第10話 連携と真技
――煌華学園 第1アリーナ――
まっすぐ向かってきた幻獣のうち、最初に衝突したのはケルベロスだった。地獄の番犬の突進を素早く左に避けたつもりだったが、危うく右の頭に噛みつかれそうになる。
「くっ……!」
反転して向かって来るのを氷の壁で制止しようとしようとするが、今度は背後から熱を伴った突進を食らった。
「っ! グリフォン!?」
翼があるから飛んでいるのかと思っていたが、グリフォンは地を駆けていた。
バランスを崩した俺は今度は上空に持ち上げられた。どうやら朱雀に掴まれてしまったらしい。
「ったく、忙しいわ!」
氷の鳥かごを生成して朱雀の動きを封じ、何とか脱出した、と思ったのも束の間だった。下ではキマイラが大口を開け、俺がその口に落ちてくるのを待ち構えていた。
それにキマイラの登場するギリシャ神話だと、あいつは火炎を吐けたはずだ。ステーキにされて食われるのは避けないと!
「なんの!」
俺は氷の盾を片腕に装着しようと冷気を纏った。これで少しは防げるはず、と突然上から影が射して暗くなった。
「防御なんてさせない!」
ここでユリが登場するなんて全く予想してなかった。ユリは鳥のような炎の翼を生やし、俺の上空から攻撃を仕掛けてこようとしている。暗くなったのはユリの影のせいだったようだ。
「飛べるのかよ!?」
「炎をまとった状態ならね。炎ごと自分を浮かばせればいいのだから!
これで、終わりっ!」
ユリは紅桜の切っ先を下に向け急降下してきた。思わずユリに対して防御の構えをしようとしたが、1つ重大なことを忘れていた。
「しまった!」
今俺の下にはキマイラの大口が……っ!
「くっ! 負けるかぁぁぁ!」
自分を氷の監獄で包み、中に入った瞬間内側からキマイラごと砕き散らした。あのまま生身でキマイラの中に落ちていたら、タダでは済まなかっただろう。
「そこから降りてこい!」
そう言って俺は床に手をつき、氷の塊を出現させた。ただそれは床にではなく―――
「どこから――きゃぁ!」
天井に出現した。
氷の塊に押されるようにしてユリが高度を下げてきた。バランスも上手く取れないようだ。
「もらったぁ!」
俺は素早く落下地点に上部が開いた氷の監獄を仕掛けた。体感温度ではあるが、ユリの炎はアラムのと違って俺の氷を完全に溶かすほどの熱は持っていないようだ。
この勝負――本来は練習のはずなのだが――はこれで終わりだ。
……否、終わるはずだった。
「出てきて! ファーブニル!」
「は!?」
ファーブニル。北欧神話やゲルマン神話に出てくる、財宝を守るドラゴンの名だ。そんなものも生み出せるのか!?
低い唸り声のような音が聞こえると、ユリを押していた氷が砕け、中から巨大な炎の塊が出てきた。いや、ただの塊ではない。長い首に鱗のような炎で覆われた体躯、巨大な翼に長い尾。正真正銘ドラゴンの形をした炎だった。
ファーブニルは荒々しく着地すると、仕掛けていた氷の監獄を易々と破壊した。
「おいおい嘘だろ!?」
さすがにあのファーブニルの突進を食らえば、敗北は必至だ。
これはもう―――
俺はミステインに極限まで意識を集中させた。剣身の周囲で冷気が渦を巻く。
「変態……成敗!!」
ユリがファーブニルを俺に放った。ファーブニルは低空を飛行しながら、巨大な火の玉となって向かってくる。
対する俺はファーブニルがミステインのリーチに入るのを冷静に待ち、そして―――
「〈
ファーブニルに対し思いっきり全身を使って薙ぎ払った。凄まじい冷気がファーブニル、さらには奥のユリに向かって吹雪のように吹き荒れる。ファーブニルは冷風に吹かれたろうそくの火のように、一瞬で呆気なく消えていった。
「何あれぇー!!」
「なんて技だよ!」
離れて成り行きを見ていた生徒達が、風と冷気に悲鳴を上げた。
やがて風が止むと、辺りはすっかり氷原のように凍りついていた。フィールドを覆う氷が、照明に照らされて宝石のように輝いている。
幻獣は全て消滅し、ユリも立ったまま氷漬けになっていた。
俺はユリの元に行くと氷を解いた。支えがなくなり、その場に倒れ込みそうになった彼女を両腕で受け止める。
「ごめん、ユリ。真技使っちゃった。」
「ううん、こっちこそごめんね。なんであんなに怒ったのか自分でもわからないよ。」
口調が元に戻っている。どうやらユリも気分が落ち着いたらしい。頭が冷えたのだろう、物理的に。
「気にすんな。とりあえず保健室に行こう。」
こうして俺達の、短いようで長かった午後の訓練は終わった。
――煌華学園 食堂――
「リョーヤ君! 私にも教えて!」
「ねぇねぇ、アリーナで凄い技を使ったんだって?」
「おい坂宮! 俺と勝負しろよ!」
おい、最後の男子。俺のこの疲労困憊した姿を見てわざと言ってるのか?
目の前のカツ丼もすっかり冷めてしまっていた。ほとんど残ってなかったのが幸いだ。
「すっかり人気者だねリョーヤ。嬉しいかい?」
「アラム、からかうのはよしてくれ。俺のこの姿を見て喜んでいるように見えるか?」
「僕には『人気者は疲れるぜ』って姿に見えるね!」
「……あとで氷漬けな。その後かき氷にしてもいいよな。」
「ジョークだよジョーク! ロシアンジョークさ!」
そんなジョーク聞いたことないぞ。リンシンはオレンジジュースのストローを咥えて、ずっと下を向いている。
「……悔しい。」
「リンシンはかなり強かったさ。正直言って何度も不意を突かれそうになったよ。
これからも一緒に訓練頑張ろうな!」
「……うん。」
少し笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
さてと、今度は食事を終えて隣で寝ている―――
「ユリー、みんなに寝顔を見られるぞ。」
「んー……。だって疲れたんだもん。
リョーヤ、本気出しすぎ!」
「そのセリフ、ファーブニルまで出したユリには言われたくないな。てか身体はもう大丈夫か?」
ユリは身体を起こすと、腕をめいっぱいに伸ばした。
おはようございます、ミス火傷お嬢様。と言うのは自殺行為に等しいからやめとこう。
「うん、もう大丈夫!
もともと身体は丈夫な方だし、倒れかけたのも体力が限界だっただけだから!」
「それなら良かった。」
「……そう言えば―――」
ユリとの話を終えると、珍しくリンシンの方から話題を出してきた。よほど訊きたい何かがあるのだろうか?
「……真技、使った?」
「うん、使ったよ。
真技〈
隠すこともないだろうと詳細まで話すと、どこからか「おぉー」という声が聞こえてきた。
「たしか真技って、能力を完全に自分のモノに出来なきゃ使えない技だよね?
それをもう使えるって……リョーヤ、キミかなり凄くないかい?」
うん、一般的に見ればアラムの言う通り「凄い」のだろう。
たしかに真技は自信の能力を完全に習得、コントロールできて初めて使える技だ。
習得に何年もかかったりするケースがほとんどだが、稀に数ヶ月で習得することもある。ただし、その場合は大抵ストイックな特訓を経ている。
けれど―――
「えっと……実はこの技、去年練習中にたまたま出来ただけで……自分でも何で真技が使えるようになったのか……正直よく分からないんだよな。」
この言葉に俺の周りで密かに聞き耳を立てていた生徒たちが一斉に「えぇー!」と声を上げた。
「どういうこと? 普通真技なんて練習しなきゃ編み出せないでしょ!?」
「いや、俺もわからないんだよ。気がついたら使えるようになっていたっていうか……。」
「……意味不明。」
うん、リンシンさん。俺もそう思います。自分でも何で真技が使えるのか、意味がわからないんだから。
そうこうしているうちに、食堂の閉鎖時間が迫ってきていた。食堂のおばちゃんがラストオーダーを告げた。
「……まぁ、今気にすることでもないだろう?
と、そろそろ部屋に帰ろうか。」
残ったカツ丼をかきこんで席を立った時、着信音のようなメロディーが聞こえたが、自分の音ではなかったので特に気にしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます