第18話 恐怖と海蛇竜
――煌華学園 第1アリーナ――
『これはどういうことだぁー!?
ストラード選手、あれだけの技を受けておきながら、かすり傷一つ負ってないようだぁー!』
ど、どうなってるんだ!? 死んでいてもおかしくない傷があったはずだろ!?
アッシュさんは肩にハーテイルを乗せると、卯月選手の能力のカラクリを暴き始めた。
「卯月君、キミが必中と言われる
「なっ―――!?」
卯月選手が口をあんぐりと開けたまま硬直した。卯月選手のあの反応……まさか図星なのか?
「その反応から察するに、どうやら正解のようだね。
光を矢に集め、その光を操ることで、矢がミサイルのごとく相手を追尾する――ように見せかける。
そしてその矢の威力は、速度が大きければ大きいほど強力になる。BB弾を指で弾いた時と、エアガンで撃った時の違いのようなものだね。
光の速さは1秒で地球を7周半するほどだったはずだよね? 仮にそんな速度で矢を射られたら、間違いなく相手は瀕死の重傷を負うだろう。」
アッシュさんはそう言いながら、背後の穴の空いた壁を肩ごしに示した。
『………な、何でしょうかこの状況は…。
ストラード選手が卯月選手の真技のカラクリを暴き始めました……。』
『解説である僕の仕事が………』
お気の毒に解説のステイザーさん。観客もフィールド内に設置されたマイクで拾われる音声に聞き入っているようだ。さっきまでの熱気が嘘のように、すっかり静まり返ってしまっている。
「さ、さすが校内ランク1位のアッシュだね。全てお見通しなわけか。
んで、ボクの真技をどうやってかわしたんだい?」
「なに、単純な話さ。
光の屈折を利用しただけだよ。」
「光の……屈折……?」
屈折……? そういえばリンシンも、校内ランク決めの試験の時に似たようなことを言っていた気がする……。あれはたしか、空気の密度を変えたんだっけ?
「空気から水へと光が通過する時、光は水面でその進路を変えることは小学生でも知っていることだね。水を入れたコップにストローをさして横から見ると、まるでストローが途切れているように見えるあの現象がまさにそれだ。
つまり、こういう事だよ。僕を包みこむように水を展開し、キミの目に届く光の進路を曲げることで、僕が実際の位置とは少しズレた位置にいるように錯覚させたのさ。」
「くっ―――!」
明星を持つ卯月選手の手が震えている。自分の《自然干渉系》能力の対象である光を使った作戦に、まんまと騙されたのがよほど悔しいのだろう。
『な、なるほど……って、思わず実況する立場の私たちも聞き入ってしまいました。
卯月選手、これは致命的なミスを犯しましたね。』
『そうですね。
しかしストラード選手のカラクリが判明したからといって、卯月選手の敗北が決したわけではないでしょう。』
「そ、そうだ! ボクはまだ負けていない!
次で確実に―――」
そう言って卯月選手が矢をつがえようとすると、その手から矢が地に落ちた。慌てて拾おうとするも、手元が痙攣してなかなか掴めないようだ。
「ど、どうして……?」
「残念ながら、僕の勝ちだよ。
卯月くん、真技を使ったのをもう忘れたのかい?」
「―――っ!」
卯月選手の顔がが雷を打たれたかのように変わった。きっと何かに気がついたのだろう。致命的な何かに……。
「真技はその性質上、使用すると激しい疲労感に襲われる。普通ならその後の戦闘はままならないだろうね。
卯月くん、キミはあれほど高威力の真技を使ったのにも関わらず、あろう事か命中せず外してしまった。
キミにはこの事象のもたらす結果が分かるかい?」
「わ、分かってたまるか!」
卯月選手はどうにか矢を拾うと、光を付加することもなく即座に放った。が、そんな矢はアッシュさんの脅威にならない。アッシュさんは軽くハーテイルを振って矢を弾き飛ばすと、今まで見たことない構えをとった。
「あれは……投擲か?」
俺もゲイボルグという投擲槍攻撃を使うからなんとなく分かるが、少なくとも肩に担ぐようなあの構えは接近戦をする構えではない。
「もはや真技を使ったことで疲労しきっているキミに、1パーセントの勝ち目もないよ。
キミのセリフを借りるなら、潔く降参してくれるかな?」
アッシュさんの性格が変わっている気がする……そこはかとなく……怖い。寒気がして背筋がゾッとする……。
卯月選手は肩を震わせながらも、降参することをキッパリと拒絶した。
「ふ、ふざけるな!
ボクにはまだ超えなければいけない目標があるんだよ! それをこんなところで諦めてたまるか!」
「僕にも目標がある。それは誰にも譲れないし、諦められないさ。
けど、潔く引くことも大切だと思うな。引くべきところで引かずに強情になるのは、もはや勇猛とも蛮勇とも言えない。駄々をこねる幼児とさほど変わらない、未熟で幼稚な振る舞いだ。」
「この――っ!」
卯月選手が踏み出そうとしたが、足が上がらずにつんのめってしまった。あの様子だとかなり疲労しているな。俺も真技を使った時――特に〈
「それじゃあ終わりにしようか。」
アッシュさんのハーテイルにどこから来たのか水が集まっていく。この感じ……とうとうあれが見られるのか。
『ストラード選手がついに、今大会初めて真技を使用するようです! これでこの試合の雌雄が決するのか!?』
『この一撃で卯月選手を倒すことができれば、ストラード選手の勝利。
逆に卯月選手が耐えれば、卯月選手にはまだ勝利へのチャンスがあるでしょう。が……卯月選手が耐えるのはかなり難しいでしょう。』
アッシュさんは最後の確認だとばかりに―――
「本当にここで引くつもりはないんだね?」
「当たり前だ! 何度も言わせるな!
お前の真技など、耐えきってみせる!」
「そうか。」
そう言うとアッシュさんはほんの少しの間だけ目を閉じる。再び開かれたその目からは、観客席にいてもまるで自分に向けられていると錯覚するほどの殺気が放たれていた。
「〈
アッシュさんが真技の名と共にハーテイルを思いっきり投擲した。
ハーテイルは飛んでいくうちに大量の水でできた巨大で長いドラゴンとなり、卯月選手をその体躯で囲むようにとぐろを巻いた。中心の卯月選手は、文字通り蛇――いや、ドラゴンに睨まれた蛙のように目を見開き、ただただ立ち尽くしていた。
あの状況に陥ったら、きっと誰もが確実な負けを悟るだろう……直前まで諦めることを拒否していた男さえも、その例外ではないだろう。
「う、うあぁぁぁぁぁああああああ!」
絶望し、断末魔の叫びを上げる卯月選手。ドラゴンは卯月選手のそんな反応には全く構わずに大口を開けると、大蛇が捕らえた獲物を捕食するように頭上から襲いかかった。
『す、ストラード選手の真技が確実に卯月選手を捉えたぁー!
果たして勝負の行方は!?』
観客席にいる人たちも固唾を呑んで、卯月選手とドラゴンがいたフィールドの一角に注目している。
ドラゴンとなっていた水は次第に引いていき、やがて全身びしょ濡れの卯月選手だけがその場に残された。
……どうやら立ったまま気を失っているらしい。よほどの恐怖だったのだろう。
主審が駆け寄り、卯月選手選手の意識の有無を確認した。数秒の間の後、主審は赤旗を上げた。ということは―――
『試合終了!
第1ブロック優勝者は、《
会場が拍手と歓声に包まれた。
これが校内ランク1位の真技……か。
「リョーヤ、あのドラゴンを前にして正気を保てるかい?」
「いやアラム……多分無理だ。
自分より大きいものに恐怖を覚えるのは自然なことだ、って何かで聞いたことがある。
アッシュさんの真技は、確実に相手を恐怖に陥れることで戦意を喪失させることができる技なんだろうな。」
「そうかもね。ただ今回はそれだけが卯月先輩の敗北に繋がったとは思えないな。」
アラムは腕を組むと、この試合の流れを振り返り始めた。
「アッシュ先輩は相手の真技や通り名の由来を暴きつつ、先に相手が言った言葉をそのまま返していたよね。
きっとそれによって卯月先輩に、得体の知れぬ恐怖と焦りを呪いのように植え付けていた……と思うんだ。」
「つまり卯月選手に対して精神的なダメージを負わせ、最後の最後に確実な恐怖を感じるよう誘導していた、と?」
アラムは無言で俺の問いに頷いた。
……怖すぎる。アッシュ・ストラードという人は想像以上に恐ろしい人かもしれない……。
「僕は勝てない。あの人に勝てるだけの自信はないね。」
「……私も無理。」
「大丈夫だ、俺も今のままだと勝てない。」
やっぱり、修行した方が良さそうだな……。相手から反撃されないだけの絶対的な威力を持つ真技、それを会得しない限りあの人に勝てないだろう。
〈
……もし反撃されるようなことになれば、きっと斑鳩庇蔭流の奥義でもさばけるかは分からない。卯月選手の二の舞になることだけは避けないと。
この試合を観た経験をきちんと活かす必要があるな……。
鳴り止まない拍手の中、アッシュさんはフィールドを退場して行った。卯月選手は既に医務室に運ばれたようだ。
『会場の皆さまにお知らせいたします。
この後の第2ブロック決勝戦は、10分間の休憩を挟んだ後に開始いたします。
それまでしばらくお待ちください。』
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