、単なる一般市民の、しかも一介の高校生にすぎないひかりが選ばれたのか。
それについては、ひかり自身、よくわからないうちに決まっていた、としか言いようがない。
確か、夏休みに入る一週間くらい前、だったと思う。
あの日は、夜風が涼しかった。だから、電気を消して窓を開け、風に当たりながらぼんやりと夜空を眺めていた。
七夕は雨だったが、その日は星がきれいな夜だった。
外から、車の音が聞こえる。勿論、そんなもの珍しくなどない。だが、それがひかりの自宅前で止まればさすがに「何だろう?」と思うくらいはするわけで。
ガンメタリックというのだろうか、黒塗りでこそないが、黒っぽい車。長さも幅も一般的な車より大きめの、いわゆる高級車のようである。
車の助手席から降りた人影が、後部座席のドアを開けた。
最初こそ、「見たことない車だなぁ」くらいの感覚で眺めていたひかりだったが、其処から降りてきた人物を見た瞬間、思わず「えっ?」と声が出た。
「……おじいちゃん?」
ひかりは何度も瞬きをした。目も凝らしてみた。ちなみに、ひかりの視力は両眼とも一・五、至って優良である。
その目に映るのは、間違いなく祖父の
何なに、ナニゴト??? 思わぬものを目にして、疑問符にまみれるひかりの耳に、玄関先で対応する両親の声が聞こえた。
勿論、子供の自分が出て行くような場面ではない。其処はちゃんとわきまえている。
だから、耳をそばだてて何が起こっているのか聞き取ろうとした――のだが、声が小さかったのか会話そのものが短かったのか、聞こえたのは、失礼致します、という妙に律儀な口調の若い男性の声と、ばたばたと少し慌ただしいスリッパの音くらいで、ひかりの疑問の答えになるようなものは聞こえてこない。
うわ、何だろう。
あまりに気になりすぎて、部屋の中でうろうろと落ち着きなく歩き回ってしまう。
けれど、そのあとすぐに、ひかりは全く予想外の状況で、予想外の事情を知らされることになった。
「……宇宙人との、親善交流?」
自宅の和室は、客間を兼ねている。
その客間で、今、ひかりは花梨の一枚板の座卓を挟み、祖父と、その同行の見知らぬ青年男性を前にして、ぽかんとした表情で座っていた。
横で見守るように座っている両親も、何処か困惑したような表情をしている。
そんな中、ひかりと向き合う祖父だけは、家族の困惑も何処吹く風の様相だ。明るく朗らかに、けれどまじめな顔でひかりに頷き返す。
その祖父に、ひかりはたっぷり十秒は黙り込み、もう一度口を開いた。
「……えーと、おじいちゃん。あのね、話がよくわからない。」
この座に着くまでは、祖父の横にいる青年を見て「イケメンがいる!」とか余計なことを考える余裕もあったが、今はもう、湧き出る疑問の方が大きい。
「ほら、前にお前がテレビ見て大興奮してたあれ、あれだよ。」
疑問に対して返された答えは、あまりにもあっさりしていた。けれど、祖父のその一言こそ、ひかりにとってはどんな説明より理解に早いものでもあった。
「えっ、レジェンド? 宇宙人ってレジェンドのこと?!」
食いつくように身を乗り出すひかりに、そうそう! と祖父が大きく相づちを打った。
「そのレジェンドの……あぁ、彼等はナマートリュという種族でな、そのナマートリュと、今回正式に交流を持つことになってな。手始めに親善交流をすることになったんだが、その交流の地球側の大使を、お前にやってもらいたいんだ。」
やっと話が通じた、と大きく笑った祖父に、しかし、ひかりの疑問は増える一方だ。
レジェンド。
それは、祖父の言葉にあった「ナマートリュ」という宇宙人の、「とある五人」を指す名称である。
太古の昔から地球に訪れ、地球生命の正常な進化と、成長の自主性を尊重するという意思から、ずっと人知れずに地球を守ってきたというナマートリュ。
中でもこの五人は、特に永らくその守りを務めてきたものたちであるという。
けれど、現在から遡ること十二年前。地球はある日突然、惑星規模の「災厄」と呼ばれる危機に見舞われた。
このとき、彼等は文字どおり、我が身を呈してこれを食い止めたという。だが、「災厄」の規模があまりにも大きかったため、秘密裏に行動することは困難だった。結果、ついに彼等は地球人類の衆目に、その姿を曝さざるを得なくなってしまったのである。
彼等の存在は、地球人類に前代未聞の衝撃をもたらした。
しかし同時に、自らの身を省みずに危難に立ち向かう彼等の、献身的ともいえる行動に対し、地球人類は多大なる感謝と敬意をもまた、抱くに至った。
以来、地球人類はこの護人たちを「レジェンド」と呼ぶようになったのである。
この一連については、ひかりがまだ小さな頃の話だ。ものすごく大きな騒動だった、ということは覚えているが、実際に何があったのかについては、あまり記憶にない。
それでも、毎年「災厄」の起きた日の前後になると、テレビで彼等についての特番が組まれたり、ネットで話題が持ち上がったりしているので、レジェンドという存在については結構な頻度で目にしていた。
けれど、そんな存在と自分が繋がるなんて。全く思いもしなかった、というか、現在進行形で話を聞いている今ですら、ほとんど理解が追いついてない。
「っていうか……えっ、でも、何で私なの? おじいちゃん今、地球側って言ったよね? それってつまり、私が地球の代表になるってこと?」
「そういうことだ。あぁ、勿論ひとりじゃないから安心しなさい。こちらの蝦名君が同行することになっている。彼は私の、今回の公的代理なんだ。いやしかし、お前に説明するのにどうしようかと思っていたが、案外話が早くて助かったよ。」
「待って、話がてんこ盛りすぎて、もっとわかんなくなってきた!」
流れるように話し出した祖父を、ひかりは慌てて制止した。
きょとんとした顔で、どうした? と首を傾げる祖父。そうだった、おじいちゃんて割とそういう人だった! とひかりはそれを見て思い出す。
要するに、割と天然の気があるのだ、祖父には。
「総監、どうやらお孫さんは、話の内容にあまり御納得頂いていないようです。私から簡潔に説明を差し上げようと思いますが、構いませんか。」
蝦名と呼ばれた青年が、横道に逸れかねない会話にさっと口を挟んだ。その判断は賢明だと思う。
そうか、頼む、と、にこやかに頷いた祖父に代わり、青年は口を開いた。
「改めまして。自分はTDM事務参謀の蝦名と申します。今回、組織代表である早御田総監の代理として、ひかりさんに同行し……」
「……そうかん? てぃーでぃーえむ……?」
説明を始めた初っ端、ひかりがまたしても疑問符を浮かべる。それを見た青年は、ひどい困惑を含んだ表情でもう一度、隣に座る己の上司を振り見た。
「……其処から、ですか……?」
「あぁ、其処からなんだ。何せ今まで秘密にやってきたことだしな。」
軽やかな笑顔と共に悪びれる様子もなく返されて、青年は、細長い溜息を吐きながら、僅かに天を仰ぐように視線を泳がせた。
それから少しの間をおいて、何とか気を取り直したらしい青年が、改めてひかりに向き直る。
「テラ・ディフェンショネム・メカニスム。日本語では、〝地球防衛機構〟と呼称します。TDMはその略称。あなたの
極めて端的、かつ理路整然とした説明だった。ただし、テラ何とかだの地球何とかだの、ひかりには全く耳馴染みのない言葉ばかりで相変わらずよくわからない上に、自分の祖父が何かすごいお偉いさんの立場にあるらしいという、その事実の方がびっくりして、唖然とするよりなかった。
とはいえ、今思えば、思い当たるふしがないわけでもない。
ひかりの家庭は、いわゆる三世代同居の家庭なのだが、そういえば最近、祖父が家にいた覚えがあまりなかった。
祖父は叩き上げからのキャリアコースを辿った、珍しいタイプの自衛官だった。十年前、自衛隊を無事に定年退職した後、かつて陸幕長まで勤めた経歴を買われ、大手警備会社の顧問相談役に再就職。以降は常に多忙を極める毎日となった、と両親からは聞いている。
現役警察官の父以上に家にいない祖父を、不思議に思うことは確かにあった。
けれどよくよく思い出してみれば、退職してすぐの頃、祖父の一番身近な理解者だった祖母の
祖父は、元から非常にアクティブな人だった。だから、祖母が亡くなってからもめげずに元気で働いてるんだなぁ、くらいにしか考えていなかった。
祖父と祖母は、孫のひかりから見ても、本当に仲睦まじいふたりだったと思う。
だから、もしかして、家にいると亡くなった連れ合いが思い出されて、つらかったのだろうか。
たまに家にいるときの祖父は、頭はいいけどマイペースで、愉快でときどき人騒がせで、楽しいことが大好きな、ひかりにとっては友達みたいな「おじいちゃん」だった。
それも、優しく温和で、胆の据わったしっかり者の祖母がいたからこそ、だったのかもしれない。
祖父が家に帰らずに仕事に注力していたのも、そう考えるとちょっと納得できる。
とはいえ、やはり、祖父がそんなすごそうな組織を作った人で、しかも其処の一番偉い人である、などというのは、どうにも実感しづらくはあった。
両親は、知っていたのだろうか。
ちらりと横目で見れば、母は自分と同じく随分と驚いている。父の方は、母よりは落ち着いていたので、多分知っていたのではないだろうか。
とはいえ、それでもやっぱり、困惑しきりな顔をしていたけれど。
そんなことを考えている間にも、青年の説明は続いていた。
「TDMは、地球内外に存在する超常的な危険要素からの人類防衛を目的に、国家の枠を越えた組織として十二年前に組織されました。ただし、当時はまだその存在を公にできなかったのですが、今回の機にあたってようやく表立った組織としての活動を……」
「あ、えと、その組織とか何とかって難しそうな話の辺りは、後で改めて説明してもらえたらと思うんですが……それより、あの、そもそも、何で私なんですか?」
何か話長くなりそう。ひかりは、青年の話をさっくり遮って、自分の疑問を単刀直入に訊いてみた。
隣で心配そうにひかりを見ている両親も、其処こそ知りたいと思っているはずだ。
青年の説明が、間断途切れる。
「……TDMがようやく公的に認知されることになるこの時節に、組織のトップが長期に亘って不在となる状況は、あまり好ましくないであろうと判断しました。また、総監が御高齢であることも鑑み、今回については代理を立てるのが最良であるという結論となりました。」
微妙な間を空けてから返ってきた答えは、それでも非常に理路整然としたものだった。
この人きっと、真面目な優等生タイプだろうな。語り口調だけでも、その性格が容易に想像できる。
ただ、返ってきたものは、ひかりが知りたい答えではなかったので、もうちょっと質問を突っ込むことにした。
「おじいちゃんの代わりに行く人が必要だってのはわかったんですけど、でもさっき、えと……蝦名さん? が、おじいちゃんの代理って話してたような気がするんですけど。」
「それは、」
言いかけた青年が、寸時言いよどむように黙った。言っていいものかどうか迷っている、そんな感じの顔だった。
「其処は、私が説明する方がいいかな。」
またしても微妙な間になった空気に、今度は、祖父が口を開く。顎に手を当て、しげしげと考え込むポーズをしながら、ゆっくりと。
「あのな、ひかり。これはちょっと個人的な話になるんだが、実はおじいちゃんな、昔、あの宇宙人のひとりに命をすくってもらったことがあるんだ。以来ずっとお礼が言いたかったんだが、いろいろ慌ただしかったのもあって、きちんと言える機会が来ないうちに、とうとう今日まできてしまった。だから今回、ひかりに代わりに行ってもらって、それを伝えてきて欲しいんだよ。」
祖父は、両の手を握って膝の上に置き、まっすぐな視線でまっすぐにそう言った。聞いているひかりが、思わずつられて背筋を伸ばしてしまったくらい、まっすぐに。
「……つまり、そっちの蝦名さん……が、おじいちゃんの仕事の代理人で、私がおじいちゃん個人の代理人ってこと?」
「そうなるな。ただ、あくまでも
「大使とか言うから、何か大変な役目でもあるのかと思っちゃったけど……そっか。うん、そういうことならわかった。つまり、その人に会って、おじいちゃんの伝言を伝えればいいのね。」
要するに、メッセンジャーだ。納得顔のひかりに祖父もまた、晴れやかに笑って頷いた。
其処から後は、ひかりの発言で後に回された「組織」の話になった。
正直なところ、そのとき聞いた話の半分くらいは、右から左でほとんど覚えていない。だいたい、組織の意義だの何だの、そんな難しい話をただの一般人に聞かせて理解しろなんていう方が、よっぽど無理な話だと思う。
結局、親善交流の日程や事前知識の含まれる資料については、後から送ってもらうことになった。
なお、後日に送られてきた「資料」は、想像をはるかに超える量があって、もしあの場で全部の話を聞いていたら、一晩かかっても終わらなかったに違いない。
こうしてひとまず、この場での最低限必要と思われる説明が終わった。
最後に、「以降の質疑応答についてはこちらで適宜受け付けます」と、青年の直通のメールアドレスと電話番号が記載された名刺が、ひかりに手渡される。
見れば、「
この後、青年は「迎えの車を回して参ります」と祖父に告げ、話し合いの場から先に退座した。
「……いやぁ、ひかりがこの話を受けてくれて本当に良かった。」
ふと、祖父がほっと安堵したように呟く。青年が戸外に出たのを見計ってのようなそれを聞いて、ひかりが「え?」と見上げると、祖父は内緒話でもするような雰囲気で、なおもこっそりと言った。
「実はな、おじいちゃんがリテラに行っても、一番お礼が言いたい人には多分会えないんだ。いや、正確には、会ってもらえないというか……まぁとにかく、おじいちゃんが行ってもダメなんだよ。」
「ええ……何それ。」
「だろう? ひかりも何それって思うだろう? ホントにどうしようもなく意固地な相手でなぁ……」
はーあ、と溜息混じりに苦笑する祖父の顔が、何だか妙に寂しげに見えた。こんな顔をする祖父を見るのは、祖母が亡くなった時以来のような気がする。
だから、ひかりは内心に、「おじいちゃんのためにも、私がやらなきゃ!」という決意を、こっそり、そしてしっかり、奮い起こした。
そう。
だから、なのだ。ひかりがリテラに来たのは。
当初こそ、「大使って何をすればいいんだろう?」という戸惑いがあったものの、「とにかくイケメンと仲良くなればいいんじゃない?」と開き直って考えて、俄然やる気が出てきた。
目的の公私が半ば換骨奪胎している感もなくはないが、形式的な用事であろうとおろそかにするつもりはないし、そもそもひかりは「祖父の伝言を伝える」という個人的な方面の目的があるのだ。
個人的な目的が多少増えたところで、そんなに問題はない、はずである。
なのに。
リテラに到着してからこちら、事ある毎に蝦名がやかましい。
公人としての心構えだの、異星人と接触する注意だの、口調こそ淡々としてはいたが、顔を突き合わせている間はだいたいそんな会話ばかりだ。
そしてそれは、今この瞬間も繰り広げられていた。まるでキリの見えない小言のようで、さすがのひかりもうんざり気味である。
真面目はいいけど、四六時中こんなだと疲れるばっかりでしょ。あきれた心地で小さく息を吐いたひかりは、其処でふとひらめいた。
腰にぶら下げたポーチからカメラを取り出し、すかさず蝦名をフォーカス。
カシャ、と、鳴ったシャッター音に、ひかりが何をしたのかすぐに察した蝦名が、険しく視線を向けてきた。
「君は……! 本当に緊張感というものがないな!」
たまさか、此処にいるのが互いだけというのもあったからだろう、蝦名の声が、強く荒い語気を含んで響く。
「いいじゃないですかー。真面目なのはいいけど、緊張で疲れちゃったら、できる仕事だってできなくなっちゃうでしょ。」
「この程度で疲れること自体ありえない。疲れたとしてもそれで任務が遂行できなくなるようなやわな作りはしていない。」
「蝦名さんは疲れなくても、私が疲れまーす。私ただの一般人でーす。」
「……!」
実際、蝦名は様々な特殊訓練や学習をこなした組織人であり、成人であり、男性であるが、ひかりの方は、一般人で、学生で、女子である。
己と同じ基準でまとめようとするのが無理な話なのだと、蝦名も即座に理解したのだろう。不機嫌な
相手をやりこめた手応えに、ひかりはすかさず、カシャ、ともう一枚撮る。フレームの中には、仏頂面の蝦名が写っている。
「……蝦名さんもせっかくイケメンなんだから、こんなしかめっ面なんかやめて、もう少し愛想良くしたらいいのに。」
もったいないなー。呟きながら、ひかりは画像を保存した。
それからまた、しばしの時間を待つ。やがて手持ち無沙汰を持て余しかけた頃、ようやく、ひかりと蝦名だけだった室内に、別の声が響いた。
何処にいたのか、或いは、何処から入ったのか。
其処には、ゾハールと、シンと、そして、初めて見る顔がふたつ、一緒に並んでいた。
「お待たせしました。先ほどの襲撃についての会議が長引いてしまいました。」
丁寧に頭を下げて礼をするゾハールの姿を見ながら、そういえば、ゾハールさんて偉い人なんだよね? と、ひかりは記憶を掘り返す。
確か、襲撃を受ける直前、蝦名が肩書き付きで呼んでいたはずだ。
「それは我々に関することですか、ゾハール統括長。」
そうそう、とうかっちょー。独り言より小さな声で蝦名の語調を真似たら、じろりと蝦名に睨まれた。
「襲撃に関しての詳細はまだ調査中ですが、今回の襲撃に使われたのは、太陽系外の惑星に生息する原生動物でした。そして、その全てが体内に機械的な改造を施され、強制的に操られていたようです。」
「操られて……? つまり、それを使って妨害を行うような第三者が存在する、ということですか?」
「現状ではまだ確定ではありません。ですが、その可能性は極めて高いと考えています。然程の大きさではなかったとはいえ、複数の生物を、しかも同時に操るような存在となれば、こちらも相応の対応が必要になるでしょう。そもそも、襲撃が今回のみとも限りません。それで、全体的な警護の強化は勿論、何よりあなたがたの身の安全を優先する意味で、改めて、護衛をつけさせて頂くことにしました。」
言って、ゾハールがゆるりと首を巡らせたのは、見知らぬふたつの顔の方。
ひとりは、練り上げた糖蜜のようにやわらかな亜麻色の髪と、柔らかく穏やかな顔つき。もうひとりは、銀髪に赤い稲妻のような
いくらか緊張気味な面持ちではあったが、どちらもナマートリュの特徴に
ただし、此処に並ぶゾハールやシンと比べればかなり年若な印象がある。体格こそ違うが、どちらもほぼ同じ背丈に、いかにも「少年の年頃」といった感じだ。
ひかりの主観では、それこそ自分と同年代くらいに見える。蝦名の受けた印象も、どうやら同じようなものだったらしい。
表情に露骨な不信を浮かべ、ゾハールに向き直って口を開いた。
「ナマートリュの年齢基準がどのようになっているかは存じませんが、彼等はあなた方に比べて随分若いようですね。」
言外に、こんな子供を連れてきて大丈夫か、という意がありありと含まれていた。
蝦名の言葉に、亜麻色の少年は返答に困った顔を、銀に赤い斑の少年はあからさまなむくれ顔をした。
うん、そうだよね、そういう顔になっちゃうよね。
彼等の表情に加勢するように、ひかりは抗議がましい視線を蝦名に送った。
「確かに彼等は若いです。が、活動員として認められるだけの能力も持っていますし、監督者も付きますので御安心を。それに、これは本来の目的のための人選でもあります。」
「本来の目的?」
「親善交流ですよ。ですのであえて、主賓と近い世代にあたるものたちを選ばせて頂きました。」
そんな状況でも、ゾハールの態度は何処までも穏やかで鷹揚で、余裕どころか貫禄すら感じさせる。やはり、蝦名の狭量さとはかなり格の差があるようだ。
「……それで、彼等の監督者というのは?」
「わたしになります。」
気分を仕切り直すように発された蝦名の問いに、もうひとつの声が答えた。ゾハールの一歩後ろで、控えるよう立っていたシンのものである。
黒縁眼鏡の奥、穏やかな微笑みの糸目顔が、蝦名に向いていた。
「あなた、ですか……」
蝦名が、唸るように口を開いた。ナマートリュに対する態度の当たりの強さは言わずもがなだが、それ以上に、シンに対してはより強く、反発心というか拒否感というか、が露出しているように見受けられる。
だが同時に、先刻の襲撃でシンの実力のほどを見ている以上、護衛の監督者という役目に異を唱える理由がないことも理解している――そんな複雑な感情が含まれる態度だった。
「もしかして、嫌われてますかね。」
蝦名の態度に、シンの眉尻がしゅんと下がる。
「……個人感情で任務に支障を
苦々しさは隠さず、それでも自分自身に言い聞かせるように返答した蝦名に、シンは、表情そのまま、小さく苦笑した。
「あの。」
「はい。」
蝦名とシンの会話が途切れたところで、ひかりは、此処ぞとばかりに声を掛けた。
返される声と共に、ひかりを見るシンの表情が、やわらかく緩む。
ようやく、自分の仕事を切り出せる。意気揚揚と、ひかりは口を開いた。
「あの、私のおじいちゃんが、伝言を伝えてくれって、言ってたんです。」
ひかりが口にした言葉に、緩んでいたシンの表情が、瞬間、僅かに強ばった。だが、ひかりはそれに気付かず、なおも話し続ける。
「おじいちゃんが言ってたんです。昔、自分を助けてくれた人がリテラにいるって。おじいちゃん、そのことでずっとお礼が言いたいって言っ」
「……すみません、それは受け取れません。」
やわらかな拒絶が、ひかりの言葉を遮った。
「え。」
「すみません。」
ぽかんとしたひかりに、やわらかな表情は変わらないまま、けれどシンは二度目の拒絶を口にした。
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