第24話
痛みの箇所は応急にふさいだ。しかし、それすらあくまでも、必要最低限のみである。
削れた足先のままでは、動きに支障が出る。銃弾に追い立てられる中、ノーティは僅かな隙を縫いながら、足先にエネルギーを送り込んで修復を敢行した。
じわりとした熱が溜まり、充ちたところで一息に収束、密集。
砕けた足先に、白い光が
再生される足先は、即席といってもいい出来ゆえに、形はひどくいびつだった。だが、それに構っている暇はない。今は、動きの軸にできる強度さえあればいい。
腕の方は、同様にはできなかった。砕けた質量が多すぎて、修復に回せる余力など、とてもじゃないがひねり出せない。
損壊部分から漏出するエネルギーせき止め、簡易な治癒だけを施す。この状況では、むしろ其処に割り振りができただけでも上出来だろう。
多大な
ひととおりの持ち直しはできた。動くに大きな支障はない。が、この状態で防御面に多くを望めないだろうことは確かだ。
未だ飛び交う銃弾は、三発。
全て消せないわけではない。だが、それを見定めるには、こちらの攻撃を当てるか、自分が被弾して確かめるかせねばならない。
当てて消えれば御の字だが、消えなかった場合、エネルギーを消費した上に、更にダメージを喰らってしまうことにもなりかねなかった。
どっちにせよ、リスク負うのはコッチばっかりじゃねぇか。
現状、ひたすら指鳴る音の回数と方向だけを頼りに、銃弾を避け続けるしかできないでいる。それでなくても、一度ならず二度までも喰らってしまった覚えが、ノーティの動きを鈍らせていた。
フィニットのように精度の高いサーチができていたなら、あるいは迎撃するのも、もう少し楽だったかも知れない。
だが、怒りと焦りで気が急くばかりになってしまっている今のノーティに、それはあまりにも難しい話だった。慎重に動かなければならないのだと、自分に言い聞かせればいい聞かせるほど、気の逸りは倍増して動きを制約する。
それがために、此処に至って、躱しきれない弾筋が増えていた。今のところは致命傷にこそなっていないが、それでも、じわじわと、じりじりと、ダメージを喰らっている。
まずい。わかってる。でもどうすれば。
思考と行動の堂々巡り、けれど、脱却できる方法が浮かんでこない。
「いいねいいね、なかなかイイ踊りっぷりになってきたじゃないか、新人其之一クン。」
「この陰険ヤロウ……!」
ひたすら疲弊していくノーティを揶揄するように、アンティアヴィラタの煽り声が響いた。
優越というよりも、見下しのそれ。あくまでも「高みの見物」を楽しんでいるアンティアヴィラタの態度に、ノーティの神経が、ガリガリと逆撫でされる。
苛立ちはそのまま、余裕のなさに直結する。結果、あってはならない隙が生じ、向けるべきものに向ける注意が逸れる。
つまり、それは。
「ぐが……ぁっ……!」
「はははっ……おやおや、ビンゴだ!」
ノーティの、苦痛を帯びて上がった声。失笑を浴びせるアンティアヴィラタ。
状況は端的だ。
都合三つの着弾音。同時に、ノーティの身体が、叩きつけられるように墜ちる。
質量のあるモノが、どうっと地に落ちた音。地埃のような白塵が、噴き上がるように舞う。
「油断したら命取り。なのに油断したのかい? ま、所詮は意気がるただの
アンティアヴィラタが、ノーティの無様を、殊更わざとらしくゆっくりとした口調で、強調するように放言する。
だが、今のノーティに、それをまともに聞く余裕はなかった。
したたか打ち付けられた身体を丸めて、左脚を抱え込む。今度こそ、それは腿ごと砕けていた。
クソッタレが……! 迫り上がる悪態は、けれど、声にはするには遅きに失した。
無惨に砕けた脚におびただしくにじむ、まばゆく青白い洩光。だがそれは、今この状況においては、損壊の度合いそのものを示すまばゆさでもある。
出力の調整が利かない甚大な
のたうつノーティの姿を、アンティアヴィラタが下卑に満ちた笑顔で見下ろす。苦悶を浮かべるノーティの顔が、悔しさでなおもゆがむ。
「……でもって、キミは今、それを挽回することもできず、此処で終わるワケだ。」
「コレで終わりなワケ……ねぇ……だろ!」
身体が軋み上がる。更なる痛苦を訴える。
それでも今はまだ、何とか威勢を保って声を張り上げることができた。嘲笑と揶揄を向けるアンティアヴィラタに、怒りを向けて。
アンティアヴィラタに、それを意に介するような様子はない。先刻までとまったく同じに、高々と片手を上げる。
既に、何度見た光景か。あの指が鳴れば、間違いなく、弾丸が降るだろう。
だが、諦めなどしない。とにかく、身体を引きずってでも、動いて、反撃をするのだ。
そのために、ひとまず身を隠せるような場所、安全な──何処がある?
ドゥルゼか? バカ言え、コイツを放置して飛んだら、確実に追ってくる。そうなれば、他まで巻き込む可能性の方が高い。
短距離転移で避けて距離をとるのは? 当然、弾道もすぐにそれを追って変わる。それはわかりきっている。だったら、小刻みな転移でそれを躱しながら──それもだめだ、自分のこの状態では、遅かれ速かれ追い付かれる。
「……追い付かれ……る?」
うめく声の内側で、ノーティは脳裏にふとひらめいた。
どうせ追い付かれるならば、追い付く先を定めてしまえばいいのでは?
容赦ない痛みに思考を散らされながら、それでも必死にぐりぐりと巡らせる。
反芻や吟味など、今この切迫の瞬間に、している猶予はない。
上空から見下す視線をギッと見据えて睨み返し、ノーティは痛みと軋みの奔る身体を起こした。
支える腕はまだ動く。ひそやかな、しかし確固たる意思を以て、ぐっと力をこめて手のひらを握りしめる。
パキン。
アンティアヴィラタの指が鳴った。
何処までも硬質な音。もう幾幾度、うんざりするほど聞いたそれを、しかしノーティは、今この瞬間だけは自ら待ち構えた。
上空から降るように現れる銃弾。それと同時、倒れ込んでいたノーティの姿が消えた。
そして再び、現れる。
位置は、アンティアヴィラタの背後。つまり、銃弾がノーティを追うならば、射線は当然、アンティアヴィラタのいる位置を通ることになる。
ナマートリュの身体すら砕く銃弾だ、たとえ射手たるアンティアヴィラタであろうと、その破壊力からは免れ得まい。避けるなり何なりの行動が必要となれば、其処には当然、少なからぬ隙も生じるはすだ。
鳴らなば、銃弾は無為にて地に突き刺さる。鳴らば、再び方向を変える僅かな猶予で、ノーティの反撃が成るだろう。
そしてはたして。
音は、ついに鳴らなかった。
ノーティが、大きく振りかぶった。光波をこめて握りしめた拳を、アンティアヴィラタ目掛けて、渾身の力と勢いでそのまま振り下ろす。
削られたのは片腕、砕かれたのは片脚。どちらも、片方ずつならまだ十分に機能していた。使い方を過たなければ、やりようはいくらでもある。
「これでどう……っ……」
起死回生をこめて揚がる気炎の声。
だがそれは、最後まで吐き切る前に途切れた──否、途切れさせられた。
拳を振りかぶるノーティの顔面に、後ろ蹴りで繰り出されたアンティアヴィラタの足先が、めり込まんばかりの勢いで入る。
蹴り抜かれる足先の速度は迅速。当然、生じたインパクトもまた相応に大きい。
そのまま、ノーティは弾き飛ばされるように墜ちた。
「あーあ。またまたしくじっちゃったねぇ、新人其ノ一クン。敵に動きの予測を付けさせちゃダメだって、習わなかったかい?」
くるりと身体を半回転させ、蹴り足を引き戻したアンティアヴィラタが、これ以上なくお
何が。どうして。
衝撃も苦痛も、驚愕も疑問も、受けた何もかもがぐるぐると混ざり合う。そんなノーティの内心を見透かすように、アンティアヴィラタが言葉を続けた。
「手だよ、手。動く前に握っちゃったよね、キミ。」
軽侮の声を立てて嗤うアンティアヴィラタの言葉に、ノーティは呆然と、己が手を見る。
そうだ。光波をこめるため、アンティアヴィラタをぶん殴るため、ノーティは、確かに、この手を「握り締め」た。
それがあだになった──ということだ。
動きには理由がある。力をこめる動きがあれば、その込めた力を使うための動きが次ぐはず、と考えるのは、戦闘に慣れたものなら至極自然なことだ。
「今までバカのひとつ覚えみたいに撃ってたものを、撃つ素振りさえ見せないとなれば、打撃に使う可能性が高い。そしてそれが振るわれるとすれば、どの位置に陣取るのが最も有効なのか自ずと推測できる……って、それくらい誰でもわかることだろうに。」
わかっている。アンティアヴィラタの言うとおり、理屈だけならノーティだってわかっている。
わかっていながら、其処に思い至れなかった。そして思い至れなかった結果が、これだ。
戦闘における動きの組み立ての甘さ、圧倒的に足りない経験と場数の少なさゆえに、まざまざと露呈する弱点。
切迫の中のひらめきは、決して悪手ではなかった。読みとられたのは、行動の片鱗にすぎなかった。
だが、そのひらめきより更に上の部分で、相手の周到さが勝った。
本当に、ただそれだけのこと。
だが、この差こそが、今の両者の差を何より如実に示すものでもある。
「ふーん、最初のイキがりは何処に行ったのかな? まぁ、ボクとしても、そろそろ遊ぶのに飽きてきたし、これで終わりにしとこうか。」
退屈のあくびでも洩らすような物言いをしながら、高々と、悠々と、アンティアヴィラタが手を掲げた。
それを見上げながらも、ノーティは動けない。
身体の痛みはもとより、今この瞬間において、何よりも精神がくじけていた。立つための気力すらそぎ落とされてしまっていた。
あらゆる思考と行動が、ことごとく相手の掌上にあるという事実。追い詰められ、彼我の差に打ちひしがれる茫然自失に、心身ともにただ重く倒れ、起き上がることすらできない。
そして鳴る。
パキン。
それまでと全く変わらぬ「引き金」の音。高らかな凱歌のようにも、嘲笑う哄笑のようにも聞こえる何処までも無情なそれに続くのは──
無音。
アンティアヴィラタの顔に、盛大な怪訝が浮かんだ。上空の赤黒い毀裂を見上げ、もう一度、指を鳴らす。
指鳴る度に、無音が繰り返される。如何な待とうと、音に続くはずの銃弾が、ついぞ現れない。
怪訝の表情が険悪なそれへと変化した。
もう一度、二度三度、更には幾度、パキンパキンと、鳴らされる指音は高らかに。
だが、それに呼応するものはない。そよと揺れる空気すら、ない。
「──あァ? どういうことだスピンガス!
業を煮やしたように、アンティアヴィラタが叫んだ。
此処ではない何処かへ向けた、明瞭なイラつき声が、虚空に向けて突き立つように響き渡る。
何が起こっているのか、ノーティには皆目わからない。
虚空の何処かへ向け、何かをなじるようにわめき叫んでいたアンティアヴィラタは、やがて、ひどく不機嫌な顔で足を踏み鳴らすように、ざくざくと空を蹴った。
さながら
続いたのは、盛大な舌打ち。苛つきにまかせ、自身の
パントマイムのような悪態をしばし、やがて忌々しい顔で、仕方ねぇ、と吐き捨てるように声を洩らす。
「……命拾いしたっぽいなぁ、新人其ノ一クン。」
アンティアヴィラタの顔が、ノーティを見下ろす。憤懣と
消えた。
空にばっくりと開いていた赤黒い毀裂ともども、何もかもがすっぱりと消え失せる。
結局、何が起こったのか。確かなのは、このときのノーティは、その状況の真相を把握することさえできないほどの自失の域にあったという、ただそれだけだった。
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