第9話 柳葉刀と幻獣
――煌華学園 第1アリーナ――
「……次、私がやる。」
「オーケー、そしたらアラムと交代だな。」
午後の訓練、アラムとの力試しの後に勝負することになったのはリンシンだった。……ってあれ? そもそもこれ、勝負だったっけ?
「一応俺を殺さない程度によろしくな。」
「……知らない。」
「へ?」
次の瞬間リンシンの姿が忽然と消えた。嫌な予感がしたので自分の周りにドーム型の氷の結界を張った。
「……小賢しい。」
その声と同時に現れたリンシンが風牙で氷の結界を打った。キーンという金属と高密度かつ高硬度の氷が衝突した、澄み切った音がアリーナに響いた。
「女子がそんな言葉を使っちゃダメだろ!?」
俺は結界を解くとすかさず後ろに下がった。相手は片手で扱う刀だ。両手じゃない分、素早さの度合いが俺よりもあるのは明白。そうと決まれば遠距離からの能力戦で―――
「……とった。」
「なっ!?」
いつの間にかリンシンは俺の背後に回っていた。風牙の切っ先がまっすぐ俺の肩めがけて迫ってくる。
「けど甘い!」
誰もが、その刃が俺の肩に触れたと思ったであろうその刹那、透明な破片が辺りに散り飛んだ。俺の肩は……無傷だ。
一本取り損ねたリンシンは、素早く距離をとると動きを止めた。
「あぶねー! まじで危なかった!」
「……何をしたの?」
「ん? これか?」
俺はリンシンに肩甲骨の辺りを見せた。そこには厚い氷が、まるで鎧のようにくっついているのが見えているはずだ。
「おそらく、リンシンの強みは素早いことなんだろう?
けれども相手が素早いということならば、こちらにも対抗手段はある。
まず1つ、素早ければ攻撃を当てに来てもらえばいい。ある程度どこを狙っているか見当がつけば、防御は容易だからな。
そして、2つ目は―――」
俺は指をパチンと鳴らし、氷の監獄をリンシンの周りに出現させた。
「―――罠にハマるのを待てばいい。」
そう、こうやって話していること自体が一番の罠だ。話すことで確実に相手の足を止め、そして気づかないうちに準備をして確実に捕獲する。
氷の監獄は、対象の周囲を冷気で囲っている時間によって厚さと強度を変えられる技だ。
アラムの時は飛び散らす炎を早急に防ぐため準備する時間が短くなってしまったが、今回は会話で時間稼ぎをした分だけかなり厚くなったはずだ。
と、ここまでは良かったのだが、俺は一瞬忘れていた。リンシンの持つ刀の威力を。
「……こんなもの―――」
そう言ったリンシンが檻の中で風牙を投げるモーションを見るところまではできた。が、その後の行動は見ることができなかった。なぜなら―――
「監獄に……ヒビが!?」
風牙が刺さった辺りから放射状にヒビが入り、中の様子が見えなくなるほど白くなってしまったからだ。
「……これを舐めすぎ。」
ヒビが入ったことによって自重を支えられるはずの強度を失った監獄は、無惨にも瓦解してしまった。
「マジ……かよ……」
柳葉刀の特徴、それは重さにあると言われることが多い。並大抵の人はその刀を自在に操ることはできない。理由は単純明解―――重いのだ。
そのため遠心力を利用して敵に与える一撃は、防御しても当たりどころが悪いとダメージが入ってしまう。
きっとリンシンは投げたと同時に、風で加速することで威力を上げ、氷の監獄を破壊したのだろう。もっと監獄の基礎強度を上げる必要があるな……。
とはいえ破壊されることは一応想定内だ。
監獄から脱出したリンシンは、自身に暴風並みの追い風を吹かせると一気に俺の懐に入った。
「……私の勝―――」
「―――リンシンこそ、俺が何もしてないと思ったかい?」
「……!?」
俺は刺突してきた風牙を、ミステインの剣身で受け止めると、風牙ごとミステインを凍結させた。武器を封じられたリンシンが必死に引き剥がそうとする、が氷が砕ける様子はない。
「柳葉刀の強みは、慣れれば片手で扱えるところだ。かなりの重量がある柳葉刀は、片手武器の中でもトップクラスに強力な武器だ。
けどそれを封じられたにも関わらず、諦めずに刀を使うことを考えてばかりいると―――」
俺はリンシンの足を払いバランスを崩した。倒れ込む直前、彼女の腰を背中から抱えるように支える。
「―――こうやって反撃される。
さっきリンシンが監獄から脱出してきた時、既に剣身に冷気を集中させていたんだよ。」
「……―――」
まんまと罠にはまったことを聞かされたリンシンは、落ち込んだような顔になってしまった。
「だから言ったろ? 来てもらえばいいって。
よし、これでリンシンの練習は終了だな―――って、リンシン?」
気付くとリンシンの体が小刻みに震えていた。どうしたんだ? まさか泣いちゃったとかなのか!?
「……離して。」
「え?」
「……変態。」
そっと目線を手元に向けると、左手でリンシンの腰をしっかりと抱え込んでいた。傍から見ると我ながら恥ずかしい体勢だった。
基本的に無表情だったはずのリンシンの顔も、気のせいか少し紅潮している。
「ご、ごめん!」
反射的に手を離したが、それもそれでまずかった。支えを失った彼女はそのまま床に、仰向けに倒れてしまった。
「ああ! ごめん!」
「……いい。気にしないで。」
リンシンはさっさと立ち上がるとユリとアラムの方に戻って行った。ちょっと最後は酷かったかな……あとでなにか奢ってあげよう。
「さ、さてと。それじゃあ最後にユリ―――ってあれ? おーい、ユリさーん?」
呼び掛けてもなぜかユリは下を向いたままだった。
「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
「リョーヤ……変態なの?」
「……? ごめん、何て言ってるのか聞こえないよ?」
周囲の訓練のかけ声や剣戟の音で、ユリの声が聞き取りづらいのだ。……決して難聴ではない。
「リョーヤ、アンタって、変態なの?」
「え?……いや違うぞ?
今のは完全に事故で―――」
「言い訳、無用!!!!」
次の瞬間ユリの身体から凄まじい炎のオーラがほとばしった。
身の危険を感じた俺は結界を生成した。訓練していた他の生徒たちも危険だと判断したのか、アリーナの端に退避し始めた。
「アラム、リンシンと一緒にもっと下がっててくれ!」
「りょ、了解!」
アラムに指示を出すと、騒動の元凶に向き直った。
「ユリ、落ち着くんだ!
別にあれはしたくてしたわけじゃないんだよ!」
「したくなくてしたの!? 女の子の純情を偶然で
……ああ、これは何を言っても無駄だ。俺はそう判断して覚悟を決めるべく深呼吸をした。
「―――はぁ。
ユリ、悪いけどこれ以上暴走するとみんなにも、アリーナにも被害が出かねない。だから今、強制的に終わりにさせてもらうよ。」
俺は静かに周囲の空気を冷気で冷ましていく。
「自分の非を認めないのは良くないことだって教わったことないの?」
「事実を言ってるだけさ。それ以上暴走されたらこっちが困るからね。」
「アンタを成敗したら治まるよ。」
口調が完全に変わったユリは、紅桜の切っ先を天井に向けた。
「出てきなさい、私の幻獣達!」
するとユリの周囲で炎が渦を巻き、現実には存在しない4体の動物の形をかたどっていった。
おいおい……あれっておとぎ話とか神話に出てくるやつだよな?
「どう? これが私の幻獣。ケルベロス、キマイラ、朱雀、グリフォンよ。
みんな、あの―――」
紅桜の切っ先をこちらに向けたユリの目は、明らかに殺意に燃えている。対象は当然、俺だな。
ていうかそんなに変態が嫌だったのか? ……俺は変態じゃないが。
「―――変態を殺して。」
はい、変態認定されましたぁー!
「ユリの言う成敗って、命をもって償うことのか!?」
しかしそんな声はユリには届かず、主の命令を受けた炎の幻獣たちは標的である俺に向かってきた。
これは……ちょっとヤバイかもしれないな。
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