第19話

  母胎樹の巨大さ、広大さは、地上のみに限らない。

 樹幹の下に存在する根もまた、あの威容を支えるに足る深さと強さを以て、地中にその根を張っていた。

 その根と根の間には、いくつもの様々な大きさの洞穴ドゥルゼが、さながらアリの巣のような構造で存在しており、うち何割かは若干の手を加えられ、エデューカの施設として整備されている。

 エデューカに集められているのは、揺籃ようらんから出てまだ間もない「稚葉の頃オーリエンス」、つまり幼児期のナマートリュたちだ。

 生まれてすぐの頃と比べ、姿形こそ安定しているものの、内部的な能力に関して言えば、まだまだ不安定この上ない。必然、力を上手く扱えないものも多く、時にその力が物理的発露に至ることも少なくなかった。

 ほとんどの場合は単なる「癇癪かんしゃく」程度の発露だが、ごく稀に、「暴発」レベルへ達してしまうものもある。頻度として多くなくとも、「ないわけではない」以上、避難なり隔離なりの対処は想定しておかねばならない。

 つまり此処は、そういう「想定」に対応した場所であった。

「ひとまず、地上よりは安全でしょう。」

 地上の騒音どころか、危機の気配すら遮られたように静かな中で響く、シンの声。決して大きな声ではないが、場所が場所だけに、遮るものもなく明瞭に響く。

「これまでの襲撃でも似たような言葉を聞いた気がするが……、こう頻繁だと気休めにもならん……っ! そもそも……此処はかなり重要な施設だと聞いているが……そんな場所ですらこうも容易く侵入されるとは、脆弱に過ぎる防衛体制だ……!」

「結果としてはそうなります。ただ、あえて言い訳すれば、いわゆる想定外というものであったのも確かなのですが。」

「そんなものは……っ、問題が顕在化してから後出しされる、ありきたりな常套句にすぎん!」

 シンの声に返してもうひとつ響く声は、蝦名のものだった。

 先刻の襲撃の際、蝦名が傷を負った。左前腕の骨折だが、幸いなことに、命に別状はない。とはいえ、早急な治療は必須であり、放置すれば身体支障が残る可能性もある。

 勿論、シンの治癒能力なら応急手当など難しくない。創傷の類なら、時間さえあれば完治させることも可能だ。

 ただ、あのスライムの群れの真っ直中でそれを行うのは、さすがに無謀だろう。

 ひかりたちより一足先に避難していたのは、そういう事情からであった。

 額に脂汗をうっすらにじませている蝦名の様子からして、折れた痛みは相応にはあるはずだ。しかし、シンが幾度「早く傷の手当てを」と申し出ても、「要らん!」と突っぱねるばかりで、断固として治療を受ける気はないようだった。

 痛みにうめき声を洩らしてなお、いつも以上にあららげる語勢で辛辣な意見を吐き続ける蝦名に、シンはほとほとと困り顔を浮かべる。

 地上には、まだひかりが残っている。新人たちを信頼して任せてはきたが、内懐には心配が募っていた。

 かといって、この状態の蝦名を放置するわけにもいかない。思案の末、シンはあえてこの場に留まる判断をした。

「……それについては、反論のしようがありません。だからこそ、とあえて言ったのです。」

 シンは、怪我についてそれ以上言い募るのをやめ、吐かれる辛辣におとなしく付き合うことにした。軟化の兆しひとつない蝦名の態度に、溜息めいた仕種をひとつ落として、会話を続ける。

「他人の星のことには無駄に心血を注ぎながら、自分たちの星のことは手抜きに済ますような、そんな相手に守られる地球も、いつ何時手を抜かれて危険に晒されるか、わかったものではない……!」

 辛辣の舌鋒は峻険を極めた。嫌味の範疇をとうに越え、もはや詰責や糾弾といってもいい。

 だが、叫ぶほどの大声を出したことで、痛みを誘発したのだろう。左腕を押さえながら、歯を噛みしめるように顔をしかめた蝦名は、痛みを振り払うかのように、ぐらんぐらんと頭を振る。

「やはり手当てを……」

「要らんと言っている……! この程度、地球の医療技術で十分に治療可能だ。ナマートリュの力になど頼らん……!」

 具合を案じて伸ばされたシンの手を、蝦名の手が即座に払い退ける。

 居住まいの悪い沈黙が、数瞬落ちた。

「……もっとも、穴だらけなのは地球も大差ないな。ナマートリュのいない状況で、はたしてどれほど地球の守りが保つものか。」

 沈黙の後、不意に、蝦名の声がひずむように転調した。

 言葉を境に、それまで吐き出されいたが、呟くとも聞かせるともつかない、胡乱うろんな気配をまとう響きに取って代わる。

「今回の襲撃で、地球にいたレジェンドまでリテラこちらに取って返させたそうだが、だとすれば、今の地球の戦力はずいぶん手薄ということになる。そんな状況で、もし外部からの攻撃でもあれば……どうなる?」

「……わたしの知る地球の防衛力なら、全く馬鹿にしたものもはないと思っていますが。」

 蝦名の様子の変化に、怪訝を含みながらシンが答えた。

 あくまでもシンの言葉に、じわりと脂汗をにじませていた蝦名の顔が、おかしげに笑うように動く。

「地球人にどれくらい期待しているのかは知らんが……地球の防衛力など所詮知れている。だからこそ、こんな鹿にもあえて臨んでいるのだ。異星人との同盟による地球防衛の保証を得られるだけでなく、あわよくば、その宇宙人の技術や科学をもかすめ取るチャンスだからな。」

「……確かに、そういう意図を持った向きも、あるいはおいでになるのかもしれませんが……其処まで悪し様に言う必要もないでしょうに。」

 ふん、と小馬鹿にしたような鼻息を洩らし、嘲笑じみた形に口許をゆがませながらの蝦名の言に、シンは当たりの柔らかな苦笑の態で返した。

 ただし、其処に浮かべた表情は、やや強く寄る柳眉に笑わぬ口許という、不穏な言葉をたしなめる意思のこもるものだったが。

 そんなシンの様子などまるで無視して、というよりむしろ、更に不穏を煽るような口調で、蝦名は更に言葉を続ける。

「まぁ、そんな状況だ。であれば……いや、あるいは大々的な攻撃などに限らず、たとえば……そうたとえば、だ。未来を左右しかねないほどのが今、地球にいるとしよう。しかしその価値ゆえに、命を狙われる危険に曝されているとしたら? 狙うものにとって、今このタイミングはまさに好機といえるのではないのか?」

 最初こそ、ひとりごと程度のトーンだった蝦名の声が、次第に、何処か煽動的な、粘つくような感触のにじむものになっていく。

 徐々に、じわじわと。その感触が増していくのに比例し、高揚する何かが滲み出してくるような、そんな気配すらあった。

 まるで、何か取り憑かれたような、異常な熱量の饒舌。

 それを見るシンの顔に、それまでにない険しい色がかれる。

「蝦名さん、あなたは……」

 坦々と静かに出た声と同様、表情自体大きくは動かない。ただ、黒縁の眼鏡の奥、糸めいて細められるその目は、確かにを捉えていた。

「あなたは……──誰です?」

 シンの口から出たのは、問いの形こそしているものの、既に疑念や疑惑などではない、明瞭な確信を含むものだった。

 あえて尋ねる形にした言葉の外側には、尋常なく強い圧がある。

「……誰、ときたか。だが、少なくとも、心当たりはあるのだろう?」

 シンのそれを受けてなお、怯みや怖じ気の様子は見られない。それどころか、いっそういびつに笑いながら、再びシンへ問い返した。

 俯き加減の首を、ゆっくりと仰のくように反らし、そしてまた、ゆっくりと俯くように伏せる。

 その動きに沿って、やはりゆっくりと口を開いた相手は、もういちどぐるりと首を揺らし、シンの正面を向いた。

「心当たり、ですか。……非常に不本意なことですが、すぐにはわかりかねます。」

 己を見据える相手に警戒を露わにしながら、シンはなおも静穏の態度を貫く。

 相手は、それにひどく苛立った様子を見せた。

「……あぁそうだろう、貴様ならそうだろう! ……だが、そちらに覚えがなくともこちらにはある。ありすぎるほどにある……!」

 露骨な嫌悪を顔にのせ、叫ぶように口にのぼる声は、地の底から這い上がるような、哄笑しながら呪詛を吐くような、そんな声だった。

 声と同時、額を突き合わすほどの距離に、相手がシンの顔をのぞき込む。その表情は、憤怒と怨嗟に色濃くゆがんでいる。

 得体の知れない、異貌とすらいえるその変化。

 あからさまな悪意をありありと示すそれに、シンが簡捷かんしょうに身構える。すれば、相手は触れうるほどまで乗り出していた身を、あっさりと引いた。

 其処にあった熱量が一気に反転したような、一拍の沈黙。

「……さて、さっきの話の続きだが。」

 其処に浮かんだ相手の表情には、ほんの今し方まで存在した激情の痕跡は微塵もない。それどころかむしろ、冷ややかに下這うような、ひそみ笑いのそれに変化していた。

「地球にとってを守れるものがいない。これ以上ない好機だな、どう考えても。」

「……何が、仰りたいのですか。」

 シンは、あえて迂遠に尋ねた。

 これまでの言葉に出ているのが、何の、誰のことなのか、シンにわからないはずがなかった。

 更に言うなら、蝦名という人間が、その「何か」「誰か」を、このように言うはずもなかった。

 つまり、今此処で話しているは、──

 だが、今この瞬間に相手から読み取れる情報バイタルサインが、紛うことなく地球人のものであることも、事実である。

 此処に「答え」を推測することは、あまりにも容易だ。

 しかしそれは同時に、万が一対応を誤れば、まだだろう蝦名という存在を、危うくすることにもなりかねない、ということでもある。

 それは避けたい。何としてでも。

 言ってみれば、シンのこの迂遠は、状況打破のための時間稼ぎなのだ。

「これでわからなければ愚陋ぐろうに過ぎる。だが生憎と、貴様がそういうたぐいでないことは、よくよく知っているぞ?」

 シンのそんな思惑は、けれどやはり、相手も察しているらしい。賞賛のような言葉の選択とは裏腹に、心底からのあざけりの表情を浮かべ、疑念を窺うような口調で言う。

 シンを「よくよく知っている」と言った。それは要するに、そんな言葉が出るような仕儀をした相手である、ということだ。

「……だが、そうだな……その余裕が何処いつまで続くか、見ものとしては面白い。あえてくだらん腹芸に付き合ってやろうじゃあないか……!」

 ひょぅ、と、甲高い音が上がった。

 聴き障るほどのそれは、確かに、嗤う声だった。



  転送された地下は、全く静かだった。

 洞窟、というにはずいぶん明るい。けれど、見上げても空は見えず、代わりに高い位置に岩と思しき様相の天井が見えるので、やはりそれに類する場所なのだろう。

 明るさの理由は、ところどころで照明のように光る鉱物だった。多分、滞在施設の庭にあった植物と同じようなものだろう。

 座り込んだままの状態で転送されていたひかりは、其処で、はっと我に返った。

「大丈夫だった? みんなケガはない?」

 きょろきょろと、自分の周りを取り囲む子供たちを見回し、声を掛ける。

 だいじょぶ。ちきゅじんも、だいじょぶ? つたなくも真摯に尋ねてくる子供たちの言葉に、うん大丈夫、と、笑顔で返した。

 自分たちの身近な存在の、あんな惨事を目の前で見てしまったというのに。それでも気丈に、健気にひかりのことを心配してくれる子供たちに、ひかりはちょっと目頭が熱くなってしまう。

「何とか無事に避難できて……あれ……?」

 そんなひかりと子供たちの様子に、こちらもほっと肩をなで下ろした様子のフィニットが、ふと怪訝に声を途切れさせた。

 どうしたの? ひかりが振り仰ぐと、フィニットが遠目に視線を遣っている。

 視線を追えば、蝦名とシンの姿があった。ひかりが思ったとおり、やはり先に避難していたのだとわかって、ほっとする。

 ほっとするのと同時に、何でいなかったの、来てくれなかったの、というシンへの文句が内心にまたぞろ湧いて出てきた。けれどそれは、口から出てくる前に立ち消えた。

 妙だった。何かが。

 向かい合って立つ蝦名とシンの間、其処にある空気というか、雰囲気というか、が、何だかおかしい。

 ひどく険悪な空気が漂っている──ように見える。

 シンに対し、蝦名の当たりが強いのは、別に今に始まったことではない。けれど、今感じているものは、いつものそれとも違うように思える。

 どうしたんだろう、と戸惑う顔でフィニットを振り返ると、こちらも、緊張を含んだ険しい表情を浮かべていた。

「……ちょっと面倒なことになってる……かも……?」

「え、面倒?」

 ぽそりと、ひかりの耳にかろうじて届く程度の声で、フィニットが言ったのを、オウム返しに聞き返すと、フィニットは曖昧に困ったような顔で頷く。

 詳しいことはよくわからないが、やはり何やららしい、ということだけは、ひかりにも伝わった。

 でも。

 あそこで何が起こっているのか、どうしても──気になってしまう。

「フィニット、ちょっとこの子たちをお願いね。」

 躊躇と逡巡の末、ひかりは、周りにいる子供たちをフィニットに押し付けるように任せて、そろっと歩を出した。

「え。あっ、ひかり! そっち行かない方が……」

 小さく叫ぶようなフィニットの制止を、ひかりはしぃっと口許に指を当ててさえぎり、そのまま小走りでふたりの方へと近寄った。

 晶洞である此処には、あちこちに大きな鉱物の結晶が生えている。

 それらに隠れ、こそこそ早足に、やがて徐々に抜き足差し足、最後にはそーっと忍び足する足取りで、蝦名とシンのいる間近辺りまで来た。

 差し向かうふたりが少し斜めに見える場所、蝦名が背を向ける側に、ちょうどいい具合に大きな結晶の岩がある。

 その大きく湾曲した結晶の、くぼみの陰。表面は細かい結晶に覆われていて、ちょっとちくちくするけれど、隠れるための収まりとしてはなかなかよさそうだ。

 ひかりは其処に、ぺたりと張り付くように身体を付けて、そっと顔をのぞく形で様子を窺った。

「……偽装か、或いは憑依か、おそらくその辺りだろうとは思ってはいたが。」

 先に耳に入ってきたのは、静かに響くシンの声。

 ぎそう? ひょーい? いったい何の話?

 其処に出てくる言葉に、内容の見当が全く付ないひかりは、思考に疑問符を山と浮かべ、更に聞き耳を立てる。

「意外に早く気取られていたということか。いつからだ?」

「割と最初から、だ。こちらの身体検査を拒んだり、居場所に襲撃者が現れたり、疑念を抱く点は幾つかあった。」

「襲撃を疑うのならば、もうひとりの方も同じだろう?」

「彼女にそんな器用な真似ができると?」

「根拠の薄い消去法だ。」

「それ以外のもなくはないが、ともあれ、わたしが蝦名氏付きになったのは、そういう理由もあった。できればただの懸念であって欲しかったが。」

 だから、何の話なの? 其処で交わされている会話の意味が、ひかりには一向にわからない。

 かろうじてわかるのは、蝦名に対するシンの言葉遣いがいつもと違うこと、今までで最高に険悪な空気が両者の間にあること、くらいだろう

「相変わらず食えん態度だ。……だが、ばかりは対応を誤ったな。」

「……誤った?」

 笑いながら言う蝦名に、シンが淡々と問い返す声が聞こえる。

 んーと、あれって、蝦名さん、よね?

 会話の中に聞こえてくるのは、確かに蝦名の声だ。けれど何だろう、この耳馴染みのなさは。

 違和感、と言えばいいのだろうか。何がそう感じさせるのかはわからない。でも、やっぱりどうしてもしっくりこない。

 知っている声なのに、聞いたことがないような、もっと言えば、にすら聞こえてくる。

の貴様の判断は正しかったと、褒めてやったのだが。」

「いずれの時においても、わたしの選択が必ずしも正しいなどと、思ってはいない。」

「つくづくさかしらな韜晦が得意だな。どうあっても俺から確答を引き出したいとみえる。まぁいい、ならば答えてやろう。貴様が、だ!」

 蝦名の言葉の瞬間、シンの顔に、強い苦さと険しさが色濃く浮かんだ。

 話の流れは、今も全くわからない。わからないけれど、この蝦名の言葉が、両者の間で何かの決定打になったことだけはわかる。

 いつものシンからは到底想像がつかないような、それほど明らかな気配の変化だったのだ。

 蝦名の口から出てきた、「あの地球人」「殺した」という言葉。シンに動揺をもたらしたのは、間違いなくそれだろう。

 そしてそれは、ひかりの中にも即座に思い当たるものがある。

「貴様にとっては相当重要な存在だったようだな、あの地球人は。だが、それでも貴様は殺した。殺すことを選んだ。そしてそれは、結果として全く正しかった。何せ、そうしなければ地球は今頃、ウスルの第二の故郷と化していたはずだからな。」

「……おまえが行おうとしたことは、ウスルの総意ではなかった。」

「総意ではなかったということにされただけだ! 奴等は、俺の功を認めなかったばかりか、として追放した! ウスルの悲願たる故郷の獲得ばかりでなく、種の矜持まで捨て去って日和見に走った奴等こそ、本当の裏切り者だ!」

 うする? よくわからない単語が何度か耳に入ったが、ひかりには全くちんぷんかんぷんだった。

 けれど、激しく罵る声の調子から、その単語に対して強い憎悪を持っていることが、はっきりとわかる。

「……まぁ、そんなことはどうでもいい。どうせ奴等など、最早同族とも思わん。俺が言いたいのは、貴様の罪は、あのときにこそ生まれたということだ。あぁそうだ、全く見事な決断力だった、それで終わっていればな。だが貴様は、己の手で殺した地球人を、あろうことか生き返らせた。地球の生命に対する干渉は、貴様等の最も大きな禁忌のはずだが、貴様はあえてそれを破った。」

 滔滔と言葉を吐き出す蝦名の周囲に、異様なほどの昂揚が渦巻いている気配がする。

「そうだ。貴様は、命を奪うだけではなく、生き返らせたことによって、本来の生そのものをもゆがませた。あの地球人は、貴様の都合によって容赦なく殺された挙句、地球人として生きるはずだった未来を奪われた、ある意味これ以上なく哀れなものとなった!」

 まるで演説でもするような、大げさにすら思える抑揚で、ひたすらまくしたてるように語るのを、ひかりはむずむずとした気持ち悪さとともに聞いた。

「最初がどうあれ、結果として、あの地球人は貴様等に都合良く動くたりえる存在となった。或いは生き返らせることでそうなるように仕向けたのか? だとしたら、貴様等としては文句なしの結果だろうな。その上で、これを利用しない手はないと判断したからこそ、今になって地球と交流などという話に乗ったのだろう? 地球の護りだの友好だのと綺麗事を並べながら、結局は自らの利を求めて。」

 これ、ホントに蝦名さん? そりゃ確かにちょっと意地悪な物言い多い人だけど。

 ひかりの中につのる疑問が、徐々に強くなっていく。そもそも、蝦名なら、こんなことを言ったりはしない、と思う。

「まぁあの地球人も、なかなかしたたかかではあるがな。生き返った事情を上手くごまかし、何食わぬ顔で日常を過ごしながら、如才なくのし上がって地位を得た。強大な防衛組織を作り上げ、ついにはこうして、貴様等と手を結ぶまでにこぎつけた。まさに平和の立て役者、地球の未来にとって失うべからざる人間というやつだ。」

 だって、これって。これって、おじいちゃんのことでしょ!

 だからこそ、ひかりは確信した。

 蝦名なら、ひかりの祖父をこんなふうに言ったりはしない。根拠らしい根拠なんてないけれど、たぶん、其処だけは断言してもいいと思う。

 だとすればやはり、これは蝦名ではない──のではないか。

 そしてこの話は、シンの、あのかたくなな「拒否」の理由にも関係しているのだろう。

 話の全貌が見えたわけではない、わけのわからない状況であることにも変わりはない。それでもひかりは、もう少し聞いていたら何かわかるのでは、と思った。

 だから、息を呑む心地で、前のめりになるほど岩に張り付いて、なおも会話に聞き耳を立てた。

「だが、地球人の命はごく短い。ましてに至っては、もはや老いさらばえ、死ぬのを待つばかりの老人だ。地球との繋がりを作り終え、もはや貴様等にとって大した価値のない……そうか、だからか。だから貴様等は、その地球人の血縁者を此処に呼んだのか。あわよくば、も何かに利用しようと!」

 ひときわ高らかに、凱歌を叫ぶような声がした──瞬間。

「んきゃあ!」

 突然、何かに身体を掴まれた感触がした。と思ったら、強い遠心力で揺さ振られるような感覚と共に、ひかりの身体が空中高く浮き上がる。

 思わずすっとんきょうな悲鳴をあげていたが、おかれている状況的には、そんな悲鳴どころの騒ぎではなかった。

「何よこれ!」

 突如自分の身に降りかかった状況の意味が、ひかりには全く把握できない。

 此処にはあのスライムはいないのに!

「次は是非とも、にどんな利用価値があるのか、じっくりと聞いてみたいところだ。お前もその辺りは聞いてみたいだろう? なぁ、早御田ひかり!」

 混乱と恐慌にまみれる中で、自分の名前が聞こえてくる。

 嘲笑と侮蔑とが入り混じったような狂騒めいた声は、蝦名の、いや、蝦名のようでいて絶対的に違う何者かの声だった。

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