第28話

  太陽系内には、惑星以外にも様々な星が存在する。

 たとえば、「地球近傍小惑星」なる天体は、文字どおり、地球近傍を周回する軌道を持った天体である。

 軌道の描き方や規模により、幾つかの種類に分けられているが、この少々特異な天体のひとつに、地球言語で 「クルースン」或いは「クルイーニャ」と呼ばれるものが存在する。

 軌道が地球の公転軌道と交叉しているため、地球横断小惑星とも呼称されるこの星は、それでもせいぜい直径五キロメートル程の大きさしかなく、一見には、単なる巨大な岩塊程度の認識だろう。

 だが、この小惑星の内部が実は空洞であり、自らを「罪人」と吹聴する奇矯な住人がその中に棲んでいるなどと、誰が思うだろうか。

 丁寧にくしけずられた黒錆色の髪は、びんを横広に整えるオールバックに始まって、肩下まで緩やかに届く。

 落ち着きのある壮年といった背格好、彫刻のように整った顔貌は、物憂げな隠者の態。彫り深い眼窩には、知性と深慮を窺わせる薄灰がかる紺碧の点睛が、精緻なモザイクの彩りを以て穿たれたように輝く。

 高くすらりとした上背に、ストイックな黒色の聖職者服カソックをまとう姿は、傍目にはまるきり「ふつうの地球人」のようにしか見えない。

 とはいえ、よくよく観察すれば、「罪人」の天藍輝く双眼のその下に、地球人にはありえないもう一双のが存在していることに気付くだろう。

 横髪から垣間見える耳も、上先に向かうほど細い尖りを帯び、明らかに地球人とは異なる形状を持っている。

 つまり、この「罪人」もまた、地球人とは異なる種であるということだ。

 そんな「罪人」に届いた、とある通信。

 この「罪人」と顔を合わせようなどという手合いなど、この「牢獄」を知るもの以上に少ないはず。

 誰何の怪訝を露わに送信元を確認すれば、はたしてそれは、よく見知るものからの通信であった。

「君から連絡を寄越すとは、ずいぶん珍しいこともあったものだ。」

 映像越しの相手を確認するなり、「罪人」の面貌にあった物憂げさは、一息に払拭された。

 代わりに浮かぶのは、にやりと喜びに気色ばむ表情。低く響いた声には、いかにも鷹揚に慕わしげな、けれど何処か粘調の響きの色がのる。

「しないで済むならそうしたかったが。」

「だが、それをこうしてわざわざ連絡を入れているというのは、つまり君にとって、それほど私を必要とする何かがあるということだろう? たとえ君がどれほど私を厭おうとも、だ。であるなら、こちらとしては全く嬉しい限りだよ。」

 返ってくる声の取りつく島のなさに、罪人はしかし、一層満足げに悦悦と薄笑う。

 やわい黒い髪を緩く振る仕種、黒細縁の眼鏡の奥、細寄りの糸目に険の色がこもる。気乗りなく疎ましげな表情、けんもほろろといった応答と声。

 見える相手の様子のどれをとっても、好意的といえるものは見当たらない。

 けれど、「罪人」はそれをこそ愉しんでいる。浮かぶ喜色を、隠すどころかむしろありありと示してそう伝えれば、こちらを見る相手の表情に、ひときわの気疎けうとみが際立った。

 無用の会話はしたくない、ということだろう。相手は早々に「罪人」の会話につきあうのをやめ、本題へと話を切り替えた。

「……かつて、が閉じ込められていたという場所についてだが。」

「〝サ・レァンソ・ン〟……? あそこが、何か?」

「其処へ連れて行ってもらいたい。」

「あんなところにかね? 君も随分と物好きを言う。」

「わたしではない。……或いはわたしこそ行くべきなのだろうが、わたしではない。」

 何やら含みのこもる、歯切れの悪い相手の言葉。もっとも、話を切り出された「罪人」の方も、全く思いも寄らない話を切り出され、表情が幾らか訝しげになった。

 相手が示したのは、「罪人」にとってはあまり良い感情を持っていない場所である。の方はそうでもなかったようだが、少なくとも、今になってわざわざ行きたいと思うような場所ではなかった。

 そしてこの相手も、それを知っている。知っていてなお「案内しろ」と言うのだから、何やらよほど特殊な事情があると見ていいだろう。

「それで……君ではない誰かをあそこに連れていって、どうすると?」

「千尋の谷に突き落としてもらいたい。」

 軽い探りを入れるつもりで問いかけた。すれば、返ってきたのは、「罪人」にすら予想外の答えであった。

「──……ハ、」

 思わず目を剥き、聞き返すような声を洩らす。同時に、この予想外にじわじわと、腹の底から笑いがこみ上げてきた。

 そのまま、快哉のような哄笑をひとしきり吐き出し、笑い尽くしてから、再び口を開く。

「あぁいや、失礼した。……まさかそんな愉快な言葉が、よりにもよって君の口から出てくるなど、思いもしなかったのでね。」

「それを愉快と思うような精神は持ち合わせていない。」

 笑いやめてなお、咽喉から洩れ出るそうになるものを押し隠すように、口許に掌を添える。顔を幾分伏せ気味にしたのも、同じ理由だ。

 傾け顔のまま、上目に画面の相手を見る。柳眉を渋面にゆがめ、苦悶にも似たる表情を浮かべる様が視界に映った。

 これである。この顔こそが、「罪人」の興を惹き、悦に入らせるものである。

「そういうことならば、……是非とも詳しく聞かせてもらおうか。」

 此処しばらくの、無聊をかこつ日々に少々飽いていたのもあるが、やはりこの相手は、己を楽しませてくれるものに事欠かないようだ。

 舌なめずりしたくなるような奇利きりの訪れに、「罪人」は口の端をゆるりと吊り上げてその先を促した。



  アラミツとシンの訪れから、まるまる半日が経過した。

 療養槽での回復が完了して早々、ふたりはクラートォから連れ出され、半ば問答無用に別の衛星レティクスまで連れて来られた。

 レティクス。リテラが持つ四つの衛星のひとつであり、ナマートリュが太陽系内で「保護」した「異星の難民」たちを、彼等の行き先が定まるまでの仮住まいとして提供している「都市衛星」。そして、フィニットとノーティが活動員となるための、最終試験が行われた場所でもある。

 つまり、今のふたりにとって、あまりにも「刺さる」場所なのだ。

 此処へ来るまでにされた説明は、「これから向かう場所で、自分たちが特訓を受ける」という、ただそれのみ。何処に行くのか、どんな特訓なのか、それすら教えてもらえない。

 そも、ふたりを此処まで連れてきたアラミツも、「詳細については、僕もよく知らなくてね」と、言葉に若干の申し訳無さを漂わせつつも、あっさり肩をすくめただけだった。

「役立たずは試験からやり直してこい……ってかァ?」

 口を尖らせたノーティが、ぼそりと投げやりに呟いた。

 置かれる状況の居心地の悪さに肩身を狭くしながら、フィニットもまた「そうかもね」と、か細く呟き返す。

 そんなふたりのが、のろのろと歩む足の遅れを、更に助長していた。

 ふたりのは、シンが行うらしい。ただし、アラミツの横にありながら此処まで何も言わず沈黙したまま、気鬱に重たげに沈む表情だけを浮かべている。

 もしや、この状況はシンとしても本意ではない、のかもしれない。もっとも、だからといってふたりに拒否を許すような空気もなかったのだが。

 やって来たのは、「フィロル」と呼ばれる街。この衛星に住むものたちの宇宙船ふねが出入りする、唯一の宙港を持った「星の玄関口」である。

 その関係上、此処を行き交うものは、この星本来の「住人」ではないもの、つまりナマートリュ以外の生命体が圧倒的に多い。

 人型をした生命体のみならず、種々様々な姿形をしたものたちの横を、隙間を、縫うようにすり抜けるように通りながら、彼等は「港」の一番奥までやって来た。

 メイン埠頭の賑わいから遠く隔離された、うら寂しい雰囲気の浮遊埠頭。この場所で、彼等は「船」を待つことになっていた。

 全く以て、華々しい出立などではない。ふたりにしてみれば、むしろ、何かから逃げ出そうとしているような、うしろめたい気持ちにさえなっている。

 当然ながら、そんなふたりに見送りが訪れるなどなく──

 突如、気配が増えた。途端、ノーティがぎょっと目をむいた。

 おぼろに増えた気配は、そのまま即座に、ある姿をとってこごる。

 ダンウィッチだった。

 げぇっ。声こそ出なかったものの、ノーティの浮かべた表情は、絶対に遭遇したくないものに遭遇してしまったときのそれである。

 親子の対面。

 だが、言葉はなかった。

 深い谷間の如き眉間皺、険しくつり上がる双眼の眼窩には、冷徹な金の色。それが、っと、ノーティを見降ろしている。

「……何だよ……」

 威圧の視線に曝されるいたたまれなさに、うなるように言葉を洩らしたが、己が父親からの言葉は、やはりない。

「何なンだよ、何か言いたいなら言えよ……! 今ならさすがのオレだっておとなしいしな。ま、どうせ、何もできずに尻尾巻いた負け犬とか思ってんだろ。まぁそのとおりって言えばそのとおりだから反論はしねぇ。何なら殴られたって文句は言わ」

「……まさか此処までとはな。」

 威圧の凝視がもたらした重い沈黙に耐えきれず、自虐自棄に表情をゆがめながら、自分自身を追い立てるような言葉が口をついて出た。

 だがそれは、溜め息を吐き捨てるように発されたダンウィッチの声に遮られる。

「……は?」

 言葉の意味を量りかねたノーティが、ダンウィッチを見上げたまま、うろたえた声を洩らす。

 きわめて平坦な、そしてはっきりとした落胆の色があった。けれど、それを確かめたくとも、最早ダンウィッチからそれ以上の言葉は出てこない。

 代わり、無言のまま闊歩の歩幅を踏み出したダンウィッチは、ノーティの前を素通りし、埠頭の先にいたアラミツとシンのところへ向かった。

 紛うことなき無視の挙動。

 まるで、目の前には何も存在していない、とでもいうように。

 けれどノーティは、ダンウィッチの取ったその挙動を、「何故」と考えるより早く理解した。

 して、しまった。

 力を過信するという以前に、そもそも力の意味すら軽んじていた自分。「自分だからできる」と思っていたことが、実は「自分だからできなかった」という現実を突きつけられ、ついには幼稚な意気がりすらできなくなった、今の自分。

 そういうことだ。この無様なまでの自分を見て、「殴るどころか話す価値もない」と判断したのだ、己の父親ダンウィッチは。

 いつもの殴り合いですら、ノーティを認めていたからこそ応じてくれていたのだと、こんなときになって思い知る。

 そのあと最後まで、ダンウィッチはノーティを見なかった。見ないまま、何も言うことなく、再びその場から姿を消した。

 ナマートリュの身体に、血は流れていない。汗をかく機能もない。

 ない、が、今のノーティは、全身から血の気が引くような、冷たい汗がしとどに背筋を流れるような、そんな心理状態の只中に叩き落とされていた。

「……時間だ。」

 静かに告げるシンの声。

 彼等のいるに、黒く塗り込められた紡錘型の小型宇宙船が、現れた。



 どれくらい経っただろうか。

 ふたり揃って押し込められた小さな船室の中、フィニットはぼんやりと考える。

 浮遊埠頭に、ぴたりと横付けするようにした黒い船は、円形の穴のような乗込口を開いて彼等を迎えた。

 船の主、あるいはそれに類するものは見当たらない。が、シンが何の躊躇もなく乗り込んだので、ふたりもそれについていくしかなかった。

 船室の真ん中、気概も芯も抜けてしまったようにうずくまるノーティをそっと気にかけながら、フィニットもちょこんと座り込む。

 この親子の船着き場でのやりとりは、フィニットも当然見ていた。

 ノーティにとっての、父親という存在。

 それが精神的にどれほど大きな位置を占めて、どれほど其処に依存していたのか。端から見れば一目瞭然としか言いようがない話なのだが、それでも、ノーティは、不幸にも、ある意味では幸いにも、今まで自覚したことがなかったのだろう。

 こればっかりは、君自身が向き合わないといけないことだよ。

 ぐにゃぐにゃと崩れるように、居住まいすら正せないノーティをちらりと横目に見る。そわそわと心配は募るが、それでも、このに関して、フィニットにできることは何もない。

 ないから、フィニットは自分のすべきことを考えることにした。

 ゆるゆると船室の中を見回す。

 まずは今の時間が知りたい。だが、時間を計れるようなものは見あたらないどころか、そもそもこの船室には、物自体がほとんどなかった。

 此処が船室だとわかったのも、休眠用と思しき備え付けの寝床のような設置物があったからだが、それすら使われている様子はほとんどないようだった。

 こっそりと、感覚のを拡げてみる。が、わかったのは、自分たちがいる船室と同じような船室の幾つかがある、という程度だった。

 どうやら、重要な区画については、容易に構造を知られないよう、何らかの対策がされているらしい。

 予期せぬ手持ち無沙汰。何もできることがない時間。

 いや、できることはある。

 考えること。むしろ今は、考えることしかできないと言ってもいいだろう。

 フィニットは、自分の手をゆっくりと持ち上げ、透かし見るように頭上にかざす。

 今は、何の瑕疵もない。だが、クラートォに運び込まれたときのフィニットは、全身くまなく砕け、罅入り、まさに命の瀬戸際にあった。

 あのとき身体の中で響いた、砕ける音。バラトシャーデは破砕が生命鉱石に及んだ音だと思ったようだが、実際は、少し違う。

 あれは、フィニットの身体を保持するための装置──もう少し正確を期して言うなら、生来的に身体を保持することができないフィニットの、「負の特性」を軽減するために後天的につけられた、「疑似生命鉱石」が砕けた音だった。

 生命鉱石を活動の源とする構造上、硬く強い身体は生命鉱石を保護するものであるのみならず、膨大なエネルギーの漏出と暴走を防ぐ意味においても、欠かざる要素である。

 もともと、ナマートリュの出生率の低さは、自然交配における出生の「状況」と「状態」によるところが大きい。

 最初に生まれるとき、不定形のエネルギーという物理現象として現れるナマートリュは、そのエネルギーが「固相」をとれるようになるまで、長い時間を必要とする。だが、この固相の状態になる過程において、エネルギーの調整がうまくいかず、結果として「発達不全」のまま散逸、消滅してしまうことが少なくなかった。

 後に、母胎樹に揺籃を設置し、その力を用いることで頑強な身体の形成と安定化に成功したが、これによってようやく、ナマートリュは種としての未来と安定を手に入れたといっても過言ではないだろう。

 だが、どんなものにも例外イレギュラーというものは生じる。

 他の子供たちと同じように揺籃に入れられたフィニットは、しかしあろうことか、身体の基幹として最初に形成されるはずの「生体金属」が一向に形成されず、身体の固化が始まらないという、それまでに全く前例のない個体だった。

 生体金属は、ナマートリュの命の核である生命鉱石を保持、保護するための器官であり、同時に、生命鉱石の出力エネルギーを制御する機能を担っている。

 エネルギー体から物質化するところまでは何とかこぎつけたものの、固相を保てないとなれば、通常の人型どころか、輪郭を保つことすらできないとい「不定形」の状態で生まれてしまいかねなかった。

 生命維持の点だけをいえば、このまま揺籃を「カラ」として、生命鉱石を失わないようにすることは可能である。かといって、この状態ではしてもいずれ、生命鉱石の出力に耐え切れなくなる。其処に予想される結果は、身体崩壊とエネルギーの散逸という、実質的な「死」だ。

 それでも、どんな「かたち」であろうとも、命として生まれてしまった子を排するような精神性は、ナマートリュにはなかった。

 様々な思案と研究を重ねた末、ひとりの医療研究者が、本来の生体金属に代わり身体固化を機能させる「代用品」を作り上げることに成功した。

 この「代用品」で生命鉱石を覆い、出力の安定性を確保することで、フィニットはようやく身体固化が可能になったのである。

 それを踏まえれば、本来この代用品は「疑似生体金属」である。が、研究者はこれをあえて「疑似生命鉱石」と名付けた。

 後天的に備えたものとはいえ、これがフィニットの生命鉱石いのちに等しいものであることを忘れないように、と。

 あの戦闘で破壊されたのは、つまり、これだった。

 破壊によって、固化の保持が十全に機能しなくなり、フィニットの身体は脆くほどけて罅入った。それでも、ことは、ついぞなかった。

「エネルギーの漏出や暴走が起こらなかったばかりか、身体の輪郭を留めてすらいたのは、ほとんど奇跡のようなものだろう。」

 フィニットを生まれたときから診てきたその「研究者」は、治療を施しながら淡々とそう告げた。静かで平坦な物言いではあったが、感情が込められていないわけではないことは、フィニットも重々理解している。

 この研究者はフィニットの両親の同僚であり、親しい友人でもあった。だから、このままではことすらできないこどものことを相談されたとき、一も二もなく引き受けてくれたのだという。

 以来、フィニットにとっても命の恩人であり、尊敬できる友人であり、なくてはならない存在として傍にいてくれるひと、になったのだ。

 心配させたくない、安心させたい、あなたのおかげで僕はいる。

 そのひとにもらった命を、意味を証明したい一念で、フィニットは此処まで成長してきたつもりだった。

 それなのに。

 丈夫な作りにしてやれなくてすまなかった。

 青く透明な目を伏せ、ぽつりとこぼされる声で洩れ聞こえたのは、申し訳なさに消沈するような、憂いと悔いのこもる謝罪の言葉だった。

 あなたは何も悪くない、悪くないよ。

 言葉どころか、声を発せられる状態にすらなかったフィニットは、明瞭でない思考の中から、ただただ必死に、そう伝えるしかできなかった。

 悪いのは、をちゃんと使えなかった僕だもの。

 無力感と沈痛とに濡れにじむ、透明な青の面影を思い出す。胸を突かれる心地で浮かぶ記憶を、手の中で握りしめるようにきゅっと閉じこめ、再び開く。

 そうだ、使えていなかったんだ、僕は。

 自分の身体について、ただただ「脆いもの」「弱いもの」だと思っていた。脆いから砕けるのだと思っていた。弱いから負けたのだと思っていた。

 違う。

 弱いことに甘えて、脆いことを言い訳にして、自分の身体のことも、自分のも、何も考えてこなかった。今の自分の姿は、その怠惰の報いであり、当然の結果だ。

 ちりぢりと、微塵の欠片に砕けたあの瞬間を思い出す。

 動けなかった、そう思っていた。でも、そうではなかった。

 あのときのフィニットの身体は、砕けてなお、動こうとする意思に応えてざわめいていたではないか。

 本当は、もしかしたら。あるいはこの手には、この身体の中には──

 巡る思考に、未だ明確な出口がないことは、何ら変わりない。それでも、自分の何処かに、見つけなければならない何かがある、そんな気がして仕方がない。

 だから、フィニットは槽を出る際、あのひとにひとつ、頼みごとをした。

 頼みごとの内容を聞いたあのひとは、いい顔をしなかった。それでも、お前がどうしてもそうする必要があるというのなら、と、最後には頼まれてくれた。

 今度こそ、僕は自分を、きちんと考える。

 うん、考えるしかないんだ。

 今は、いや、今だから、そうしなければならないのだと、フィニットはひたすらに思考の渦の中に自分の意識をもぐらせ続けた。

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