第13話 昼食と違い

――日本 京都――



「…………ん……」


 あれからどれくらい経ったのか。気が付くと俺はバスの最後部座席に寝かされていた。


「あ、リョーヤ。気が付いたんだ。」


 声がした方向に目を向けると、余ったスペースにユリが座っていた。奥の窓からは日が既に高い位置に昇っているのが見える。察するに、もう昼食時なのだろう。


「俺、あの後どうなって……?」


 まだ節々が痛む体を起こしながら、試合の顛末てんまつを訊いた。


「ファーストの真技をまともに受けて倒れたんだけど、その先は覚えてる?」


「……いや、全く覚えてない……」


 倒れたときに頭を打ったのか? はたまたすぐに気を失ったから、その先を単純に知らないのか。


 いずれにせよファーストの真技を受けたのは覚えているが、それから今まで経緯は全く記憶になかった。


「そっか。気を失ってたから覚えてないのも仕方ないね。


 あの模擬戦、結局リョーヤの負った傷が深すぎて中止になったの。


 すぐに医務室に連れて行ったから命に別状は無かったけど、出血が尋常じゃないから……てっきり、もう……」


 そこまで説明するとユリの声が震え、その目に涙が浮かんだ。かなり心配をかけたようだ。


「《超越者エクシード》の耐久力を忘れたのか?


 あの程度で死ぬようじゃ、到底は《皇王軍ブレイド・エンペラーズ》になれないよ―――」


「そうは言っても!


 先生方も真っ青になって駆け寄って来て……あんなに焦ってた船付先生、私、初めて見たよ……。


 なのにあのマッドサイエンティストなんて、笑いながら『大丈夫大丈夫、死にやしませんよ』って言ってたし……。あまりに狂ってるから、ファーブニルで炭素の塊にしてあげようかと思ったわ。」


 マッドサイエンティストって……阿佐ヶ谷さん(自称:広報担当)のことか。そこまで頭にきてて、よく消し炭にしなかったな……。その自制心は感心するよ。


「まぁでも、実際こうやって生きてるわけだからさ。もう変な心配するなよ?」


「変っていうのが引っ掛かるけど、分かった。」


 ユリは溢れかけた涙を拭うと頷いてくれた。


「あ、そういえばあのマッドサイエンティストがこんなこと言ってたよ。


 『彼の真技〈雪白に輝く巨塔アブソリュート・ゼロ〉はともかく、〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉は真技としては半端だ』って。」


「〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉が半端? ほんとにそんなことを?」


「うん。


 『彼ならことわりの外の力を引き出せるはず。それを可能にするのが《自然干渉系》能力、もとい魔法だ』ってね。」


ことわりの外……どういうことだろう……。」


「私にも分からない。けど、そんなことを言ってたよ。」


「そっか。教えてくれてありがとう、ユリ。」


 「真技としては半端」か。確かに一度見直しはしてみよう。超低温の冷気の暴風なんて、やろうと思えば誰にでも出来そうだしな。


 そういえば真技といえば、ユリもあの場でファーストの真技を食らってダメージを負っていたはずだ。


「ところでユリは体の方、もう大丈夫なのか? ファーストの真技、モロに受けてたよな?」


「リョーヤほどの傷にはならなかったから、今はもう大丈夫だよ。」


 ユリはそう言って制服のシャツの裾を少し捲った。脇腹に包帯が巻かれてはいるが、血は滲んでいないようだ。


「そっか、なら良かった。


 ……ファーストのあの真技は何だったんだろう。ただの斬撃には思えないんだけど……」


「あれは多分、狙った相手だけを確実に攻撃できる技だと思う。


 実際に私が受けた時はリョーヤをすり抜けて私に当たっていたし、リョーヤが受けた時は障壁を透過していたもの。」


「なるほど、さすが警備員だな。その技だと、例え人質を取られても確実に犯人を無力化出来るもんな。」


「合理的だよね。いい勉強にはなるけど、1つ加減を間違えれば大惨事にもなりかねないけど……」


「それが出来るからこそ、要人警護やら治安維持にはけんされるんだろうな。」


 俺の持論にユリは「なるほど」と言って手を叩いた。


 話す話題も無くなってしばらく後、おもむろにポケットから携帯を取り出すと、新着メッセージが来ていた。差出人は――アキだった。


 開いてみると、清水寺の舞台で撮ったらしい友人との写真が添付されていた。


『清水寺満喫なぅ』


 ただ一言、その言葉を添えて。


「こんな文面送れるほど、清水寺は暇な場所だったか?」


「え? どこが?」


 俺の独り言を聞いたユリが、何のことか気になったらしく携帯を覗き込んできた。


 しると、メッセージを見るや何かを思い出したかのように生徒手帳を取り出し、サマースクールのスケジュールを開いた。


「―――あっ、やっぱり。」


「なにがやっぱりなんだ?」


 ユリはスケジュールの今日の行程表を拡大すると、昼頃の欄を指さした。


「この後の予定はお昼ご飯でしょ?


 それ、清水寺の近くのおそば屋さんなんだよ!」


 その瞬間、俺の脳裏に木下剛介と日笠蘭の顔がよぎった。




 正午を過ぎた頃、バスは清水寺の近くのそば屋前に到着した。武田先生は先頭座席から立ち上がると、今後の予定を説明し始めた。


「注目!


 これから目の前のそば屋で昼食の予定だが、それが終わったらスケジュールにもあった通り、清水寺の舞台で集合写真を撮るからな。」


「はーい」


「よし。じゃあ降りたら順次店に入ってくれ。入ったら店員の指示に従って席に着くように。」


 一通り説明を終えた武田先生はバスを降りると、出迎えてきたそば屋の店員にあいさつをしに行った。


「リョーヤ、動ける?」


「何とか大丈夫そうだ。ユリは先に降りててくれ、後からゆっくり付いていくよ。」


「うん、分かった。」


 ユリはそう言うと、バスの外で待っていた霧峰とリンシンに合流していった。


 座席から立ち上がり、まだ若干フラつく足取りでバスをゆっくり降りる。


「坂宮君、大丈夫ですか?」


 バスの出入口で人数確認をしていた船付先生が声をかけてきた。そう言えば、俺が気を失った時に真っ青になってたってユリが言ってたな。


「はい、一応は大丈夫です。ご心配おかけしてすみませんでした。」


「謝らなくて大丈夫ですよ。あれはあちらがやり過ぎたように見えたましたので、厳重に抗議しておきました。


 何か気分が優れない等あれば、遠慮なく言ってくださいね?」


「分かりました。ありがとうございます。」


 船付先生と別れそば屋に入ると、一番手前の席に座るよう誘導された。同じテーブルにはユリ達――このサマースクールにおいて――いつもの3人が座っていた。


「……リョーヤ、大丈夫?」


 和風な造りの店内を見渡していたリンシンが俺を見つけると、手前の椅子を出してくれた。


「あぁ、何とかな。まだ足元がおぼつかないけど、歩くのに苦労するほどじゃないよ。」


「……なら良かった。」


「にしてもあのファーストとセカンドって人達、相当強かったよね。上から見ててハラハラしたよ。


 あれがプロのタッグマッチ戦術ってやつなのかな? 実戦経験者はやっぱり違うなぁー。」


 霧峰が頬杖をつきながらそんなことを口にした。


 あれがタッグマッチ……。思い返すとあの模擬戦は、今までやってきた試合の中で最も実戦的だった。


「確かに、そうかもな。


 例え戦力を分断させても、常にもう一方に気を配らなくちゃいけないし、パートナーのフォローもしないといけない。


 1対1の試合じゃ到底出来ない貴重な経験だったってことは分かっているけど……やっぱり悔しいな。」


「プロ相手だったし、仕方ないよ。


 私かリョーヤのどっちかが近接メインの戦闘スタイルなら、まだぶっつけ本番でも連携は取れたかもしれないけど……。


 リョーヤの斑鳩……なんだっけ?」


「斑鳩庇蔭流?」


「それそれ。やっぱり滅多に使えるものじゃないの?」


「うーん、あれはあまり攻略されたくないから使いたくないんだよね……。


 背に腹が代えられなくなったら、あるいは……だけど。」


「そっか……そしたらやっぱり私達じゃ難しいのかもね……。」


 そう言ったユリの目は、どこか残念そうだった。悔しいだけではない、他の感情も混ざってるような……そんな目だ。


「ユリ―――」


「お待たせしました、盛りそばです。」


 ユリを慰めようとしたちょうどその時、店員のおばさんがざるそばを運んできた。市販のそばでは感じたことがない、そば独特の香りが鼻腔をくすぐった。


「うちのそばは十割なので、他ではなかなか味わえないそばの風味を味わえるのが自慢です。


 まずはそのままひとすすりどうぞ。」


「そのまま?」


 店員のおばさんの言う通りそのまま食べるべく箸で掴むと、すぐに切れてしまった。小麦などを使っていない分、粘度が小さいようだ。慎重にすすると、挽いた後のそば粉の微かな食感と風味が口に広がった。


「ん! これうま!」


「うん! すごく美味しい!


 あっ、そうだ。写真撮ろっと。」


 霧峰は携帯を取り出すと、すさまじい勢いで連写し始めた。


 カシャシャシャシャシャシャシャ―――


 ……まるでバグった携帯が発しそうな音だ。あまりに目立つシャッター音に、何人かの生徒がこちらを振り向いた。


「えっと、霧峰……さすがに撮りすぎじゃないか?」


「別にいいじゃん? どうせ選別して1枚か2枚になるんだから、フォルダを圧迫するわけじゃないし。」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


 「注目が――」と言いかけたが、なんだか楽しそうな霧峰を見ていると、こっちまで口元が緩んでしまった。


「――まいっか。」


「え……何リョーヤ。キモいよ、そのニヤケ顔。」


「に、ニヤケてたんじゃないからな!?


 てか人の顔見てキモい発言は地味に傷付くからな?」


「オーライオーライ。さてと今度はつゆに浸けて―――ってリンシンちゃん、どったの?」


 霧峰がリンシンの顔を覗き込んだ。当のリンシンはというと、ほとんどそばに手をつけずに、箸を置いたまま外をじっと見ていた。


 ユリもリンシンの様子に気付き、「大丈夫?」と声を掛けた。


「……変な臭いがする。」


「変って、そばが? そばの良い匂いじゃない?」


「……違う。あそこからする。」


 そう言ってリンシンが指さしたのは、道路の反対側にある、手作りの扇子やうちわを売っている店だった。店先にはべに色や藍色のシンプルな扇子や、花火や朝顔が彩られたうちわが並べてあった。


「よくあそこからって分かったな。」


「……能力のお陰で匂いに敏感。」


 へぇ、風を操るだけじゃなくて匂いに敏感にもなるのか。


「なるほどな。その匂いはきっと、扇屋の使っている染料の臭いだよ。」


「……扇屋。」


 リンシンはそのまま興味津々にその店を見つめていた。京都にきたことが無さそうだったし、ああいう店に興味があるのか?


「気になるなら後で見にいこうか?」


「……うん。」


 どこか嬉しげに頷いたリンシンは、ようやくそばをすすり始めた。


「そう言えば、アラム君って何してるんだろうね。」


 唐突にアラムの話題をユリが出して来た。確かにオーストラリアに行くことは知ってたけど、スケジュールまでは知らなかったな。


「アラムって、ゆりっちと同じ炎使いの?


 時差もほとんど無いから、あっちも昼食なんじゃない?」


「あそっか。オーストラリアの昼食って何かあるかな?」


「うーん……チーズバーガー?」


「それはアメリカじゃない?」


 ユリの間髪入れないツッコミに、霧峰がバレたかと言わんばかりに小さく舌を出した。


「……炎で思い出した。ユリ、質問良い?」


 あっという間にそばを完食したリンシンが、そば湯を注ぎながら訊いた。そば湯の注がれたつゆ・・はわずかに白く濁った。


「いいよ? 私の能力のこと?」


「……うん。フェニックスと他の幻獣の違いを知りたい。」


「アラムの話題はどこ行った……」


 毎度のごとく扱いがひどいアラムに半ば同情して苦笑すると、ユリは「気にしない気にしない」なんて言ってきた。たまにSっ気入るよな、ユリって。


「リョーヤはフェニックスとその他の幻獣との違い、何だと思う?」


「そりゃ……不死鳥フェニックスなんだから、やられても復活するんじゃないのか?


 現にこの間の決勝で一度やられてたけど、ユリが呼び掛けたら復活してたし。」


 第2ブロック決勝戦の勝敗を決した一撃の直前、消滅したと思われたフェニックスの復活は、ソンさんだけでなく俺達も驚いたことを鮮明に覚えている。


 しかし俺の回答を、リンシンがそば湯をすすりながら否定した。


「……他も復活してるから、完全な回答じゃない。」


「他って、他の幻獣か? そんなこといつ―――あ!」


 思い出した。《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》煌華学園予選の第2試合、《死神の代行者》ことフィリップ・ウィルターさんとの戦いで、その瞬間を目の当たりにしていた。


 ウィルターさんにやられたはずの幻獣が復活する瞬間を。


「言われてみれば、確かに復活してたな……。


 うーん、分からないな。」


 降参とばかりに首を振ると、ユリが「それじゃ答え合わせだね」と言って種明かしをした。


「えっとね、そもそもあのフェニックスは他の幻獣と生成の仕方が違うの。


 ケルベロス、グリフォン、朱雀、キマイラ、そしてファーブニルは、私のエネルギー――いや、魔力?を常に消費して動いてるの。だから一度やられちゃったら、また魔力を使って生成しなくちゃいけない。


 けどフェニックスは一度与えた魔力を効率よく消費することで実体化することが出来る、いわゆる低燃費車ね。だからやられても、魔力がまだ残っていたら、新しく供給しなくても自力で蘇ることが出来るの。


 その分、最初に生成するときに使う魔力は大きいのだけれどね。」


「……理解。ありがとう、ユリ。」


「あのフェニックス、そういう仕組みだったのか。


 でもそんな強力な幻獣を午前中のタッグマッチで使わなかったのは、どうしてなんだ?」


「最初から高火力でぶつかって、なにかしらの方法で反撃されちゃ元も子もないでしょ?」


「あ、そうか。」


 何だろう、簡単なことだったのにそこまで頭が回らなかった。あのタッグマッチでひどく頭を打ったせいか……?


「リョーヤ、どうかしたの?」


「いや、何でもないよ。」


 これ以上酷くなるようなら、一度先生に相談しよう。


 そんな事を思いながら、ざるに残っているそばをすすった。



 この判断があんな展開を引き起こすなんて、その時の俺には全く想像できなかった。

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氷炎の皇剣伝(ブレイド・ストーリー) Orca Masa @orcamasa

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