第04話
「ねぇ、ふたりはどう思う?!」
語勢も強く尋ねるひかりに、目の前の「ふたり」は、どちらも面食らったように互いの顔を見合わせる。
襲撃の一件から、護衛として付けられた「ふたり」は、その任に就いて早々、ひかりの愚痴の矛先を向けられていた。
平たく言えば、やつあたりというやつである。
「君のおじいさんとあのひとに、何か深い縁があるらしいっていうのは知ってるけど……ただ、それがどういうもので、どういう経緯なのかまでは、僕たちにはわからないなぁ……」
申し訳なさそうにちょこんと頭を下げたのは、優しい亜麻色の髪の少年。名前はフィニット。
肩上で揺れるきれいに切り揃えられた髪と、糖蜜のように淡い琥珀色の瞳をしたアーモンドアイ。色白で柔和な顔つきや体躯とも相俟って、儚げな美少女のような風情すらある。
「それによぉ、訊こうと思っても、アイツって俺たちにとっても結構な先輩になるわけでさ……気分的にこう、簡単に聞ける立場じゃねぇっていうか……」
歯切れ悪く答えたのは、銀色の髪に稲妻のような赤い
短く刈り込まれた髪と、負けん気の強そうなつり目気味の金眼。浅黒い肌に骨太な輪郭の顔つきは、精悍な体躯とも相俟って、いかにも快活で活動的な印象である。
「ううう……まぁそうよね……事情もわかんないのに当たってごめん。」
ふくれっ面になっていたひかりの頬が、はぁっと大きく洩らした溜息と共に、ぺしゃんとへこんだ。
今此処にいるのは、ひかりを含めたこの三人だけ。
蝦名は事務的協議とやらで、ゾハールと一緒に出て行った。シンも、ひかりの疑問に何ら解を与えることなく、「襲撃の後処理がありますので」と、にべない微笑みだけを残して、この場を退座している。
徹底的なシンの〝受け取り拒否〟に、ひかりは大きな理不尽を覚えていた。大体、あんな形で拒絶されたら、よけいに気になってしまう。
「感謝の言葉ってふつうはもらって嬉しくないはずないでしょ? なのにそれを受け取れないって、どんな事情があったらそうなるのよ。」
ふたりを前に大きな溜息をこぼして、それでやつあたりの波はひとまず納めることにした。
「何だか、簡単にどうにかできるって話じゃなさそうだね……毎日顔は合わせるんだし、其処は根気よく訊くしかない……かなぁ……」
「だけどよ、リテラにいられるのって……えーと、確か地球時間でいう二週間? しかないんだろ? だったらもう無理矢理にでも押し付けて、ミッション完了でいいんじゃね?」
「でも、頼んだ当人は受け取って欲しいって言ってるわけだし、押し付けじゃ意味がないと思うよ。」
ああでもない、こうでもない。ふたりが親切に真剣に悩んでくれていることに対し、ひかりは単純に嬉しいと同時に、大いに不思議な感覚も覚える。
初めて顔を合わせてから、まだ一時間も経っていないのに、今の時点で、もうすっかり打ち解けた気分になっている。やはりゾハールが言ったように、三人が「近い世代」だからこそなのだろうか。
それにしても、このふたりってまるで正反対ね。
目の前で
線が細くて中性的で、美少女のような柔らかい雰囲気のフィニットと、少年から青年への過渡期そのものといった、精悍さに溢れるノーティ。どちらも他のナマートリュの例に洩れず、かなりの美形である。
とはいえ、ひかりの好みから言えば、実はふたりとも「範疇外」ではあるのだが。
ひかりの好みは、「大人の雰囲気」や「落ち着きのある」タイプだ。その点、このふたりはそういう部分にはまだまだ欠けている、ように見える。
「ねぇ。そういえばあなたたちって、年いくつなの?」
ナマートリュに関してひかりが知っている知識は確かに少ない。が、ナマートリュが長命な種であるということは、資料に書いてあったので、一応知っている。
では、その長命種における「自分と近い世代」というのは、ナマートリュでは何才くらいにあたるのだろうか?
ひかりの質問は、そんな単純な疑問からだった。
年? と、お互いの顔を見合わせたふたりに、ひかりは促すように、そうそう、と頷いて見せた。
「えぇと、僕の場合は地球人の年齢の数え方なら……確か六八〇〇くらいのはず。」
「オレいくつだっけ?」
「それくらい自分で数えてよ。地球式に恒星周期で年齢を換算する方法、習ったよね?」
「いや確かに習ったけどよ……ッて……えーと……そうするとオレは五九〇〇……くらいか?」
「それで合ってる。考えるの面倒くさいからって、何でもすぐ丸投げしないでよ。」
「……っていうか、あなたたち……まさかの千単位……」
ふたりの間ではぽんぽんと進んでいる会話だが、其処に洩れ聞こえたものに、ひかりは唖然とする。
「あ、ナマートリュは、生まれて一万年くらいから、社会的に成熟した個体として見なされるんだ。僕たちはそれにもう少し足らないから、つまり、ひかりと同じくらいの世代ってことになるわけ。」
「……んんん? 成人だと桁がもうひとつ繰り上がって……?」
いくらナマートリュが長命とはいえ、それでもせいぜい百年単位くらいのことだろうと思っていたひかりは、フィニットの答えに思わず真顔で返してしまった。
ひかりにとってはあまりにも予想外の話だったが、落ち着いて考えれば、この年齢の話に限らず、リテラでの「予想外」は他にも山のようにあるわけで。
そうよね、確かにわたし、「
今更ながら、しみじみとそんなことに思い至る。
自分が知っていると言えるのは、せいぜい、美形ばかりの種族という部分くらい。果たして、それ以外について、一体何を知っているだろうか。
地球とよく似た星に棲む宇宙人で、地球に対して友好的で、地球と地球人をずっと守ってきた人たちで、あとは――あとは?
事前資料として渡された分厚い冊子、ひかりがこっそり「旅のしおり」と呼んでいるあれにも、ナマートリュについて書かれていた部分は多くない。
しかも、何かよくわからない専門用語みたいなものがいっぱい書かれていて、ひかりのような一般人が読んでわかりやすいといえる内容ではなかった。部外秘的な内容こそなかったものの、あれはもしかして、TDMの内部資料か何かを、そのまま流用したんじゃないだろうか。
ずいぶん不親切な「旅のしおり」だが、実際、この交流での「一般人」はひかりだけだ。そのたったひとりのためだけに、わかりやすいものを作る手間などかけていられない、というのもわからないではない。
それでも、「あとで、しっかり読み直しておこう」と思ったのは、今ようやく、親善大使らしい思考になってきたから、なのかもしれない。
地球人が滞在する「宿」は、まるで高級リゾート地にあるコンドミニアムのような立派な建物だった。
地球からの
実際、案内された施設は、地球人ふたりが過ごすには充分すぎるほど広く、しかもその敷地の大半が、地球環境に似せた美しい庭園になっている。
こんなところからも、ひかりはつくづく、「自分たちは、名実ともにVIPとして扱われているのだ」と実感した。
護衛の「新人活動員」たちは、ゲストの要人警護に加え、この施設内部の警備も任されているという。
ちなみに、施設外側と宿の近辺については、「警護員」と呼ばれる者たちが警備を担当しているとのことだった。
施設の建物の中には、並びになった三つの部屋。その両端のひとつずつが、それぞれ蝦名とひかりに割り当てられ、間にあるもう一室が、フィニットとノーティが「待機」する場所になっていた。
滞在する地球人の、どちらの「万が一」にも即座に備えられる配置になっているらしい。
いろいろと説明されながら施設を一巡し、改めて自分が過ごす部屋の前へと案内される。
其処でまたしても、ひかりは思わぬ事態に遭遇してしまった。
いや、今度は別に、事件とか案件というレベルのことではない。ないのだが、ひかりにとってはそれなりに衝撃的な事態、といえた。
「ちょっとあんたたち! 初対面レベルの女子の部屋にいきなり入ろうなんて、何考えてんの!」
怒気にも近い口調で慌てて制止したひかりに、ふたりは揃ってきょとんとした顔を向けた。一緒に来たふたりが、そのまま、ひかりの部屋に何のためらいもなく入ろうとした――のである。
それからしばらく、ふたりは何やら不思議そうに顔を見合わせていたが、やがて、うんうんと頷きながら、ノーティが、おそるおそるという顔でひかりに向き直る。
「なぁ、地球人の女子の部屋ってのは、オレたちが入ったらダメな場所なのか?」
心底わからない、という顔で問うたノーティに、そんなの常識でしょ、と、語気強く言いかけて、けれど、ひかりは其処ではっと思い出した。
そうだった、この種族、性別がないんだった……!
ナマートリュは鉱物を起源とする生命体であり、その由来ゆえに、地球人のような性差、すなわち「男女の違い」を持たない種でもある。
形質的な部分、男らしいとか女らしいとかの形の差は、彼等にとってごく些細な、あくまでも個々が持つ「個性」のひとつという認識であるらしい。
例の「旅のしおり」に書いてあったうろ覚えの知識ではあるが、要するに、今のノーティの言葉は、「彼等が性別というものを意識しない」からこその問いだったのだ。
「……まぁ、確かにあなたたちの感覚なら、そういう理屈になる、わよね……。」
察したひかりの口から出た言葉が、ちょっと言い訳っぽくなった。何処か不安そうな顔をしているふたりを目の前に、わざわざ文化的な違いを指摘してまで怒るなんていう、狭量なことはしたくない。
「でも、何ていうか……こういうのは……そう、女子でなくてもいろいろ準備が終わらないうちに急に来られたら困るっていうか! ほら、まだ荷物整理とか全然できてないから、散らかってるのが恥ずかしいの!」
そもそもふたりに悪気なんてないだろうことは、もうこの時点で理解していた。それでもまだちょっと言い訳を増やしたのは、ふたりを責める言葉にならないように、でも出てしまった言葉も嘘ではないと伝えようとして、頭の中でぐるぐる言葉を選んだ結果だった。
「あ! わかるわかる! だよなー、片付けるってめんどくせェもんな! しかも、片付けたはずなのに、何故か片付ける前より散らかってたりするしよ!」
そんなひかりの内心など気付いた様子もなく、ノーティが「我が意を得たり」といわんばかりの顔で、大きく頷いた。
「ノーティの場合は、そもそも片付け方が乱暴なんだよ。だからもっと散らかっちゃう。」
横からすぐ、小突くようにフィニットがつっこみを入れる。
ふたりの会話の先が、自分の言い訳から無事に逸れていくのを、ひかりはほっとした心地で聞いた。勿論、女子であることを考慮してくれた方が嬉しいが、それとこれとはまた違う話だ。
よくよく考えれば、この性別に対する認識差は、意外に深い隔たりかもしれない。
ひかり自身、ナマートリュを「イケメン」、つまり、何処かで「男性」として認識している。だがそもそも、「men」どころか「Man」ですらないのだ、彼等は。
此処は地球ではない。彼等は地球人ではない。
そんな当たり前のはずのことを、ひかりは、今更ながらにつくづくと実感することになった。
「よけいなこと言うなよフィニット!」
「ホントのことじゃないか。」
「よけいッたらよけいなんだよ!」
ひっそり感慨にふけるひかりの横で、ノーティとフィニットはまだ小突きあっていた。
そのうち、お互いの仕返しに仕返しが重なって、小突き合いというか、肩のぶつかり合いみたいな状態にまで発展している。
「あなたたちねぇ……」
そんなやりとりを見て、ひかりは今度こそ、呆れてポカンと口を開いた。
同世代という印象を通り越して、むしろ子供っぽくすら思えてくる。
数千とか数万とかいう年の数を聞いて、ちょっとたじろぎ気味でいたけれど、彼等の様子を見る限りでは、それこそひかりの学校の男子たちと比べても、メンタルな部分に大した差があるようには思えない。
延々とやり合っている彼等に、ついにはあきれるような微笑ましいような気持ちになって、笑いがこみ上げてきた。
笑っちゃ悪いかな、と最初こそ我慢したものの、結局我慢しきれず、ひかりはついに、声を立てて笑い出す。
ひかりに笑われて、ようやく自分たちの行動の稚気に気付いたらしいふたりは、おう、とか、うん、とか言い合いながら、小突き合いをやめておとなしくなった。
そんなこんな、の。あった末。
改めて、三人で真ん中の待機室に集合して、車座で、膝を突き合わせていた。
「じゃ、改めて自己紹介してちょうだい。」
ようやく、落ち着いて話を聞ける態勢になったひかりは、ふたりの顔を見ながら宣言した。
ひかりはふたりのことを、まだ殆ど知らない。
けれど、ふたりはひかりのことを知っている。
勿論、ふたりの「知っている」は、任務としての必要からだ。でも、それならそれで、こちらも相手を知っておきたい、というのも、やはり思うわけで。
「自己紹介かぁ。そいやオレたち、わざわざ言葉で自分について語るって、あんまりしねェな。」
「そうだね。改めてやってみるのも面白いかも。あ、それなら名前からするのがいいかな。」
「どっちでもいいけど、その方が自己紹介っぽい雰囲気は出るんじゃない?」
ひかりの言葉に、それはそうだとふたりも同意した。
じゃ、どっちから? ふたりは互いに、また何やら顔を見交わし合っている。
さっきもそうだったが、そういえば、ナマートリュは本来、
「じゃ、ひかりさん。」
「あ、ひかりでいいわよ。」
互いの間で話がついたのか、フィニットがひかりに向き直った。
ひかりさん。
丁寧に呼ばれて悪い気はしないものの、ひかりの中で同年代とみなしたふたりから、「さん」付けで呼ばれるのは、結構むずがゆいものがある。何というか、クラスの男子からふざけて呼ばれているような、そんな感じにも似た落ち着かなさだ。
なので、もう初っ端からフランクに呼んでもらえるよう、修正を入れておく。
「わかった。なら、ひかりって呼ぶことにするよ。……それじゃ、改めて。僕はフィニット。あ、もちろん僕も名前で大丈夫。」
「ノーティな! オレも名前でいいぜ。いかにも親善交流の第一歩! みたいな感じするしよ!」
ノーティの言葉どおり、これから親睦を深めようというなら、気楽に名前で呼び合うというのは、悪くない手段だ。相互が親しむきっかけとして、精神的な距離を近しくするという効果も期待できる。
「僕たち、まだ活動員になったばかりの
「あ、ちゃんと強ぇから其処は安心しろよ?」
「勿論、強いだけでもダメだって言われてるけどね? まぁ、僕たちの主な役目は、ひかりたちがこの施設から出て行動するときに、えと、たとえば他の施設の見学に行くとか、そういうときに護衛につくこと。星内なら万が一にも危険なことはない……と思うけど、うん、一応ね?」
それまで弾んでいた会話の語尾が、そのとき微妙に曖昧になった。多分、先の襲撃のことがあるからだろう。
「そんな万が一なんぞ心配する必要ねェよ! この施設にゃ優秀な警護員が配備されてるし、そもそもオレたちがいるんだからな! えーと……要するにアレだ、〝大船に乗ったつもりでいろ〟、ってやつだ!」
「え、そんな言葉よく知ってるのね。日本の慣用句じゃないの、それ。」
「へっへー、オレだってちゃんと勉強はしてるんだぜ!」
「ノーティって、気になってることには熱心だからね。」
どうよ、と力いっぱい胸を張ったノーティの隣から、フィニットがちくりとつっこむ。
「う、うっせェ! ンなこたどうでもいいだろ……! それで! 自己紹介って他にどんなこと話せばいいんだよ?」
「あとはそうね……趣味とか。ほら、読書とかスポーツとか……ってそういえばそういう文化ってナマートリュもあるの?」
「確かに僕たちの文化に本はないね。情報の伝達は思念で行うから、書き留めるって概念自体がないんだよ。」
「まぁでも、活動員の訓練でイヤでも習わされるけどな! ってか地球人って何ンであんなに言語いっぱいあンだよー。」
ひかりの質問に、ノーティが何かを思い出したようにげっそりとした顔をした。座学は苦手、ということらしい。
「その活動員って、なるの難しいの?」
「そりゃもう、めッっちゃくちゃ難しい! 山ほど訓練しても、活動員になって地球に行かせて貰えるのはほんの一握りで、倍率すッげぇ高いんだからな!」
活動員について話を振られて、今度は嬉々とした表情で饒舌に話し出す。
くるくる表情が変わる様を見るに、どうやら、かなり喜怒哀楽が激しい性質のようだ。
「
「あァ? オレたちだから受かったんだろ。つーかオマエさぁ、普段容赦なくツッコミ入れてくる割に、そういうトコはやたら弱気だよな。もっと胸張っとけっての!」
しみじみと思い返すように言ったフィニットの肩を、ノーティが思いっきりばしばしと叩いた。
態度はこれ以上なく荒っぽいが、何処か自信なさげなフィニットに、盛大にエールを送っているようにも見える。受けているフィニットの方も、苦笑混じりに照れたような顔をしていた。
だから多分、こんなやりとりは、ふたりにとって「いつものこと」なのだろう。
ところどころに垣間見える関係性を微笑ましく思いつつ、しかし、今は自己紹介をしていたはずだ。
活動員についての話は確かに興味深いが、今はそれより、ふたりについてもう少し知りたいと思う。
「ねぇ、ついでだから、個人的に訊きたいこととか訊いてもいい?」
「うん、大丈夫。」
「何でも訊いてくれよ!」
思ったら、割とすぐ行動に移すのがひかりだ。ふたりから気軽い返事が返ってきたので、ここぞとばかりに個人的な質問をすることにした。
「あのね、あなたたち、彼女はいるの?」
さっきまでの普遍的な質問から一足飛びに、かなりプライベートな質問をしてみる。有り体に言ってみれば、美形を目にした女子なら多少は気になってしまう類の質問だ。
とはいえ、ふたりに対しては、どちらかというと、冷やかし的な興味の方が先に立っているのだが。
「彼女って、えーと……つがいのことかな? それだと多分、配偶者って意味合いの方が正解になるけど……」
「まだそんなンいねェぞ?」
「僕だっていないよ! ……でも、その……なって欲しいなって思ってる人はいる……かな……」
「えっ、いるのかよフィニット……」
恥ずかしそうにもじもじと話すフィニットに、ノーティが愕然と声をあげた。思わずそちらを見れば、ひかりよりもよほど驚いた顔をしている。
あ、これ、アレだ。自分と同じレベルだと思ってた友人が、自分よりちょっとだけ先を行ってたと知ったときの、「後れをとった!」みたいなアレだ。
同級の男子がこんな顔をしている場面に何度も出くわしているのを思い出し、そういうのは地球人と変わんないのね、と、また笑ってしまう。
「な、何だよ、笑うなよ! だいたい、ひかりこそ、そのカノジョとかいうのいるのかよ?!」
声を立てて笑うひかりに、ノーティが、怒ったように口をとがらせて抗議する。ごめんごめん、と軽く謝ったまではよかったが、ノーティの口から出た言葉に思わず、疑問符と共に声を洩らした。
「えっーと? あの……ね? 彼氏ならともかく、彼女……ってのはないわね。うん、彼女は。」
今度はひかりが抗議する番である。もっとも、抗議というよりは、間違いの訂正といった方が正しい。
「え? カノジョとカレシって何か違うのか?」
またしても疑問に首を傾げるノーティに、ひかりの察しもまたついた。要するに、性差に対する認識の違いという、さっきと同じ理由である。
「あーうん……そう、違うの、うん。地球人には男女差があるから、そういう分類っていうか……だから女子に対して訊くなら、カレシはいるのかってなるのが一般的で……って言っても、まぁ実際、彼氏いるのかって訊かれたら、確かにいないんだけど……」
「やっぱいねェんじゃん!」
「そういう問題じゃないの! 其処は気を使ってちょっと黙ってるのが女子に対する気遣いってものなの! 地球人相手にするならその辺りはちょっと覚えといて!」
ひかりが怒鳴るように言うと、ノーティが気圧されたように「お、おぅ」と返事をした。
確かに、ひかりだって
だがそもそも、ひかりの好みは「落ち着きのある大人の男性」だ。その点でいえば、同年代の男子なんて、子供っぽさばかり目立ってしまって、ひかりの視野にはまず入ってこない。
だいたい、今はそんなことより、ナマートリュという未知の種族の
相手はどんな人なの。どういう関係なの。身を乗り出す勢いで、矢継ぎ早に質問する。女子ならではの好奇心とも言える質問攻めに対し、しかしフィニットは、頑としてそれを教えてくれなかった。
どうやら、この美少女然とした外見や穏やかな物腰からは想像しづらい、なかなか頑固なところがあるらしい。仕方がないので、この場でそれを聞き出すのは一旦諦めることにした。
とはいえ、いずれは聞き出すつもりは満々である。
その後も、終始こんな調子で話した。大事なこともくだらないことも、全部ひっくるめて、ふたりといろんな話をした。
おかげで、ふたりについて知っていることも増えたと思う。知識として以上に、性格や人柄といった、主観の部分についての収穫が大きかった。
これから二週間、こんなふうに、このふたりと交流していくのが、ひかりのリテラにおける滞在生活の仕事になるというわけだが、それを難しく考える必要はない。
要するに、仲良くすればいいのだ、今日のように。
そして、それはきっと楽しいことだ、という確信も、今のひかりには生まれていた。
ひかりは、自分の部屋から持ってきた、「旅のしおり」を手に取った。開くのは、滞在中の予定表のページである。
「オレたちにわかる限りで、此処から外に出る必要があるのは全部で三回……いや、四回か。それ以外は全部、屋内の案件だったはずだぜ。」
先にも聞いたとおり、紙媒体自体になじみがないからだろう。ひかりの手許のそれを物珍しげにのぞき込みながら、ノーティが言った。
二週間で四回くらいなら、外に出る機会はそんなに多くないといえるだろう。となると、滞在期間中のほとんどは、屋内で過ごすことになるはずだ。
実際、さっき案内してもらった施設内を思い出す限り、「外」に出る必要性もあまりなさそうである。
「そういえば、時計も持ってきてるんだけど、これってそのまま使えるのよね?」
「自転・公転の周期は地球と同じだし、この施設がある場所は、ひかりたちの住んでる
「時差とか考えなくていいのは、らくちんよね。……にしたって、こんなに広い施設をまるっと作れちゃうような土地がよく空いてたと思うわ。しかも此処、日本の関東地方とほとんど同じ位置条件だって聞いたけど。」
「其処はほら、リテラは地球ほど人口が多くないから。」
「あー、そういう……。」
簡素な説明ではあったが、其処はひかりも理解できた。
要するに、長命種であるナマートリュは、人口の推移も極めて緩やかであり、地球のようにどんどん増えているわけではないから、居住場所としての土地をそれほど必要としない、ということだ。
そっか、そんなところにも違いが。感心と感慨の入り混じった頷きを落としながら、ひかりは此処でも、近似と差異の落差を味わっている。
「なになに? 七時起床、八時朝食、九時から正午と一三時から一九時は、行動予定がない限り自由時間、一九時夕食で、二〇時以降は就寝まで自由時間……って、これ見る限り、ひかりの予定って自由時間ばっかりじゃね?」
そんなひかりの横で、なおもしげしげと「旅のしおり」を眺めていたノーティが、唐突に口を開いた。
言語を覚えるのが面倒って言ってたけど、日本語はちゃんと読めるんだ? と妙な感心が浮かぶ。
「自由時間って言ったって、仕事で来てる蝦名さんはともかく、私は学生で、学業が本分なわけで、そっちをおろそかにするわけにはいかないでしょ。いくらVIP待遇とか言ったって、宿題が減るわけじゃないんだもん。」
「宿題……あー……」
その質問に、ひかりがややうんざりとした様子で答えると、ノーティが、それと同じくうんざり気味な声を上げた。
これまた神妙な顔で何度も頷いているのは、おそらく、ノーティ自身にも何か思い当たるものがあるからだろう。
「まぁ、宿題なんかさっさと終わらせてやるわよ。此処での自由時間は、私の目的のために有意義に使わせてもらうつもりなんだから!」
深く強く意気込むひかりに、ナニナニ? フィニットとノーティの顔が、興味津々に向けられる。
ふたりの、先の言葉を促すような表情に、ひかりは、腰にぶら下げたポーチを手のひらでぽんぽんと叩いた。視線が其処に集まったところで、じゃじゃーんと取り出すデジタルカメラ。
リテラに来るにあたっては「おじいちゃんの言葉を伝えること」がひかりの一番の「仕事」になるわけだが、それとは別に、自分自身の目的も、実はしっかり持っていた。
ひかりの目的、それは。
「リテラはイケメン山盛りって、聞いたときから決めてたのよね。イケメン全部カメラに収めて、『イケメンいっぱいコレクション』作るって! そうよ、そのためにわざわざカメラ持ってきたんだから!」
ぐぐっと握りこぶしを振り上げ、気合いたっぷりにひかりが宣言するのを、「イケメンて何?」みたいな顔をしたふたりが、まじまじと見つめている。
もしかして――いや、もしかしなくても、ナマートリュというのは、自分たちが美しい容姿であるという自覚がないのではないだろうか。
ふたりの反応を見て、そんなことをひかりは思う。
だって、地球人から見たらとんでもない美形でも、彼等にとっては日常の存在であり、ごく普通の環境でしかないのだから。
「……って、あー! そういえば、あなたたちの写真まだ撮ってない!」
そうだ、ゾハールにふたりを紹介されてから今まで、カメラは自分のポーチに入ったまま。つまり、その後はまだ一回も使っていない。
それに思い当たって、ひかりは速攻でカメラを引っ張り出した。ひかりの目的については意味不明の様子だったふたりも、すぐさま興味を示して、ひかりの手許をのぞき込む。
「初めて見た! 何かちっせぇんだけど!」
「カメラって確か、光による映像情報を、撮像素子が受光して電気信号に置き換え、記憶させる装置……だよね。」
「よく覚えてんなーそんな話。」
「そういうことに関して、詳しい知り合いがいるからね。」
それぞれがそれぞれな反応を示し、ひかりの手の中にあるカメラを観察する中、百聞は一見に如かずとばかりに、ひかりはカメラを構えた。
間を置かず、カシャ、とシャッター音が鳴る。モニタを覗けば、不意を衝かれたような表情でこちらを振り見るふたりが、ファインダーの中に収まっていた。
「ほらー、どうよどうよ?」
「うおおおおおすげええええ!」
「わぁ! 僕たちがいるよ……!」
生まれて初めて「被写体」になったフィニットとノーティが、それを見て興奮気味に目を輝かせる。
ふたりの反応に、ひかりも上機嫌な笑みを浮かべて、再びカメラを構えた。
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